千葉ラブストーリー   作:エコー

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前回のあらすじ(ウソ)
敵組織の都内のアジトに潜入した小町は、沙希という仲間を得て悪のボスに立ち向かう──

じゃなくて、ついに八幡のアパートにあの天使が!




天使にラブソングを 1

 

 

 今日は朝から慌ただしい。まったく、土曜の朝くらい優雅に過ごしたいものだ。

 と、普段ならそう云う俺も、今日ばかりは特別だ。

 

 今日は大事な客が来訪する。

 無論、昨晩から押し掛けて泊まっている小町でも、もうじき来るであろう川崎沙希でもない。

 

 戸塚彩加。

 

 その神々しい名を持つ天使が、本日昼、この都内の安アパートに降臨するのだ。

 なんせ天使を迎えるのだ。

 そりゃ必死にカーペットをコロコロするさ。

 縮れ毛ひとつ残してはならない。

 

  * * *

 

 時刻は午前十一時。

 今しがた着いた沙希はキッチンで忙しなく働き、俺は相変わらずカーペットにコロコロをころころさせている。

 

「沙希ー、そっちはどうだ」

「あと少しで終わりだよ。そっちは?」

「大丈夫だ。抜かりは無い」

 

 と、小町も買い物袋を提げて帰ってきた。

 

「ただいまー。東京のスーパーってすごいね、もう安い安いっ。お陰でアイス余分に買えちゃった」

「おう、お疲れさん。ちょっと休んでてくれ」

「ラジャ! じゃあ、さっそくアイス食べよっと」

 

 買い物袋を差し出す小町が笑顔を咲かせる。

 そりゃそうだ。

 このアパートを選んだ決定打は、すぐ近くにその激安スーパーがあるからなのだ。

 カップラーメン1個69円、玉子1パック98円、モヤシに至っては1袋8円である。

 つまりモヤシラーメン玉子入りで、1食百円以下なのだ。

 それが通常の価格なのだからもう即決である。惜しむらくはマッカンを置いてないことくらいだな。

 

「下ごしらえは終わったよ。あとはホットプレートの準備だね」

 

 今回の招待は、沙希たっての希望である。

 ま、その相手が戸塚なら俺が反対する理由は無い。何なら三日三晩の宴を開いて歓待したい。

 キモいと云う事なかれ。

 戸塚にはそれだけの価値がある。高校時の俺なら給料の三ヶ月分の価値を有していたであろう。

 ──おっと、準備準備。

 座卓の上にホットプレートをセット。時計を確認して、部屋の中を小町に、キッチンを沙希に任せる。俺はスマホを掴んで玄関先でスタンバイ。

 

「お兄ちゃん、ちょっと落ち着きなって」

「いや、もしも戸塚が事故に遭ったりしたら、すぐに助けに行かなきゃいかんだろ」

「もう、心配症だなぁ。ねえ沙希さん」

 

 キッチンから呆れ顔を見せるのは沙希だ。

 

「仕方ないさ。八幡は戸塚が大好きだもんね」

「当たり前だ。戸塚なしの人生なんて、糖分抜きのマッカン、落花生抜きのみそピーみたいなものだ」

「はぁ、相変わらずだね……ごみぃちゃん」

 

 何故俺はこんなに心配しているのか。

 理由は戸塚の交通手段だ。

 先頃戸塚は自動車運転免許を取得したらしく、今日は車で来るとのことである。

 その為に朝から菓子折り持参で大家さんの部屋を訪ねて、俺の駐車場の枠に戸塚の車を停めさせてもらう許可を頂いたのだ。俺の愛車は二キロばかり離れたコインパーキングにぶち込んだ。

 車種は聞いてなかったけど、まあ戸塚のことだ。戸塚らしい可愛い車で来るに違いない。

 

 さて、そろそろ時間だが──!

 突如アパートが揺れた。大方、ナビを頼りに迷い込んだトラックか何がいるのだろう。

 一階にある俺の部屋は、大きな車が通るとたまに揺れるのである。さすがは築三十年の安アパートである。

 と、揺れが止まった。その直後、部屋のドアがノックされた。

 

「こんにちはー」

 

 噂をすれば天使の声音。

 大丈夫か、今のトラックにケガさせられなかったか、などと心配しつつ、いち早く立ち上がった俺は夢中でドアを開ける。沙希もエプロンで手の水気を拭いつつ駆けてきた。

 

「戸塚、よく来た……なっ!?」

 

 戸塚の声で外へ出た俺と沙希は、固まった。

 

「えへへ、二人とも久しぶりだねっ」

 

 戸塚の微笑み。

 相変わらず安定の天使だ。

 だがしかし、その後ろには……軍用車。

 

