アナベル・ガトー先ほど自身が目撃した戦闘を思い返す。
ジオンの流れを汲んでいるが見覚えのない機体が現れたと思ったらたった一機であの艦隊を突破して我らの脱出支援してくれた。今でも夢や幻想なのではと疑いたくなる。
アクシズ艦隊に追従するデラーズ・フリート残存艦隊。あの戦いでムサイ級巡洋艦後期生産型が三隻とリック・ドムⅡが3機、ザクⅡF2型が5機、ドラッツェが9機が何とか合流できたのは奇跡だろう。多くの者が散った。もしくは捕まったりしたのだろう。
ガラス越しに見える宇宙を見つめつつ思う。
『また生き残ってしまった』
ソロモンではドズル中将を、そして今度はデラーズ閣下を失ってしまった…
「私はこれからどうしたら…」
止まりかけた足を再度動かしモビルスーツ格納庫へ向かう。あのパイロットに一言かけねばならないと思い。
連邦艦隊を突破した加東 鏡士郎は脱出したデラーズ・フリート残存艦隊であるムサイ級巡洋艦最後期型『アルト・ハイデルベルク』に着艦したのだ。ちなみに他のムサイは『パルジファル』と『モルゲンローテ』と言う名が付けられているらしい。
コクピットから降りようと立ち上がろうとした時、モニターに映り込んだ背中の異様に盛り上がった突起物に目がいった。それは服の上からでもはっきり分かった。
生体接続式有機マン・マシン・インターフェイス『阿頼耶識システム』。機体とパイロットを繋げる為に脊髄に埋め込まれた『ピアス』と呼ばれるデバイス。
「少しグロイかなぁ?」
自分ではそうは思わないのだけど。『オルフェンズ』の作中で見てから吐いた人がいた。名前は…『チョコレートの隣の人』
?駄目だ。思い出せない。
とりあえずパイロットスーツを着たままで居れば問題ないよね。しかしジオンの軍服を隠すのは嫌だったのでパイロットスーツについていた部品を無理やり外す。着た時に『ピアス』を覆うような白い楕円形のパーツがある。これをピアスに当てて機体と接続するのだ。それを付けた上で服を着る。三つの凹凸から滑らかな曲線になった。まだ違和感はあるがさっきよりはマシだろうとコクピットを開いて外へと飛び出す。
初めての無重力に驚きつつも、心はまたしても歓喜に包まれていた。
ガンダムファンの方々なら分かってくれるだろう。特にジオン好きの人は分かってくれる。
自分の目の前にアニメで見てきたモビルスーツが原寸大で存在しているのだ。ザクが!ドムが!ドラッツェが!そして振り向けばヅダが!!興奮しない訳がないでしょ。出来れば操縦したい。駄目なら今すぐに触りたい。いや、むしろ舐めたい!
「子供!?」
「嘘…」
少しは落ち着いたのか周りの声が耳に届いた。皆それぞれ口にしているがどれもこれも驚愕のものだった。モビルスーツを扱っているのが中学生だったらそんな扱いになるよな。
辺りが驚いている中、一人の男が近づいてきた。
髪は白銀で型はポニーテール。背筋は真っ直ぐと伸び、その視線は鋭い。彼はノイエ・ジールを『まるでジオンの精神が形となったようだ』と言ったが僕は彼を『まるでジオン軍人の精神が形となったようだ』と称する。
『ソロモンの悪夢』ジオンエースパイロットが一人、アナベル・ガトー少佐その人であった。
「君があのモビルスーツのパイロットか?」
「は、はい!そ、そ、そうでしゅ…そうです」
真剣な表情を変えずに一言呟いた言葉に緊張しすぎて少し噛んでしまった。恥かしくて赤面する鏡士郎に手を差し出す。
「先ほどは助かった。デラーズ・フリートを代表して礼を言わせて貰おう」
「いえ、そんな…あははは」
握手を交わしながら照れて、開いた片手で頭を掻く。
ガトー少佐は少し微笑んだまま軽く頭を下げる。
「私はアナベル・ガトー少佐。君は?」
「僕は加t…キョウシロウ・カトウです」
「キョウシロウ・カトウ…か。階級は?」
「え?」
「ジオン兵なのだろう?」
「あー…えーと」
