死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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16:包容力・A+

「お前は、何で、いつもそうなんだ!! 再会してまず言うことが何故それなんだ!?」

「うん、さっきのは本当にごめん。でも別にふざけたわけじゃないんだよ。マジで私、クラピカのこと男の子だと思い込んでたけど実は女の子だった!? とか思って不安になってついつい素で訊いちゃった」

「いっそふざけて言った方がマシだな、それは! そういうことは正直に言わなくていい!!」

「いや私、君には嘘つかないって約束したし」

「お前のその誠実さは、余計に私を傷つけるんだが!?」

 

 無駄に体力を消耗するとわかっていてもクラピカは怒鳴るのをやめられず、走りながらソラの相変わらずなシリアス&エアブレイカーぶりにキレる。

 そしてそのクラピカのマジギレ具合を、ゴン達はポカンと走りながら眺めた。

 

 訊きたいことは山ほどあるが、ソラが走りながらもハイテンションで、素ボケか誤用の確信犯かわからないことを言い倒し、クラピカの方もいつもの冷静さはどこに捨て去ったのか、ブチ切れながらツッコミを即座に入れるので3人は口を挟む隙がなく、ただ唖然とそのコントじみたやり取りを見るしかない。

 

「あはは、ごめんごめん。でもクラピカ、何で君は成長した方が女の子っぽいの? 3年前から女の子っぽかったけど、それでもまだ女の子みたいに綺麗な顔した男の子ってレベルだったのに、今は完全に女顔じゃん。普通、逆じゃね?」

「うるさい黙れ! お前に容姿のことについては言われたくないし、そんなの私が一番問い詰めたいわ!!」

「誰にだよ? 神様? って言うか、君って怒って吊り目になればなるほど女の子っぽいよ。笑ってたれ目になれば男の子にちゃんと見えるから、君はずっと笑っていた方がいいな。

 っていうか、笑ってよ。私は君の笑顔が好きだよ」

「なっ………………」

 

 クラピカのコンプレックスを、悪気があるのかないのかひたすらマシンガントークで刺激しまくるソラにキレていたクラピカだが、これまた別の意味で空気を読まない発言に、言葉が詰まった。

「誰の所為でキレていると思ってるんだ?」という言葉は口から出てこず、ハクハクと金魚のように口を無意味に開閉させ、顔は怒りや走りながら怒鳴って酸欠気味以外の理由で赤みが増す。

 

(……忘れていた。この女は、真剣な空気もいきなり破壊し尽くすが、こういう時にもいきなり爆弾発言を放り込む女だった)

 あらゆる意味で自分に勝ち目などないと、3年前に学習したはずのことを再びクラピカが思い知らされている隙に、ゴンとレオリオはクラピカに、キルアはソラに話かける。

 

「クラピカ、知り合いなの?」

「知り合いなら、こいつの性別どっちだよ? お前以上にどっちにも見えてわかんねーよ」

「おい、ソラ。もしかしてこいつが、『弟』か?」

 

 レオリオの問いにクラピカは走りながらわき腹に肘を入れていたら、ソラの方がキルアの問いに煌めくような笑顔で答えた。

「そうだよ! 美人だろ! 3年前から紅顔の美少年代表みたいな子だったけど、まさかこんな美女に成長してるとは思わなかったな!!」

「勝手に私の性別を変えるな!!」

 

 ソラの発言にクラピカは、俯きながら抗議の声を上げる。

 顔をあげないのは、声だけでも嬉しくてたまらないと言わんばかりの喜色に染まりきって、本人的にまったく嬉しくない内容とはいえ、クラピカのことを自分のことのように自慢する彼女の笑顔を見たら、先ほどのように文句も言えなくなるのが目に見えていたからだ。

 

「え? 弟? クラピカが? キルアじゃなくて?」

 ソラの答えにゴンが声をあげて驚き、レオリオも軽く目を開く。

 どうもナチュラルに二人は、ソラとキルアが実の兄弟だと思い込んでいたらしい。確かにソラとクラピカも似ていると言えば似ているが、髪の色的にキルアの方が血縁者のように見えるだろう。

 

 そんなの初めに二人を見た時からわかっていたのに、クラピカは内心で少し気に入らず、俯いたまま唇をわずかに尖らせた。

 そしてキルアの方は、ゴンに「はぁ? ちっげーよ!」と否定しつつ、顔は確かに笑っていた。

 彼は自分が笑みを浮かべていることも、ソラがクラピカの手を取って走り出した時から、胸の奥に溜まっていたもやもやとしたものが、晴れていったことに気付ていない。

 

