紅き外套 オラリオへ行く   作:クグイ

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すみません遅れましたクグイです。何故か長くなったわ御都合主義やらで自分でも不満が多少あるので、ですがまたせすぎるのもダメだと思い一度投稿させていただきました。
次回から少しずつ書いていったり、設定すら変更するかもしれませんが、宜しくお願いします!それではどうぞ


雨の嫌いなエルフ

ピピピッピピピッというリズミカルな音が部屋の静かな空気を切り裂く。

 

その発生源を止めようと寝ぼけながら布団から手を伸ばし、頭の近くにあった目覚まし時計を止める。リズミカルに鳴らしていたものは主人の言いつけを守り、またもや静かな空間がつくられる。

 

「〜〜」

 

布団から体を出し音のない声を出しながら体を伸ばす。

 

窓を見ると晴れ渡る雲ひとつない青空……といううまい具合な天候ではなく、ずっしりと重そうな曇天で薄暗さがある。後の仕事を考えるとその心と天候がマッチしているように重くなる。

 

今は七時。仕事場所はこの宿舎から十分ほどで着くところのギルド。八時半から仕事が始まるからそれほど急がなくても大丈夫な頃合いである。

 

いつもの食卓であるパンをトースターに入れ、お湯をポットで沸かす。コーヒーの粉末を愛用しているカップに注ぎ、沸くのを待つ。

 

化粧するにも髪をセットするにも五分近くでは終わらない。なのでファミリアではない一般の企業の新聞を読んで暇を潰す。

 

ここ最近、ファミリアではない女性が襲われる事件が多くなっている。犯罪の方法は殆ど一緒なので同一犯の可能性が高いらしい。

 

それもただ強姦だけだから命があるだけマシかと思うかもしれないが、それはそれは女にしか分からない恐怖が体に刻まれる。こういう輩はさっさと留置所にでも捕まれば良いと思ってしまうのは致し方ないというよりかは、当然の帰結と言えるだろう。

 

そういう事件をよみながら、同時に事が終わったので、パンを取り出しコーヒーを作ってテーブルに置き、頂きますと声をひとつ。

 

コーヒーを一口飲んで心を落ち着かせながら、再度窓を見て憂鬱になる。

 

「雨……かぁ」

 

エイナ・チュールはそう、言葉を漏らしたのだった。

 

昔から雨は好きではなかった。むしろ嫌いと言っていいほどだ。

 

薄暗くなる天候も、濡れてしまう髪も、どんよりとした空気に呼応するかのように、大多数の人々が心を重たくする。そんな姿を見るのが嫌だった。

 

エルフの領地にいた時は言うほどではなかった。苦手な部類ではあったが、森林というよりかは自然そのもの自体を尊ぶ種族にとって、むしろ好きになっていたものも多い。

 

だが、領地を出てからその日々の環境に適応していくのが生物であり、ハーフエルフという人間の感性もあることから、雨が嫌いになっていった。

 

それ自体は苦でもないし、感性の問題でしかないのだから存外意識して好きになろうとも思わない。

 

だが、それ以外にも雨が嫌いな理由があるのだ。それは

 

「変な事が起きなきゃいいけどなぁ……」

 

雨の日は、異常なほどに運がないのだ。

 

 

 

 

「エーイナー」

 

間延びした声が隣の席から聞こえる。資料を動かすときの紙と紙が擦り合う特有の音が聞こえてくるということは、口だけでなく手もちゃんと動かしている証拠である。

 

「なぁにミイシャ?」

 

エイナの同僚である彼女。背が低く、あけどない容姿をしていることから密かに冒険者の間では密かに人気を誇っていたりする。

 

そのことを彼女自身も自覚しており、少しあざとい行為もお手の物。だがそれだけで落とされる男を良しとせず、演技を見抜き本質を見抜く男を探しているヒューマンだ。そして、エイナにとって親友と呼べる間柄である。

 

「いんやさぁ、エイナに春は来ないのかなーってふいにおもっちゃってさぁー」

 

「ハアァ?」

 

思わず、打ち込んでいた資料の手を止めてしまう。

 

「いやさぁ、エイナ美人でエルフの血を引いてるから老化は遅くて済むけどさぁ。やっぱり今のうちに男捕まえてた方がいいと思うわけよ」

 

「いいよ私は……そりゃまぁいないよりいたほうがいいかもしれないけどさー。今は仕事の方を優先したいし、何より私の好みの問題があってさ」

 

