それではどうぞ
ザワザワと騒がしさがあるものの、その喧騒が何故か心地よいBGMとして成り立つ街道を士郎は歩いていた。ちょっとした買い物を行い、紙袋とその中にある数種の食材や小道具を持ちながらであるが。
早くも一ヶ月が過ぎながらも士郎は忙しい豊穣の女主人の仕事に追われていた。中には勿論休日はあったのだが、その日もまずは仕事慣れということで買い出しやら仕込みなどの研究や指導を受けていたのである。ここまで忙しいとは思っていなかった士郎は少々げんなりしつつも、仕事は忠実にこなす所は士郎らしい。と言っても流石は執事スキルEX。仕込みや元々この店のメニュー全てを1週間で丸暗記したのである。その後米を使った料理を新メニューとして公表、提示するためにマスターもといミアと会議の元、料理担当の店員に指導していた。買い物の物価の覚えや市場の出回りを覚えるのには苦労したものの、今では問題なく行う事が出来るようになった。
その中でも最も仕事を忙しくした原因は実際問題、士郎自身にあったのを彼は知らない。ミアたちは長い間この店を切り盛りしていたので気づいてはいたが。もしかしたら無意識に女の勘が働いていたのかもしれない。なにせ士郎がこの店の料理人として働いたこと、そして米を使った激ウマ料理が噂になり次第急激に女性客が増えていたのである。料理が出来る男とはどの世界でも高評価を受けるものであり、何より士郎は少々童顔でありながら体格の素晴らしさや皮肉とクールさが織り成すギャップは数々の女性客を虜にしていった。中にはファンクラブもあることを聞いた士郎にちょっとした好意を持ち始めていた従業員たちがウザったらしい気持ちを持っていることは内緒である。士郎以外は普通に気づいてはいるが。そしてもう一つ付け加えるとしたら、他の料理店は勿論あるし男主人の店もあるのだが、少々ハンサムとは言いにくい容姿をしているのも原因かもしれない。性格はとてもいい人たちばかりなのだが……。
そんなことはさておき、数々の仕事を覚えた士郎は本当の意味で休日を全うする機会が訪れたのである。給料として手に入れた2万ヴァリスを懐にしまいながら、ちょっとしたお使いを頼まれながらの街を探索中である。
そして今現在いるのは数々の店舗が並び立つ市場に士郎はいた。市場には農家の方々や畜産物を販売している一般庶民の人達を筆頭に、数々のファミリアが露店を出している。ファミリアは冒険者だけではなく、こういった商売で生計を立てたりしているものもあるのだ。時々空いた時間を使いギルドなどで調べた限り、他種族のことや有名ファミリアのことも理解することが出来たのである。有名どころで言えば鍛冶系列で名を馳せたヘファイストスファミリアなどであろうか。
まあ今回の散歩目的はお使いと街の地域把握。それと武器探しである。投影すれば良いじゃないかと言えばそこまでなのだが、いかんせん士郎は魔術を使うのはファミリアに入るまではしないほうが良いと考えていた。なにせこの世界は魔術という存在が周知されておらず、代わりに神の恩恵で手に入る一つの技能、魔法が知られているためだ。ファミリアに入っていないのにそのようなことができると知れれば無駄な争いに巻き込まれかねないことを見越しての事である。
この露店の中で武器の物色を試みていた士郎は少々子供がトランペットを見ている時の如く目を輝かせていた。投影するまでのない武器もあるにはあるが、それでもその一つ一つは職人が汗水たらして作ったものであることを分からない士郎ではない。一つ一つ丁寧に吟味していくそれは数々の露店主からしたら気持ち良いものであったろう。急な叫び声が聞こえてこなければの話だったが
「誰か捕まえてくれ!盗みを働きやがった!」
野太い声が辺りを響きながら、士郎は其方の方を視線だけ動かし確認する。盗人らしき人物が必死の形相で運良く―――彼にとっては運悪く士郎の方に都合良く走ってきた。その勢いを殺させないよう、彼は盗人の斜め横に立ち、タイミングを合わせて
「フッ!」
回転蹴りを顔面あたりに狙い打つ。そこでそれにギリギリに反応を見せた盗人は急に立ち止まり体制を崩すところを士郎は体勢をすぐに背負い投げの型に移行し投げつける。
盗人は僅かに意識を朦朧とした中、周りのガタイのいい男たちに取り押さえられていく。
「すまねえ!助かった!」
先ほどの声と同じ男性が士郎に向けて話しかける。
「なに、どうということもないさ。それより盗まれたものは大丈夫なのかね?」
「ああ、ったくちょっと目を離したすきに盗って行きやがった。レベル1の時に使っていた短刀なんだが……」
少し男は懐かしさと悔しさが滲み出る顔をしていた。思い出のものを自分から手放すのと、意図せず持っていかれるのは雲泥の差さであろう。だがそれよりも士郎は他のことに気がいっていた。