 そんな二人の反応に気付いた様子もないのに、ソラは相変わらずハイなテンションで振り返り、器用に後ろ向きに走りながらゴンに向かって、両手を広げて宣言する。

「どっちも弟だよ! 血は繋がってないし、戸籍も他人だけど、私の可愛くて大事で大好きな自慢の弟だ!!」

「「なっ!?」」

 

 ソラの宣言に、クラピカとキルアが同時に声を上げる。

 思わず二人は顔を見合わせるが、どちらも顔が赤く染まっていることが何ともいたたまれずに、お互い無言で眼をそらす。

「……お前は自分に関わった年下の男は全部、弟扱いかよ?」とキルアの問いかけなのか独り言なのかよくわからない発言に、クラピカは無言で深く同意した。

 

 * * *

 

 クラピカもキルアも、「ソラを取られた」と思い拗ねていたことを見抜いていたような発言をブチかましたソラだが、実際のところただの本音だったらしく、隣のキルアの独り言にすら気づかぬ様子で彼女は、後ろ向きに走ったまま話を続けた。

 

「そこの二人! 改めてよろしくね! 私の名前は、ソラ=シキオリ!

 ちなみに性別は、こんな残念な胸だけど女だ! でもこんな胸でも寄せてあげれば谷間って出来るから、騙されるなよ男子! 本物の巨乳の谷間は寄せるだけだからI字型だけど、偽装は寄せてあげるからY字型だと覚えておけ!」

「「お前は何を言ってるんだ!?」」

 ソラの自己紹介しつつの明るい自虐と逆セクハラに、クラピカとキルアが同時に突っ込んだ。もはや、ソラよりもこの二人の方が兄弟じみている。

 

 当然、レオリオの方は反応に困る発言をされて、「お……おう。参考にするわ」とやや頓珍漢な答えを返し、ある意味ソラと同じくらい空気を読まないゴンだけが朗らかに笑い、こちらも自己紹介する。

 

「あ、やっぱりお姉さんだったんだ。 俺はゴン! こっちはレオリオ! クラピカとは船で一緒になってからの仲間なんだ。よろしくね、ソラさん」

「ソラでいいよ。っていうか、よくクラピカの仲間になってくれたね。この子、クソ面倒くさいでしょう?

 見た目に反して短気だし、冷静ぶってるけどすぐに頭に血が昇るし、頑固でものすごく根に持つし、年上だからとりあえず敬語使おうってこともしない、慇懃無礼の見本だし。

 君はともかく、そこのレオリオだっけ? 君に初対面でいきなり、『私は何も悪くありませんけど何か?』な顔でケンカ売ってこなかった?」

 

 相変わらず器用に後ろ向きで走りながらソラがしれっと、流れるように自分の性格上の欠点をあげられて、クラピカはまたしても「なっ!」と声を上げて、顔の赤みがさらに増す。

 まるで船のレオリオとのやり取りでも見てきたかのような発言に、ゴンは純粋に驚きと「すごい!」という感想に染まった目でソラを見て、レオリオは真顔で「え、何お前見てたの!?」と素で訊いた。

 

「私が慇懃無礼の見本なら、お前は奇跡のバカだろう!」

「あ、いいねそのフレーズ。よし、今度からそう名乗ろう」

「気に入るな!!」

 クラピカがまたレオリオのわき腹をどついてから、自分の評価に対してソラに抗議すると、まさかの自分が使ったフレーズを採用したことに怒鳴る。

 

 またしてもやり取りがコントじみてきたことにキルアが呆れ果てた目で、「お前、いくら何でもテンション高すぎね?」と尋ねた。

 

「うん、ごめんね!