その言葉のどこに興味を持ったのか、仕事をする立場が逆転する。

 

「へぇ、どんなのよ?」

 

仕事中に女子トークを繰り広げるのはどうかと思う気もしなくはないが、どちらにしろエイナとて女だ。捌かなければならない資料は残ってはいるが、話しながらでも2人の優秀さにおいてミスはしない。

 

「あんまし言いたくはないんだけどさー。どっちかというとちょっと頼れるタイプじゃなくて、少し頼りない方がいいかなーって」

 

その言葉に少しだけ納得の表情を見せるミイシャ。無理やりにでもモンスター講義に初心者冒険者を引き連れ、どんな質疑応答を可能な限り対応する彼女のお節介焼きさから、ある意味理解できる要素はある。

 

普通、ギルドの面々は冒険者と深い関わりを持たないようにしている。中には仲のいい冒険者もいないことはないが、それもできるだけ最少限にする。それは、もし友人関係になってしまったときの、その冒険者の死んだときの心の傷を深くしないために。

 

だがエイナは分け隔てなく接し、自分の出来る範囲で手伝いをする、ギルドとしては異例のタイプの人種である。確かに死んでほしくないが、ならば死なないようにきっちりサポートするのが正しいのではないかという、彼女なりの考えがあるからだ。

 

そっかと声を落として、だがここで終わるのも面白くない。なのでミイシャは次なる質問をぶつける。

 

「じゃあ、この前来た2人ならどっちがいい?」

 

「2人って?」

 

「えぇっと!ほらエイナがアドバイザーになった白髪の子と今話題になってる白髪の料理人!」

 

思いつくとしたらあの2人しかいないが……

 

「それってベル君とエミヤさん?」

 

そうだと言わんばかりにミイシャは首をブンブンと音を立てるように大きく振る。

 

「なんであの2人なのさー?」

 

なんとなく、自分の担当する人だと考えるのを躊躇ってしまう。自分のクラスの男女関係を話すと地味に変な空気になる感じと同等のものがあるからかもしれない。

 

それでもいいじゃんいいじゃんと急かしてくる無駄に元気な友人の顔が地味に近くなり始めるのを感じて、ハァと溜息を零し、考えながら口を開く。

 

「んー。どっちかっていうと分からないなー。知り合って結構経つのはエミヤさんだけど、ベル君は会ってまだ1週間も経ってないからなぁ」

 

「それもそっかー。でも好みに準じるとベル君の方が軍配は上がりそうかなー」

 

「好みだけ、で言うとだけどね。でも現時点だけで言うのであればまぁエミヤさんかなぁ。限りなくイーブンに近いけど。ねぇ、これ誰にも話さないでよ?」

 

「分かってる分かってる。と言ってももう遅いと思うけどなぁー」

 

ニヤリと嫌な顔で笑うムカつく友人の意味深な発言に疑問を感じ、前を向き辺りを見渡してみると

 

「そうか、エイナさん頼りないのがいいのか……」

 

「道理でガタイいいのが言っても落ちないわけだぜ……」

 

「俺、冒険者辞めようかな……」

 

男の冒険者達の大半が髪を濡らしこちらを見てテンションを下げていて、それを見た女冒険者が誰1人欠けることなくドン引きするというカオスな状態になっていた。

 

それを見てエイナは少し顔を赤くし頬を人差し指でかきながら呑気に

 

「あ、あははは……」

 

と、苦笑いするのであった。

 

「…………」

 

その中に、不穏な目線があるのを知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トントンというキーボードを叩く音が響くギルド室内。最後の資料を片付けている影が一つ。

 

「終わったぁ!」

 

最後のタイプを終了し、ザッと眺め見して大きなミスがないかを確認。現在夜の8時。基本5時に終了するギルドとしては相当遅い方の時間だ。

 

ミスがないことに一安心しつつ、バックアップをとり電源を落とす。

 

さっさと家に帰って早く寝よう。明日は豊穣の女主人に初めて行ってみる記念日なのだ。そのためというわけではないがシフトの関係上休みを取っていた彼女は、どうせやる仕事をいくつか終わらせようかと1人ギルドに残っていたのである。

 

 

 

大体の家は基本10時から11時の間に眠り始める。そのため仕事の終わりも基本的に6時前には大体企業は終わらせている。

 

