目が覚め、最も先に視界に入ったのは、青く澄みわたる晴天と、そこに静かに漂う白い雲だった。そこでしばらく漠然としていた意識が覚醒し、アーチャーことエミヤシロウ……いや衛宮士郎は横たわっていることに気づく。少しばかり動揺を許したものの、これがアラヤによってどこかの世界に飛ばされたことに理解が追いつく。士郎は体に何らかの変化があるかを確認しながら、辺りを見渡す。
丘……だろうと推測される現在の環境は、先ほど寝ていた場所は草原で、そのすぐそこには大木が悠然と士郎を日差しから守るように存在していた。緑一帯の場所の中、士郎の格好は赤い外套と脱色した白い髪という異質なものであったが、それは一つの絵として存在してもおかしくないほどのものであった。
太陽の傾きからして、現在は朝の7時相当だろうと士郎は推測する。そこから辺りを再確認し、人気がないことを確認してから、彼は魔術を発動させた。
魔術師―――秘匿せし人知を超えしものを人の手で行う者。彼はその中の異質中の異質な存在であり、その能力のおかげで追われる身にもなってしまったが、多くの人々を守ることができた要因のひとつである。
―――人体における能力及び異常、無し
―――魔力回路本数27本変化、無し
―――
特に問題は無いようだな、と彼は安堵の息を溢す。どの世界に飛ばされたか分からない以上、全力を出せるという現状は非常に心強いものとなる。そして今まで積み上げてきたものが全く通じないという世界であるということは非常に考えにくい。自然が少しでも残っている状況から、彼はそう結論を出した。
先ほどの大木を見据え、彼は魔力を脚に集中し強化する。彼が最も得意とする系統の能力であり、信頼する術の一つである。強化した足を使い大木の頂点にまで登り着く。
「……なるほど。私の目でも視界に入るか分からない程度のところに、街らしきものがある……か」
彼は元々人外レベルで目がいい。そこに魔力を集中すれば、それがどれほどまでに強力かは想像に難くは無い。ここから歩くなると6時間かかってもおかしくは無いだろう距離だろうとある程度の予測を立てて、彼は本日何度目かの溜息を溢す。魔術は現在使用可能であるのだが、それは辺りに人がいないから使用できているものであり、この魔術を使った結果、無駄ないざこざに巻き込まれるのは情報を持っていない現状嬉しく無いこととなるのは明白である。ある程度の諦めは致し方無いと腹を決め、士郎はこの6時間の放浪を開始したのだった。
「―――らっしゃいらっしゃい!オラリオ名産の新鮮な林檎が届いてるよ!」
先ほど大木から発見することができた街―――オラリオと呼ばれる街に辿り着いた。そんな中士郎は少し息を切らしながら、それでも悠然と歩いていた。なぜ息を切らしていたのかというと、先ほどの6時間放浪の最中、どこの世界にもならず者集団がいることを知った士郎は襲われながらも撃退を繰り返してた。げんなりしたまま体術だけで行われた逆転劇は恐ろしいものではあったものの、士郎にとってはまともな訓練をしない輩に負ける道理は存在していなかった。
そこでならず者を数人意識を失わさせずに、この世界のある程度を聞きだしたのである。
迷宮都市オラリオ―――ダンジョンと呼ばれる地下深くに存在する構造が有名な都市であり、多くの冒険者と呼ばれる存在がいるらしい。その中でも多くの民が存在する都市の中で、一際珍しい者たちが存在するということである。
神々―――そう元の世界で偶像の産物である伝説の存在。数々の神話を仕事柄知っていた士郎はさすがにいつものポーカーフェイスを崩すほど驚愕を露にした。だってそうだろう?神々とは、かの聖杯戦争でも召喚するには他の英霊より難しい存在たちであったはずの者が、今現在この世界では悠然と天界と呼ばれし場所から下界しているというのだ。それが理由ありしものなら何の疑問も持たなかったかもしれないが、理由があまりにも人界にとっては酷いものいいだと士郎は思ってしまう。
単純に―――飽きた……らしいのである。そこで下界し、天界では味わえなかった娯楽に興じたわけであるらしい。何ともふざけた話だ、と士郎は憤慨する。なぜならアラヤでさえ生命のために力を行使していたというのに、神は身勝手に自らの欲を満たす行為しかしていないことに腹を立てた。だが、神にも我々とは違う感性があるのかもしれないために、一概に悪意をまくしたてるわけにもいかない。