 クラピカに会えただけでも嬉しいのに、この面倒くさい子に仲間とか友達がいることが嬉しくて、ちょっと絶好調でさ!!」

 

 まるでつい5分ほどしか離れていなかったと言わんばかりに自然体に接して、手を取ってくれていたが、ソラの方も3年ぶりの再会は十分な衝撃と抑えきれない喜びだったらしく、相変わらずハイテンションで答える。

 自然体で接してくれたのも十分すぎるくらいに嬉しかったが、やはり嬉しくてたまらないと言わんばかりの声と笑顔で再会の喜びを表してくれたことで、わずかに抱いていた「自分など再会しても、たいして嬉しくもない存在なのではないか?」というネガティブすぎる不安が霧消する。

 しかし、ソラのように素直にそれを表現できる性格ではない為、クラピカは俯きながら「悪かったな、面倒くさくて」としか言えなかった。

 

 ソラからしたらこんな3年ぶりの照れ隠しすらも心地良いのか、相変わらず煌めくように笑いながら唐突に、「レオリオ」と呼びかけた。

 

「え? 俺?」

 クラピカにどつかれた脇腹を押さえながら、他の連中よりも余裕なさそうな呼吸で走るレオリオが、不思議そうに顔を上げる。

 会話もまだほとんど交わしていなかったのに、いきなり名指しされて困惑するレオリオに、ソラがさすがに後ろ向きに走るのをやめて、前置きなしに告げる。

 

「クラピカってさ、年上でガラの悪い男が苦手なんだ」

「は?」

「!? ソラっ!!」

 

 唐突かつ遠回しなのか直接的なのか、ほとんど「レオリオが嫌い」と言ってるも同然なセリフに、言われた本人がさらに「訳わからん」と言いたげに首を傾げ、ゴンとキルアも不思議そうな顔をする。

 唯一、クラピカだけがソラが何を言い出そうとしているか察することが出来たのか、強い声で制止して、腕を伸ばして物理的に口も塞ごうとしたが、ソラはひょいひょいと身軽に避けて、やはり彼女は一人勝手に好き勝手話し出す。

 

「私と出会ったきっかけが、そういうチンピラにガチで殺されかかってたってことだし、私と出会う前も何かそういう奴とトラブルが多かったみたいで、どうしても君みたいなタイプだと慇懃無礼を地でいくんだよね。

 でもそれが、自分の偏見だってことはちゃんとわかってるし、自分に対しては意地っ張りだけど、他人に対して依怙地ではないし、むしろ自分の無礼さとかを一人になった時にずっと悶えて、どう謝ったらいいかわかんなくなってまた意地を張るタイプだから……」

 

 そこまで言われて、レオリオはもちろんゴンやキルアもソラが何を言いたいか、続く言葉は普通に想像できた。

 この上なく面倒くさい性格をした弟を、フォローというには本人が羞恥で死にそうになっているが、それでもクラピカを誰よりも思っているのは事実だろう。

 彼を思っているからこそ、誤解されやすい彼の性格や本質を説明して、そうして「だから、誤解しないであげて」か、「ちょっと無礼なところは大目に見てあげて」という言葉を予想していた。

 

 クラピカも、同じような内容を予想していたのだろう。

「ソラ! いい加減にしろ! さすがに余計なお世話だ!!」と抗議する彼の言葉をソラはスルーして、笑って言いきった。

 

「そんな面倒な子と、仲良くなってくれてありがとう!」

 

 クラピカに言われるまでもなく、ソラは彼の人間関係に口出しする気も、口添えする気もなかった。

 彼女からしたら、もう既にそんなことをする必要もなく見えていた。

 だから、言い訳が嫌いなクラピカがわざわざ伝える訳のない、「初対面で慇懃無礼だった訳」だけはフォローして、後は嬉しくて幸せで仕方がないと言わんばかりの、とびっきりの笑顔で感謝を伝えるが、その発言に全員が目を丸くしてソラを見るので、さすがにクラピカと再会してからのテンションがやや下がり、「あれ?」と首を傾げる。

 

 本人、自分の発言の意外さに全く何も気づいていなかった。

 

「……おい、クラピカ。本当にお前、こいつと血が繋がってないのかよ?」

「ソラ……、お前マジでそいつと姉弟じゃないのかよ?」

 

 ソラの発言から数秒後、レオリオがクラピカに、キルアがソラにそれぞれ尋ねる。

 もはや姉どころか母親のような、クラピカの内面に対してのお見通しっぷりと、その面倒くささをすべて受け入れて笑う度量は、それこそ母親のように生まれた時から彼を知っていないと、同時に無条件の惜しみない愛情がないと無理だろと思ったからこその問いに、クラピカの方は耳まで赤くした顔を隠すように俯き黙って答えなかったが、ソラの方はしれっと答える。

 

「血縁どころか、私とクラピカが一緒に過ごしたのって3年前の一カ月ほどだけど?」

『ウソだろ・でしょ!?』

 

