ブリジットという名の少女【Re】   作:H&K

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お久しぶりです。いつかはやろうと思っていたリメイクです。arcadia版とは違った結末にしようと頑張ります。


第一話「義体(Fake Body & GUNSLINGER)」 

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 ローマ郊外のフィウミチーノ空港からおよそ一時間弱。のどかな地方都市であるブリンディシのサレント空港に彼女はいた。

 イタリア南部の陽気な日差しの元、大きめの麦わら帽子を被った彼女は、腰まで伸びた黒髪を翻して小さめのキャリーバッグを押している。

 

「はあ、まさか人生初の飛行機がこんなかたちになるとは。どうせならもっとバカンスで楽しみたかった」

 

 快活そうな見た目とは裏腹に、その表情は疲労の色を濃く残している。彼女はここへくるまでの道のりを思い出しては、もう少しどうにかならなかったのか、と愚痴を溢した。

 

「ビアンキ先生は炭素繊維で出来た骨だから空港の金属探知機は問題ないとか言ってたけれども、それを接合しているボルトはしっかり金属じゃないか。あやうく全身スキャンを掛けられそうになったし。まあ、太ももの交換痕を見せたらすんなり通してくれたけど。ていうか、アルファルドと一緒に最初から来ていれば、こんな慣れない一人旅をする必要もなかったんだ。いつも行き当たりばったりだからそうなるんだよ」

 

 がつん、とキャリーバッグが石を踏んで跳ねた。普通の少女ならばそのままキャリーバッグに振り回されて、転倒するかよろけるかしただろう。

 だが彼女は「おっと」と小さく声を上げるだけで、何事もなかったかのように片手でバッグの挙動を押さえ込んだ。

 

「ていうかヒルシャーとトリエラは二人して現地に向かったじゃないか。何で俺はお留守番なんだ。やっぱあれか。この前突っ走ったから信用されていないのか」

 

 春の日射しの元、紺色をした真新しいアスファルトの上を歩く。彼女は公社で上司から渡されたメモをポケットから取り出してそこに目を走らせた。

 

「……南 D-13駐車場。黒のBMW。えーとあれか」

 

 自分が目指すべき車両を見つけて小走りに駆けていく。キャリーバッグがアスファルトを奔る独特の音が誰もいない駐車場に響き渡った。

 日射しを受けてきらきらと光っている一台の乗用車。ややスモークが濃いフロント硝子を彼女はそっと覗き込む。

 

「あれ? いない。でもこの車、さっき停めたばかりだ」

 

 ワックスが綺麗に掛けられたぴかぴかのボンネットを無遠慮に素手で触る。日射しによって熱くなったのとは少し違った熱の感じ方に、彼女は形の良い眉を悩ましげに歪めた。

 

「あの人が約束の時間をすっぽかすとは思えないんだけれども、なんかあったのかな」

 

 キャリーバッグを手放し、ポケットに収めた携帯電話を取り出す。

 

 彼女が生きていた時代からすれば骨董品もいいような古い携帯電話だったが、「あの人」を含め数人しか電話番号を登録できないのならば、それでも十分事足りるものだった。

 

 と、その時。

 携帯電話の質の悪い液晶に、影が差す。常人ならばとくに気にもとめないような、些細な変化。

 けれども、投薬と洗脳によって獣並みの感覚を与えられた彼女からしてみれば、それはナイフを突きつけられたのと同じ事だった。

 彼女が獣と違ったのは、安全のために逃げの一手を打つのではなく、危険そのものを排除しようと牙を剥き出しにしたことだ。

 

「っ!」

 

 素早く目線を携帯電話から外し、肘鉄を背後に叩き込む。

 だが失敗。相手の肋骨を砕く前に、大きめの手でそれを防がれる。

 ならば、とジーンズを履いていることをいいことに、彼女は振り向きざまにハイキックを繰り出した。

 

「うおっ!」

 

 襲撃者が素っ頓狂な声をあげた。何やらカラフルな缶が宙を舞い、彼女の視界を妨げる。

 蹴り出した足からは手応えが感じられず、殺すつもりの一撃が空振りに終わったことを教えてくれる。

 ただそれは、悲報ではなく朗報。

 もしもここで襲撃者を蹴り殺していたら、それで彼女の人生は終わりを迎えるところだった。

 彼女は蹴り上げた足を納め、宙を舞っていた缶を片手でつかみ取る。缶の正体は陽気な空気の中、一際冷たく感じられるジュースの缶だった。

 

「……なにしてるんですか、アルファルドさん」

 

 体勢を崩されたまま、情けなく笑う一人の男。

 その姿を見定めたとき、彼女は何とも微妙な表情をして彼を見下ろした。

 

「いや、今日は結構暑いからね。ジュースでも、と思って空港の売店に行っていたんだ。ブリジット、ほら、君の好きなオレンジジュースだ」

 

 ブリジットという名の少女は呆れたようにため息を吐くと、手にした缶のプルタブを開けた。

 それを傾けてみれば爽やかな甘さの液体が喉を潤していく。

 

