千葉ラブストーリー   作:エコー

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秋の夜長にアイスを食べて、布団も掛けずにそのまま寝てしまった八幡。
そうなると当然、こうなる訳で──


あ、久しぶりに真面目な前書きだw


男女二人秋風邪物語

 熱っぽい。

 一人暮らしを謳歌し過ぎた。

 ぼやける思考に鞭を入れて昨晩を振り返る。

 風呂から上がって窓を開けて、あゝ秋の夜風は涼しくて心地良いなぁ、なんて思いながらキッチンの冷蔵庫に直行してガリ○リ君ソーダ味を口に咥えながらマッカンを開け、髪も乾かさずにベッドでまったり寝転んで。

 

 うん、幸せだった。特に二本目のガリ○リ君なんか幸せの極致だったまである。

 その後……うっかり窓を開けっ放しでそのまま眠っちまわなければ、な。せめてTシャツ短パンでなく、ジャージとか着ておけば結果は変わったのかもしれない。

 何が云いたいかというと、風邪を引いたのだ。

 

「夜までに熱は……下がらないか」

 

 三十八度の大台を軽々とクリアした体温計を見つめながらごちる。

 今日は金曜日。沙希が部屋に来る日だ。

 だが、生憎俺は病床の身である。純度百パーセントの自業自得だけど。

 

 現在の装備。

 風邪薬、無し。

 氷まくら代わりに冷えたマッカン。

 あと布団──以上である。

 これだけの装備で、どうやって夕方までに解熱しろと云うのか。無理ゲーである。

 

 とりあえず沙希に風邪を引かせる訳にはいかない。残念だが、今日のお泊まりは遠慮してもらうしかないな。

 沙希に送るメールを作ろうと、枕元のスマホを開く。

『悪ぃ、風邪ひいた。風邪うつすと──』

 そこまで打ち込んで、指が止まる。

 

 なんて言い訳しよう、などと思いつつも、うつらうつらと眠気が襲う。風邪で弱っている俺が睡魔に抗える筈はなく、意識は呆気なく眠りの闇に放り出された。

 

  * * *

 

 目を覚ますと、辺りは暗い。

 枕元のスマホを取ろうと手を伸ばす。あれれ、腕が重いぞ。

 画面を触って時刻を確認する。

 え、18:03……?

 何だこれ、コールド負けじゃん。じゃない。

 もう夕方の六時かよっ。

 がばっと飛び起きようとするが、身体が重くて上手く動かない。

 風邪は酷くなってしまった様だ。

 

「やべぇ、早くメールしないとあいつが来ちまう──」

「へえ、誰が来ちまうのさ」

「誰って沙希だよ沙希。あいつ以外いねぇだろ。あいつに伝染(うつ)す訳にはいかねぇし、何より不摂生で風邪引いたなんてバレたら怒られ──え?」

 

 目の前には、買い物袋を提げたポニーテールの仁王様が、仁王のような表情で仁王立ちなされていた。

 

「呼び鈴押しても出て来ないから留守かと思ったら……」

 

 呆れるように腕を組むと、買い物袋から飛び出たネギがゆらゆら揺れた。

 ほむん。明日の朝はネギの味噌汁か。あれ美味いんだよなぁ。

 

「で、いつからこの状態なの?」

「ついさっき──」

「あんた気づいてる? 嘘を吐く時に右の眉が上がるクセ」

「えっ」

 

 マジか。俺にそんな癖があったなんて、友達も教えてくれなかったぞ。あ、教えてくれる友達がいませんでしたね。

 

「ふふっ、うそだよ」

 

 くすくすと笑う沙希を呆気にとられて見ていると、冷んやりとした手が額に当てられた。

 すうっと熱が吸われる感じがして心地よい。

 

「本当のこと云って。いつから?」

「あ、朝から……」

「何ですぐに連絡寄越さなかったの?」

「いや、風邪引いてるから来るなってメールしようとしたんだけど……悪い、寝ちまった」

 

 沙希の声音は決して責める時のそれではなく、努めて優しく発せられている。

 だが、メール作成半ばで力尽き眠ってしまったことを告げた途端、再び呆れた様な深い溜息が聞こえた。

 

「……違うでしょ。風邪引いて辛いから早く来て、でしょ? この場合は」

「アホか。そんな事して風邪伝染(うつ)したら、お前に迷惑掛けるだろうが」

 

 三たび深い溜息。そんなに溜息吐いてたら幸せが逃げるぞ。

 って、全部俺の所為でしたねごめんなさい。

 

