宇宙世紀0085.06
アクシズを出発して半年が経ち、加藤 鏡士郎が指揮をする艦隊は月へと到着した。月面にある連邦軍基地の索敵範囲外より小型艇で入ってから都市部まで来た訳だが…
「半年振りの街だぁ」
軍服ではなく白いシャツにジーパン、ダボダボのコートを着た鏡士郎は腕を思いっきり伸ばして凝り固まった身体を解す。そんな光景をため息を付きながらイリアが見つめていた。
ガトーとエイワンは任務の為に別行動を取り、自由行動に出た鏡士郎の監視としてイリアは着いて行く。
「で、これから何をするんですか?」
「勿論、観光」
この半年で何度目になるか分からないほど習慣になってしまった眉間を押さえながら視線を向ける。
「観光って、中s…じゃなかった、ガt…はいけなかった。あの二人は任m…仕事をしているというのに貴方は遊びにいくつもりですか?」
「ここ行ってみたいよね。あ、でもその前に食事かな?この料理美味しそうだ」
「聞いてないし…」
目をキラキラさせながら地図を見つめる鏡士郎に対して大きなため息を付きつつ思考をチェンジする。
「最初は何処に行くんですか?」
「あれ?止められると思ったんだけど…」
「どうせ止めた所で聞かないでしょう」
アハハと笑い歩き始める。任務を完遂しようと後ろを着いていくが行き先を聞くのを忘れていた事に気付く。
「そういえばどちらに?」
「ここに書いてあるジオン兵の慰霊碑に行こうかな」
「―っ!?……」
「なんですか、その目は?」
「意外だなぁ~って思って」
「むぅ…」
頬を膨らませ不満を向けるが初めて彼女が笑ったことにて一気に気分が良くなる。二人並んで慰霊碑に向かっt………その前にこの半年で切れた胃薬を買いに行くのが先になった…
アナハイム・エレクトロニクス社
北アメリカのカリフォルニア州アナハイムに本社を置く複合企業で主な拠点は月にある。一般家電製品の製造を主としていたのだが一年戦争を起点に軍需産業にも手を出して宇宙世紀で多大な影響力を持つことになる。キャッチフレーズはスプーンから宇宙戦艦まで。正直に言うとスプーンより宇宙戦艦やMSなどの兵器を製造していた方が今は有名だろう。
アナハイム・エレクトロニクス社の会長であり、実質的なトップに立つ人物メラニー・ヒュー・カーバインは自分の執務室で深く腰を椅子に降ろして葉巻に火をつける。皮膚も垂れた60を超えた老人ではあるがその瞳にはまだまだ力強さが残っていた。
一年戦争が終結してもまだ敗北を認めていないジオン残党が暗躍している今はまだ火種がある。ジオン残党狩りを名目にしているティターンズという地球連邦の組織はエリート意識が強く増徴して連邦内でも火種が生まれつつある。こんな好機を商売人であるメラニーが見逃すわけは無かった。そんな時に反地球連邦組織エゥーゴと接触は渡りに船だった。スポンサーにはなったが向こうもこちらの思惑には気付いているだろうがそんな事は関係ない。向こうは活動資金を欲しくて、こちらは兵器を売れる場がほしい。思想云々は無視して利害も一致しているだろう。しかしまだ生まれたばかりの雛では鋭い爪を持った鷹には勝てない。
それをどうするか悩みつつ肺に溜まった煙と共に大きく息を吐く。そんな時にドアがノックされた。
「どうぞ」
視線を向ける無く言い放つとドアを開けて秘書を勤める男性が背筋を伸ばして入ってきた。手には封筒を携えていた。
「会長。カイト・マディガン様と名乗る方が面会を求めておりますが」
「カイト・マディガン?知らん名前だな」
「この資料をご覧頂ければ解って貰えるとの事で」
「どれ…」
秘書が持っていた封筒を受け取ると口に蝋で止められまだ開封されてない事を認識して、封筒を天井の光に照らして中を確認する。薄っすらと空けたのは紙で危険物では無さそうだ。一応秘書には見えないように開封して中身を取り出す。その紙を見て驚いた。中に入っていたのは『RX-78GP02A』の設計図にオサリバンとニック・オービルと言う元アナハイム社員写真であった。
「ここにお通ししろ」
「は?宜しいので?」
「構わん」
「警備の者を待機させますか?」
「いらん。カイト・マディガンが帰るまで誰も通すな」
「ハッ!畏まりました」
