「そんな事が…」
「ただの昔話っすよ」
MS製造機のコンソールを操作しながらカゲトは昔話を終える。
「その後、カゲトが言ってくれたの。私が女王になればいいって、全てが終わったら国を再建するのを手伝ってくれるって」
「ほぉ…」
色恋沙汰には疎いマドカでも分かる、完全に結婚宣言である。
「いや、なんでそうなるんすか」
頬を少しだけ赤く染めたカゲトが思わずつっこむが2人は少し笑ったまま彼を見つめつつけるのだった。
「いや、見なくていいっすから」
ーー
「ねぇ、どこに連れていくの?」
「シャルの知ってる人の所だよ」
一夏と分かれ、基地の中をフィーリア案内の元、歩くシャルは若干不安げに言葉を放つ。
「ねぇ、どうしてこんな事を始めたの?ISを潰すだけなら他に方法はあったはずなのに」
「…違うよシャル。これしか方法がなかったんだよ」
「え?」
ISの存在価値を奪うだけの性能を誇っているMS、それを正式に発表すれば世界は自然と女尊男卑から離れていくのではないか、それは当然の考えだろう。
考えられる中で最も平和的な解決方法だ。
「私達には時間がなかった。ユイトさんは最高のタイミングで革命軍を動かしたんだよ」
「でも多くの人が死んだ…」
「最低限度の人間しか殺してない。民間人に被害が及ばないように配慮してるし死んだのはISや女性主義団体の関係者だけだよ。あんな奴ら、さっさと殺しちゃった方が良かったんだ…」
両親を殺した女性主義団体の連中を許しはしない。フィーリアは唇を噛み締めながら言葉を吐き出す。
「ここは研究区画、A23。ここでは特殊なMSの研究が行われてる」
「お父さん!?」
ガラス張りの研究室、そこにいたのは黄金のMSの周りで研究している自分の父親の姿。
「なんでここに…」
「デュノア社を追い出されてここに来たんだよ。あの人はここが革命軍の施設とは知らないけどね」
父に会わせて欲しい、そう目で懇願するシャルを見てフィーリアは黙って部屋の扉を指さした。どうやら、勝手に入れと言っているようだ。
「お父さん!」
「おぉ、シャルロット!久しぶりだな」
「なんでこんな所に?」
「冷たいな、アナハイムのテストパイロットを引き受けたんじゃないのか?」
「お父さん、良く聞いて!」
シャルロットとエルワンの再会を見て湧く整備チーム、そんな中、彼女は真剣な表情で父の両手を掴む。
「ここはアナハイムなんて所じゃない!」
彼女の必死の形相に湧いていた者達が次々と黙り込み話を聞く体勢に入り、彼女の話に耳を傾けるのだった。
「そんな…それが本当なら世界最大の犯罪に手を染めたことに…」
「ここで何をしてたの?」
「フェネクスの調整を頼まれていたんだ。なぜかこの機体が起動しなくてな。ここは施設が充実していたから武装を加えたりとしてたんだが」
エルワンは信じられないと言った風にフェネクスを見つめる。革命軍に対抗するためのMSを製造するためだと言われ調整してきた機体が的の機体だとは。
「シャル、もうすぐ時間だよ。戻ってきて…」
「でも…」
「でも…エルワンさんたちはここから出せません。総帥の命があるまで待機です」
動揺する彼女を無視するように冷たく言葉を放つフィーリア、そんな彼女の声を聞いてシャルは黙って出入り口に向かう。
「シャル…」
「お父さん…」
「良かったよ、無事な姿を見られて…心配だった」
「僕も心配してたから良かったよ」
久々の親子の再会、敵の手の中と思えば複雑な気分だがこうして無事に再会できた事を喜び2人は静かに抱き合うのだった。
「……」
親子の再会を果たした2人を黙って見つめるフィーリアはほんの少しだけあの二人を羨んでいた。
ーーーー
「ありがとう、フィーリア」
「いいよ、私も親の大切さは分かってたつもりだから」
「フィーリアの親御さんってどんな人なの?」
てっきり革命軍に所属しているのかと思い話を聞くシャルだが彼女の暗い表情に言葉を失ってしまう。
「もしかして…」
「死んだよ、9年前ぐらいにね。ユイトさんにはその後に拾って貰ったんだ」
「フィーリア…」
「だから私はあの人のために戦いたい。私にしてくれたように心の寄り所になりたいんだ。ここに居るのはそんな人ばかり」
経緯は皆違うがここにいるのは花柳ユイトという人物に光りを見いだした人ばかりだ。
「だから私はユイトさんの元から離れない。それに時と場合によっては一夏たちを殺すことを厭わないから」
「そう…」
「でも、出来れば私の前に姿を現さないで…。出来るだけ殺したくない…」
「フィーリア…」
少しだけ嬉しそうにシャルが笑うと通路の奥からアンドロイド兵が2体、現れた。
「時間デス。オ戻リクダサイ」
「分かりました」
「忠告はしたからね…」
シャルが立ち去るのを横目にそう言い放った彼女は振り向かずにその場を立ち去る。それを彼女は黙って見つめるのだった。
ーーーー
「……」
ユイトは私室の机にもたれ、ミステリアス・レイディの待機形態である楯無の扇子を持って見ていた。正式には扇子に付いているアクセサリーがそうなのだが。
「やっぱりか…」
ボロボロになっているアクセサリーを見てユイトは複雑そうな表情を浮かべていた。
