夕食が始まった。
「アミューズでございます」
「オードブルでございます」
「スープでございます」
「ポワソンでございます」
「ソルベでございます」
「ヴィヤンドゥでございます」
「フロマージュでございます」
「デセールでございます」
「では後ほど食器を下げに参ります」
……はい、終了。
「どう、だった?」
洒落た感じに盛り付けられたカラフルなデセールの皿に目を泳がせつつ、沙希が問うてくる。
「美味かった、んだろうな、多分」
……うん。
美味かった。美味かったよ。何がどう美味いのかは今ひとつ記憶に無いけれど。
でも、ただひとつ確かなことは。
「──米と味噌汁が欲しいな」
「あ、それあたしも思ったよ」
同意する沙希と顔を見合わせて、思わず二人して苦笑する。
そうなると、分不相応な衣装に身を包んで綺麗に盛り付けられたデザートが置かれている状況が可笑しく思えて更に笑えてくる。
「あー、米のメシが食いてぇ。味噌汁飲みてぇ。鍋物してぇ」
「だね。帰ったらやろうよ。確か近所のスーパーで
「お、鱈チリか、いいねぇ。やっぱり冬は鍋物だよなぁ」
高級ホテルのスイートルームに相応しくない会話であるのは重々承知。
だが、やっぱりこの状況はぼっち二人には荷が勝ちすぎるというか、大学生には早いというか。
大体いきなりこんなハイソな状況に放り込まれても、庶民の俺たちには戸惑いしか無い。
この状況を仕掛けたであろう人物に対して脳内で少々の恨み言を並べていると、まるでハトが豆鉄砲を連射された様に可愛らしいキョトン顔を見せている。
「どうしたの?」
「いや、この部屋の代金……どうしたもんかなと思ってな」
「そうだよね、いくら旅館の厚意とはいえ……これはちょっと申し訳ないよね」
「まあ、そう……だな」
「……」
曖昧な返事をしてしまった俺を訝しむ沙希の視線を躱して、目の前の皿に盛り付けられた甘味に没頭する。
うん、美味い。相変わらず何が美味いのかは分からんけど。
デセール……庶民でいうデザートを食べ終えたタイミングで給仕してくれたホテルの方々が勢揃いで食器類を下げていく。
「いかがでしたでしょうか」
「あ、いや、結構なお点前で」
思わず口から出たのは場違いな台詞。笑みを浮かべて一礼したホテルの従業員が部屋を辞去した瞬間、どっと肩の力が抜けた。
見ると、向かい側に座っている沙希もパキポキと首や肩を鳴らしていた。
ふと目が合う。
不釣り合いなディナーの連続コンボに蹂躙された俺たちは、どちらからともなく噴き出してしまった。
「ぷっ……」
「くっ……」
笑い声は相乗効果の如く、だだっ広いスイートルームのリビングに木霊する。
その笑いが収まると、反動のように静寂が訪れた。
「──あっち、行くか」
四人くらいが余裕で寛げそうな大きなソファーに、二人で身を沈める。うん、やっぱり堕落のソファーだ。
上着を脱いだ俺はドレスシャツのボタンを緩め、沙希も肩に掛けたショールをふわりとソファーの背もたれに垂らした。
「俺たちは、セレブにはなれねぇな」
「……同感。あんな肩が凝る食事じゃ食べた気がしないね」
「だよなぁ。だいたい何であんなにナイフやフォークが必要なんだよ。意味が分からん」
「肉用や魚用で分かれてるみたいだけど、欧米の人ってすごいよね。あたし達なんてお箸とスプーンさえあれば何とかなるもんね」
「本当、一食であんだけ使ったら洗い物も大変過ぎるだろうな」
「あんた、夢は専業主夫だっけ」
「ああ、そんな時期もあったな」
川崎沙希をちゃんと認識したのはこいつの弟、大志の依頼の時だ。
