千葉ラブストーリー   作:エコー

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今回で特別編も第5話。
最終話となる……はずです。はい。



夢のまた夢

 

 

 妙なセレブ感に塗れたイブを過ごしてしまい、寝不足かつ疲労困憊の沙希と俺は、チェックアウトの時刻を待たずしてホテルを辞去した。

 ちなみに昨夜は何も無かった。本当だよ。本当に本当なんだからっ。

 

 だだっ広いベッドでぽにぼにあんあんするつもりが緊張のせいか急に喉が渇いて、俺のアパートのよりも大きな冷蔵庫を開けたらそこにマッカンがあって……。

 喜び勇んでマッカンをぐびぐび飲んでたら、いつの間か沙希が一本のボトルに口をつけてて。

 

「この炭酸水、変わった味がしゅるぅ〜」

 

 それがスパークリングワインだったものだから慌てて止めたんだが時すでに遅く、あっという間に沙希はバタンキュー。

 潰れた沙希をベッドに寝かせた俺も疲れて爆睡。

 気がついたら朝日が射し込んでいましたよ。

 まあ、ドレス姿で寝乱れる沙希は可愛いかったからいいけどさ。

 

  * * *

 

 一度熱海駅のロッカーに荷物を置いた俺たちは、再び駅を後にして歩いている。

 クリスマス当日の街並みは静かだった。なんか日本のクリスマスって、イブが本番っぽいんだよな。他の国のクリスマスなんか知らんけど。

 

 さて、今日は沙希が前を歩いている。

 珍しく沙希が行きたい場所をリクエストしてきたからなのだが、その姿は先程まで二日酔いに頭を抱えていたとは思えないほどの凜とした歩様だ。

 

 二人で歩くのは、今年の夏に辿った街並み。

 あの時は、後に控える別れに向かう破滅の道に見えたものだが、今は違う。

 雲ひとつない高い空が見下ろすは、穏やかに笑みを浮かべる沙希。そしてその表情の微妙な変化に頬が緩み、気持ちを揺らす俺である。

 

 ふと商店のガラス戸に映る自分の顔を見てしまい、何という体たらくだと気を引き締める。が、すぐに沙希が肩を寄せてくるせいで忽ち頬は緩んでしまう。

 ザマーミロ、過去の俺め。今の俺はこんな状態だぞ。羨ましいか? ん?

 

『リア充爆発しろっ』

 

 なんて過去の俺は云うに決まってる。

 過去の俺の歯軋り顔を妄想しながら歩調を合わせていると、目的の店が見えてきた。

 夏にも訪れた、数々の文豪たちに愛された洋食屋だ。

 しかし着くのが早過ぎたようで準備中の札が寒風に揺れていた。

 さっきまで上機嫌だった沙希の表情が曇る。

 

「あのタンシチュー、美味しかったな」

「ああ、俺も絶対食べたかった一品だ」

 

 営業開始まで待つことも考えたのだが、この寒さの中で沙希を立たせておくのも気が引ける。

 

「あのな、もう一軒お勧めの店があるんだが……そっちへ行ってみないか?」

「へぇ、どんなお店?」

「喫茶店だよ」

 

  * * *

 

 東海道線でいうと熱海の次にあたる来宮(きのみや)駅方面に数分ほど歩いた場所にその店はあった。

 件の洋食屋と同じように、この喫茶店も昭和の時代には幾人もの文筆家たちが足繁く通った店だ。

 ドアを鳴らして足を踏み入れると、そこはもう昭和の世界だった。

 まず耳に飛び込むはモダンジャズ。アドリブを多用しないスウィングのリズムに誘われて足を進めると、目に入ったのは白とブラウン。上下に分けられた壁沿いに、四人掛けのテーブル席が並んでいる。その店内を照らし出すのは電燈の温かみのある光だ。

 店名の刻まれたショーケースの中には、何処の土産か分からないやうな民芸品が所狭しと居並んで()る。

 ……おっと、レトロな仮名遣いが出ちまったぜ。

 他の客の姿は無く貸切状態の店内を物色していると、店主の顔が見えた。

 

「いらっしゃい」

 

 若干頭頂部が枯れ野となりつつある白髪の店主は、朗らかな笑みで迎えてくれた。

 せっかくだからと、カウンター席に座らせてもらう。

 