「しかしあれだな。背後に立つだけでそこまでの反射速度か。調子が良さそうで何よりだよ」

 

 男は、いやアルファルドはジュースを流し込むブリジットを尻目にジャケットについた汚れを手で軽く払った。

 そして車に手早く乗り込むと、中の熱気を追い払うかのようにエンジンを掛け、空調を全開にする。

 ブリジットもそれに続き、当然のように助手席に乗り込んだ。

 と、同時に足下に転がされた一つのプラスチックケースに気が付く。

 

「アルファルドさん、これは?」

 

 ケースを掲げてみればそれなりの重量が感じられるものだった。アルファルドが視線だけで開けてみろ、と告げるのでブリジットは大人しくケースのロックを外した。

 ウレタンの衝撃吸収剤に埋もれて出てきたのは、黒光りする一つのライフル。

 

「HK416。社会福祉公社が君に宛てた、少し早めの誕生日プレゼントだ」

 

 

1/

 

 

 これは長い夢なんだと自分に言い聞かせて早一年。

 気が付けば、一度として覚醒することなく夢は夢のままに続いていた。

 

 

2/

 

 

 アルファルドの運転する車に揺られること数十分。膝の上にライフルが納められたケースをのせたまま、いつの間にか船を漕いでいた。

 意識が完全に覚醒したのは、誰かが助手席を開けて、こちらの肩を揺すってきたから。

 最初はアルファルドがそうしているのか、と思った。けれども左側に身体を傾けてみれば、運転席に腰掛けたままの彼にもたれかかるような形になる。

 なら誰がそうしているんだ、と目を開ければにやにやと笑う、金髪の少女が目に入ってきた。

 

「あれまあ、担当官嫌いのブリジットが珍しく甘えてる。これは明日雨かな」

 

「……冗談言わないでトリエラ。雨の中、ひたすらターゲットをライフル越しに監視するのは私なのよ」

 

 トリエラという少女の手を軽く払いのけ、伸びを一つ。

 彼女の肩越しに見えるのは小さな品の良いホテルだった。慌ててプラスチックケースを足下に落とし、何食わぬ顔で車から降りる。

 

「やあ、ブリジット。一人旅で疲れただろう。任務は明日の早朝だ。今日はディナーを楽しんでゆっくりと休むといい」

 

 そしてそんなトリエラの背後から現れた一人の男。

 アルファルドが金髪の、何処か軽薄そうな雰囲気の人物だとしたら、彼は黒髪の落ち着いた物腰の紳士だった。

 事実、俺が持って降りたキャリーバッグをさっと奪い去ってしまう。そしてこちらを先導するようにホテルに足を向けた。

 

「任務の内容は奴からどれだけ聞いている?」

 

「メールでローマを発つときにある程度は。でもヒルシャーさん、こんなところで公社の話をしてもいいんですか?」

 

「大丈夫だ。このホテルは公社のセーフハウスだよ。従業員はみなこぶつきの曰く付きだ」

 

 確かに周囲を見てみれば、ホテルマンやロビーの従業員、それぞれがニコニコと笑みをたたえているが、その足裁きは堅気のそれではない。

 事実ヒルシャーから荷物を受け取ったエレベーターマンも、一切の重心をぶれさせずに荷物をエレベーターに運び込んだ。

 

「アルファルドから追って説明があるだろうが、僕たちの任務はアルバニア共和国からイタリアに密輸されてくる武器の摘発だ。いや、正確にはその売人が目的かな。この男が明日の早朝、ここブリンディシの港にやってくる」

 

 見せられたのは遠景からとられたであろう一枚の写真。ややピンぼけのそれをしっかりと手にとって穴が開くくらいに見つめる。

 

「その他の人間の生死は問わない。ただその男さえ拘束すれば良い。トリエラと二人がかりの任務だ。頑張ってくれ」

 

 

3/

 

 

 翌朝、早朝。

 耳にねじ込んだイヤホンマイク越しに、アルファルドの声が木霊する。

 

『ブリジット、体調はどうだ? 問題ないか』

 

 声では応答しない。ただ、遠くからこちらを見ているであろう彼に向かって、ガングローブを嵌めた手でOKサインを送る。

 

『そうか。偏食家の君のためにいろいろと食事は用意させていたんだがな、手違いで今日食材が届くようになっていたそうだ。だからこれが終われば君の好きなシチリア風ピザが食べられるぞ』

 

 昨晩、パンを一つしか食べなかった俺のことを気に掛けているのだろう。

 この心配性ばかりは直らないな、と小さくため息を一つ。

 ついでに、心の内に芽生える、本心ではない愛情に苦笑を一つ。

 

『さてブリジット。君に渡したHK416だが、基本は公社で扱ったM4A1と同じだ。ただ君の背丈に合わせてストックをオーダーメイドしている』

 

 言われて、ライフルの持ち手を握る。

 いつの間に計測されたのか、確かにストックの長さが妙にしっくりときた。

 