「あたしはね、あたしが知らないとこであんたが風邪引いて苦しんでる方が迷惑なの。嫌なの。あたしに迷惑を掛けたくないなら、すぐ連絡すること、いい?」

 

 それはどういう理屈なんだ。考えてもまるで解らない。

 ただ、水気を帯びた沙希の真剣な目を見てしまったら、理解すべきはその理屈ではないことだけは理解出来た。

 理解するって大変ね。

 

「あ、ああ。悪かった」

「ん。分かればいいよ。ちょっと待ってな、ご飯作るから」

 

 ふっと僅かな笑みを漏らして、沙希はキッチンへと消えた。

 

  * * *

 

 とんとんとん。

 とんとんとんとん。

 とんとんとん。

 微睡みの中、小気味の良いリズムが聞こえる。ちょっとだけ良い香りもしてきた。

 それからしばらくぼーっとしていると、キッチンからエプロン姿の沙希が現れた。

 

「はい、お待ちどおさま」

 

 沙希が運んできたのは、小振りの土鍋だ。

 ……うん、やっぱそうだよな。

 こういう時の定番って、やっぱ「おかゆ」だよなぁ。

『お父つぁん、おかゆが出来たわよ』

『おお、いつもすまないね。ワシがこんな身体なばっかりに』

『それは言わない約束でしょ』

 で、お馴染みのおかゆだよなぁ。

 

 でも、おかゆってあんま味無いじゃん?

 正直苦手なんだよなぁ。

 

「じゃ、あたしはちょっと買い物行ってくるから。ちゃんと食べなよ」

 

 お椀と蓮華と箸を用意した沙希は、エプロンで手を拭いつつ足早に部屋を出て行った。

 

「あれ、こういう時って……はい、あーんとかいう、甘いイベントがあるんじゃねえの?」

 

 安普請の六畳間に、独り言が虚しく響く。

 残されたのは、未だぐつぐつ音を立てる土鍋と、俺。

 うわぁ、熱そうですなこりゃ。

 

「ま、作ってもらえるだけ有り難いよな……どれどれ」

 

 土鍋の蓋を開ける。

 中身は、どろっと溶けた白い粒──ではなく、うどんだった。

 具材は、さっき見えた白ネギと、三日前に半額シールに釣られて買ってしまった使い道の無いナルト。

 そこに半熟の卵がコーティングされた、所謂「鍋焼きうどん」というやつだ。

 香ばしい醤油と出汁の匂いがすきっ腹を刺激する。

 お椀にうどんを移し、充分に冷ましてから口へ運ぶ。

 ちゅる。ちゅるるる。

 ──!

 思わず目を見開く。

 なんだこれ、なんだこれ、なんだ……これ!

 

「うーまーいーぞー!」

 

 思わず味皇(あじおう)ばりに叫んでしまった。

 目からビームも出そうになった。何ならどっかのグルメな新聞社の富井副部長まで登場しそうな勢いだ。

 とてもこの部屋にあった調味料だけで出来ているとは思えない。

 たとえ海原雄山主宰の美食倶楽部で出しても、そんなに恥ずかしくない逸品だ、多分。

 も、もう一杯。

 蓮華で掬ってお椀に移す。その時、俺は驚愕した。

 

「あ、油揚げ、か?」

 

 そう。細く刻んだ油揚げである。その奥に見えるのは──

 

「……ん? と、鶏肉!?」

 

 あ。やばい。

 心の中の富井副部長が──

 

「この豊潤な旨味の正体は、これかあああっ、んまい、んまいですよおおおっ!」

「──なに叫んでるんだか」

 

 あ、あら。

 お早いお帰りね、沙希さん。

 

  * * *

 

「……なあ山岡」

「川崎だけど、ぶつよ?」

 

 やべぇ、うっかり究極のメニューの担当者と間違えた。

 

「これ、本当に美味いな。どうやって作ったんだよ」

「別に、普通に適当にだよ」

「いやいや、適当に作ってあの味を出せるなら、街中三ツ星シェフだらけだわ」

 

 沙希の顔はみるみる朱に染まる。

 なになに?

 なにがそんなに恥ずかしいんだい。サキサキ?

