無数のデブリ漂う宙域をただひたすら飛んでいた。耳に届くのは仲間の声よりも自分の心臓の鼓動と吐いた息の音のほうが多かった。
デブリの影から新たなデブリが出て来る度に目で追ってしまう。
「くそ…何処だ」
ハッと我に返り、頭を左右にふるっていったんリセットする。
「私としたことが…焦るなど」
焦った心を落ち着かせるように言い聞かせようとした時、モニターの端で閃光を確認した。それはスラスターの光でもなければ味方からの信号でもない。紛れもない爆発。しかもあの位置には第二小隊が居た筈である。
『ど、何処からの攻撃だ!?』
「立ち止まるんじゃない!!」
味方がやられた事で立ち止まったザクが次の瞬間にはコクピットを打ち抜かれ爆発した。同じように立ち止まった奴が撃たれて行く。
「だから言ったと言うに!!」
マシュマーはデブリを盾にするように身を守る。射撃の方向から大体の位置を確認するが登場しているザク改の装備では有効手段が無いことに舌打ちする。せめてビーム兵器さえあればと嘆くところであったが今はそれど頃ではない。最初の爆発を含めて三つ目の爆発が起こったと言うことは第二小隊が壊滅したと言う事だ。残るはマシュマーが居る第三小隊とイリア少尉が指揮を執っている第一小隊、そして…
『何時までそこに居るんだいマシュマー』
隠れていたデブリを横切ったドム…第四小隊のキャラ・スーンがデブリを盾にしながら移動して行く。
「敵の位置さえ不明なんだ。迂闊だぞ!!」
『ハン。手柄はあたしが頂くからな。お前達付いてきな』
指示された第四小隊のザクⅡが同じようにデブリを盾にしながら追従して行く。「これで何度目だ」と呟き、本日二度目の舌打ちをする。
「第四小隊を援護するぞ。回り込め!!」
本来なら第一小隊のイリア少尉が到着するまで足止めが良いのだろうがそんな事をしていれば間違いなくキャラは落とされているだろう。ジオンの騎士として仲間を見捨てることは出来ない。
デブリの中だから最大速度で行けないが出来るだけ速度を上げていく。ふと後ろを見てみると後続のザクとドムが離れていることに気付き、距離を修正して離れすぎないようにした。
そうしている内に第四のザクが一機仕留められた。慌てて回避運動に入ろうとしたザクはデブリとぶつかってしまう。
『こ、こんな所にデブリが!あ、うわっ!?』
「もう5機もやられたのか!?戦闘が始まってから5分も経ってないんだぞ!!」
叫びながらも射撃位置を特定したマシュマーは敵機をモニターに映し出した。
遠距離用の対MS用狙撃ライフルを構えたMS-06R-2P『試製高機動型ザクⅡ後期型』がデブリを下半身を隠した状態で狙いをつけていた。
「させるかぁ!!」
当たらなくても良いから敵の狙撃を邪魔しようとマシンガンを撃ちまくる。トリガーを引く前に目が合った敵機は狙撃銃をその場に残り、後ろに取り付けていたザクマシンガンを構えた。長距離から中距離戦に移行してくる事を理解する。
『アハハハ、さっきはありがとよ』
「礼はいい。来るぞ!!」
茶色がかった試製高機動型ザクⅡ後期型は速度を上げつつ接近してくる。何とか当てようと四機のMSが集中放火するがまるで弾の方が避けて行っているように一発も掠りもせずに接近される。
ザクマシンガンから火が三連射ずつ放たれる。正確な射撃に変則的な射撃が合わさり回避しようと直撃を許してしまう。一瞬の間にドムとザクが閃光へと変わった。次は自分が狙われていると理解したマシュマーは急ぎ回避したがマシンガンだけは回避できず直撃した。キャラは回避が間に合わず機体を撃ち抜かれていく。
天と地ほどの格上の相手に射撃武器を失った自分に勝ち目が無い事は理解した。理解しても諦めることは出来なかった。ヒートホークを抜き、最高速度で突っ込む。敵機は一瞬撃ち抜こうとしたようだがザクマシンガンを投げ捨てて同じくヒートホークで突っ込んでくる。
振るったヒートホークが容易く避けられコクピットに近付く黄色に輝く刃が迫ってくる事でマシュマーの視界がブラックアウトする。
『貴方は撃破されました。貴方は撃破されました』
機械的なアナウンスがコクピット内に響き、大きく息を付く。ヘルメットを外して汗を拭いつつも今到着したイリア少尉のケンプファーと撃ち合いを始めた試製高機動型ザクⅡ後期型…キョウシロウ・カトウ大佐を見つめる。