ギルドは街の中心部にあるため、その周りにたくさんの店が並ぶ。洋服店だったり、宝石店であったり、美容室や楽器店など多数数多な店が並ぶ。料理店は中心部から少し離れたところにあり、一般的な家屋が並ぶのは街の外れの方だ。

 

祭りなどはここに屋台などを出したりするが、今宵はただの春の夜。

 

街灯だけが辺りを照らす帰路は、何とも言えない心のざわめきがよぎらせる

 

 

 

早めに帰ってしまおうと前に足を出したその時ーーー

 

カンッという音が雨の音に混じって聞こえてきた。

 

後ろから、ただ確実に聞こえてきた暗闇に響く足音。純粋にエイナのように残った苦労人かもしれないが、ただ、何となく雨のせいもあってか、非常にそれが怖くて、恐ろしくて、異様に臆病になった彼女は、少し早い速度で歩いた。

 

傘をさしているせいでまともに後ろを確認することができない。一瞬だけ見て取れた背格好は、大体170ほどの身長で、傘ではなく黒いカッパを着てることしか分からない。フードを深く被っているせいか顔もよく確認できず、知り合いかどうかすらも確認が取れない。否、恐らく、ほぼ確信と言っていいほどエイナは知り合いではないと高を括っている。

 

何せ、10分近く同じ速度、途中で上げたにも関わらず一向に他の道をそれようとしない。

 

確実に付けられている。

 

カッカッカッと同じ足音が夜街に響き渡る。それから逃げようとする少女はまたしても速度を上げる、右、右、左にと。裏道を抜け、公道を歩いてはまたも裏道を抜ける。

 

だが、もはや運が尽きたかのように、その道はフェンスという壁で封鎖されていた。

 

「うそっ!?」

どんなに道を知っていたとしても、それでも限界は訪れるもので、半分賭けであった先の裏道を抜ける行為は実に失敗に終わった。

 

カッカッカッという足音がまだ続いている。

 

フェンスに手をかけ前後に揺らしてみてもビクともしない。当たり前だが、それは現在の現状には最悪と言っていいほどに雨で濡れていて、冷たく感じた。

 

不意に、雨音だけが辺りを埋める。

 

足音は聞こえない。先ほどまで心の奥に恐怖を刻んだ音は、全くと言っていいほど聞こえはしない。

 

それでも、いやだからこそなのかもしれない。

 

振り返るなと、振り返ってはダメだと体が叫ぶ。だが、それでも、今の現状を把握しなければ、次の行動に進めない。

 

ゆっくりと、ただゆっくりと視線を下に下げ、ゆっくりと後ろを向くとーーー

 

 

 

黒いカッパと、刃物がいた。

 

「キャっ!?!?」

 

恐怖のあまり声が口から漏れる。ゆっくりと、ただゆっくりと、男は近づいてくる。刃物を持ち、今うっすらと見える目元には、ただ快楽がすぐそばにあり、愉しめることに喜びを感じる狂気の目。

 

動かなければ、行動しなければと精神も、頭も何もかもがシグナルを叩き出すが、それでも身体がいうことを聞かない。一歩、また一歩とその狂気が距離を縮める。

 

「アァ、また、イィィ女が来たなぁ……!」

 

その声が、言葉が、空気を揺らす振動が、糸で縛り付けるかのようにエイナの体を束縛する。

 

「今日で何人目だったっケェェ?そうだっタそうだっタ!記念すべき10人目だっタ!」

 

言葉を発すごとに強調される声。

 

「家に向かわなかったのは賞賛しますガァァ、ワタシノ流儀には反するのデェェ、無駄なあがきでしたネェェ!」

 

アヒャヒャヒャと笑う姿は何とおぞましいことか。

 

腕を伸ばせば容易く届く距離にまで近づいて、ナイフをエイナの首元に付け、耳元まで顔を近づけ深呼吸を始める。

 

「フウゥ、フゥゥ!アァ!何と素晴らしい香リ!!」

 

もはや声すらも出せず、ただなるがままの彼女は、それでも、自分の行動に不備があることを恨み、雨を恨んだ。

 

奴は今10人目といった。今朝新聞で見た被害者の数と一致する。そして裏道を抜けた、または途中で襲われたということも。

 

そして、その被害者の共通点……それはーーー

 

「何で……私をねらったのーーー?」

 

その男は、只嗤った。

 