 

「あ、あんた甘いの好きでしょ。だから、少し砂糖を多めにしたの。それと、天ぷらの代わりに油抜きしたお揚げと小さく切った鶏肉を入れて、あとは椎茸の出汁を混ぜて、甘みを濃くして醤油を少なめにしただけ」

 

 ──すげえ。

 いっぱい喋ったのもすごいけど、その内容がまたすごい。

 栄養、消化、味。

 まさに三位一体だ。

 さも普通だと云わんばかりに沙希は云うけれど、この鍋焼きうどんは食べる側に対しての考慮がしっかりとされている。

 しかも、たまたま買ってきた食材と冷蔵庫の中身だけで。

 すっげえ。八幡的に超ポイント高いっ。

 

「でも、あんまり食べてないね。く、口に合わなかった……?」

 

 ああ、そう見えちゃうよな。

 

「いや、違うんだ。冷めるのを待ってたというか……知ってるだろ。猫舌なんだよ、俺」

「そ、そうだったね。じゃあ、あたしも一緒に食べようかな」

 

 じゃあ、の意味が分からないんですけど。お前、国語の成績ってそんなに悪くなかった筈だろ。

 

「でも、そんなことしたら風邪が伝染(うつ)るぞ」

「大丈夫、そしたらあんたに付きっきりで看病してもらうから」

 

 ニヤリと笑う沙希。その沙希の発した看病という言葉に、そこはかとないエロスを感じてしまってごめんなさい。

 けふん、と咳払いでエロい思考を振り払う。

 

「おいおい、俺にはこんな美食倶楽部級の料理は無理だぞ」

 

 苦笑する沙希は俺のお椀をとって、うどんをよそい始める。ネギが入り、油揚げが入り、最後に溶き卵の部分の汁がお椀に満たされた。

 

「あんた大袈裟過ぎるって。これはね、川崎家で風邪を引いた時の定番なんだよ。おかゆばっかりだと飽きるからね」

 

 そう云って手のお椀を俺に……え?

 俺に向けたお椀の上空、うどんが摘ままれた箸が俺の口に、フェード・イン!

 さっきとは違う、心情的な甘さが口と胸に広がる。

 ちゅるちゅる、ちゅるん。

 

「うん、やっぱ美味いわ」

「良かった。どれ、あたしも──」

 

 同じお椀から、同じ箸で、沙希のお口に、イン。

 

「うん、中々うまく出来たね」

 

 沙希の口から箸が離される。その箸は先刻まで俺の口にも触れた訳で。

 こ、これって、まさか。

 間接……うどん?

 はっ、うどんに腰があるっていうのはそう云う意味だったのかっ!

 ま、すでに沙希の口唇を知っている俺は動揺なんてしない。

 ──しないよ?

 

「……あんた、顔が赤いよ。熱が上がっちゃったかな」

 

 いやお前の顔も大概に赤いぞ。それに引き換え、俺は耳が熱い程度だ。

 ──まあ、あれだな。

 何度口唇を重ねようとも間接キスごときで動揺する。

 それが俺たちのクオリティだな。

 

  * * *

 

「はい、これ飲んでおきな」

 

 絶品の鍋焼きうどんを堪能した後に沙希が差し出したのは、買ったばかりの風邪薬の瓶だ。つーか、今日こいつに幾ら散財させてしまったのだろうか。

 それを聞けば沙希は間違いなく怒るから聞かないけど。

 また何か違う形で返すしか無いな、恩も含めて。

 

「しゃーねーな。今日は云うこと聞いとくわ」

 

 埋め合わせは後ですればいい。幸い十月には沙希の誕生日も控えてるし。

 風邪薬の瓶を開けて、錠剤を三つ、手の平に転がす。それを口に放り込み、水を探し──あ。

 

 探すまでも無く、すでに目の前には水の入ったコップが差し出されていた。

 何の事はない、小さな親切。ちょっとした気遣い。

 それが絶妙のタイミングを得て、心を揺らす。

 ああ、こいつとずっと一緒にいたい。

 こいつと一緒なら二人で幸せになれる。

 柄にもなく、そんなことを思った。

 恥ずいから絶対言わないけどね。

 

 薬を飲んで、スマホを弄りながらしばし身体を横たえていると、食器の片づけを終えた沙希が戻ってき……え?