「凄く良い雰囲気だね。居心地良くて落ち着く感じ」

「光の加減が丁度良いんだよな。明る過ぎず、暗過ぎずで」

 

 二言三言、ラリーを繰り返しつつメニューを見る。

 意外と云うべきか、中々に品数が多い。

 だが、俺はもう注文を決めていた。この店に来ることがあったら頼んでみたかった一品だ。

 

「ね、何にしようか。たくさんあって迷っちゃうね」

「ネット情報だが、ここはハンバーガーが名物らしいぞ」

「じゃあひとつはそれに決まりね。あとは飲み物、と」

 

 流し見るメニューの一番隅に、懐かしい飲み物も見つける。

 

「あ、俺は決まったわ」

「あたしも」

 

 二人揃って店主に伝えた注文は、

 

「ハンバーガーにクリームソーダ」

 

 だった。

 

 示し合わせていないのに同じ飲み物を頼んでしまった沙希と、思わず顔を見合わせて笑ってしまう。

 リア充たちなら別々の物を注文してシェアし合ったりするのだろうが、こちとら数ヶ月前まで現役のぼっちだった二人だ。そんな習慣はありはしない。

 見ると、店主も目尻を下げて笑っていた。

 

「新鮮だけど、懐かしい。妙な気分だね」

「そうだな。だがそれがいい」

 

 何処かで見た漫画の台詞で応える俺に「なんだいそれ」と口元を緩める沙希。その手をカウンターの下で軽く握る。

 急に手を握られて沙希は目をぱちくりとさせるが、理由は無い。何となくそうしたかっただけ。

 

「新婚さん……いや、違いますかね」

 

 クリームソーダをカウンターに置いた店主は、不思議そうに俺たちを見る。

 

「いや、まだ」

「それは失礼を。いやね、何だかお二人の雰囲気が熟成された白ワインのように感じたものですから」

 

 未成年の俺たちにはあんまりピンとこない喩えだが、店主の口調と表情からすると良い意味なのだろう。

 つーか何故、白ワインなのか。赤ワインじゃないのは何故なんだろ。

 

「シャトー・グリエ、というワインをご存知ですかな」

「すみません、あたし達まだ未成年なんです」

「は?」

 

 店主の調理の手が止まる。

 

「まだ十九歳の大学生なんです、二人とも」

「大変失礼しました。てっきり二十代前半のご結婚間近のように見えてしまって──」

 

 ぺこりと頭を垂れる白髪の店主に逆に恐縮してしまう。

 謝られることではない。沙希と夫婦に思われるなんてむしろ光栄なことだ。

 

「シャトー・グリエですね。二十歳になったら飲ませてもらいます」

 

 シャトー・グリエか。あとでググってみよう。

 

  * * *

 

「美味しかったね。ハンバーガーのイメージが変わったよ」

「俺もだ、あれはもうジャンクフードじゃないな」

 

 絶品のハンバーガーの余韻に浸りながら店主に見送られた俺たちは、今回の熱海リベンジの総仕上げにかかる。

 本来ならば旅館で一泊した後に来る筈だったのだが、誰かさんの妙な差し金のせいで調子が狂ってしまった。

 

 だが、ここだけは外せない。

 夏の時には絶対に寄ることが叶わなかった場所、来宮(きのみや)神社である。

 正式名称「來宮神社」。古くは「木宮明神」とも呼ばれ、祭神として三柱を祭っている由緒正しい歴史ある神社だ。

 

 ハンバーガーを食べながらその来宮神社の話をすると、沙希は目を輝かせた。やはり沙希も女の子、パワースポットという響きには弱いらしい。

 何年か前、この神社がパワースポットとして紹介されたのをテレビで見たことがあった。

 その時は境内にある樹齢二千年とも言われる御神木「大楠」が紹介されていたが、俺の目的はそれだけではない。

 

「クリスマスに神社って、あんたらしいね」

 

 どういう意味だよサキサキ。俺が捻くれ者だと言いたいのかえ?