その後、神はある程度の娯楽を楽しんだ後、ダンジョンに目を向けたのである。だが人類より存在が昇華されている神々の力を持ってすれば簡単に攻略できてしまうし、何より下界するときに例外以外において神の力を制限している。ならばダンジョンにどのようにして価値を見出したか。それは神たちにとって子供である人類の中での冒険者に力を授けることによって、娯楽としての価値を見出した。「ステイタス」と呼ばれるもので、レベルや文字通りの力や魔力数値などを背中に写術し、恩恵を授けるものによる。授けた子と神たちは家族となったり、主従関係になったりとする。これを神の名前を用いた「ファミリア」と呼ばれるものとなる。
元の世界でのゲームシステムみたいだなと、士郎は思った。
ここまでが現在士郎が手に入れた情報をざっくりまとめたものである。他にもギルドなどの存在や、街の風景からして中世のヨーロッパ風情が感じられる場所など、そういう細々とした情報もあるが。何より士郎が助かったのは契約の際、サインなどそういう系統が必要なのはあるものの、基本的に貨幣があればその壁を乗り越えられるということである。端的にいうと市役所らしきものが存在しない。ギルドなどで商売するときの許可申請などが行われるものの、身分証明書などが不要なのである。その分元の世界のように国からの支援などがほとんどないために、医療機関などの値段はそれ相応のものとなってはいるらしいが。まあ市場などの値段や相場などが現実的らしく、そこら辺はあまり心配はいらないようである。
だが紙幣で乗り越えられる壁があるとして、その金が今の士郎には存在しない。別にさっきのならず者から奪っても誰も文句は言わないだろうが、士郎はそれを行わなかった。ただの自衛でしかなかったし、情報さえ手に入れればどうにでもなると見越してのことだったが。
さすがに無一文となると士郎とて食わねばやっていけない。英霊や守護者ではなく受肉した今のままではいずれ枯渇し飢え死んでしまう。
まずは仕事探しからか……。またも溜息を零しながら、彼は活気付いたオラリオの市街を通り抜け、ギルドと呼ばれている街の中央に位置する塔を目指すのだった。
「はい。今回担当をさせていただくことになった、エイナ・チュールと申します。以後お見知りおきを」
丁寧な口調と聞いていて落ち着く声が空気を揺らす。営業スマイルとは決して思えないほどの綺麗で可憐な笑顔を浮かべさせる耳が特徴的な女性。エイナと呼ばれるギルド職員らしい人が来るまで、士郎は他の客の注目の的であった。なぜなら当たり前のことで、普段見かけない格好をしている。これに尽きるのである。赤い外套自体を気にしているのであり、士郎にはあまり興味がいってないにも、流石に居心地が悪かったために来てくれて安堵する士郎がいたりしたのであった。
「よろしく頼む、チュール。私はシロウ・エミヤという。はるか東から来たものでこの地には疎くてね。少し事情があって仕事を探したいんだが、何か良さそうなところがあれば助言を頼みたくここにきた次第だ」
「お話は分かりました。それでしたらどのような職種をご希望になりますでしょうか?それと、出来ればチュールではなくエイナと呼んで頂けないでしょうか?余りそちらでは呼ばれ慣れていないものでして」
少し逡巡してエミヤは考えをエイナにだす。
「了解した、エイナ。それで職種だが、いずれは冒険者を目指したいところなんだが、なにぶん未だファミリアには入っていないものでね」
「冒険者ですか……。分かりました。そのようでしたら有名なファミリアや冒険者募集中のファミリアなどの情報をまとめた冊子をご所望ということでいいでしょうか?」
もちろんお金などは頂きませんよ、とエイナは少しばかり悲しさが含んだ笑みを浮かべる。
冒険者とは命懸けのものであり、ダンジョンには多数数多の屈強なモンスターたちが存在し、命を落とす者たちも少なくはない。それを聞いていて士郎は何を考えたかは、言うまでもないだろう。ただまあ、その冊子も勿論欲しいとこではあるのだが。
「それは有難く頂戴するとして、何より私は無一文な者でね。恥ずかしながら今すぐにも働ける場所が欲しい。幸い私は料理の腕には自信がある。その系統で調べて欲しいのだが……」
「冊子の件については後ほどお渡し致します。調理系統となると……そうですね。ちょうど調理師を募集しているところがあります」
「本当かね?それは助かる。ではその場所、店の名前を教えて欲しい」
「豊穣の女主人と呼ばれる酒場店ですね。あぁ、今回例外的に実力があれば男性でも採用するということでして、悪戯にオススメしているわけではありませんよ!」
「別に疑ってないどいないさ。協力感謝するよ」
そのままファミリアについての冊子と、豊穣の女主人までの簡単な地図を貰い、彼はこの世界での生き方を考えていくのであった。
誰か多機能フォームの使い方教えて下さい(ガチ
難しくてルビの振り方が全然わからんとです