小惑星アクシズ
アステロイドに位置する小惑星でソロモン(現在コンペイトウ)やア・バウア・クー(現在ゼダンの門)を地球圏へと送り出す中継基地として使われていた。今は一年戦争で敗北したジオン兵の多くがこのアクシズに集まっており、ジオンの最大勢力となっていた。
そんなアクシズに加藤 鏡士郎を含んだデラーズ・フリート残存部隊が合流したのだ。ここからが大変だった。
到着するとまずどの部隊に所属していたかを聞かれ、アクシズにあるデータの中から参照する。
調べたい事があるとの事でシミュレータを使った試験を受けた。途中、機械の故障と言う事で4回も乗り換えた。
ヅダのデータを取りたいとの事で『壊さないなら』との条件で書類にサインした。
知っているジオンの将校から一般兵まで書いてくれと言われたから思い出せる名前を全部書いたら1枚じゃ足りなかった。
他にもいろいろテストのような物をいっぱいして疲れましたよ。でも全部ガンダム関係の事だったから飽きることはなかった。
・・・・・・・・・そして閉じ込められました。
ジオン軍服のおじさんに連れられてこの殺風景な部屋に早三日。何も言われぬままここに閉じ込められたままなのだ。
何度目になるか覚えてないが部屋を見渡す。執務室にあるような立派な机。隣の部屋にはベッドとシャワー室がある。暇をつぶせるような物は…無い。
ムゥと唸りながら机に突っ伏す。
「何か悪い事でもしてしまったのだろかな?」
思い当たる節はある。あの『総帥直属特務試験化部隊所属キョウシロウ・カトウ少佐』って書いた身分証明書だろうな。らしくしたけどあれは趣味で作った物。本当にどうしよう…
でも拷問や事情聴取する気配はない。ついでに言うと食事は毎日三食とちゃんと出ている。
のそのそとドアの前に立ち大きく息を吸う。
「暑っ苦しいなぁ…ここ。出られないのかな?おーい、出して下さいよ。ねえ」
ドアの向こうからは何の返答も無かった。食事を持ってきてくれるとき以外は人の気配がないのだ。
「はにゃ~…カミーユの台詞も駄目かぁ」
眉間に指を当てながら考え事をしていると人の気配を感じた。感じたと言ってもドアの前ではない。もっと離れた場所である。なぜそんな事が分かるのか?鏡士郎事態分かってないというか気がする程度の物である。
でもこれで暇をつぶせる。その人がここに来るように誘導する。っと言っても遊びなのだ。いつもはすぐに気配が消えるのだが今日は消えずに指示に従って動いている。気のせい…なのだろうか?
とりあえずここまで誘導してみたのだがなんだろうかこの感覚は本当にドアの向こうに誰か居るような気が…
「貴様か私を呼んだのは?」
「はにゃ!!」
凛とした声が部屋の中へと響く。まさか本当に誰かが来るとは思って無かっただけに本気で驚いている。
僕にも『ララァ・スン』のようにニュータイプの力があったのか!?いや!偶然と考えよう。うん。その方が良いと思うし…
…何を思っているんだろうかこの少年は。自分がヅダに付いていたファンネルを脳波コントロールで使用した事をすっかり忘れてやがる。
「もう一度聞くぞ。貴様が私を呼んだのか?」
「は、はい」
とりあえず返事を返す。相手が誰なのか理解せぬままに…
部屋の大半を大きな楕円形の机が占めている会議室にてジオンの高官らしき人物達が席につき何かを待っている。この場にはジオンの高官だけではなく白衣を着た老人も席についている。
扉の前で待機していた兵士が同時に扉を開いた。会議室へと入ってきたのは20にも満たない少女であった。少女は待っていた相手に目もくれずに上座に座った。容姿にはまだ少女らしさを残してはいたが雰囲気に表情は大人びていた。
この少女こそミネバ・ラオ・ザビの摂政であり、アクシズを率いているハマーン・カーンである。
「さて報告を聞こうか」
冷たくも凛とした声にその場に居た者達が反応した。一人の高官が立ち上がり、一礼してから自分が持っている資料を見つめながら口を開いた。
「まずは彼の所属していた部隊の事ですが調べたところ『総帥直属特務試験化部隊』などと言うものは存在いたしません」
「…ではあの証明書は偽者なのか?」
「それがそうとも言えません。あの書類にはギレン閣下のサインもありました。アレを偽装だと早々に判断することは出来ません」
「しかし存在しなかったのだろう」
「…言葉が足りませんでした。『我々が所持している情報には存在しなかった』というのが正しいです」