「と、と、と、戸塚……」

 

 ニワトリの如く呻いて固まるサキサキに「やっはろ」などと声を掛ける姿は、やはり天使そのもの。

 ほむん。最近の天使は軍用ジープに乗って降臨なさるのか。

 いやいや、いやいやいやいや。

 

「お兄ちゃん、戸塚さん着いた……どえぇっ!?」

「あ、小町ちゃん、やっはろ」

 

 アパートの玄関から顔を出した小町も、姿勢そのままで固まってる。

 

「ど、どうしたの、この車……」

 

 いち早く正気を取り戻した沙希が、驚愕の表情のまま訊ねた。

 

「あはは、やっぱり驚く……よね」

 

 迷彩色に塗られた軍用ジープの前で身を捩り、照れ笑いを浮かべる戸塚。

 ギャップ萌えと云う言葉があるが、目の前の光景はその範疇(はんちゅう)を軽く逸脱していた。

 さながらそれは、戦火に焼かれた村に突如現れたオルレアンの少女の如き奇蹟の光景。

 まあ、ぶっちゃけ、ノーチラス号に乗って来ようがウイングゼロカスタムに乗って来ようが、戸塚は戸塚。

 というか、闘う天使さんもなかなか捗りそうである。じゅるり。

 

「ーーすごいね。何て云う車なの?」

「ジープのね、ラングラーって云うんだ。お父さんの車だけどね」

 

 えっ、戸塚の父親って軍人さんなのん?

 迷彩色に塗装された角張った風貌は、自衛隊や米軍の使用する軍用車そのもの。

 その軍用車に乗って迷彩服を身に纏った大天使が、ゲートの向こうで死神ローリィ・マーキュリーと共に炎龍に立ち向かう場面を想像してうっとり、もとい、うっかり頬が緩む。

 妄想の間も女神サキエルと大天使トツカエルの話は続く。つーかサキエルって、初号機に喰われそうな名前だな。

 

「燃費がすごく悪いし、大きいから、早くお金貯めて八幡みたいな可愛い車に乗りたいんだけどね」

 

 え。俺が……可愛い?

 

「いやいや、戸塚の方が八万倍可愛いぞ」

「あんた……何言ってんの」

「ばか、ボケナス、八幡……」

 

 余りにも冷たい沙希と妹の目で、俺は現実に帰還した。

 

「あ、あの、八幡」

「何だ大天使」

「……もうっ。そろそろ車を動かしたいんだけど。大きいから邪魔になっちゃうし」

 

 思わず沙希と顔を見合わせる。

 あー、これ……あの駐車場に置けるかなぁ。

 

「でね、近くにコインパーキングとかあるかな」

「ああ、大丈夫……かな。比企谷が朝から大家さんとこに行って交渉してきたから」

「おい沙希っ」

 

 内助の功をバラすなよサキサキぃ。

 え? 内助の功は意味が違う?

 細けぇこたぁいいんだよ。

 

「なにさ、本当の事じゃないか。あんたったら朝からずっとそわそわしちゃって……」

「まあまあ、二人とも。じゃあ八幡、駐車場に案内してくれる?」

 

 仏頂面の沙希と赤面の俺の間に割って入った戸塚は、その恩恵を以って場を和ませた。

 

「よし心得た。何ならこのまま二人で世界の果てまで──」

「──あたしから逃げ切れると思う?」

「いえ全然」

 

 何だろ、戸塚がいてくれる所為か、沙希との会話も捗る捗る。

 そんな俺たちの遣り取りを笑顔で見ている小町。

 これって、新しい幸せのカタチじゃね?

 

「ふふっ、じゃあ八幡、お願いね」

「任せろ、全力でエスコートしてやるぜ」

 

 沙希と小町の冷めた目に見送られながら、俺は軍用ジープに乗り込んだ。

 さて問題は、このアホみたいにごつい車体があの駐車場に収まるかだ。

 普段は軽自動車のカプチーノを停めてある為にかなり広く見えるのだが……。

 

「ここだけど……入りそうか?」

 

 戸塚を案内したのはアパートの裏手の駐車場。その目の前は幅五メートル程の路地だ。

 

「うーん、自信は無いけど……七回ってとこかな」

 

 へ?

 何が七回なの?

 君が受話器を取るまでのベルの回数なの?