あの時の俺は「働かない。養ってもらうんだい」などと豪語してたな。
今思うと情けなくて笑えてくる。実際に好きな相手が出来て一緒に過ごしていると、そんな考えなど一度も起きなかった。
考えるのは、どうやって一緒に幸せになろうかという、その一点のみ。
まったく、変われば変わるものである。
「ま、夢は夢のままで終わらせるのが一番良いってことだ」
苦笑する沙希が距離を詰めてくる。
いつもと違う雰囲気の、ドレスに身を包んだ沙希。その露出した肩をつんと突いてみると、その肌の弾力に指が戻される。
「ま、こんな格好をした沙希を見られたのだけは良かったかもな」
「あんたもね。いつもと違う感じも、たまには……いいかもね」
ソファーの上、沙希が俺の上へと被さってくる。その背中に手を回すと、光沢のあるドレスと、そこに露出した沙希の背中の感触が同時に伝わる。
時刻は午後八時。
ぱんっ、と破裂音が響いて、窓の外が明るくなった。
見ると、大きな窓の外、冬の夜空に大輪の光の花が咲いていた。
「……綺麗」
「ああ」
二人で窓の外に上がる花火を眺めていると、沙希が立ち上がって広いリビングの隅に走った。
部屋を満たしていた暖色の光が消える。
「この方が、良く見えるでしょ」
打ち上がる花火の閃光に照らし出されたドレス姿の沙希が暗い部屋に浮かび上がり、その艶かしい姿に見惚れる。
「ああ、まったくだ」
多少受け答えが可笑しかったかも知れないが、そんなことはどうでも良かった。
再び沙希は俺の横に座って、冬の夜空にきらめく花火を眺め出す。俺はといえば、花火を見る余裕なんて無い。
沙希に釘付けだった。
沙希の手を掴んで引き寄せる。何の抵抗感も無く引き寄せられた沙希は、すとんと俺の腕の中に収まった。
その視線は相変わらず窓の外に咲く花火を見つめている。
「夢みたい……」
「夢、かもな」
花火は佳境を迎えたのか、冬の夜空に色とりどりのスターマインが咲き乱れる。
そして一拍の静寂を挟んで、花火大会のラストを飾るに相応しい大きな枝垂れ桜が夜空を埋め尽くした。
弾け飛び、ゆっくりと高度を下げながら消えてゆく光の粒子は、まるで光を放つ雪の様に幻想的だった。
初めて二人で過ごしたこのクリスマス・イブは、きっと色んな意味で記憶から消えることは無いだろう。
「夢なら、覚めないで欲しいな」
「なんだよ、結構セレブっぽいの気に入ってたのか」
「違うよ、馬鹿」
「じゃあ何だ」
「覚めないで欲しいのは……あんたとこうして居られること」
「……悪夢とかいうオチじゃないだろうな」
「馬鹿いうんじゃないよ。でも」
沙希のしなやかな髪が俺の鼻先をくすぐる。
「たとえ悪夢でも、あんたと一緒なら構わない」
言い切る沙希に、我慢出来ない程に恥ずかしくなる。
思わず顔を逸らして、代わりに強く沙希を抱き寄せると、んっ、と小さく喘いだ。
「い、痛かったか」
「ん。ちょっとだけ。でも、今の痛みで、夢じゃないって、わかった」
心なし沙希から伝わる熱が高くなる。肩にかけた手を恐る恐るその背中に這わせると、ドレスから露出した肌はしっとりと汗ばんでいる。
心臓が踊り出す。その鼓動を沙希のそれが追い越し、再び俺の鼓動が沙希を追い越す。
触れたい。もっと深く。
「ベッド……いこう?」
「あ、ああ」
沙希の誘い文句と上目遣いのコンボに、プロのぼっちを卒業したばかりのこの俺が勝てる訳がない。
──さよなら、理性の化け物さん。
* * *
広い寝室に据え置かれた天蓋付きのベッド。その縁に俺と沙希は腰掛けている。