「馬鹿者が!!」
「ひう!?」
格納庫に響き渡った怒鳴り声とそれに続く鈍い音に鏡士郎は肩を震わせる。
「戦場のど真ん中で立ち止まるなと何度言えば理解するのだ。立ち止まればいかに連邦の雑兵と言えど当ててくるぞ!!」
戦場で立ち止まった第二小隊のパイロット二名を殴り飛ばしながらガトー中佐は怒鳴り声を上げる。
現在、加藤 鏡士郎は訓練兵の教官役として仕事をしていた。本人としてはまだ乗ったことの無いMSに乗れるし原作キャラと話せるので「我が世の春が来たー!!」って叫ぶほど喜んでいる。
先程の戦闘は実際に宇宙空間を飛んでいるものの攻撃や爆発はすべてデータを合成した物で実際には死者はゼロである。現在進行形で怪我人は増えているが…
「貴様は周りを見ておらんのか!!あれほどのデブリに気付かないとは!!」
「も、申し訳ありませんでした!!」
殴られつつも姿勢を正して謝る。いつもの光景だ。いつもの光景だが鏡士郎はなれることは無かった。
一人端っこで小さくなっているとガトー中佐がお疲れ様でしたと労いの言葉をかけてくれる。この人は階級の上下関係以上に接してくれるから本当に嬉しい。たまにカリウス曹長…あ!僕が部屋に閉じ込められていた時に階級上がってたんだよね。まぁいつもはカリウス兄って呼ぶから関係無いけど。ああ、話が変わってしまった。ガトー中佐がカリウス曹長と一緒に飲みに誘ってくれたりする。でも僕はまだ15歳なのでコーラだ。
ガトー中佐との話が終了すると次の仕事へと移動なのだが…
「だ~れだ?」
「むぐ!?」
後ろから抱きしめられた鏡士郎はジタバタと手足を振るって暴れるがまったく相手には効果が無かった。しばらく動いていたが途中からぷらーんとぶら下がってしまう。
「おい!大佐に何しているんだ!?」
「ん?お前もやるかい?」
「むぅ…」
注意されたが決して止める気が無いキャラは抱きしめたまま頬ずりする。ため息を付きつつマシュマーが下ろす様に言ってくれる。前に二人と会話した時に『もっとラフにいこうよ』と言ったらこんな扱いになってしまった。
マシュマーより深いため息を付いたイリア少尉は不機嫌そうな顔のまま袖を引っ張る。
「そのままで良いですから行きますよ大佐。時間が無いんですから」
「はーい。では発進!」
「りょーかい」
本当に抱きしめられたまま進んで行く。行き先はレコーディング用に改装された部屋である。前にあった模擬戦で歌って以来、娯楽の少なかったアクシズ兵士が食い付いたのだ。元居た世界では有名な曲なのだがこちらの世界には存在しないらしい。ちなみに売り上げは鏡士郎の提案でアクシズの為に少しでも役に立つのならとハマーンに献上している。
しかしいつもと違うのは部屋の前に親衛隊が待機している事だ。レコーディング室に入る前に静かにするようにと指で指示すると警備をしていた親衛隊に敬礼して通過する。中に入ると音楽が流れていた。
ここは鏡士郎が使っているレコーディング室で本来は誰も使うことのない。先の親衛隊と言いなにかおかしい事に気付きながらマシュマーは続いていく。中では機材を操作している兵士が数人と親衛隊が詰めていた。
「~♪」
中には音楽が流れていた。曲はガンダムZZのサイレント・ヴォイスである。透き通った声の元を辿るとマシュマーもキャラも膠着した。
無理もない。ガラスの向こうにはハマーン・カーンが居るのだから。
歌い終わりこちらと目が合ったハマーンは鏡士郎を軽く睨み付ける。何があったか知っているイリアは深いため息を付いてポケットに常備していた薬を口に含んだ。
「その薬よく飲んでいるけど病気?」
「…最近頭痛が酷いもので」
「そ、それはお大事に…レコーディングは終了?」
「いえ、これから録音をする所であります大佐殿」
近くに居た親衛隊隊員に聞いてみたがまだまだ時間がかかるなら仕方がないが次に行った方が良さそうだ。
それにしてもひとつ気になる事がある。親衛隊員もそうだがイリアちゃんも丁寧に接してくれるのだがどことなく怒気と言うかなんと言えば良いのか分からないが兎も角そんな感じのものが含まれているのだ。なんでだろう?
