千葉ラブストーリー   作:エコー

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急に続編っぽいのを書いちゃいました。
お目汚しにどうぞ。


京葉ラブストーリー
夏蔭 〜なつかげ〜


 

 九月になった。

 だからといって「はい今日から秋」となる訳はない。カレンダーを一枚捲っても昨日と同じで、やはり今日も暑い。

 特に、東京都内の暑さは、ヒートアイランド現象なんて言葉だけでは納得出来ない。

 勿論、車の中はエアコンが効いている。しかし肌を直火焼きする、この昼下がりの太陽だけは遮ることは出来ない。遮れば前が見えなくなって確実に事故る。

 あっ、見えなきゃ止まればいいんじゃね?

 

「あづいー」

 

 ダメだ。愚考にいつものキレが無い。愚考にキレを求めるのも可笑しな話だが。

 

「本当、暑いね。でもこの車で良かったよ。狭いからすぐに冷房効くしね」

「それは、この狭い車が役立つのは夏場だけだと、暗に否定してるんだな。よくも俺の愛車カプチーノたんを」

 

 マッカン飲みながらカプチーノを運転って、どんだけコーヒー飲料好きなんだよ。

 

「何なのそれ。冬は冬で狭いから、あんたとくっ付いて居られるじゃん。良い事尽くめだよ、あんたの愛車は」

「……ま、悪くはねぇな」

「でしょ? だから、この車に巡り合えたあんたは自信持っていいんだよ」

 

 暑く狭い車内で繰り広げられる軽口の応酬。

 形式的には「ああ云えばこう云う」なのだけど、そのラリーの中でも沙希は俺を決して卑下しない。どちらかと云うと持ち上げてくるのだ。

 ま、その内容も「物は言いよう」なのだけど。

 

 赤信号の先頭で停止する。広い交差点で遮蔽物が無い為、日光浴びまくりである。

 沙希を見る。

 やはり暑いのだろう、首筋には汗が玉になっていた。

 ドリンクホルダーのマッカンを取る振りをして、エアコンの吹き出し口を沙希に向ける。

 それに気づいた沙希は、パッグからタオルを取り出して、俺の額に滲んだ汗を押さえる様に拭ってくれた。

 言葉は無い。しかし、沙希の気持ちが伝わる。

 互いに目が合ってしばし見つめ合うと、後続車にクラクションを鳴らされた。

 

  * * *

 

 懲りもせずにビルの隙間を見つけては照りつける太陽を進行方向の左に置いて、俺は川崎沙希を乗せて都内を走っている。

 何故か。

 沙希がどうしても都内の俺のアパートを見たいと言ったのだ。

 

 一度は終わる覚悟を決めた関係は、蓋を開けてみればあら不思議、以前よりも深くなった気がする。

 もしかしたらあれは、俺たちに必要な通過儀礼だったのかもしれない。

 

「なに考えてるか、当ててやろうか」

 

 助手席で首筋の汗を拭きながら沙希が呟く。

 

「あんた、あたしが別れるって言った時のことを考えてたでしょ」

 

 ご名答。図星だ。

 だが俺は素直ではない。だからこう返すのだ。

 

「馬鹿、(ちげ)えよ。お前が暑くないか様子を探ってたんだ。なんせお前、太陽をモロに浴びてるからな」

 

 実際さっきから気にはなっていたが、取ってつけた言い訳だ。

 

「嘘」

 

 軽くあしらわれた。

 

「あんたさ、自分が嘘を吐く時に鼻の穴が広がるクセ、知ってる?」

「え、マジかよ。たぶん小町も知らねえぞ、その癖」

「だろうね。だって嘘だもん」

 

 こいつ……部屋に着いたら覚えてろよ。いっぱい触っちゃうんだからっ。

 まおんまおんしちゃうんだからっ!