 余談だけど、ジープってオートマチックなんだな。

 

「よし、俺が誘導に出る」

「お願いね、八幡」

 

 ジープの助手席から飛び降りた俺は、車体の前へ後ろへと移動しながら車庫入れの誘導をする。

 

 すげぇ。

 戸塚の車庫入れテクニックは半端じゃ無かった。

 長さ五メートル、幅二メートルくらいありそうな巨大な車体を、くいくいと小まめに切り返しながら駐車場の枠に収めていく。

 切り返した回数を数えていたら、予告通り七回だった。

 

「すげぇな……超うめぇ」

「ありがと、八幡の誘導のおかげだよ」

 

 うへぇ、癒されるぅ。

 普段とことこと可愛らしく歩く戸塚が、あんなに大きなモノを入れるなんて……ぐ腐。

 ま、まあ、とにかくだ。

 あとは真っ直ぐ下がるだけ。

 ジープの窓から身を乗り出した戸塚は、背後のブロック塀までの距離を測りながら慎重に車体を後進させる。

 俺はその後ろに立って、塀とジープのテールの距離を目測しながら誘導する。

 塀まであと五十センチの処で、ミチリと音を立ててタイヤが止まった。

 

「ふう、何とか入ったよ……って八幡、どうしたの?」

 

 見ると、窓から顔を出した戸塚の額には玉の汗が。

 ──破瓜か。

 これが破瓜なのか。

 

「──戸塚、よく耐えたな」

「意味が分からないよ!?」

 

  * * *

 

 

 アパートに戻って、ドアを開けて戸塚をエスコート。マジ俺ジェントルマンだわ。

 

「たでーまー」

「お邪魔しまーす……わぁ、可愛い部屋だねっ」

 

 昨日の夜──

 

「──いや戸塚が来るんだぞ。花を飾って歓迎の意を表するのは当然だろうが」

「だから、それは明日沙希さんが来てからで良いってば」

「ばっか、真っ赤な薔薇が売り切れてたらどうすんだよ」

「なんで情熱の色なんだか……」

 

 なんて遣り取りが小町との間で交わされ、結果、花は沙希に任せることになった。

 そして現在、六畳間の座卓には小さな花瓶に花が飾られている。残念ながら沙希が用意したのは真紅の薔薇ではなかった。

 ふんっ、こんな白い花で俺の情熱が戸塚に伝わるかよっ。

 だがしかし、白は天使の色だ。そう考えると何とも戸塚に相応しく思えてしまう。

 よくやったサキサキ。あとでいっぱい甘えていいぞ。

 

「あのクッションも可愛いし、あれは沙希ちゃんのかな」

 

 確かに戸塚の云う通り、男子大学生のアパートではないな。

 カーテンは白いレース編みで、クッションは沙希の手作りのパッチワークだ。

 それ以外にも、沙希の私物は段々と増えてきて、今や大きな猫のぬいぐるみなんかもベッドの脇に鎮座している。

 沙希曰く「あんたが一人でも寂しくないように」らしいが、きっと独り寝の寂しさをぬいぐるみで紛らす男のキモさを知らないのだろう。

 愚考に愚考を重ねていると、沙希が出迎えてくれた。

 

「お帰り、それに……いらっしゃい。遠かったでしょ」

 

 就職とかして同僚を家に招いたら、こんな感じなのだろうか。まだ確定事項では無い未来に思いを馳せてしまい、少しだけ恥ずかしくなる。

 

「こんにちは沙希ちゃん、もうすっかりお嫁さんだねっ」

 

 今度は沙希が真っ赤になる。割り箸をさしてべっこう飴でコーティングすれば、(たちま)ち巨大りんご飴の出来上がりである。

 

「か、からかわないでよっ、もう……」

 

 満更でもなさそうな沙希の顔に安堵していると、今度は俺に矛先が向いた。

 

「よかったね八幡、こんなに素敵な奥さんができて」

「お、お、奥さん……」

 

 悪意の無い流れ弾をまともに食らった沙希は更に顔を染め、もじもじと身を捩る。

 あんまり可愛かったのであとで存分に愛でてやろう、と心に決める。

 訂正。俺が触りたいだけだ。

 

「あらあら、もう新婚気分ですか〜、お義姉ちゃん」

「も、もう、小町までっ」

 

 こら小町、お前は沙希に対して前歴ありだからな。

 でも、ま、いいか。

 いつの間にか沙希も小町を名前で呼んでるし。

 

「ま、何にも無いけど、ゆっくりしてってくれ」

「うん、お言葉に甘えるね」

 

 おう、どんどん甘えてくれ。いや甘えてくださいお願いします。

 何なら住民票をここに……げふん、沙希に睨まれた。

 

「戸塚もコーヒーでいいかな」

 

 座卓に座る戸塚の前にカップが置かれた。

 

「ありがとう、沙希ちゃん」

「ん。もうすぐお好み焼きの用意も出来るから」

 