 

「外から来た神様よりも昔からいる神様を大事にするって、身内を大事にするあんたらしいよ」

 

 ──閉口してしまった。

 そんな大層な理由じゃないんだけどな。ただ中二病を拗らせてる時に日本の神話にハマってただけなんて、今更言えない。

 つーかどうしてこいつは俺の言動を否定しないんだろ。

 

「それにあんたさ、好きそうじゃん。日本武尊(やまとたけるのみこと)とか」

 

 ほむん。しっかり見抜かれてましたね。

 この来宮神社の祭神三柱の内の一柱は、今沙希が口にした日本武尊(ヤマトタケルノミコト)だ。

 昔、日本書紀を読んだ時にそこはかとないラノベ感を幻視してしまい、のめり込んだ覚えがある。

 その日本書紀の中盤に登場し、勇者級の活躍をするのが日本武尊だ。

 

「はは、バレてたか」

「この神社って有名だからね」

 

 手水場で手と口をゆすぎ、本殿の前で賽銭を入れて二拝二拍手、一拝。

 沙希も俺も、何を願ったかは口にはしない。ただ沙希は俯き、俺は火照った顔を冷ましてくれる寒風が心地良かった。

 

 次に、御神木である大楠の周りを二人でぐるぐると十七周ほど回っておく。一周回れば寿命が一年延びるというから、十七年は長生き出来るらしい。ちなみに十七年とは、俺がトラウマの海の中に居た年数だ。決して沙希と出会うのに要した年数ではない。

 誰が何と言おうと認めない。つーか誰も何も云やしないか。

 

 けほん。さて。

 この神社に来た最大の目的は御守りだ。

 ここの御守りは種類が多い。その中から沙希の目を盗んで二つばかり御守りを買う。その横では沙希が御守りリストを見て悩んでいた。

 

「何の御守りが欲しいんだ?」

「あ、え、えっと……秘密。ちょっとあっち行ってて」

 

 んだよサキサキ。ちょっと寂しくなるぞ。泣くぞ。

 

「はぁ、分かった。向こうの自販機の前にいるから」

 

 乾いた砂利を踏み締めて自販機に向かう途中で、駆け寄った沙希に背後から飛びつかれる。

 やけにテンションが高いな。まさか、クリスマスだからアレを抜かしてるのか?

「うつつ」ってヤツをさ。

 

「なんだいさっきの顔」

「ん? 何がだ」

「泣きそうな顔なんかしてさ。あ、もしかして寂しくなっちゃった?」

「んな訳あるかよ。ガキじゃあるまいし」

「まだガキじゃん。あんたも、あたしも」

 

 まあそうだな。まだ大学一年生、親の世話になってる内はガキだ。

 

「だからさ」

 

 左手がきゅっと握られる。冷たくて気持ち良い。

 

「寂しい時は、寂しいって言いなよ」

 

 こいつ……。

 よし、じゃあお望み通りにしてやろう。

 自販機の脇、沙希を引き寄せて腕の中に収める。

 

「さみしかったよー、サキサキぃー」

「は、はぁぁ!?」

 

 うわ、動揺してやがる。超面白れぇ。

 調子に乗って沙希の背中に手を這わせて肩口に顔を埋めてやる。

 

「あ、あぅ──」

 

 恥ずかしいか。恥ずかしいのかサキサキ。大丈夫だ。俺も超恥ずかしい。

 こんな羞恥プレイ、地元じゃ絶対に出来ないな。

 では駄目押し。もっと恥ずかしいことをしてやろう。沙希の赤らんだ耳に口を寄せる。

 

「──いつもありがとな。お前のおかげで俺は幸せでいられる」

「──!?」

 

 沙希の身体が硬直する。肩が震え出す。次第に腕の中から固さが消えて、沙希の身体がもたれ掛かってきた。

 

「──ずるい。不意打ちなんて卑怯だよ」

「そか、悪かった。でも、ありがとな」

「……馬鹿、スケコマシ、八幡。あいしてる」

 

 やべ、仕返しされちまった。

 何となく言葉を返すのが照れ臭くて、目の前にある青みがかった髪を撫でる。

 どの位、そうしていただろうか。

 ふと視線を感じた。その先には竹箒(たけぼうき)を持った宮司さん。

 

「そ、そろそろ行くか……」

「もうちょっと、だけ」

 

 宮司さんのにやにやした顔に居た堪れない気分のまま、帰りの電車の時間まで西日の中、沙希を温め続けた。

 

 

 

 

 

 




特別編第5話、いかがでしたでしょうか。

前話のセレブ感(バブル感?)から一転、今回はハンバーガー食べてお宮参りでした。
やっぱり八幡と沙希にはセレブは似合わないw

と、もう一話だけ年内に後日談を投稿させて頂きます。
完全に蛇足なのですが、書きたいので書いちゃいます☆

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