アーガマ
反地球連邦組織エゥーゴが建造した新造戦艦である。連邦で使われているサラミス系ともジオン系の艦船とも酷似せず、一年戦争中にアムロ・レイが乗っていた戦艦のペガサス級をベースに設計さている。
そんな見慣れない戦艦の一室でカミーユ・ビダンは落ち着かない様子でコーヒーを飲んでいた。民間人でありながらこうして軍艦に乗っている訳を思い出す。グリプス内で出会ったティターンズに自分の名前を聞かれた事から始まったのだ。
『女の名前なのに・・・なんだ男か』
カミーユという名前は女性的でかなりの劣等感を持っていた。言われた瞬間は相手が誰だろうが形振り構わず殴りつけるほど怒ってしまった。結果、捕って怒鳴り散らす警務官にいろんな事を聞かれた。少ししてから母が迎えに来た事で釈放になったのだが先の警務官と一悶着して、ガンダムMk-Ⅱが落下するという事故の隙に逃げ出した。後は起動前のガンダムMk-Ⅱに乗り込みグリプスにMSで侵入していたクワトロ大尉にくっ付いて来たのだ。
「ビダン君。ビダン君?」
「え?」
「ビダン君は砂糖いらないの?」
「あ、頂きます」
「はい、どうぞ」
小さな長机を中心にして周りに置かれたソファに腰掛けているカミーユの隣には年下らしい少年が砂糖やクリープが載ったお盆を持って腰掛けた。
整えられてないぼさぼさの髪に大きめのジャンパーを羽織り、前髪で目を完全に隠している少年。この船に来て一番驚かされた。どうみても年下にしか見えないのに自分より年上なのだという。それだけではない。この艦内で彼の呼び方が『大佐』なのだ。冗談か何かと思って本人に聞いてみたら本当に大佐なのだという。
マジマジと眺められているキョウシロウはコーヒーを少し吹いてから口に含むが苦かったらしく渋い顔をして砂糖を追加して行く。
「で、話を続けてもいいかな」
「はにゃ?あー、はい」
向かいに座っているのはヘルケン・ベッケナーと名乗った人物でこのアーガマの艦長を務めている。最初は強面だったので少し怖がったのだが性格までも外見どおりではなく、豪快だが話しやすい人だった。
「観測班の報告では敵の追撃隊は少なくとも三隻だった」
「グリプスから出た艦隊は確か七隻でしたよね?」
「ああ、どうやらこちらの先回りに分散させたらしい」
「待ち伏せですか。…コース変えます?」
「コース変更はすでにさせてもらったよ。少し気に入らなかったしな」
「だったらこちらの艦隊は陽動の為にルナツー方面に展開させますか」
「いや、危険すぎるから却下だな」
二人でこれからの行動予定を決めていくのだがそんな日常会話をするような感じで話合っているのだが、それに僕みたいな一般人が参加しても良いのかと不安に思いながら聞いてしまう。
キョウシロウ大佐はエゥーゴと違う組織から合流…いや、どうも協力しているらしく、こうやってこまめに作戦や方針を決めている。何故この場にアーガマMS隊の隊長を務めるクワトロ大尉が居ないのはキョウシロウ大佐に対する配慮と要らぬいざこざを起こさせないようにする為だ。
『はじめましてカミーユ・ビダン君。僕はキョウシロウ・カトウ大佐。嫌いなものは赤い軍服着てサングラスをしている人。宜しくね』
挨拶で最初に言われた言葉だ。赤い服にサングラスってクワトロ大尉以外に居ないのですが…。嫌いと言っても作戦中は別段そんな風には見えなかったのだけどあの二人には何かあったのかな?