「それハァ、貴方が男を知らないからですヨォォ!!!」

 

一度も男女関係を持ったことがない人物だった。

 

そこで、私が狙われた理由と、ミイシャが急に恋愛話を振ったのかを理解する。もしかしたら偶然かもしれないが、ミイシャはこのことで心配してくれたのかもしれないということを。

 

その隠された気配りに気付いてさえいれば。いつものように雨の日はすぐに家に帰れば。話す場所を変えていれば。

 

後悔だけが頭をよぎり、身体は震えてしまうばかり。けれど、それでも、恐怖に体が縛られようと、心だけは、負けたくはない。

 

「ーー?なゼ、体が震えているのニィ、その目はァ、一体なんですカァァ!!!」

 

胸倉を掴み、只力任せに地面に倒される。髪は傘から離れ少しずつ濡れてしまい、服は地面に溜まった水により重くなる。

 

急な衝撃に頭がついていかないが、倒されたことだけは理解し、そして、男が覆いかぶさるような体制を取ってきたことも、理解した。

 

「マァ、いいデスゥ。それならバァ、その反抗的な目ヲォ、絶望と快楽デェ、塗り潰してあげマショゥ……!!」

 

手が、服に伸びていく。その手を服に届かせないように、体を必死で動かし、相手の思うがままにさせないよう、払い退ける。

 

それでも その数秒の抵抗も虚しく、男と女の筋力の違いが、こうして形に表れてしまう。

 

払いのけようとした腕を拘束され、男の腕が、エイナの服に手を伸ばしたその時

 

カッカッカッと、雨の音に混じり、足音が聞こえてきた。

 

エイナも、男も、その音が何なのか、その音のする方へ頭を、目線をずらす。

 

「やれやれ」

 

そう、赤い服装に、白い髪を雨で濡らした冒険者は、呆れと安堵が混ざった言葉を発した。

 

「どの世界にいても、こういう輩は絶えないものだ」

 

そう感慨深く、されど怒気の篭る形相をした彼は、どこからともかく現れた二刀の短剣を構えた。

 

それを見た男は、只怒りだけが脳内にうまり、言葉とは言えない声を発しながら冒険者にナイフを向けながら走っていく。

 

それに、容赦の無い一撃でナイフを弾き飛ばし、腹部に目で追えない速度の殴打を浴びせた。

 

ドスッと、水が物体に触れる音とともに、その犯罪者は呆気なく倒れた。

 

呆然とするエイナを一目見ながら、二刀の短剣を消し、そばに落ちていた傘を拾ってエイナに傾ける。

 

「大丈夫か?」

 

と、言葉を合わせて。

 

 

 

 

 

 

 

コトッという食器が置かれた音を聞いた私は、俯かせていた顔を上げた。

 

香りのいいコーヒーの香りが、ごちゃ混ぜになって未だに整理がつかない心を落ち着かせるようだった。

 

「落ち着いたかね」

 

そう、声をかけてくれたのは、助けてくれた冒険者だった。

 

「ええ、だいぶ」

 

それは良かったと、もう一つ用意したコーヒーを一口飲んだ。

 

今は豊穣の女主人にいさせていただいて、その裏の一室だ。

 

雨に濡れた体と、エミヤさんを一瞥して、店主のミアさんが気を利かせてくれたらしい。

 

シャワーなども貸してくれたり、着替えも同じエルフの人が貸してくれた。お礼を言ったら大丈夫ですと言って、なぜかエミヤさんの方を睨んでいた。

 

そして、今は空き部屋にエミヤさんと私の2人きり、という状況。

 

当事者だけでの会話はしなければならないと考えた結果、少しでも早くしなければならないと思い、こうしたのだった。

 

「あの、男はどうなりましたか?」

 

「すぐに衛兵に手渡したよ。今頃檻の中で蹲っている最中だろうさ」

 

「なぜ、あの時あの場所にいたんですか?」

 

「偶然遅めの買い出しに出ていてね。帰る途中に君と、一定の距離を開けながら付いていく影を見て、不審に思ったらあの状況だ」

 

「そうですか……ありがとうございました」

 

まだ呆然としていて、お礼をしていないことを思い出し、現状を教えてくれたのと、助けてくれたことをお礼した。

 

「何、大したことは無い。それよりも、大丈夫なのかね?」

 

「えぇ、先ほども言いましたけど、今はだいぶーーー」

 