 

「あ、今エロいこと考えてる」

「……正解だよ、コンチクショー」

 

 勝てねえな、ったくよぉ。

 

 ビルの群れを抜けて、スーパーマーケットに寄り道する。ここまでくれば俺のアパートまでは五分足らずだ。

 焼けつくアスファルトに足を置くと若干にちゃりとした。

 

「とりあえず飲み物だけでも買ってこうぜ」

「そうだね……あっ」

 

 涼しい店内に入るや否や、沙希の目が変わる。

 

「なんだよここ……千葉より野菜が安いじゃないか」

「ああ、ここは安いんだよ。近くにもう一軒あるが、そっちはセレブ御用達みたいなお高い店だ」

 

 へえ、と関心しつつ野菜の品定めを始める。こうなると沙希は駄目だ。

 案の定、次々に野菜を買い物カゴに放り込んでくる。

 

「お、おい、今日は日帰りじゃ無かったっけ」

「は? あんたの部屋の冷凍庫で冷やして持って帰ればいいでしょ」

「いやまあ、そうなんだけどさ」

「あ、(べに)ほっぺだ。けーちゃん好きなんだよなぁ」

 

 沙希はイチゴのパックを手に云う。紅ほっぺという品種なのだろうか。全然分からん。

 

 結局、買い物袋を二つぶん程買い込んで、部屋へと向かった。

 

  * * *

 

「ちょっと待ってろ、窓開けてくるから」

 

 ドアの前で沙希を待機させ、熱気が籠った部屋の窓を全開にする。

 

「いいぞー」

「お、おじゃま、します」

「……今更なに緊張してんだよ」

「ゔー、慣れて無いんだよぉ」

 

 面白いので、ひとり沙希を六畳間に残して、それを横目で楽しみつつ買い物袋の中身を冷蔵庫に移す。

 

「おし、お待たせ」

 

 やはり沙希は、微動だにしていなかった。ペットボトルのウーロン茶を沙希に渡し、俺は布巾で座卓を軽く拭く。

 使用した布巾を下に隠して、俺も持参したマッカンを開けた。

 くぅっ、糖分が五臓六腑に染み渡るぜ。

 

「ここに……あんたは住んでるんだね」

「ああ、ボロくてがっかりしただろ。なんせ築三十年以上だからな」

「ううん。ここに来られて凄く嬉しい。あんたの部屋なら、建物なんて何でもいいんだ」

 

 えっと、何で突然しおらしくなってしまったのでしょうか。

 

「あたしさ、ずっと想像してたんだ。好きな相手は、どんな部屋に住んでるんだろう。きっと食事はインスタントばっかりなんだろうな。やっぱりお風呂は狭いのかなぁ。もしかしたらお風呂無いかも。そしたら二人で銭湯も悪くないな……ってね」

 

 おお、サキサキが進化して「乙女ちっくサキサキ」になってらっしゃる。

 座卓の下に隠した手をもぞもぞと動かしながら、ちらと上目遣いで俺を見る。

 正直たまらんですわ。

 

「……引いちゃった、重いよね」

「阿保か。今更その程度で引くかよ。重いのはその胸ぐらいだろ」

「ばか……」

 

 軽口を吐きながら座卓を回って、沙希の隣に腰を下ろす。

 とん。と肩に、やっと慣れた重みがのし掛かる。

 

「あんたは、優しい」

「勘違い甚だしいな」

「そういうとこも、優しさなんだよね」

「買い被り過ぎだろ。どんだけ高く見積もってんだよ」

 

 水気を帯びた沙希の目が俺を捉える。肩に手を回し、くいと引き寄せると、簡単に身体を預けてくる。

 触れた部分がじんわり汗ばんでくる。

 

「エアコン、つけるか」

「ううん。あんたの熱を……感じてたい」

 

 軽く口唇を重ねる。

 

「あのさ、俺、ここに人を呼ぶの、初めてなんだよ」

「そう、なんだ」

 

 もう一度口唇を合わせる。

 

「それで、だな」

「うん」

 

 啄ばむ様に互いの口唇を挟んで、離れる。

 

「この部屋、一人じゃ広いんだよ」

「うん……」

 

 舌を絡める。

 

「でも、あれだよな。さ、沙希の大学は、千葉だもんな」

「うん……」

 

 舌を絡める水音が大きくなる。

 

「だから、その」

「……先にあたしの話を聞いて」

 

 沙希の手が頬に触れる。冷んやりと心地好い。

 

「あんたさえ良かったら、週末……泊まりに来ても、いい……かな」

 

 ーーやられた。

 散々俺が言い淀んでいたことを、すぱんとピンポイントで云われちまった。

 

「ーー先を越された」

「え?」

「俺はさ、週末だけでも一緒に過ごさないか、って言おうと思ってたんだよ。でもよ、沙希の都合もあるだろ。家事とか、京華の保育園とか。だから、迷ってた」

 

 沙希の目から雫、一滴。

 

「……嬉しい。同じ事、考えてたんだね」

「まあ、たまには意見が合うこともあるだろ」

「その『たまに』が嬉しいんだよ。分かってないね、あんた」

 

 ふふん、と鼻を鳴らして笑みを向ける沙希に、口唇で応える。

 するりと沙希の手が俺の汗まみれの背中に回される。

 あれ。まさかこいつ、スイッチ入っちゃった?