「イリアちゃんあと任せるけど良い?」
「はぁ…了解しました。ではあとで」
「大佐はどちらに?」
「他にもやることがあるの。ああ!二人はここに居てね。じゃね」
それだけ言い残すとさっさと部屋を出て行ってしまった。残された二人は事情を知っているであろうイリアを見つめる。
「自分達はここで何をすれば良いのでありますか?」
「あなた達をハマーン様に紹介します」
「あたし達を!?」
「カトウ大佐の頼みで…『成績優秀でジオンの未来を担ってくれる存在だから会って欲しい』と」
「大佐がそんな事を…。これは精一杯精進せねば」
「あたしもそうさ」
やや興奮気味の二人はそこでひとつの疑問を口にした。
「イリア少尉。どうしてハマーン様は歌っておられるんですか?」
「…カトウ大佐がド…ドゲザ?とか言う方法で頼み込んだらしいですよ。数年戻れないからどうしてもって」
「戻れない?大佐はどこかに赴かれるんですか?」
「地球圏へ。それしか聞かされていない。何をするかまでは聞かされてないのだけど」
「でもそれって大丈夫なの…ですか?」
「どういう意味だ?」
「だって大佐って素性も分からなくて謎が多いから実は連邦軍のスパイなんじゃないかって噂あるじゃん」
「な!?馬鹿な事を言うな!!大佐に限ってそんなことあるはずないだろう!!」
「あたしだってそう思ってるさ。でもさ」
「その点は心配ない。すでに対策は練られている」
キャラはその時、何かを決意されたイリアの顔に一抹の不安を覚えた。
レコーディング室を後にした鏡士郎は急ぎ足でMS開発部へと向かった。これから一週間は準備で忙しいらしいから今のうちに頼み事や頼まれ事を済ませておかなければならないのだ。まだ今日中にしなくちゃいけない事が後二件ほどあるからさっさと済ませたいんだよな。
開発部に入ると多くの作業服姿の兵士の視線を集めてしまう。その視線から早く逃げたくて目的の人物を探す。奥の机で資料に目を通している堀が深い兵士を見つけた。髪はオールバックで固めており年齢からか左右に白いラインが目立っていた。
「ヴィクトル大尉」
「ん?これはカトウ大佐。予定されてた時間より少しお早いですな」
書類に目を通していたヴィクトル大尉は声をかけてきた人物を見ると席より立ち上がった。他の人の作業の邪魔にならないように近付いていく。
「どうですブラオシュネーは?」
「いやはや、大佐はその事ばかりですなぁ。設計はおおよそ出来上がっていましたので設計図上の微調整とパーツによる性能のアップは済んでおります。後はハマーン様に開発のご許可を頂ければ問題なく」
「やった♪」
「それと大佐が要望された対宇宙拠点用MS兵装はすぐにでも用意できますが数の方はいか程に?」
「う~ん…最低でも15…出来れば30程かな?」
「畏まりました。他には何かありますか?」
頼んでいたのはその二件だけなのだけどもうひとつ頼みたい事があった。
「ジムの件なんだけど…」
「ああ…例の件ですか?」
これから地球圏へ向かうのは良いのだがジオン残党である自分達が見つかれば戦闘は避けられないし避ける気もない。ティターンズとエゥーゴの戦闘にも介入しようと思っている。その際に「私ジオン兵です」と言わんばかりのジオンMSに乗ってエゥーゴを援護したらエゥーゴ=ジオン関係なんて構図を作られたら笑い話にもならない。だから連邦系のMSがあればいいなぁと頼んでいたんだ。アクシズには前に入手したとあるシステムを積んだジムがあるらしいのでそれを高機動に仕上げてもらいたいのだが中々許可が出なかったのだ。