深々と頭を下げる秘書に目も向けないまま頭をフル回転させる。
『RX-78GP02A』はジオン残党であるデラーズ・フリートに奪取された機体でオサリバンは繋がりがあり、ニック・オービルはそこのスパイとされている。この情報を持っていると思われる組織は二つ。だが、片方の連邦なら突然のアポなどではなく事前に連絡を入れて来るだろうし、今更蒸し返すような事もしないだろう。だとすれば思い当たる組織はひとつになる。
再びドアをノックされ秘書に言ったように「どうぞ」と言う。ただ今回は立ち上がり相手を見据えるように向き直った。
「お初にお目にかかります、メラニー・ヒュー・カーバイン会長。私は…」
「言わなくても知っておるよ。ソロモンの悪夢の名は」
眼前に立つ黒いスーツにサングラスをかけた男には見覚えがあった。デラーズ・フリートに参加していた『ソロモンの悪夢』アナベル・ガトー。ここからどう運ぶかを考えつつ椅子ではなくソファに腰を降ろして向かい側に座るように薦める。
「それにしても行方不明と聞いてから1年以上が経って現れるとは…」
「私は世間では死んでいる事になっているようですね」
「ああ。無論デラーズ・フリートそのものもだが…」
ガトーが腰を降ろすのを確認してから葉巻の火を消して背もたれに全体重を押し当てる。
「で、そのデラーズ・フリートに参加していたガトー少佐がなに用で私に会いに来られたのかな?私も何分忙しいみでね。あまり時間は取れないが…」
「では単刀直入に。実は頼み事がありまして」
「私に頼み事ですか?」
「まずひとつは茨の園を返して頂きたい」
茨の園…
デラーズ・フリートが拠点にしていた所で連邦ですらその場所を知らない。繋がりがあったオサリバンが自殺した後の彼のオフィスに座標が残っており、アナハイムとしては極秘に出来る開発エリアとして使えるとして頂戴したのだ。
メラニーは頷きもせずにガトーの目を真っ直ぐ見つめたまま動かなかった。先程「まずひとつ」と言った。と言うことはまだ他にも何かあるのだ。それを聞く事無く頷くことなど出来なかった。
「この者達が欲しいのです」
懐から差し出された三枚の写真に目を通す。首より下は消しているがジオン関係者と見て間違いないだろう。
男の子とも女の子ともとれる御河童の子供。
前髪の一部だけ垂らして残りは後ろで纏めているのだがそれぞれがあらぬ方向を向いている奇抜な髪型をしている目が鋭い女性。
真ん中だけ髪を残して眉にかからない程度に前に倒しているゴーグルを付けた男。
アナハイムに勤めている全社員は覚えていないがこの三名は別だった。
「茨の園はまだ良いとして彼らは駄目ですね。彼らほど優秀なテストパイロットは居ませんのでね」
「どうしてもですか?」
「条件次第ですな」
商人が無条件で何かを渡すわけは無い。渡すとすれば自分に利益がある時だけだ。デラーズ・フリート自体に今のエゥーゴ並みの戦力は無いとは思うが関係は持った方が良いとして茨の園を渡すことには頷くが彼ら三名となると別である。
断られる事は想定内だったらしく何の表情の変化も無く次の物を取り出してきた。出てきたのはスティック型の記憶媒体であった。
「これはなにかな?」
「我々が入手した連邦のMSに搭載されていたアムロ・レイの戦闘データと、サイコミュ高機動試験用ザクのデータが入っております」
確かに欲しい所ではある。嘘か真かは分からないがあのアムロ・レイのデータがあればまた違った機体などが作れるだろう。それよりジオンのサイコミュ機の方が気になる。アナハイムは連邦と同じようにMSや戦艦を作れるがNT兵器となるとアナハイムとしては手が出なくなる。ジオンが研究していたNT研究は一年戦争後に連邦も手に入れたがアナハイムには情報すら貰えなかった。頷きたくなるがまだ何か隠し持っている気がする。その自分の勘を信じて頷かずに渋った演技をする。
「貴方が出資している者への支援の約束…」
「―っ!?」
何故知っていると叫びたい所をグッと押さえて表情を崩さない。少し侮っていたのかも知れない。彼らは敗北した敗残兵の敗残兵と…。しかし彼らはこの時期で知っているとはかなりの情報網を持っているようだ。