 

「あ、あの……沙希さん?」

「ん? 何だい」

「その服装は一体……」

 

 あら不思議。

 川崎沙希の服装はピンクのミニスカナース服に変わっていた。

 ご丁寧にストッキングまで穿いているが、何故ストッキングは黒なのでしょうか。

 非常に気になりますっ。

 

「えっ、あ、ああ。たまたま持ってたんだよ。いやぁ、たまたま持って来てみるもんだね。お陰で心置きなくあんたの看病が出来るよ」

 

 いやいや、そんなエロい服をたまたま持って来られて堪るかよ。

 ……ははーん。また小町の差し金か、懲りない奴め。

 しかも俺が風邪を引いたタイミングでナースのコスプレとはタイムリー過ぎるぜ。

 恐るべし小町っ。

 ありがとう小町っ。

 

「また小町かよ」

「き、今日のは違うんだよ。ほら、最近あんた、あたしの、お……お尻に興味ある、みたいだったから。あたし、ミニスカートとか持ってないし、どうしようかな、って思ってたら、こっ、これを見つけて──」

「──ちょっと待て。何故俺がお前の尻に興味があることを知ってるんだよ」

 

 なんか俺の質問も自爆だな。沙希の尻が好きなことを暗に認めちまった。

 

「……視線。それと、最近抱き合う時に……その、よく触ってくる、から」

 

 あちゃー、バレてたのね。

 最近気づいたのだが、沙希の身体の一番の魅力は尻にある。

 いや胸も大きくて好きなんだよ。

 でもさ、抱き合う時には向かい合わせな訳で、手は背中にあるから胸は触れないし、どうしても尻にいっちゃうんだよなぁ。

 で、いざ触ってみると、これが凄いのなんのって。

 丸くて、柔らかくて、何よりむにゅっと触ると、沙希の顔が喜んでいるかの様に緩んで見えるんだよ。

 そりゃもう、触るっきゃないでしょうが。

 

「……ま、似合ってるからいいか」

 

 ぼそっと呟いた声は沙希の耳に届いてしまったらしく、目の前には身を捩りまくって赤面するエロナースが出現していた。

 もう顔色だけ見たら、どっちが風邪引いてるか分からない。

 

「お、お身体拭きましょうね」

 

 正気を取り戻したニセエロナースこと沙希は、脇に置いてあったお盆を持つ。そこには、えーと、それはおしぼりかな。

 

「タオルを絞ってレンジでチンしただけの、蒸しタオルの代わりだよ。これで身体を拭くだけでもすっきりするからさ」

「あ、そうなのか。じゃ貸してく──」

「し、失礼、しまーす」

「……ひゃん」

 

 言うが早いか、掛けていた毛布を剥がされる。思わず変な声を出してしまったが、熱があるせいか空気が冷たくて気持ち良い。

 沙希の手が伸びてきて、俺のTシャツを脱がしにかかる。寝たままの俺のTシャツは、瞬く間に剥ぎ取られた。

 こいつ、脱がし慣れてやがる。さては前世は追い剥ぎだな。もしくは山賊か。

 

「ふふっ、大人しい分だけ京華よりも脱がせ易いね、あんたって」

 

 じゃあどんだけ京華は脱がせにくいんだ、とは聞けない。うっかり京華のおヌードを想像なんかした日には、即通報モノだ。

 微笑む沙希の手には、おしぼり状になったタオルがある。

 

「ちょっと我慢してね」

 

 タオルを持った沙希の手が、胸を、腹を、両腕を優しく擦る。

 

「お、おお……」

 

 ほんのり温かくて、確かに気持ち良い。高校一年の入学式の日、事故で入院した時を思い出す。

 あの時も気持ち良かったけれど、今はその十倍くらい心地良い。

 人にしてもらうのって超気持ちいい。などと語弊しか無い愚考を巡らせつつ身を預けていると、ぱすんと腹を軽く叩かれた。

 

「はい、うつ伏せになって」

 

 枕に顔を埋めてうつ伏せになると、背中にも同様にタオルが擦られる。

 肩甲骨の辺りを重点的に拭いているのを考えると、そこが一番汚れるんだろう。

 垢とか一杯出ちゃうかな……。

 急に恥ずかしくなって枕に顔面を押しつけた。

 

「あ……い、痛かった?」

「いや、そうじゃないんだが……汚れてるか、やっぱり」

「まあね、特に肩甲骨の辺は寝返りの時にも擦れるからね」

 

 やっぱりそうなのか。

 さすが長女、弟妹たちの面倒を見続けてきただけはあるな。

 タオルが新しいものに交換された様で、背中にじんわりと温もりが伝わり、すぐに外気で冷やされる。

 気持ちいい。

 沙希に拭かれているだけで風邪が治りそうな気がしてしまう。

 

 上半身を拭き終えた沙希は、着替えを差し出す。

 蒸しタオルで拭いてもらった皮膚に、洗いざらしのTシャツの真新しい感触が心地よい。

 じゃあ後は自分で拭くか。

 

「じゃ、じゃあ……下も」

 

 下。

 その言葉で我に返る。

 

「ちょ、ちょっと待て。そりゃまずい。何より風呂に入ってないから汚れてるし」

「汚れてるなら尚更綺麗にしないとでしょ。それに、その……大志のなら何度か見てるし」

 

 そう云うことを云うな。少なくとも頬を染めながら云うなよ。

 うっかり反応したらどうすんだ。こちとら風邪引き。病人だぞ?