二人が成人するまでは我慢すると決めていた。
だが、現在の流れは確実にそちらに向かっている。
その証拠に、ドレスから露出する沙希の肌は紅潮し、熱を帯びている。
ああ、これはもう……アレだな。
「八幡」
不意に沙希の吐息が左の頬にかかり、そこだけが燃える様に熱い。
「一年早いけど……いいよ」
この一言で完全に流れは決まってしまった。
奔流に流された理性の
「沙希……」
「八幡……」
軽く口唇を重ねる。離した瞬間の沙希の吐息がいつもよりも熱く感じられる。その熱が冷めない内に、もう一度。
沙希の手が、ドレスシャツの背中を這う。俺の手も沙希の背中へ這わせると、くん、と沙希の腰が浮いた。
「んっ……もっと、もっと」
甘く痺れるような吐息に、俺はドレスに包まれた沙希の豊かな双丘へ──
ぴるるるるるる。
暗く広い寝室に、スマホの着信音が響いた。
びくっとして、俺も沙希も硬直する。
はぁ、このタイミングで何だよ。
ズボンのポケットからスマホを取り出して、画面を確認する。
着信ではない。メールだ。
しかも雪ノ下の姉、陽乃さんからだ。
「随分と無粋なスマホだね」
「……悪い。陽乃さんからのメールだ」
『外を見てごらん、雪だよ』
ふと窓の外を見ると、確かに白く小さな物体が多数舞っている。
「沙希、雪だ、雪だぞ」
沙希の背中に手を回して抱き起こす。ぼんやりした顔を向けた沙希は、窓の外を見た瞬間、目を輝かせた。
「本当だ……雪。綺麗だね」
「ああ、綺麗だな」
窓の外に降る雪は、きっと翌朝を待たずに消えてしまうだろう。
だが。だからこそ、儚いからこそ綺麗なのだとも思う。
まあ、積もったら積もったで、俺の黒歴史を全て綺麗な景色にしてくれそうだが。
ドレス姿のままベッドで胡座をかいて、窓の外に降る雪を眺める沙希。その後ろから手を回して、軽く抱き締める。
いわゆる「あすなろ抱き」の態勢だ。
ぴぴっ、ぴぴっ。
アラーム音を鳴らしたのは、沙希の腕時計。誕生日の日に俺が贈った物だ。
「日が変わったな」
「……うん」
「来年も、見に来るか」
「来年も雪、降るかな」
「どうだろうな」
「じゃあさ、来年は雪を見に行こうよ」
「ほう、雪見遠足か」
「何だい、それ」
やはり沙希は知らないか。とは云うものの俺も詳しくは知らない。ただ、雪が降らない地域では、雪を見に行く学校行事があると聞いただけだ。
千葉を含む関東平野は量は少ないものの雪は降るので、その様な行事は無いのだろう。
「ま、ともかくだ。お前とクリスマスを過ごせたのは……俺の人生において国民栄誉賞並みの快挙といえるな」
「相変わらず回りくどいね」
呆れ顔三割に、笑顔七割。そんな微妙な表情で俺を見つめた。
「ま、それが俺だからな」
「そうだね。急に変わられても気持ち悪いし」
「だろ? 俺が急に"愛してるぞ、沙希"なんて言い出したら可笑しいだろ?」
一瞬、きょとんとした沙希が耳に手を当てる。
「え、なんて?」
あれ? 聞こえなかった?
「だから……愛してるぞ、沙希、なんて急に云ったら──」
「ごめん、よく聞こえなかったよ。もう一回」
おーい、沙希さんや。花火の音で耳が遠くなっちまったのかね。
「だから、愛してるぞ沙「あたしも愛してる、八幡」希……おい」
──。
不意を突かれて、思わず固まる。その固まったところへ沙希の抱擁が襲来して、さらに固まる。
……ところで沙希さん。何処で台詞の途中に割り込むなんていう高等技術を身につけたのでしょうか。
ズルいっス。それズルいっス!