『摘発対象のアルバニア人は三十分前に来港。港の倉庫で積み荷を降ろしている。君は先に偵察に向かったトリエラと合流して、アルバニア人の護衛を排除。対象を拘束してくれ』

 

 そこで初めて「Ya」と返事を返した。

 言葉を発したせいか、それまで内に燻っていた緊張が良い意味で抜けていくような感触を覚える。

 

『よし。ヒルシャーから連絡が入った。五秒後に状況開始だ。5・4・3・2・1――行けっ!』

 

 アルファルドの声は魔法だった。

 たった一言、「行け」と命令されただけで、身体が猟犬の如く走り出す。

 数キロの装備を抱えていても、目の前に死の恐怖が横たわっていても、内から溢れ出す闘争心が際限なく高まってくる。

 前方から銃声が聞こえた。

 この身体の鋭敏な聴覚が、銃声の主はトリエラだと教えてくれる。

 彼女が得物とするウィンチェスター ショットガンの独特の銃声が今は耳に心地よい。

 

「トリエラ!」

 

 先に突入していた彼女に合流するように、倉庫の窓から中に飛び込む。

 厚手の防刃スーツがガラスの破片からこちらを守り、怯えを知らない思考が驚きを隠せない男達を捕捉する。

 挨拶代わりにライフルを掃射。呆気にとられた男二人から血の華が咲き、5.56ミリのストッピングパワーが死体と化した彼らを吹き飛ばした。

 

「! ブリジット、右!」

 

 言われて、咄嗟に発砲。トリエラの警告通り、こちらに銃を向けた男を薙ぎ倒す。

 脅威はクリア。残りは逃げようとするアルバニア人の男ただ一人。

 この肉体になって手に入れた化け物のような瞬発力で、男の襟首を掴んで引き倒す。そして直ぐさま馬乗りになって男を拘束した。

 

「トリエラ、カバー」

 

 ライフルを背中に回した俺の代わりに、トリエラがサブウェポンとして用意していたハンドガンP230SLを構える。

 銃口を突きつけられた男はこちらを怯えたように見上げていた。

 

「? こいつ違う」

 

 昨日、頭に叩き込んだ対象の人相と照らし合わせてみれば、俺に馬乗りになられているのは全くの別人だった。

 

「ヒルシャーさん、やられました! ターゲットはダミー。繰り返します! ターゲットはダミー!」

 

 トリエラが直ぐさまヒルシャーに報告した。彼女は無線越しに何か指示を受け取ると、直ぐにショットガンに構え直し、俺の肩を叩いた。

 

「アルファルドさんがすぐに車を回すから、それまでこいつを尋問しろ、だって。私は周辺の安全確保にいく」

 

 俺が了解するよりも先に、トリエラは倉庫から出て行った。取り残されたのは俺と馬乗りになられた男が一人。

 彼と視線を合わしてみれば、酷く怯えながらこちらに悪態を吐いてきた。

 

「ははっ、ざまあ見ろ! 公社の悪魔め! お前らの企みなど我らが五共和国派の悲願の前ではなんの意味もない!」

 

 と、同時。いつの間に抜け出したのか、男の右腕が自由になっていることに気が付いた。しっかりと両腿で挟み込んでいたつもりだが、思いの外拘束が甘かったらしい。

 しかも器用なことに刃渡りとしては小ぶりだが、しっかりとしたナイフまで握られている。

 

「死ね!」

 

 男がナイフを振るった。俺の側頭部を狙った致死の一撃。だがこの男は甘い。甘すぎる。

 こいつのちんけな反撃など、この義体(Fake Body)の前ではどれだけ無力なのかわかっていない。

 少し上体を反らしてやればほら、ナイフは首元から垂れていた無線を切り裂くだけで、本体には傷一つ付けられない。

 

「余り調子に乗るなよ」

 

「ひっ」

 

 空振りに終わった右腕をつかみ取り、徐々に握力を込めていく。

 炭素繊維で構成された骨格と、人工筋肉に覆われた手のひらが男の腕を少しずつ押しつぶしていく。

 痛みに脂汗を掻いた男が暴れようとするが、万力のように身体も両腿で挟み込んで、それを許さない。

 やがて、木材を叩き折るかのような音が周囲に鳴り響き、男の右腕は使い物にならなくなった。

 

「ああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 不愉快な悲鳴を、顔面に拳を振り下ろすことで黙らせる。

 歯を折ってしまっては自白に支障をきたすので、思いっきり頬を殴りつけた。血の滲んだゲロを吐き出しながら、男は涙ながらに懇願した。

 

「やめろ、やめてくれ……」

 

「いや、それは駄目だ」

 

 もう、二、三度、拳を叩き込み男を完全に屈服させる。

 特にこれといった感情を抱かないままに、俺はぽつりと言葉を溢した。

 それはこの長い夢に対する俺の嘘偽りのない本心。

 

「GUNSLINGER GIRLの世界じゃ仕方ないよなあ」

 

 

 

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