ふぅむと口に手を当てて考える仕草をするハマーンに皆の視線が集まる。すると立ち上がった高官以外の者が口を開いた。
「そのカトウ少佐の件なのですがデラーズ・フリートよりこちらに入った者達は閉じ込めている事に異議を唱えております」
「主に誰がだ?」
「主立っているのはアナベル・ガトー中佐であります」
ソロモンの悪夢で知られたガトーの名を聞いて場がざわめいた。ここアクシズには多くの兵士達が集まっており名の知れたエースパイロットは彼らにとってスーパースター以上の存在である。その発言力も知名度に連れて高くなる。
皆様お気づきになられたでしょうか?本来アナベル・ガトーは少佐である。ここアクシズに来て星の屑などの功績を鑑みて階級を少佐から中佐へと上げたのだ。
階級・知名度共に高いガトーに異議を唱えられるのは良い状況ではない。彼を支持しているのは同じくデラーズ・フリートにて戦場を駆けたベテランパイロット。もし彼らに抗争など起こされてはアクシズがまた二分されるかもしれない。それは避ける為に早期に決着せねばと思考する。
「総帥直属とは二階級上なので大佐。そのような方をずっと閉じ込めると言うのは…」
「それは総督府の者達の話では?それにあの身分証明書自体が怪しいではないか」
「しかしガトー中佐が動いている事を無視することは出来まいよ」
「次の報告を」
話し合いが始まっていたがハマーンの一言で周りが黙った。続いて次の者が立ち上がる。
「ハッ!次にカトウ少佐が乗っていたヅダですがあれはとんでもない物です」
「抽象的に言われても分からん。具体的に述べよ」
「外見はツィマッド社で製造されたヅダですが中身は別物です。性能は既存のMSを寄せ付けることは無く、たった一機で艦隊を相手にすることも可能でしょう」
「誇張しすぎではないか?」
「誇張するならばあの一機さえあればジャブローは落とせていたでしょう」
「それほどの物か…ならば徹底的に調べ上げ量産せよ」
「その事なのですが…不可能なんです」
「どういうことか?部品が足りないのか?」
「いえ、技術的に無理なのであります。理論は理解してもどうやって作ったのか分からないのであります。それにあの機体を操るとなると普通の人では無理です。速度を出すだけでも身体が持たないでしょう」
早期に決着を、と思ったらコレだ。いったい何者なのだカトウという者は…ここで疑問が過ぎった。
『身体が持たない』
ならばあの者はなぜ身体に異常が無いのだ?考えられる事は二つ。ひとつは測定の仕方に誤りがあるか、何かしらのトラブルで間違った数値を測定した。もうひとつは強化人間である。
人体を弄くり常人とは比べ物にはならない身体能力、もしくは強制的にニュータイプと変貌させる事もある。デメリットも多くあるが…
「そういえばフラナガン機関にも詳しかったと言っていたな?」
「はい。知っているジオン関係者を書き出してもらった中にはフラナガン機関関係者も居ました」
名簿には目を通した。『赤い彗星』や『青い巨星』などの有名パイロットやザビ家のように誰でも知っている者から『バーナード・ワイズマン』や『ジーン』などの兵士の名も書かれていた。中には極秘作戦に参加させられていた者も…。しかも何処で亡くなったとか何処で活躍したなど細部渡り書き込まれていた。
その名の数々をすべて調べさせたが一名を除き一致した。
『クスコ・アル』。ニュータイプ能力では『ララァ・スン』を超えると記されていたがそのような者は確認が取れなかった。フラナガン機関が秘密裏にしていたなら話は別だが。だからこそ奴がフラナガン機関出身者ではないかと思えたのである。
ハマーンの考えを理解したのか白衣の老人が立ち上がる。
「どうしたマガニー」
マガニーと呼ばれた老人はアクシズでニュータイプ部隊の研究員である。フラナガン機関に属していたと言う経歴を持つ。
「彼、キョウシロウ・カトウ少佐は強化人間ではありませんよ」
それだけ言うと資料を取り出し、兵士を介してハマーンへと渡す。資料は鏡士郎を調べた結果が詳細に書き込まれていた。その資料に目を通したハマーンは眉間にしわを寄せた。資料の内容に対してではなく、この資料を見たことにより昔にフラナガン機関で調べられた過去を思い出したのだ。それは決して良い思い出ではなく嫌悪感を今でも抱くに値するものだった。