 尋ねたキルアやレオリオだけではなく、ソラの方を何やらじっと見ていたゴンも思わず叫んだ。

 

「何なんだよ、お前の包容力つーか姉力は!? 何人兄弟だったんだよ!?」

「3人兄弟の末っ子でしたが何か!?」

「マジでどこから来たお前の姉力!!」

 

 レオリオのもっともな疑問兼ツッコミに、またテンションがハイになり始めたソラが正直に言い放ち、結局疑問が解消どころか深まるだけの答えに、レオリオがさらに突っ込む。

 その光景に、周りを走る受験者たちが内心で突っ込む。

 

 お前ら、真面目に試験受けろ、と。

 

 * * *

 

 ハンター1次試験開始から約6時間後、ただひたすら地下道を走っている間は脱落者は1名だけだったが、さすがに地下100階から地上に繋がる階段で脱落者が激増する。

 そんな中、地下道での脱落者1号になりかけていたレオリオが、鬼気迫る勢いで言葉通りなりふり構わず荷物を捨てて、スーツの上着どころかシャツも脱ぎ捨てて、「フリチンになっても走るのさー!!」と完全にランナーズハイ状態で駆けあがり続ける。

 

 その様子にクラピカは正直若干引いたが、目的に向かって言葉通り走り続ける覚悟に対して純粋に敬意を抱き、彼を見習って着ていたクルタの民族衣装を脱いで鞄に押し込み、「他人のフリするなら今の内だぜ」という言葉を無視して、話しかける。

 

「レオリオ。一つ訊いていいか?」

「へっ、体力消耗するぜ! 無駄口はよ!」

「ハンターになりたいのは本当に金目当てか?」

 

 レオリオの言葉は今更だったので、こちらも無視してクラピカは質問しておきながら、自分でその答えを断言する。

「違うな。ほんの数日の付き合いだが、そのくらいはわかる。確かにお前は、態度は軽薄で頭も悪い」

「お前本当に慇懃無礼の見本だな!」

 

 ソラが使っていた表現をまさしく地で行く相手にレオリオは怒鳴りつけるが、もう地下道でさんざんソラに言われて開き直ったのか、「なら、お前は偽悪者の見本だ」と言い返した。

 

 レオリオに対しての印象が偏見であったことなど、あの船で決闘していた自分に無防備な背を躊躇いなく向けて、自分より離れた位置にいたというのに、気を失って船から投げ出されそうな船員を助けようと駆け出した時からわかっていた。

 クイズの時も、「大切な人に順位をつけて、下位を見捨てろ」という意味合いだったことに、誰よりも憤慨していた。

 ナビゲーターの正体に気付かなかったのに、「合格」をもらえるほど真摯に、怪我人の治療と励ましを行った。

 

 ソラによく似た、善人なのにそう思われるのを何故か恥ずかしがっていやがる人間であることなど、わかり切っていた。

 

 だからこそ、気になった。

 金よりも自分よりも誰かの命を尊ぶくせに、金に執着しているレオリオの、なりふり構わず走り続ける真の目的が気になった。

 

「……ケッ! 理屈っぽいヤローだぜ」

 しかしクラピカとは別の方向性で素直ではないレオリオは語る気がないらしく、それだけを言い捨てて話を切り上げる。

 だがクラピカの方も諦める気はなく、彼は自分から先に、自分の心の一番柔い部分を口にした。

 

「…………緋の眼。

 クルタ族が狙われた理由だ」

 

 怒りや興奮などで感情が昂ぶった際に、瞳が赤く変色する。クルタ種族固有の特徴。

 感情によって変化するものなので、落ち着けば普段の赤茶色に戻るのだが、変色した状態で死に至ればその瞳に緋色が定着すること、そしてその緋色は世界七大美色の一つとされていることが、クルタ族虐殺へと繋がった。

 

 抉り取られた同胞たちの眼球が、まだ旅団の手元にあるとはもちろん思っていない。レオリオが言うようにブラックマーケットに売り払われて、自分と同じ「人間」を「物」として下劣に愛でる外道の慰み物にされていることなど、百も承知。

 

 だからこそ、クラピカが目指すのは賞金首ハンターではなく、金持ちの護衛や望むものをハントして貢ぐ、契約ハンター。

 コレクターの横の繋がりから仲間たちの眼を探し出して取り戻し、埋葬することが目的だと自分の隠していたこと、曝け出せる限りのこと全て話せば、レオリオは少しだけ間をおいて言った。