よし、こんな時は愚考に逃避行だぜっ。
「男子三日会わざれば刮目して見よ」
三国志演義で呉の家臣、魯粛が呂蒙を見て言った言葉である。
だが、この言葉に相応しいのは実は男子ではない。女の子にこそ相応しいと思うのだ。
ソースは沙希。
こいつ、元々高スペックなクセに進化が早過ぎるんだよな。
ある時には気遣いに驚かされ、またある時には甘えん坊な面に驚かされた。
勿論、再会した時の大胆さにも驚かされた。
果たして俺は、沙希の進化についていけるのだろうか。
「だから、置いていかないで……八幡」
なん……だと?
「八幡はさ、どんどん格好良くなってる。大人っぽくなって……頼れる男になってきてる。でもあたしは、ずっと甘えん坊で、進歩が無くて」
そんなことは無い。元々のスペックが違っただけだ。
昔から沙希は綺麗で可愛かった。一見冷たそうだけれども情に厚くて、家族を思いやれる素敵な女の子だった。
俺は、そんな沙希に置いていかれない様に必死に足掻いていたに過ぎないし、無論まだ追いつけたとは言えない心持ちなのだが。
「ま、俺が頼れる男かは別にして……人のプラスと自分のマイナスを比べるなよ。それに」
「俺にとっては、お前のすべてがプラスなんだよ。非常に口惜しいけどな」
「だいたい何だお前。会う度にいい女になりやがって。おまけに美人で、可愛くて、頭も良くて……いや、そうじゃねぇな」
最近やっと慣れてきた手つきで沙希の頭を撫でて、頭の中に湧き出る言葉を整理する。
「俺は、お前の色んな面を見るのが好きなんだ、と思う。強い面も、弱い面も」
俺の腕の中で身を捩る沙希が呟く。
「おっぱいも、おしりも?」
「そうそう、このたゆぽよふわふわな感触を味わったら正直三回はイケる……ってそうじゃねぇよ!」
うっかり沙希がいない間のソロ活動を吐露してしまった失態をノリツッコミという形で煙に巻こうと思ったが、俺の女神はそれを許さない。
「じゃあ、あとの二日は?」
「お前、俺が週五回もソロプレイに励む強者に見えるのかよ」
「見えるね。パンツ越しだったけど、あんたの……凄いじゃん」
アレの大小と性欲の強さは関係ないと思うんですけど。
つーか沙希。誰のと比べたんだよっ。
大志か。大志だよな?
大志だと言ってくれっ。
くすくすと笑う吐息が妙に心地良い。
「そういえば、まだ決まり文句がまだだったね」
「何だよ決まり文句って」
「だって、もう二十五日じゃん」
あー、それってアレですよね。
リア充たちがクラッカーとか鳴らしながら言う、あの台詞ですよね。
「わかった、一度しか言わないからよく聞けよ」
「なんでそんな前置きなのさ……」
こっ恥ずかしさを押し殺して沙希を見つめて──いざっ。
「メリー・クリスマ……んっ」
俺の口は、沙希の口唇で塞がれた。
「……メリー・クリスマス、八幡」
はは。やっぱり沙希には勝てねえ。
ま、元々負けっぷりには定評のある俺だ。
こんな幸せな「負け」なら大歓迎だ。
窓の外、夜空に舞う雪は少し小降りになっていた。
特別編第4話、如何でしたでしょうか。
食事のシーンは、大河ドラマ「真田丸」の関ヶ原の合戦の描写を真似てみましたw
八幡と沙希は楽しくイブを過ごしておりますが、私のクリスマスは毎年お仕事。特別編の一話目の冒頭で書いたのは私の本音ですw
私と同じぼっちの皆様、辛島美○里さんの「サイレント・イブ」で身を清めてください♪
そして、
異性と過ごしているリア充の皆様、電気グルー○の「東京クリスマス」で甘い雰囲気を台無しにしてください♪
そして、地球上のすべての人たちに、
☆★☆ メリー・クリスマス ☆★☆
おし、半額ケーキ買うどー!