「支援の約束とはどの程度のものですかな?」
「大々的な支援とは行きませんが護衛や支援攻撃になります」
「ふむ…良いでしょう。後、貴殿のパイロットデータも頂けますか?」
「構いません」
「では、交渉成立ですな」
「ええ」
立ち上がったガトーとメラニーはやんわりと笑い、握手を交わす。お互い良い結果になるように願いながら…
サングラスをかけなおしたガトーはアナハイムの正面入り口より表に出て辺りを見渡す。路上に止められている一台のエレカの横に立っている男より手を振られ、軽く手を振ってから近付いて行く。
男はガトーと同じようなスーツにベレー帽を深く被っていた。助手席に腰を降ろしたのを確認した男は運転席へと向かった。ゆっくりとエレカを発進させ移動を開始する。
「どうでしたかガトー中佐」
「概ね問題は無かったが…パイロットデータを求められた」
「大佐は別に気にしないような気がしますが?」
「だろうな…で、そちらの首尾はどうだったエイワン少佐」
名を呼ばれたエイワン・ベリーニ少佐はベレー帽を視界の邪魔にならない程度に深く被り直す。
「順調の一言ですよ。全員問題なく目的地へ向かっているはずです」
カトウ艦隊の主な任務は二つ。
ひとつは先程ガトーが交渉した茨の園の入手。そしてもうひとつは世界各国に身を潜めているジオン残党に合流して味方に引き入れることだ。
アナハイムとの交渉中にエイワンは月面に居る同士より偽装パスポートを受け取り、それをそれぞれの地へ赴く兵士に渡して見送った。尾行されてる気配もなかった。何も問題は無いはずだ…
「どうした?難しい顔をしているが気になることでもあったか?」
「あ!い、いえ…」
バックミラーで確認すると確かに難しい顔をしていた。何でもないように装おうと表情を変えようとしたが止めた。気になることが無いわけではない。
「……ハマーン様から受けた命令は各国のジオン残党軍を合流させよと言うものでした」
「ああ、そうだな」
「それ事態は問題ではありません。問題は大佐です」
「カトウ大佐がなにか?」
「ヘルマン・キリマイヤー大尉を覚えておられますか?」
「覚えていない訳が無い。彼はあの戦いで一人も補充人員を出さなかったキルマイヤー小隊の隊長だ」
「キリマイヤー大尉の居場所が分かりました」
「なに!?」
「サイド1の25番地に居るそうです」
「そうか…彼が」
話を聞いたガトーは安堵したがエイワンは暗い表情のままだ。
「どうやって大佐はこの情報を知ったのでしょうね?」
「…これは大佐からの情報なのか?」
「他にも地球連邦軍第100MS飛行中隊隊長ブロイ・リゲラ、出来れば連邦軍第202技術試験大隊ユーマ・ライトニングとの接触にアフリカに居るであろうカークス隊との合流などこれらの情報をアクシズに居ながらどうやって入手したのでしょうか…もしかして大佐は…」
「止めろ」
「しかしガトー中佐はおかしいと思いませんか!?」
「思うが私は大佐を疑わないだろう」
「何故ですか?」
言葉に詰った。別に確たるものがある訳ではない。初めて会ったときに彼が熱く語った言葉によりガトーは精神面から救われた。再びジオン再興の為に立ち上がることが出来た。そんな彼を疑いたくなかったと言うのが本音だろう。
「私は二度死んだのだ。一度目はア・バオア・クーで。二度目は星の屑で。その度に私は救われた。デラーズ閣下に…カトウ大佐に…。
だからカトウ大佐を疑いたくないのだ。私は甘いのだろう。だが私は彼を信じてジオン再興の為にただ駆けるのみ」
暗く不安に塗れていたエイワンだったが真っ直ぐな瞳のまま答えたガトーに大きく頷いた。
ピピピ、と機械音が鳴った。それはガトーが持っていた携帯電話の着信音だった。素早く取り出して小声で二、三口にして切った。
「進路を変更する。霊園に向かってくれ」
「この後はホテルに向かうはずでは?」
「イリア少尉からカトウ大佐が行方不明になったと連絡が入った」
「っ!?霊園へ急行します!!」
二人は何もない事を願いつつ霊園へと急ぐのであった…
行方不明の一報を受けたガトー中佐とエイワン少佐は霊園へと急ぐ。イリア少尉と鏡士郎に何があったのか!?
『月は危険と出会いが凄かった』
ではまたお会いしましょう