月面都市の霊園正面。
そこでは月周辺で散っていった英霊達を祀っている。連邦軍が主であるがジオンの慰霊碑も距離を置いて建ててある。これはスペースノイドにも友好的ですよって言うだけのアピールだけの物で、現在ここに来る人は少ない。
誰も居なかったジオン兵の慰霊碑の前に加藤 鏡士郎は立っていた。イリアも近くに立っておくべきなのだが1時間以上鏡士郎と共に掃除を行なっていた為に疲れて近くのベンチに腰掛けている。
ずっと慰霊碑と向き合っているだけだったが突如として歌を歌い始めた。最初は騒ぎになるかもと思い止めようかとも思ったのだが途中から聞き入ってしまった。
透き通るような声にあんな悲壮感溢れる表情で歌う曲が心に響いた。歌声が少し距離を取った連邦の慰霊碑の辺りまで届き、耳にした人が集まってくる。敵意は感じない。彼ら、彼女らも聞き入っているのだろう。
周りの事など知らずに夢轍~ユメワダチ~を歌い続ける。
この時の二人は慰霊碑の意味合いが変わっていた事に気付いていなかった。建てた当初は上記の通りだったのだがデラーズ・フリートの星の屑などがあってから結束されたジオン残党狩りを目的としたティターンズにとっては隠れているジオン兵の炙り出しに使っている。何か行動を起こそうとする者や久しく思い出した戦友の名が刻まれた慰霊碑を見に来るものが居る。それらを尾行したり、時には捕縛して仲間の居場所を吐かせるのだ。
歌い終わる前に黄色い鳥のマークが入った黒服の連邦仕官が人ごみの中を掻き分けて鏡士郎に近付く。後ろから見ていたイリアは気付いて先に近付こうとするが人が多すぎて近寄れない。
歌い終わり「ふぅ」と一息ついた鏡士郎の腕が掴まれた。
「こっちだ!」
「へ?はにゃ!?」
何が何だか理解できずに腕を掴んだ男に引っ張られるまま駆け出す。人ごみを分けて連邦仕官が追いかけてきた事で何が起こっているか理解する。男はどうやらこの辺に詳しいらしく狭い路地を上手く利用して撒いたようだ。
息を切らしながらこちらを心配している男の顔を見ると見覚えがある顔に驚いた。
「ファビアン少尉?」
急に名を呼ばれた男は神妙な顔をした。
ファビアン・フリシュクネヒト少尉。
アクシズの強硬派に属していたモビルスーツパイロット。爽やかな美青年顔をしている為に当時の強硬派のリーダーだったエンツォ大佐の密命を受け、ハマーンを篭絡しようとした男。篭絡と言うか最終手段で無理やり襲おうとした所をシャアに殴られ未遂で済み、アクシズ追放処分を受けた。
未遂とは言え許せないから殴りかかろうかと思ったのだが今助けられた手前殴りにくい。腕を組んで考え込む鏡士郎をファビアンは睨むように観察する。
「君はいったい?」
「あ!すみません自己紹介がまだでしたね。僕はキョウシロウ・カトウ大佐と……あ…」
「大佐?君が?」
「すみません!今のは聞かなかったことに!!」
わたわたと慌てて訂正するのを見て苦笑いする。
最初はいろんな疑問を抱いたのだがどうも思っていたものと違う感じしかしない。
「で、大佐君は何をしてたんだい?」
「ええと、ハマーンsむぐ!?」
「それ以上はストップ」
口を手で覆われ喋ることが出来ない為に何度か頷いて了承する。左右を見渡し路地裏をそのまま連れて行く。
「私がどんな人物かも知らないのに何でもかんでも話すもんじゃないよ」
「(コクン、コクン)」
「あと周りの状況を確認して話す言葉は選ぶ事」
「(コクン、コクン)」
「……頷かなくて喋っても良いんだよ」
「…ぷはぁ!!」
「息まで止めていたのかい君は?」
クスリと笑いつつ空気を必死に取り込む鏡士郎を連れて路地の奥にある酒場へと入って行く。狭い店内であるが中のカウンター席もテーブル席もほとんど埋まるほど人が多かった。そんな彼らは新たな客に視線を向ける。鏡士郎はアクシズのバーでなれているから良いものの相手にとっては年齢制限ガン無視で子供が入ってくるのだから注目してしまう。
カウンターの奥でグラスを磨いていた中肉中背の男がガンを飛ばしてきた。目付きは悪く、顔には多くの傷跡を残しており厳つさが半端なかった。怯えつつファビアンの後ろに隠れる。
「おいファビイ。そのガキはなんでぇ?」
「警戒しなくていいですよマスター」
「テメェのガキか?」
「子供を持った覚えは無いんだが」
「これだからもてる男は…だったら何でここに連れて来た?」
「彼、ジオンの慰霊碑の前で鎮魂歌歌ってたんだぜ」