「それもあるが、今はこれから大丈夫なのかと聞いている」

 

「これから……ですか?」

 

「ああ、男に襲われて、今後ギルドの仕事に支障は起こすまいか、ということだ。まぁ、男と2人きりの状況で普通に話せているとなると、想像してたよりかは軽傷かもしれんが」

 

それはーーー分からない。確かに、今は話せているが、それは助けてくれた恩人だからだ。

 

ギルドにいっていつも通り、男性と会話できるかどうかと聞かれたらーーー、想像することも、やってみるまではできない。

 

「それは、やってみないことには、まだ分かりません」

 

そうか、と言って少しばかり何かを考えながら、またも一口飲む。

 

それに続いて私もコーヒーを飲み、一つ、疑問に思ったことを話す。

 

「なんで、私を助けてくれたんですか……?」

 

そう、助けてくれた理由が、いまいち理解できなかった。

 

純粋に心優しい人というのもこの人なら理解できなくはないが、何故だか、それ以外の理由もある気がしたのだ。

 

衛兵は税金によって体を張る。友人や家族だったら友情や愛情を理由に救うだろう。只、エミヤさんはただのアドバイザーと冒険者としての繋がり、そしてたった一ヶ月弱程の少ない期間でしかない。

 

その質問に、少しばかり答えをためらった後、彼は告げた。

 

「誰かを救うのに、理由は必要か?」

 

と。

 

その考えは、ストンと心に落ちてくるようで、それでも、普通ではない、歪な感情であることも、また理解した。

 

自己犠牲とも呼べるそれは、人として、冒険者として間違っている。そういう善者こそが、この命を賭ける仕事の上で早くに死んでいくのだ。誰よりも狡猾で、自分のために他者を裏切れるような人間が、残念なことに襲ってきたあの男の方が、きっと冒険者として生きる確率は高かろう。実力はともかくとして……だが。

 

 

その言葉に反応できない姿を見てエミヤさんは、最後の一口を飲みきり、何事もなかったかのように立つと。

 

「どうする?今日はここに泊まっていくか?」

 

と聞いてくる。

 

 

急な質問に、この部屋が店の一室ではなく、何故だか分からないがエミヤさんの家というよく分からない勘違いが頭を埋めた。

 

顔が赤くなり、鼓動が早くなる。言葉も「ふぇ!?」という謎の言語も発した。

 

それを見たエミヤさんは何を勘違いしたのか

 

「ギルドの件については後回しだな。家まで送っていこう」

 

と颯爽と外に出て行った。

 

 

 

外はまだ、雨が降り続く。傘を差した2人の男女は、只黙って街道を歩く。辺りは、街灯と、まだらに聞こえる雨音と、夜と雨が作り出す少しの寒気さ。

 

その、静けさを切り裂いたのは、女の静かな声だった。

 

「雨、止みそうにありませんね」

 

「そうだな」

 

「私、雨は嫌いなんです。すごいその日は運が悪くて、財布忘れちゃったり、眼鏡が壊れちゃったり、そして、男に襲われちゃったり」

 

「……」

 

「多分、いつも通りにギルドで振る舞うには少し時間はかかると思うんです。まぁ、周りには心配させたくないから言いませんけど」

 

「エイナ、君は……」

 

「だから、雨の日は、またお世話になってもいいですか?」

 

鼓動が速い、顔も傘で隠せているだろうか?少しばかりではないほどに熱いから、きっと真っ赤になっていることだろう。

 

 

 

男に襲われたその日に、恩人ではあるが男に好意を抱くのはどうなのだろうか。

 

「私で良ければ」

 

そう答えた彼は、その後はただ静かに、歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

数日後

 

「エイナってさー、雨って好き?」

 

急に、前回の恋愛話のようにミイシャが聞いてくる。

 

「何よ急に?」

 

「いやまぁ、暇だから?後今日雨だし」

 

といきしゃあしゃあと言葉を並べる同僚の、しかも仕事中の笑顔を見せられたら、答えない自分の方がおかしいのではないかという錯覚に陥る、

 

「んーそうだなぁ」

 

未だに、雨は嫌いだ。人のテンションが下がるのは見てて気持ちが落ち着かないし、運が悪くて財布も忘れるし、メガネも忘れるし、男にだって襲われた。

 

けれど、あの店に行ける口実ができるのだからそれは足し引きーーー

 

「普通、かな」

 

と、そう答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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