 

「悪いな。俺にはお前の志望動機に応えられるような、立派な理由はねーよ。俺の目的はやっぱり金さ」

 その答えにクラピカは即座に、「嘘をつくな!」と言い返す。

 自分の動機に対してそう答えるのなら、それこそ金でこの世全てのものが買えると思っていない証明他ならないというのに、彼は夢も心も、人の命でさえも金で買えると嘯く。

 

 その発言は、クラピカが何よりも嫌う人種が吐き出す思想そのものなのに、まっすぐにゴールが見えない階段を駆け上がるレオリオの眼は、相変わらずソラに似ていた。

 壊れきった心が決めた、さらに自分が傷つくだけの「自己犠牲」という人間性を守り抜いたその先に、輝けるものがあると信じて疑わない彼女に似ていたから、だからこそクラピカは「撤回しろ!!」と叫ぶ。

 

 が、レオリオは決して撤回せず、逆に訊きかえす。

「なぜだ!? 事実だぜ! 金があれば俺の友達は死ななかった!!」

「!!」

 

 レオリオは自分の言葉に対して、「失敗した」と言わんばかりに舌を打つ。

 この自分とは違う方向で素直ではない偽悪者は、言い訳が嫌いという点ではクラピカとよく似ていた。

「病気か?」と尋ねたクラピカに、レオリオはもう振り返ることなく諦めて語る。

 

 治せない病気ではなかった。ただ、治療には莫大な金がかかるものだった。

 方法があるのに手が届かないという、不治の病以上の絶望を味わったレオリオは、夢を抱いた。

 

 友達と同じ病気の子供を治す医者になろう。そして、金をよこせと言った医者とは違って、「金なんかいらねェ」と言ってやれる医者になろうと決意した。

 

「笑い話だぜ!! そんな医者になるためには、さらに見たこともねェ大金がいるそうだ!!」

 そんなこと、考えるまでもないことだろう。

 金をよこせと言った医者は、別に欲にまみれていたわけではない。その治療費は必要かつ当然の対価だっただけ。

 子供ならともかく、大人になれば誰だって理解できる、どうしようもないこと。

 

 それでも、彼は諦めなかった。

 地下道で一瞬、立ち止まっても膝を屈しなかったように。

 

「わかったか!? 金、金、金だ!! 俺は金が欲しいんだよ!」

 

 もう、レオリオの「金が欲しい」という言葉に、クラピカは不愉快さを感じない。

 彼は金で買えない、尊いものを知っているからこそ、それを取りこぼさないためにも金を欲していることが、どうしようもなく嬉しかった。

 

 自分と親友が、外の世界とハンターという職業に憧れを抱いたきっかけの物語、その主人公たちと同じ心根を持っている者が仲間だということが、嬉しくて仕方がなかった。

 

「……すまない、レオリオ。今まで偏見と誤解で無礼なことばかりして」

「まったくだぜ!」

 

 どこまでも後ろ向きな自分と違ってよっぽど誇ってもいい志望動機を、本人がそう思わせていたとはいえ散々、軽蔑して非難したことを恥じて詫びれば、即答で肯定された。

 レオリオならそう返答することは予測できていたので、クラピカは素直に反省するのだが、その後に続いた彼の言葉には思わず、言葉通り目の色を変えかけた。

 

「お前って、マジで理屈っぽくて面倒くせーな。ちょっとは姉貴の奇跡のバカを見習えよ」

 レオリオが発した「奇跡のバカ」に対して、胸の内に酷い不快感が生まれる。そのフレーズを生み出したのは自分で、言われた本人が割と本気で気に入って採用した言葉だというのに、他人に使われるのがこの上なく不愉快だった。

 

 しかし自分が言い出したことなので、「ソラを侮辱するな」と言う訳にもいかず、「……あれを見習ったら周りに迷惑なだけだろう」と返して話を切り上げる。

 切り上げたつもりだった。

 

「そうだな。クソ騒がしくて空気が読めないどころかぶっ壊してくるし、勝手にお前と仲がいいって思い込むわ、マジで迷惑極まりない奴だな。つーか、試験中だっていうのに何ヘラヘラ笑ってやがるんだか」

「レオリオ!」

 