楯無、いや刀奈を一目見てから彼の中では複雑な心境が渦巻いていた。無関心と愛情、この2つの相容れぬ感情が渦巻いていたのだ。
「やはり混ざっているんだな…俺は」
命を奪われ転生した
刀奈の登場によって弱まっていたユイトが激しく動き出したのだ。あの時、オーストラリアで殺せなかったのもそういった心境があったからだ。
「覚悟は揺らがないが…」
自分のやるべき事をどっちの自分も理解している。だがこっちのユイトが刀奈を心配しているのだ。
「分かっている。それぐらい、俺がなんとかする」
若干、苛立ち気味に放った独り言は部屋の中に静かに響き渡り彼は立ち上がりその場を後にするのだった。
ーーーー
「これで…良い感じかな」
「こんなことして大丈夫なのか?」
「まぁ、なんとかなるんじゃない?」
基地に潜入していた転生者、ティルミナとヘンリーはリモート式の爆弾を設置しながら話す。
「とにかくなんでも良いからMS奪って逃げるしかないよね」
革命軍の基地は太平洋のど真ん中、逃げだすとなれば機動力のあるMSかISしか方法はないだろう。
セラヴィーで支配下に置いたアンドロイド兵も何体かいる、もしもの時には役に立つだろう。
「よし、営倉に行ったら起爆すれば」
上手く混乱を作れれば良いのだがとヘンリーが笑った瞬間。リモート式の爆弾が起爆準備状態に入りカウントダウンが始まる。
「は?」
「もう押したのか!」
「まだリモコンに電池も入れてないよ!」
混乱する二人を余所にカウントダウンが進む爆弾、それを見て2人は顔を合わせ急いで営倉に向かうのだった。
そしてその数秒後に爆弾が起爆しMSハンガーから警告音が鳴り響いた。
「なんだ、爆発?」
「衛生兵を呼んでこい!怪我人が!」
仕掛けた側も仕掛けられた側も虚を突かれ混乱に陥る。そんな中、1人の女性がその光景を見て静かに笑うのだった。
「フフフッ、助かったわ。こう言うのは利用しないとダメよね」
整備班のツナギを身に纏っていた女性は帽子を脱ぎ捨てる。美しい金髪を持つ彼女の名はスコール・ミューゼル、彼女は場が混乱に陥る中、悠然とその場を後にするのだった。
ーーーー
ビー!
突然の警告音と共に営倉の電源が落ち、電子ロックされた扉が開く。
「これは…」
「なんだ?」
営倉にぶち込まれた一夏たちはその異変を察知する。それと同時に動いたのは楯無、彼女は見張りのアンドロイド兵の1体を押し倒すと銃を奪い見張りの2体を破壊する。
「逃げるわよ!」
「は、はい!」
ーー
「シャルロット!」
「お父さん!」
「これを持って行きなさい」
一瞬だけだが各施設の電源が落ちたことにより電子ロックが解除される。そのおかげで研究室に閉じこめられていたエルワンも出てこられたのだ。
「これは…」
黄金の不死鳥が彫られたエンブレム、これは先程のフェネクスの待機状態だ。
アンドロイド兵が他の社員にボコボコにされた頃、彼は彼女にそれを握らせる。
「世界を救って、私達を助けてくれ。ここの場所をみんなに知らせるんだ。そしたらこんな死の惨劇を終わらせられる」
彼は昔から悩んでいた。世界の流れとは言え人の不幸の一端を生み出していたISを生業としていたことに、パワードスーツは人類の希望だ。人々を幸福にしなければならないのだ。
「でもお父さん!」
「早く行きなさい、お前の友達が待っているだろう」
エルワンの覚悟は揺らがない。悟った彼女は眼に涙を溜めながらも頷いて来た道を走って戻っていく。
「セリア…本当にお前に似てきたなぁ。」
彼は娘の背を見つめながら静かに呟くのだった。
ーーーー
「脱走だぁ!」
「先に行ってて!」
楯無はクリアから受けたダメージのせいかモタモタしている一夏を脇の通路に蹴り飛ばすとライフルを乱射する。
「くそっ、手投げ弾を…」
「まて…」
「総帥…」
銃弾を防ぐために通路から身を隠していた兵たちはユイトの姿を確認すると動揺する。
「奴らの目的は脱出艇だ。先回りしろ」
「は、はい!」
兵たちが慌ててその場を去ると彼はスモークグレネードを通路に放り込み懐からナイフを取り出す。
「今回だけだぞ…」
自分に言い聞かせるようにソッと呟いたユイトはグレネードの起爆と同時に動き出す。
「煙幕、味な真似を…」
楯無は素早くマガジンを交換しながら後退しようとすると足が動かない。
「しまった!」
足に巻き付いていたワイヤーを解こうとするがその前に引っ張られ床に叩きつけられる。ライフルを構えるが彼女のすぐ目の前にユイトの姿が現れた瞬間、蹴り飛ばされる。
「ユイト…」
「止まるつもりはないのか?」
喉元にナイフを突き付けたユイトが発した言葉は冷たく突き放すようなものではなく、懇願するような悲しい声だった。
「私は日本の暗部を背負った"楯無"だけど
それは紛れもなく刀奈の言葉、それを示す言葉を充分に噛みしめたユイトは黙って彼女を立ち上がらせると六本足の馬がデザインされたネックレスを着ける。
「ユイト…」
「……」
呆気にとられた彼女を横目に煙の中に消えていくユイト、彼の目は冷酷なテロリストのものに戻っていた。
言葉を発さずに消えていった彼を見届けた彼女は何も言わずにその場を去って行ったのだった。