マガニーはそんなハマーンの心情には気付かず調べた成果を話し始めた。
「確かに身体能力は常人よりも優れた物でした。あのヅダを操縦する為に生まれてきたと言っても過言ではないほどに。されど彼の身体には強化手術を受けた痕跡はありませんでした」
「…見逃した可能性は?」
「絶対に無いと断言できます。これ以上調べるとなると一度開かなくてはいけませんが…」
「開くのはしなくてよい。ニュータイプ能力はどれ程だ?」
「被検体02以上の能力値だと予測されます」
「予測、と言ったのか?」
「はい。測定数値が上限を突破した為に測定できなかったのです」
「そうか…」
これ以上会議を続けても進展は出ないだろう。とりあえず調査の命令を続けるように命令を下して会議を終了させる。
警護の兵士が二人追従する中で鏡士郎の事を考えながら歩き続ける。このままにしておくか、それとも早くいち兵士として組み入れるか…どちらにしても不安要素は残る。むしろ危険であるか…
『そこを左に曲がって』
声が聞こえた。振り返り兵士に向き直る。
「何か言ったか?」
「いえ、何も言ってませんが…どうかなさいましたか?」
「なんでもない。気にするな」
気のせいだろう。最近いらん悩みの種が増えたせいで疲れたのだろう。そう思い込み止めた足を進める。
『左に曲がって』
また聞こえた。どうやら耳にではなく脳に直接伝わってくるようだ。気になりその指示に従う。予定のルートと違う事に気付いた兵士達であったが何一つ言わずに追従する。
『そのまま真っ直ぐ』
『ここで右に曲がって次の角を左へ』
『左に…あ!ごめんなさい。右でした…』
どうも不安が残る誘導であったがちゃん辿り着いた。そこは鏡士郎が居る部屋である。兵士達には誰も来ないように通路の角で待機させた。
「貴様か私を呼んだのは?」
「はにゃ!!」
…はにゃ?今、そう言ったのか?
呼んだのは鏡士郎だと判断していたハマーンだったが自分の判断が誤りだったかと考えたくなった。
「もう一度聞くぞ。貴様が私を呼んだのか?」
「は、はい」
もう一度確認を取ると肯定が返ってきたので話を進める。
「何用で私を呼んだのだ?」
「えーと…頼みたい事がありまして…」
「頼み?」
「はい。僕の…アルト・ハイデルベルクで使用していた部屋に対複数戦を想定した機体の設計図があるんです。それをマハラジャ・カーン提督にお渡し頂けれませんか?」
「…おt…提督は亡くなられた」
お父様と言わずに提督と言ったのはハマーン自身理解していなかった。無意識に言ってしまったのだ。それに対して鏡士郎は驚いているのだろう。何か奇声を発している。
「そうで…もしかしてハマーン様ですか!?」
「――っ!!」
今度はハマーンが驚かされた。名を名乗っていない上に扉はロックしたまま開けてないので姿も見られていない。なのに疑問系ではあるが声色は本人であると確信しているようだった。
「ああ、私がハマーン・カーンだ」
「おお!でしたらどうかあの機体をお役に立てて下さい。お願いします!!」
「…それで貴様は何を望む?」
「はにゃ?」
「設計図を私に渡すことで貴様は何を望む?」
興味が湧いた。ただそれだけの事だ。奴が何を望むのかでどんな人間なのか分かるだろう。
悩んでいるのだろう。中から唸り声が聞こえてくる。しかしそれほど時間はかからなかった。
「出来た機体をカリウス兄…じゃなかったカリウス軍曹かガトー少佐に乗ってもらって下さい」
「…それで良いのか?普通は出してくれとか言うと思うが?」
「はうあ!たしかに…でも二人とは約束したしなぁ。うん!乗ってもらう方向で」
約束を優先して自分の事を忘れていたのか…余程の馬鹿なんだろう。だが面白い。気が付くと笑っていた。大声でないにしても笑っていた。笑ってしまうなど久しぶりだ。
「キョウシロウ・カトウ少佐だったな?」
「はい。そうですけど…」
「明日、迎えを寄越す。その者と私の所まで来てもらう。異論はあるか?」
「え!?直にハマーン様と会えるんですか!!行きます。異論なんてあるわけ無いじゃないですか」
「ッフフ。そうか」
ハマーンは笑っていた表情を隠し、いつもの凛とした表情に戻してその場から去って行った。
自身のニュータイプ能力を理解せぬままにハマーン・カーンと扉越しに接触した鏡士郎はハマーン様の前に!
次回『少女の悲しみと憎しみ』
『生き延びるんなら、信じあわなきゃ』
ではまたお会いしましょう。