「やっぱり駄目でしたか?」
「ハマーン様から許可を頂けましたよ。ご希望通りコクピットはジオン仕様に変更したしましたし、高機動への改修は三日ほどで完了いたします」
「なら間に合いますね。良かった」
「ただあの阿頼耶識システムは解析もまだなので搭載できませんでしたが…」
「そんな暗い顔しないで下さいよ。何とかしますから大丈夫ですよ」
ヴィクトル大尉は別に鏡士郎のことを心配して言った訳ではなく、アクシズの力を持ってしても未だ解明し切れていない事を言ったのだが別に訂正するほどではないから黙っておく。
しばらく話すと今日最後の仕事へと向かう。場所はNT研究を行なっている部署である。ドアをノックする事無くドアを開ける。
「お爺ちゃん来t「プルプルプル!!」ふにゃ!?」
ドアを開けたと同時に猛烈な抱き付を腹部に喰らい、そのまま通路へと転がって行った。頭は打たなかったが背中の阿頼耶識が地面にぶつかり背中に痛みを生じさせる。
痛みにもがきながら抱きついてきたオレンジ髪の少女に視線を向ける。
「久しぶり、お兄ちゃん。何して遊んでくれる?」
「ごめんね。今日はお仕事なんだ」
満面の笑顔を向けてくるプルを抱きしめるように抱えて立ち上がる。答えを聞いて剥れるのだがそれが可愛いと思う。
「これ、お止めなさい。大佐にご迷惑だろう」
「迷惑じゃないですよ。懐かれる事は嬉しいんですけどね…さすがに痛かった」
部屋の奥から出てきたのは頭の天辺が禿げた白衣を着た老人だった。彼はマガニーと言って元フラナガン機関に居た人物で現在はアクシズのNT研究の責任者である。そしてここにはクローンとして生み出されたプル達が待機している。
「これは大佐…」
「大佐~♪」
鏡士郎に気付いたエルピー・プル以外のプル達が駆け寄ってくる。同じく抱きついてくる者から袖を引っ張る者まで随分と懐かれたものだ。始めてあった時からNT同士ということで共鳴する事も懐かれた要員のひとつだが一番の要因は暇さえ見つけては遊びに来ていたことだろう。
まだ乗った事のないMSに乗りたいのだが乗るにしても費用がかかるし、何の理由もなく乗る事は許可されなかった。知り合いは年上ばっかりで一緒に遊ぶことはなかった。歳が近い者は15歳のマシュマーに19歳のキャラが居たが二人ともまだ訓練生で寮生活の為にあまり遊びにいけない。他は13歳のイリアと18歳のハマーンだが多忙すぎて遊ぶ暇さえなかった(誘いはしたが速攻で断られた)。と言う事でまだ6歳のプル達の相手をするようになったのだ。
一番懐いたのがエルピー・プルで懐いた中で尊敬しているのは今も敬礼してくる二人だろう。天真爛漫なプル達の中でツンがある一人はプルツーだろう。そしてもう一人は何故か『マスター』と呼ぶことからマリーダさんなのだろうか?どこで尊敬されたのかは鏡士郎本人が分かってない。二人とは実験を兼ねた模擬戦で相手をしたことぐらいだ。
「まったく…」
「ははは…じゃあ、測定始めましょうか?」
「ええ、お願いします」
12人のプル達と共に奥の脳波コントロールの測定器へと向かって行く。今回はこれだけだが以前はいろんな機器で計られたものだ。その時の研究者としてのマガニーの顔は忘れない。あまりの熱心さに解剖までされるんじゃないかと恐怖を覚えたほどだ。
まだ敬礼をするプルツーとマリーダの頭をひと撫ですると鏡士郎は観測機が置いてある奥の部屋へとマガニーと共に消えていった。
地球行きの為に準備を進める鏡士郎の最終日の話…
『アクシズとの暫しの別れ』
ではまたお会いしましょう。