 つい感情的になり、強い語調で叫ぶ。

 それは事実であり、クラピカの言葉を肯定するもので、クラピカが反論する資格などない言葉。

 そんなことはわかりきっていたのに、我慢できなかった。

 他人に、自分以外にわかったかのように彼女を悪く言われることに耐えられなかった。

 

 自分との再会を、彼女以外の誰かを彼女がいなくとも信じられるようになっていたクラピカに喜び、輝くように笑った彼女を侮辱することだけは、許せなかった。

 

「ほらな」

 

 しかし、続く言葉は振り返ったレオリオの「してやったり」と言わんばかりの顔、そして言われた言葉で失われる。

「自分が言ったことそのまんまでも、他人に言われりゃ腹立つだろ?」

 

 予想外の返答と表情で、クラピカはポカンと彼の顔をただ眺めることしかできない。

 その反応に、レオリオは「仕方ねぇな」と言わんばかりに苦笑する。

 

「お前と再会して、お前に仲間がいることを自分のことのみてーに喜んで笑って礼を言う奴が、お前が小金目当ての飼い犬ハンターとか言われて、平気なわけねーんだよ。

 お前が自分の誇りなんかどうでもいいみてーに、あいつ本人は奇跡のバカだの男か女かわかんねーだの言われても平気かもしんねーけど、あの女は確実に、お前が侮辱されたらさっきのお前以上にキレるぜ」

 

 そんなこと、言われるまでもなくわかっていた。

 自分のことに関しては、「怒るのって疲れるし面倒くさい」と言って、何を言われても大概は笑って流すのに、クラピカのことに関しては本人より先にいつもキレていた。

 

 その癖、クラピカの決めたことに口を出そうとはしない。

 

 相談をすれば、たまに「自分はこうしてほしい」という希望を、アドバイスとともにくれることがあったが、それはごく稀。

 今、生きているということが、どれだけの奇跡と犠牲で成り立っていることを知っている人だからこそ、クラピカが復讐によって手を汚すことなど本心では望んでいない癖に、絶対に「そんなことするな」とソラは言わなかった。

 クラピカのしたこと、しようとしていることで勝手に自分のことのように傷つく癖に、クラピカが自業自得で蔑まれることに対して怒る彼女の姿が、あまりにも容易く想像がつく。

 

「……何が言いたい?」

 この問いの答えだって、クラピカには訊くまでもないことだが、どうしても素直にレオリオが説いた言葉を受け入れられず、意地で悪足掻きをする。

 それは本当に、わずかな時間稼ぎにすぎない悪足掻き。

 

「人のことに気ぃ使ってないで、お前は自分のことをどうにかしろってことだよ、ガキ。

 自分の姉貴分が、ゴンやあのキルアってガキに取られて、拗ねてむくれるようなガキが悟ったようなことを言ってんじゃねーよ!」

 

 やはり9割がた予想通り、ソラよりも年下で自分に近いのに、どうしようもなく自分が子供であることを思い知らされる言葉で、反論することが出来なかった。

 予想外の1割部分を除いては。

 

「!? だ、誰がいつ拗ねてむくれた!? 訂正しろ!」

「階段上がり始めたあたりで、ガキどもの競争にあいつが『負けるか―!』ってノリノリで走って行ってから、やたらと機嫌が悪かったじゃねーか!」

 

 またしても顔を赤くさせて反論したら、即答される。

 

「お前の気の所為だろ! 断じて違う!」

「はっ! 『子どもと張り合うな!』だとか文句をつけて、こっちに引き留めようとしてよく言うぜシスコンヤロー!!」

「事実だろうが! それに、私はシスコンではない!」

 

 結局、いつもの口論をしながら階段を駆け上がる二人を、脱落者が大口を開けて見上げる。

 レオリオは自分を凡人だと評していたが、脱落者はもちろん常連受験生から見ても、口論しながらこの階段を駆け上がれる体力は普通に化け物レベルだと思われたことを、本人は知らない。

 

 * * *

 

 一方その頃、試験官サトツの真後ろまで追いついてしまった子供二人と、歳どころか性別も不詳一人は、後ろの方のレオリオやクラピカ以上に、「体力温存? 何それ?」と言わんばかりに、雑談しながら走っていた。

 

「いつの間にか一番前に来ちゃったね」

「うん、だってペース遅いし。こんなんじゃ逆に疲れるよなー」

「いや、それは君だけだから。汗も流していないって、化け物か」

 キルアの余裕発言に、ゴンは横目で敬意とも畏怖とも取れる視線を向け、ソラの方は後ろで呆れたようなツッコミを入れる。

 