「レベル1ということは……つまりレベル2になったということか?」
「ん?ああ、つい最近レベルアップしたんだ。そこで武器も新調しようって話にファミリアで決まったんだ」
「なるほど。で、先ほどのやり取りに行き着いたという訳か」
「そういうことだ。いかんせんウチはあまり裕福とはいえんでな。資金の足しに今まで使っていた武器を売ろうって話になったってわけだ。それ以外に必要ないものもついでにな」
少々恥ずかしながら話していながらも、悪い印象を見せる言い方ではなかった。いい仲間たちがいるのだなと、士郎は思った。
「そういや名前を聞いてなかったな。俺はカシマ・桜花、タケミカヅチファミリア団長だ」
「私はシロウ・エミヤという。豊穣の女主人で一月ほど前から働いている」
すると得心と疑念が織り混ざった声でほうっと桜花は無意識なのかは分からない反応を示す。
「豊穣の女主人か……なるほど。噂通りの男らしい。だが先ほどの動きは冒険者と遜色がないように見えたが?」
「別にファミリアでないと強くないなどという道理は存在しないのでね。この街に来る途中で鍛錬を繰り返したまでというだけだ」
あながち、間違ってないことだけを連ねていく。元々日本は東の島国であるのだから、ミアたちに述べた東出身というのは嘘ではない。細かいことを言えば間違っているだけだ。
「なるほどなぁ。てか、ファミリアには入らないのか?というよりかは、只今絶賛お探し中ってところらへんか」
「正解だな。この街にも仕事にも慣れ始めてきた上で、所属するファミリアを探しているところだ」
そこで桜花は少しばかり悩んだ後、こう士郎にとっては願ったり叶ったりな言葉を吐く。
「なぁ……タケミカヅチ様に会ってみるか?」
ガヤガヤとした店の中もとい豊穣の女主人内にて、士郎はせっせと神タケミカヅチと桜花の為に和食を作っていた。味噌汁に白米、新鮮な魚の焼きや刺身。佃煮といったシンプルな品物である。と言っても焼き方や切り方で魚の味は圧倒的に差が出るし、味噌汁の味付けは量一つですぐに変化する。圧倒的に磨き上げられた士郎の料理スキルによってまるで細胞一つ一つが輝いて見えるように見えた。その二つを先の2人の目の前に静かに置く。2人は頂きますと声を合わせて正しい箸の持ち方で口に運んでいく。
「うむ!うまい!久々にかのような食事にありつけたというものだ!」
「あぁ、本当にうまい。ありがとう士郎」
「お褒めに預かり光栄というものだ。して、神タケミカヅチ、折り入って聞いてもらいたいことが」
味噌汁を一気に飲み干し静かに器を机に置きながら、タケミカヅチは集中した顔向きで士郎の方を向く。男性にしては長い髪に整った顔立ち。落ち着いた性格の中で子供のような印象を与える。武神タケミカヅチの雰囲気は優しいクールなタイプといったところである。
「話は桜花から聞いている。盗まれたものを取り返してくれたらしいな。そのことは本当に感謝している」
その言葉とともに彼は深深しく頭を下げた。してもらいたいことと全く違ったことにたじろぐ士郎はなんとかなだめつつすぐにタケミカヅチの頭を上げさせることに成功した。
「して、シロウ君はファミリアを探しているのだったね?」
「あぁ、この街にも慣れてきたところで、ようやく探しに出れたところといった具合だ」
そこから少しばかり質疑応答が繰り広げられていた。何処の街出身だとか、年齢や実力など他にも他愛もない質問もあったが。実力に関しては桜花からも聞いていたらしく特に話すこともなかった。魔術などに関してはまだ言う気はないが。
「ではこれにて最後の質問だ。シロウ君、君は何故ファミリアに、神の恩恵を授かりたい?」
するとほんの数秒、2人の間に沈黙が訪れた。
思い出すのはアラヤとの会談での内容。彼女のような英雄に、セイバーのような優しい英雄になりたいと、心の底から溢れ出た願い。だがそのことを話すのは魔術関連の全てを話さなければならないということで。
「目指す頂のために力が欲しい、それだけでは不服かね?」
「それは悪用するという意味ではないな?」
その質問に関してだけは、士郎は視線だけでありえないと答える。
神には嘘が通じない。正解が正しく完璧に理解するわけではないが、嘘をついているかどうか、それが神には一目で分かる。それゆえに、
「なるほど……シロウ君。もしよければ私のファミリアに入らないかね?」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、士郎は勢いよくその言葉を受け入れる。
「これからよろしく頼む。神タケミカヅチ、桜花」
ひとまず2人の食べ終えた食器たちを片付けて、士郎はタケミカヅチファミリアのホームに向かって行ったのだった。
今思うと前回のミア母さんの笑い方と話し方が何処と無く読んでくと魔女の宅急便に出てくるパン屋のおばさんを思い出す