キョウシロウ大佐との話合いは終わり、ヘルケン艦長はブリッジに戻らなければならないので話が終わればすぐに退室した。残っている大佐は何か気になったのがジーとこちらを見つめてくる。
「なにか?」
「うー…やっぱり鍛えたほうが良いのかな?」
「鍛える?」
「ビダン君って空手で鍛えてるんだよね。凄くたくましそう」
「そうですか?自分ではよく分かりませんが」
そう言いつつ袖をまくって腕に力を入れて力瘤を見せる。おおぉと感嘆を漏らして腕に飛びついて力瘤の感触を確めて、満足して離れると今度は頬を膨らませて羨むような視線を向けてくる。
「ふぅむ…鍛えたほうが男らしい…よね?」
「まぁ…一概には言えはせんけど、そうだと僕は思ってますよ」
「よし!だったら僕も鍛えてイリアちゃんに子ども扱いさせれないようにしよう!」
なんだかこの人とは仲良くなれそうだ。夥しく変わった非日常の中で少しだけ安心を心に宿すのであった。
「どうでしたか彼は」
カトウフリート所属サラミス改級宇宙巡洋艦『ポッペンブルク』に戻った鏡士郎は仕官室でフィーリウス・ストリーム少尉と少し話していた。彼に話しかけられる事など作戦の事以外にはないだろうと勝手に思い込んでいた鏡士郎は少し驚いている。
「どうって…うーん、話しやすかったかな」
「それだけですか?」
「えと、どんな答えを期待してたのかな?」
「・・・いえ、別に」
ただソファに腰掛けて再び手に持っていた本に目を移したのを確認して自分の続きを行なおうと腕に力を入れる。
「ふぬぬぬぬ…」
「ところで大佐」
「な、なに?」
「突然腕立て伏せを始めたのにはどんな理由があるのですか?」
視線を本からずらす事無く問う。聞かれた鏡士郎は顔を真っ赤にしつつ腕立てを続けながら顔を向ける。カミーユ・ビダンと話してから鍛えなきゃ以外に何も考えずに戻り、皆に作戦やこれからの事を伝えるよりも先にここで腹筋・スクワットを行なって腕立てをしているのだ。効率なんて考えずに思い浮かんだ筋トレを何でも良いから行なっているのだ。
「少しでも鍛えてイリアちゃんに子供扱いされないようにするんだ」
「でしたら身長を伸ばすほうが先では」
「はぐにゃ!?」
ガンダムのビームジャベリンよりも鋭い言葉の槍が深く心を抉った。ここに来て数年立つけどいっこうに伸びない身長を気にして、最近ではコンプレックスになりそうなぐらいなのに。その事を知ってか知らずか突いてきた。思わずその場に倒れこんでしまう。
「あと、その『にゃ』と言うのを止められたら良いのでは?」
「うぐ………ん」
続いてガンダムハンマー並みのダメージを負った目をうるうるさせていたがふとあることに気がついて振り返る。視線に気付いて本にしおりを入れていったん机の上に置く。
「なんですか?」
「もう一回言って」
「…その『にゃ』というのを止められたら」
「僕の真似した所だけ」
「…にゃ」
今度は目を輝かせて頬を弛ます。スススーと床を統べるように近付いてきた鏡士郎は胸ポケットからカメラを取り出す。
「もう一回して♪」
「……嫌です」
「そんな事言わずにお願い」
「辞退させて頂きます。それになんでカメラを構えているんですか?」
「だって凄く可愛かったんですもん」
「余計に嫌になりました」
「えー!!お願いお願いおねがーい!!」
「そういうところが子供って言われるんじゃ…」
「それとこれは別!もう一回言ってくれないとずっと続けるよ!!」
フィーリウスはだたを捏ねる総司令官に対して大きくため息をついて諦めてカメラを構えられた前でもう一度言う事にした。少しばかり仕返しにこの事はイリアに報告した。
カミーユやフィーリウスに絡んでのほほんと過ごしていた鏡士郎。彼らが居る宙域に白旗を掲げたガンダムとカプセルが到着する。
次回『時間稼ぎ』