 

「んー、はちまんの匂いー」

 

 俺の汗まみれTシャツに鼻を押し付けて、しきりにスーハーと息をする沙希。そのポニーテールをがしっと掴み、沙希の頭を離す。

 

「……え?」

「お前ばっかり、ずるいぞ」

 

 攻守交代とばかりに今度は俺が沙希の首筋に鼻を寄せる。

 

「だ、だめ、汗で、くちゃい、から……」

 

 わざと呼吸音が聞こえる様に鼻から息を吸う。

 

「はあんっ、だめ、だめ、くちゃい……」

「んー、沙希の匂いだ。甘い匂いだな、サキサキ」

「サ、サキサキってゆわないでっ、ん、あん」

 

 脳が蕩ける。暑さの所為(せい)ではない。

 沙希の首筋から立つ、蠱惑の香りの所為だ。

 

「沙希、沙希……」

 

 夢中で沙希の首筋に顔を埋める。

 ふと、沙希の耳が視界に入った。

 これを、吸いたい。

 

「はあっ、あっ、み、みみ、みみ、ら……ああんっ」

 

 耳たぶを軽く噛み、口内で舌を這わせる。

 沙希の吐息が荒くなる。

 今なら、大丈夫……かな。

 今まで故意に触れたことは無い、豊かな膨らみに手を添える。

 

「あっ、そ、そこ、そこ、や、や、や、もっと、や、んっ」

 

 くにくにと手の中でカタチを変える、柔らかい膨らみ。

 

「はあっ……ちまん……」

 

 刹那。沙希の身体が緊張し、ふるふると震えた。

 いつもとは明らかに違う反応。

 

「ど、どうしたっ」

 

 脱力しきった沙希は、俺の肩に頭を乗せて荒い呼吸を繰り返す。

 まるで全力疾走した直後の様な、酸欠の様な、そんな呼吸音。

 これ、やり過ぎた、かな。

 

「はあ、はあ、んくっ、はあ……」

 

 落ち着きを取り戻してきた沙希が、涙目で俺を見る。

 

「なに、今の……わかんない。こわい。でも、気持ちよかった」

 

 それってまさか。

 

「あたし……いっちゃったのかな……」

 

 いく。

 行く。往く。逝く。そのどれでも無い「いく」。

 だが、耳と胸の刺激だけで、そうなるものなのか。

 

「なんかね、ふわっと浮いて、八幡が捕まえててくれて、幸せな感じ」

 

 首筋に張り付いた後れ毛を整えてやると、ふるっと身体を震わせる。

 

「だめ、まだ敏感みたい……」

「そ、そうか、悪い」

「ううん、気持ちいい」

 

 目を細めて微笑むその表情は、京華よりも幼く見えた。

 

「あたし、八幡と会えて本当に良かった。こんな、こんな温もりをくれて、本当に……ううっ」

 

 え、えーと。

 何故泣き出してしまったのでしょうか。

 

「好き、好き、八幡。あんたになら何されてもいい。もっともっと、いじめて」

 

 いじめたつもりは無いんですが。俺は単純に、耳を弄ったらどうなるかなぁ、あっ、胸も触りたいなぁって思っただけでして。

 

「八幡との週末、楽しみだなぁ……毎週来ちゃうから、覚悟してね、八幡?」

 

 斯くして沙希は俺を八幡と呼ぶ様になり、俺たちの関係は新たなステージを迎えた。

 つーか、そろそろエアコンつけようや、サキサキ。

 やっぱ暑いわ。

 窓を開けっ放していた所為か、夕暮れの風に乗って遠くのサイレンが聞こえた。

 

 




お読みいただき、本当にありがとうございます。
拙作「千葉ラブストーリー」の第二章っぽくタイトルをつけた「京葉ラブストーリー」ですが、こちらはかなり不定期な感じで掲載していくことになると思います。

また書けたら投稿させて頂きますので、何卒宜しくお願いします。
感想や批評、評価などいただけたら非常に嬉しいです。

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