「お前に言われたくねーよ! お前も汗ひとつかいてねーじゃねーか!」

 キルアが少しだけ悔しさを滲ませた、八つ当たりじみたツッコミを返すが、前を走るサトツからしたら、“念”を習得しているソラより、“念”を知らずに自分の真後ろまで汗もかかずについてきているキルアの方が、ソラの言う通り十分に化け物である。

 

 そんな悔しく思う必要などないくらい才能の塊でありながら、姉に勝ちたい、姉に認められたいと思っているのが、素直ではないのにあまりにわかりやすくて微笑ましいと、サトツもソラとキルアを実の姉弟だと思い込みながらほっこりと和みつつ、相変わらずありえない速度の競歩で階段を駆け上がる。

 

 試験官の癒しになってることなどもちろん、当の3人は露にも思わず、ゴンはキラキラとした純粋な目で二人を見ながら言う。

 

「キルアもソラもすごいよね。でも、ソラ。無理しないでね。レオリオの鞄も、疲れたら俺が持つよ。俺が拾ったんだし」

 レオリオがリタイアしかけた際に、置いて行こうとした鞄はゴンが釣竿で回収したが、持つのはソラが担当している。

 ゴンが回収してすぐに、「ありがと」と言いながらゴンから奪うというにはあまりに自然体で鞄を手に取って、そのままずっと持たせていることを実は気にしていたのだが、ソラの方はこともなげに「大丈夫だよ。っていうか、年下の君に持たせて私が手ぶらってのも立場ないしね」と言って渡さない。

 

 相変わらず相手を子ども扱いしているのに、見下すのではなく「ただ自分が『大人』だから」というだけの理由で、自分からハンデを背負いこむソラがキルアには気に入らない。

 そして、素直に子ども扱いされることも、「ありがとう」と笑って受け入れるゴンも、無性にムカついた。

 ムカつく理由は、子ども扱いを受け入れているのに何故か、キルアよりもその反応はずっと大人びて見えたからかもしれない。

 

 そんなキルアの内心を知らず、ゴンは楽しそうに笑って言い放つ。

「ソラは優しいね。クラピカやキルアが好きになるのもわかるよ」

「はぁっ!?」

 

 いきなりの断言に、キルアの顔に赤みが差す。地下道でのクラピカと全く同じ反応をしながら、キルアは誰が見ても肯定にしか見えない否定を口にする。

 

「何、勝手に決めつけてるんだよ! 誰がこんな、いつも年上ぶって余計な世話ばっか焼くおせっかい女を好きになるか!!」

「おい、キルア。誰がおせっかいババアだ。ババア舐めんな!」

「さすがにお前をババアとは言ったことも思ったこともねーよ!!」

 

 何故かいきなり「年上ぶって」の部分を誇大解釈して文句をつけた、というかボケたソラにキルアの方がマジギレで突っ込む。

 しかし思いついたら即実行のこの女が、この程度の突っ込みで満足して止まるわけがなかった。

 

「いや実際、ババアを舐めちゃダメだよ。私の師匠がもうちょっとで還暦のガチなババアだけど、あのババアもこれくらいの距離なら汗ひとつかかずに走るし、大の大人を一発でブッ飛ばしてぶっ殺すし、変身してゴリラみたいな姿になるし」

 

 ソラの「ババア」の説明に、「ハンター協会のお母さん」と呼ばれる二ツ星ハンターを連想して、思わずサトツは吹き出しかけた。

 この上ない酷い説明で、ゴンとキルアは思いっきり引いているのが振り向かなくともわかるが、その説明は別に何も間違っていないのがまた酷いと思いながら、ついつい聞き耳を立てる。

 

「……もうそれはババアじゃなくて妖怪じゃねーの?」

「……ごめん、ソラ。オレもそう思う」

「奇遇だな。私も妖怪だと確信してる」

「お前は否定してやれよ!!」

「ソラは否定してあげなよ!!」

 

 打合せでもしたかのような完璧な流れに、我慢しきれずサトツは吹き出した。




原作を読み返したら、キルアが「だってペース遅いんだもん」とか、今じゃあり得ない口調で話しててびっくりしました。
あまりに違和感がすごかったので、こっちではキャラが定着してきたころのキルアの口調に直しています。

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