辺りの皆の視線が異物を見るような奇怪なものから何か尊敬や驚きを持ったものへと変わっていった。後ろから追い出すように押し出された鏡士郎は不安の眼差しをファビアンに向ける。
「ここに居るのは全員ジオン軍人関係だから安心していいぞ」
「本当に?」
「本当だって」
「おいガキ。何か飲んでけ」
「良いんですか?じゃあコーラで」
「あいよ。ところでおめーさんは誰の為に歌ってたんだ?」
「うー…散って行ったジオン将兵全員の為って言ったらそうなんだけど。やっぱり一番はマレットさんですかね」
マレット・サンギーヌ。
キシリア・ザビ麾下の直属部隊『グラナダ特戦隊』の隊長で階級は大尉。プライドが高く傲慢な性格でいろいろと衝突の多かった。MSの操縦技術は高く、エースパイロットの一人だろう。グラナダが降伏しても最後まで戦い続け戦死した…
差し出されたコーラを口に含みつつあのプレイした戦場を思い出す。もす何年も前だったけど…
「なぁ、坊主。儂らにも聞かせてもらえんかの」
声をかけたのは奥で酒を飲んでいた作業服を着た優しげなお爺ちゃんだった。快く頷き、カウンター前で再び夢轍~ユメワダチ~を歌い始める。
奥でベレー帽を深く被った男が何やらほくそ笑んだのに気付かずに…
歌い終わり、戦友や戦いの記憶を思い返したのか店内がしんみりとした空気が漂った。
その空気を打ち破ったのはドアを蹴破って突入してきた黒服の連邦軍だった。
「動くなスペースノイド共!!」
突然の事に反応できずに銃を向けられたまま膠着するしかなかった。真ん中に立っていた指揮官らしき男が下卑た表情を浮かべる。
「この月にこれだけの残党が居たとはな。これで俺の昇進は決まったな」
「旦那。俺のこと忘れちゃ困りますよ?」
銃を向けられた中で一人の男が連邦軍に向かって歩み寄って行く。
ジャケットを着た男はベレー帽のつばを軽く上げる。褐色の肌に左目の傷を見て驚いた。見間違えるはずも無い。シーマ艦隊所属の兵士のクルト。ガトーの戦友で星の屑に参加しようとしたケリィ・レズナーにシーマがケリィのヴァルヴァロにしか興味がない事を口走り、最後はシーマに責任を取れとザクⅡ一機でヴァルヴァロと対峙して戦死したはずだ。
死んだはずのクルトはニヤリと笑って指揮官の横に並ぶ。
「貴様!宇宙を漂流していたところを助けてやったとゆうに、恩を仇で返すのか!!」
「ヘヘ、あの時はありがとよ。けれどこれとそれは別さ。故あれば、寝返るのだよ」
下卑た笑いを向けるクルトの足に押し付けるように銃が向けられると何の躊躇いも無く引き金は引かれ押し付けられた事でくぐもった銃声が響いた。唸り声を上げて撃たれた右足を押さえて転げまわるクルトは驚きの表情を隠せなかった。
「何故とでも言いたそうだな?貴様も歴としたジオン残党軍ではないか。しかも札付きのシーマ艦隊のな」
「ぐぅうううう…大尉、キサマァ!!」
「故あれば、寝返るのだったら早めに排除しといた方が良いしな」
興味を失ったようにクルトから鏡士郎に視線が向けられる。
「さてと、では掃除と行きますか」
手を軽く振り上げると同時に周りの兵士が銃を構えてトリガーに指を近づける。
撃たれると思った鏡士郎は腕を前に出して無意味だが自分を守ろうとした。
店内を響き渡る銃声はいつまでたっても鳴らずに変わりに空気が抜けるような音が数回と同じだけ何かが地面に落ちたような鈍い音が店内を満たした。
恐る恐る腕を元に戻しつつ瞑った目を見開く。
「ご無事ですかカトウ大佐」
「中佐?ガトー中佐ああああ!!」
そこに居たのはサプレッサー付きの拳銃を構えたガトーとエイワン、イリアの三人が立っていた。安堵した鏡士郎は泣きながらガトーの胸に飛び込んだ。苦笑いをしながら優しく撫でて落ち着かせようとする。
「もう大丈夫ですよ大佐」
「グズっ…ありがとう…」
「間に合ってよかったですよ。イリア少尉が発信機を付けてくれてたおかげですね」
エイワンの棘のある一言にイリアはばつが悪そうに顔を背ける。エイワンとガトーはハマーンよりイリアが監視の意味を込めて副官をしている事を知っているから別にそれ以上言う気はないが…
「ガトーってもしかして『ソロモンの悪夢』のアナベル・ガトー大尉ですか!?」
「ああ、そうだが…君は?」
「私はファビアン・フリシュクネヒト元少尉であります。ここに居る彼らもジオン関係者です」
「そうか。君らはこれからどうするのだ?」
「ここを離れようと思います」