 

「じゃ、じゃあ、頼む」

 

 だあああっ、何で俺も受け入れちゃうかな。

 

「うん、甘えて……」

 

 見抜かれてた。

 孤高のぼっちとして研鑽を重ねてきた俺も、今や捻くれているだけの凡人である。

 風邪を引けば多少なりとも弱気になるし、そんな時に甘えられる相手が傍にいれば、甘えたくもなる。

 今はまさにそんな気分だった。

 

「お、お願い、します」

「ん。任せて」

 

 沙希の両手が腰に伸びる。

 

「はい、浮かせて」

 

 言われるがままに少し腰を浮かせると、多少の抵抗感を伴いながらもするりとジャージが脱がされた。

 すぐさま顎を引いて確認。よし、まだ反応はしてない。そのまま今日は大人しくしてろよマイサン。

 脱がせたジャージを沙希が軽く畳むと、そのポケットから小銭らしき音がする。

 一昨日、コンビニでガリ○リ君を買った時のお釣りだ。これを云ったら、三日連続で同じジャージを穿いているのがバレてしまうから内緒。

 そのポケットの中のコインの何枚かがカーペットに落ち、転がっていった。

 

「あ」

 

 沙希は転がるコインを四つん這いで追う。そうなると必然的にミニスカートからはみ出した臀部がこちらに向く訳で──。

 ばっちりと黒のレースの核心部分が見えてしまった。

 ナース姿で黒の下着って、ある意味卑怯だな。

 しかもあれ、ガーターベルトってヤツか。

 

 ピンクのナース服に包まれた白い肌に、黒のレースとガーターベルト。

 そこに繋がるは黒のストッキング。

 まさに死角無し。

 白、黒、ピンクのオールレンジ攻撃だ。

 そうみると、何だか沙希の姿勢がモビルアーマーっぽくも見えてくる。

 はい嘘です。

 あんなに色っぽいモビルアーマーなんかあって堪るか。ガンプラ作る時に良い子たちがみんな前屈みになっちまうだろうが。

 愚考をそこそこに、あらためて見つめてしまう。

 破壊力抜群、まさに会心の一撃だな。

 いや、現状では痛恨の一撃か。あんなん見たら反応しちゃうってば。

 お願いだから早くコインを拾い終わっておくれよ沙希さん。

 ようやくコインを回収し終わった沙希ナースは、四つん這いのままでこちらを向く。

 

「あんた、お金はちゃんとしまって──あっ」

 

 首だけこちらに向けた沙希が固まった。その視線の延長線上には。

 

「……あっ」

 

 ちんまりと盛り上がったトランクスさんが勃……立っていた。

 やばい。さっきの沙希のバックショットで反応しちまったか。

 

「わ、悪い。やっぱ自分で拭くわ」

 

 慌ててトランクスを押さえて告げるも、沙希の耳には届いていないようで、じりじりと俺の下半身に這い寄ってくる。

 目は、潤んでいた。

 

「やだぁ、最後まであたしがするの」

 

 あー、スイッチ入っちゃったよ。

 

 手にした替えの蒸しタオルをそっちのけで、沙希の顔がティーピーテントなトランクスへと近づく。

 

 くんくんくん。

 くんかくんか。

 すううううっ。

 

「あ、ちょっとくちゃい」

 

 はい「くちゃい」頂きました。くちゃい匂いを嗅いだ割に笑顔なんですけどね。

 しかし、である。

 今の俺は病床の身だ。局地的に元気とはいえ、沙希に風邪を伝染(うつ)しかねんのだ。

 本音を云えばすっげぇイチャイチャしたい。したいけど……ここは涙を飲んで断らなければ。

 

「な、なあ沙希。今日はやめ「うん、今日はちょっとだけね」……あれ?」

 

 ──翌朝、二人仲良く、くしゃみを連発しましたとさ。

 

 




今回もお読み頂き、本当にありがとうございました。
長い付き合いの中には、こういう日もあるかな〜と思い、綴ってみました。

またこの場所でお会いしましょう。

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