ジオン系の機体を操りジオン兵を援護したジオン軍服を着た者。当たり前のようにジオン兵と思うだろうが鏡士郎は違う世界よりガンダムの世界に入ったのだ。階級どころか軍籍、いや戸籍自体が無い。
どうしよう。なんて言えばいいんだ?と悩んでいると何かに気付いたのか手を伸ばしてきた。
「失礼」
「あ…それは」
手を伸ばして取ったのは降りる時に一緒に持って降りてしまった身分証明書だった。マジマジと目を通すガトー少佐の目が怖い。真剣に作ったと言えどもお遊びの品。怒られる…そう思ったのだがそうなることは無く、結果はビシッと決まった敬礼が教えてくれた。
「総帥直属!!しょ、少佐!?」
少佐の敬礼を見た近くに居た兵士も書類内容が見えたのだろう。信じられないと言いたげな表情のまま敬礼をしてきた。対する鏡士郎は最初に敬礼された時点で反射的に敬礼を返していたがまさかそれが通るとは。
「その歳で少佐とは…いや、失礼したなカトウ少佐」
「いえ、そんな…僕の事はキョウシロウと呼び捨てでも構いませんよ?」
敬礼を止めたガトー少佐はヅダを見上げた。つられて鏡士郎も見上げる。
改めてみるとオプションパーツが凄いことになっている。両肩には第二次ネオ・ジオン抗争で登場したヤクト・ドーガなどに使用されていたファンネルが三つずつ、合計で6基ついている。腹部には同じく第二次ネオ・ジオン抗争に登場したサザビーの腹部についていたメガ粒子砲発射装置。バックパックには右側にシールドビット、左側には六連装ミサイルポッド。後ろの腰にはGNフィールド発生装置。右腕にはブリッツのロケットアンカーと時代がバラバラのパーツが取り付けられていた。
外見はヅダそのものなのだが中身のアビリティもおかしな物ばかり。高精度ガンカメラ、ハイパーデュートリオンエンジン、阿頼耶識システム、エイハブ・リアクター、パワーエクステンダー、AGEシステム、ナノスキン、MFE型ガンディウムFGI複合装甲、ヴァリアブルフェイズシフト装甲、ツインドライヴシステム、ミノフスキー・ドライブ、チョバムアーマー構造、ラミネート装甲、ヤタノカガミ、高出力ホバーユニット、バイポッド、ダブル・パック、エネルギー供給システム…
今更ながら何この機体と思ってしまう。
「始めて見る機体だ。ザクのバリュエーションか?」
「ザクとは違うのだよ。ザクとは」
まあ、ジオンの機体はザク系のバリエーションが多いからそう思ったのかもしれないけどその言葉だけは聞き逃せない。今、ラルさんの台詞を言えて内心喜んでいる鏡士郎は言葉を続ける。
「この機体はヅダ。コストは高いわ、速度を上げ過ぎたら空中分解するという欠陥を持った『欠陥機』と言う事でザクⅠに正式採用で敗北した機体です」
「そんな初期の機体なのか…」
「ヅダは正式採用されませんでしたがそれでもこいつを作ったツィマッド社は諦めずに開発を続けて再び日の目をみたんです。ジオン軍のプロパガンダではありましたが舞台に立ったのです。欠陥は残ったままでしたが連邦のジムが追いつく事さえ出来なかった機動性を見せました。オデッサの敗残兵の救出やア・バウア・クーでも友軍が脱出するまでの時間を稼いだりと確かにこの世界で活躍した機体です。馬鹿にされても、主を失っても何度でも諦めずにこの戦争の舞台に立った…」
「馬鹿にされても…主を失っても…」
「って、僕は何を言ってるんでしょうね?兎も角、ザクと一緒にしないで貰えますか」
「ああ…分かった。すまなかった…そしてありがとう」
「はにゃ?…どうもいたしまして?」
首を傾げた鏡士郎に何かが取れたように微笑んだガトー少佐は来た道を帰っていった。
「生き恥をさらすか…それでも私は」
強い意志を持った呟きは誰にも聞かれることなく彼の心の奥だけに響いていった。
ゲームだから出来る設定。
さて次回はアクシズに向かう道中に発見した輸送艦の話…
次回『運が悪い遭遇戦…もちろん相手が』
『素人め、間合いが遠いわ!』
ではまたお会いしましょう。