 本日のメニューも沙希の案である。

 小さな座卓に三人分の料理を並べるのは狭いというのが沙希の判断だ。

 そこへ来て、昨日突如襲来した小町がいる。

 しかし人数が増えても沙希案には穴は無い。具材と小麦粉を増やすだけで対処出来た。

 さすがは子沢山の家庭育ちである。

 目の前には加熱中のホットプレートと取り皿。お好み焼きを焼く係は女性陣が担当してくれるらしい。

 

「お好み焼きって久しぶりだなぁ。楽しみだねっ、八幡」

 

「だな。下ごしらえは沙希がやってくれたから味は保証するぞ」

「へえ、沙希ちゃんって料理上手なんだね」

 

 そうか、戸塚は沙希の料理の腕前を知らないのか。

 ならば語って進ぜよう。

 

「ああ、沙希の料理は凄えぞ。あっという間に胃袋にアイアンクローをかまされる程だ」

「こら、人の料理を凶器みたいに言わないでよ」

 

 振り返ると。具材と小麦粉の入ったボウルを手にした沙希が、頬を染めて睨んでいた。

 

「あれれ? 褒めたよね、ぼく褒めたよね?」

「あんたの褒め言葉はいちいち捻くれてるんだよ」

 

 へえへえ、捻くれてて悪かったね。

 

「でも、沙希ちゃん幸せそうな顔してるね」

「そりゃ、まあ、ね」

 

 自分で云うのも難だが、最近の俺と沙希の会話はかなり無遠慮だ。歯に衣着せぬ物言い、と云う方が正しいかも知れない。

 それを聞きながら笑える戸塚の胆力たるや、さすがは千葉が誇る天使である。

 

 ちょっと前に沙希に聞いた話だが、大学に進学してから偶然再会した戸塚に沙希は相談相手をしてもらっていたらしい。

 俺と再会した日のあの暴挙も、戸塚のアドバイスを自分なりに体現したというのだが。

 沙希がキッチンへ戻っていった今の内に聞いてみるか。小町も……キッチンだな、よし。

 

「──なあ戸塚、沙希に何てアドバイスしたんだ?」

 

 まだ熱いのか、コーヒーをちびちびと可愛く飲む戸塚に水を向ける。

 

「えーとね、自分の気持ちに素直になる方が後悔は少ないよって感じ、だったかな」

 

 ありり?

 その結果が、家に連れ込んでメシ食わせてマッカン飲ませて無理矢理キスなの?

 誇大解釈し過ぎでしょ、沙希さん。

 

 でもまあ、そのお陰で俺はこうして沙希といられる訳だ。

 戸塚の助言と沙希の誇大解釈に感謝だな。

 

「そういえば、平塚先生が八幡にお願いがあるって云ってたよ」

「へえ……あんた年上もいけるクチなのかい」

 

 あの沙希さん?

 背後で包丁片手ににっこりしないで貰えます?

 ものすごく背筋が寒くなるので。

 

「あ、別にそういうのじゃないと思うよ。僕も頼まれたし」

「オーケーわかった。で、俺は戸塚と何をすればいいんだ?」

「あんた、前のめり過ぎ」

 

 そう残念な子を見る目で零す沙希の手には、幾つかの皿が載せられたトレイがある。

 

「うわぁ、美味しそうだねっ」

 

 座卓に置かれた皿には、色鮮やかなサラダが綺麗に盛り付けられている。

 

「お好み焼きだけだと飽きちゃうかも知れないからね、箸休めだよ」

「えらく気合い入ってるな……」

「まあね、戸塚はあたしの恩人だから」

 

 柔らかい笑みを浮かべる沙希に思わず見惚れる。沙希もその視線に気付き、目を潤ませてくる。

 しばし見つめ合い、そして──

 

「──けほん。あー、それではお好み焼きパーティー、始めましょー!」

 

 ──小町に仕切られた。

 

 それからは、お好み焼きを食べながら戸塚の話に耳を傾けた。

 その内容は、ほとんど沙希の話だった。

 大学に入ったあと、偶然ファーストフード店でアルバイトをする沙希と再会したこと。

 その当時の沙希は俺への気持ちを拗らせて思い悩んでいたこと。

 

 沙希は顔を真っ赤にしながらお好み焼きを焼き、小町は俯きながらそれをひっくり返していた。

 鼻を啜りながらヘラを返す小町に、沙希は優しく笑いかける。

 戸塚も小町の異変を悟ったのか、そこで話題を変えた。

 

「八幡はさ、大学……充実してる?」

 

 




お読み頂きまして本当にありがとうございます☆
今回は戸塚回でした。

そして、ついにこの物語のお気に入り登録者様が400人を突破。UAは49,,000を超えることが出来ました。
それもひとえに読者様の方々のお陰でございます。
本当に、ありがとうございます!

さて、次回も戸塚回。
またよろしくお願いします☆

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