「これだけの騒ぎが合った後だと脱出も難しいだろうな」
「ですね。一番にスペースポートに検問所が置かれて、次に連邦軍の監視が厳しくなるでしょうね」
「ガトー中佐」
ファビアンとガトー、そしてエイワンが話しているとまだウルウルと瞳を濡らしたままの鏡士郎が話に入ってきた。
「どうしましたか?」
「皆を(安全な所まで)連れて行けないの?」
「っ!?彼らを(アクシズの兵士として)我らと共にですか?」
「それは無理ですよ大佐。彼らを我々の艦に乗せるとしてもそこまでの足を確保できませんよ。確保するにしても月に駐留している連邦軍とやりあうはめになりますよ。どう考えてもモビルスーツの数が足りませんよ」
意味を取り違えている事は置いといて半ば呆れ口調でイリアが答える。
月には駐留している連邦軍が居る。主な目的は治安維持や防衛で大戦力と言うまでもないが戦艦4隻とMS12機で何とかなるものではない。しかもこちらは旧式が主で向こうは最新型。脱出どころか全滅もありうるだろう。
「MSがあれば良いのかお嬢ちゃん」
話し合いに参加してきたのは聞かせてくれんかと頼んできたお爺ちゃんだった。
「え?まぁ、ないよりはだけど…」
「なら儂らに任せろ。こう見えても儂は戦争博物館の館長をやっておってな。そこにあるMSを使えば良いザクⅠにグフ合わせて4機ほどなら今すぐにでも動かせるぞい」
「4機ってそれだけじゃあ…」
「おお!なら儂も手伝うぞ。ジャンク屋ってのはいろいろと部品を集めやすくてな。旧式だが使えるで」
奥に居たお爺ちゃん方がヤル気に燃えていた。
彼らが言っているMSは旧式というよりもスクラップ寸前の物だろう。それでは連邦の新型に太刀打ちできるか危うい。慌てて何とか止めようとする。
「ま、待って!MSの数は良いとして貴方達の中で操縦できる人居るの?」
「儂らは元整備兵で操縦はからきしじゃな」
「私は手伝っても良いがパイロット一人じゃ意味が無いな」
「パイロットが居なきゃMSが有っても意味が無いよ」
「当てはあるがな…月の収容所」
パイロットが居ない事で静まりかけていた場が再び熱を持ったのだが余所から着たばかりの鏡士郎たちは何のことか理解できてなかった。
「去年この月周辺で事を起こそうとした連中が居たんだ。腕の立つパイロットが何人かここに収容されているって話だ」
「そういえばお前さんマレットさんと言っておったが、もしかして『グラナダ特戦隊』のマレット・サンギーヌのことかえ?」
「はい、その通りですけど…」
「事を起こしたのはそのマレットの部下なのじゃ」
「え…マジで」
「他にもその件に関わって居たと言う事で月に連れて来られた連中が居たな。確か『闇夜の…」
「『闇夜のフェンリル』ですか!?」
「うむ。確かそんな部隊名じゃったな。そこの隊員二名が居る筈じゃ」
マレット隊とも闇夜のフェンリル隊とも関わりが無かった三人は先程まで涙目だったが今はキラキラと目を輝かせている鏡士郎に説明を求めた。
「マレット隊も闇夜のフェンリル隊も一年戦争を生き抜いた部隊で隊員ひとりひとりがかなりの技量を有してますよ。彼らならザクでジムⅡだって落とせますよ♪」
「それほどの腕前なら是非とも欲しいな」
「救出してもここから脱出する足が無ければ意味がありませんよ!!こちらの艦で入港する気ですか?」
「…足なら何とかなるぜ」
自分のジャケットできつく縛って止血するクルトが痛みを堪えつつ立ち上がる。
「二日後に連邦軍の月駐留基地より戦艦が入港する。名目は月面都市の警備の強化と言うことだが連中遊び呆けに来ているって話だ」
「貴様!連邦に俺達を売っておいて…今度は何を企んでおる!?」
「ま、待てよ。俺はあんた等に罪滅ぼしに情報を教えてんだけだぜ」
「…それでさっきのを帳消しにしてくれって事?」
「そういうこった。謝礼も貰えると嬉しいんだが…そこまで強欲じゃないんでね」
「分かった」
「大佐、ほんとにするんですか!?」
「僕たちは二日後にここに居る人と収容所の仲間を助けて月を離脱する!!」
満面の笑顔で宣言した鏡士郎にこの場に居るほとんどの者が熱い視線を送った。例外のひとりであるイリアはため息を付いて胃の痛みを抑える為に慰霊碑に向かう前に買っておいた水入らずの胃薬をなれた感じで飲み込んだ。
イリアの胃が悲鳴を上げるような事を行なおうとしている鏡士郎はその前にアナハイムへ向かうことに…
『模擬戦と謎の少女』