「本当にご迷惑をおかけしました」
「いや、むしろこちらが助かったっす」
大きな岩山に囲まれた小さな国、ガルド王国の王宮。そこにカゲトは案内され国王であるガルド王と面会をしていた。
顎髭を蓄えた強面の男性だが国王なだけあってとても礼儀正しい。彼がなぜ謝っているのか、それは彼の配下たちが間違えてカゲトたちを攻撃した事についてだった。
ケイニたちの捕獲後、後で救援に来た近衛兵たちに事情を説明して引き取って貰ったのだ。
「干からびかけていたすっから本当に良かったっす」
「そうやって言って頂けるとありがたい」
そんな2人が話している部屋の端の方でつまらなさそうにカゲトを睨んでいたのはケイニ。彼女の頭には小さなたんこぶがあり鉄拳制裁が加えられたのは聞くまでもないだろう。
「それにしてもどう言う事っすか?この街、事態がピリピリしてるっすけど」
ここに来るまでに街を軽く見ていたがみんな不安に駆られたような様子が見られたのだ。
「ISと言うのが開発されたのはご存じですか?」
「まぁ、こっちは反ISの立場っすけど」
「そうなのですか」
カゲトの言葉に少し安心したのかホッとする国王は話を続ける。
「ここの地下には珍しいレアメタルが掘れることが分かったのです。柔軟で堅牢なそれはISの開発のために提供しろと通達が来たのです」
「つまり国を明け渡せと」
「そうなりますかな」
「もしかして女性主義団体が」
「そう名乗っておりました」
「めちゃくちゃっすね」
思わず苦い顔をしたカゲトは出された紅茶を飲む。
「国を明け渡さなければ実力行使に出ると言われました」
「……」
「貴方ならアイツらを倒せるでしょ!じゃあ、助けてよ!」
「ケイニ!」
「っ!」
しびれを切らしたケイニはカゲトに駆け寄り詰め寄るが父であるガルドの怒鳴り声に体を揺らしすぐに退く。
「あれ程の力を持ちながら影に潜む。貴方たちは反逆の時を待っているのでしょう。こんな国の為に敵に力を示してしまえばチャンスを失うかもしれない」
「残念ながらそうっす。今は自由に動けないのが現状っすね」
「攻撃は3日後です。それまでに体を休めてお行きください」
「はい…」
カゲトもこの国を出来れば助けたい、でもそんな事をしてしまえば計画に支障を来してしまうかもしれない。そんな事を思いながらカゲトはガルド国王に礼をしてその場を去るのだった。
ーー
「なるほど、そんな事が…」
「ユイト、どうすれば良いっすかね」
その後、カゲトたちは客人として扱われ与えられた王宮の部屋の中でユイトと通信していた。
「やっぱり見捨てるしかないんすかね」
「それはお前が決めろ、カゲト」
「ユイト…」
「明日のこの時間に連絡をくれ、切るぞ」
「おい、ユイ…」
人工衛星を掌握しているとは言え長距離通信を使うのは危険だ。その為にすぐに話を切り上げられたカゲトは暗くなった画面を見ながら大きくため息をつくのだった。
ーーーー
ガルド国王にカゲトが訪れてから一晩たった日。
「寂しい街っすね」
「仕方ないわ、2日後には国が滅ぶのかも知れないもの」
街の真ん中にある大通りには露天が並んでいた後が見受けられるがどれも畳まれ静まりかえっていた。
「モロッコの中でも隠れた名所としてここは観光客などで賑わっていたわ。今はお父様のお言葉で止めてもらっているけど」
静まりかえった街を見て悲しそうに話すケイニ。
「勝てると思ってるんすか?」
「無理かも知れないけどガルド国王の最期の意地は見せてやるわ」
「そんな豆鉄砲で勝てると?」
彼女か背負っているライフルを見てカゲトは非情に言い放つ。そんな彼の言葉に彼女も口を閉ざしてしまう。
「相手はISっす。素手で人間をミンチに出来る化け物相手にどうするんすか?」
「じゃあ、諦めろって言うの?相手が強いから仕方がないって生まれ育った土地から逃げろって言うの?」
「……」
彼女達はISが産まれたせいで国を焼かれ殺されようとしている。開発者である篠ノ之束はこんな事を予想していただろうか。してるわけが無い、彼女は自分さえ良ければ良い人間だ。
「貴方もそんなのが嫌だからあんな力を手に入れたんじゃないの?」
「そうっすよ。世界を元の姿に戻す、そして今より少しだけマシな世界を創る」
「世界を創る…」
ケイニは思わず言葉を失う、自分がどうだとかそう言う次元じゃない。そんな大胆なことを平然と言ってのける彼に驚いたのだ。見ている場所が違いすぎると分かってしまった。
「そんな事…」
「出来ないと思うっすか。でもやるんすよ」
「……」
「皆、結局は誰かがやってくれると待っていればチャンスが来ると思ってるっす。それは甘え、自らが動かない限りそんないつかは絶対に来ないんすから」
こんな人を初めて見た。髪はボサボサだし眼も死にかけてる。そんな人物は今までに出会ってきた中で誰よりも高い理想と現実的な考えを持っていた。
「貴方……」
「カゲト…木更津カゲトっす」
「私はケイニ、ケイニ・フェン・マトリネクス・ガルド」
「長いっすね」
「ケイニで良いよ。カゲト」
「うす」
なんだか気恥ずかしくなってきた二人は顔を合わせると少しだけ笑みを漏らす。2人とも素直に笑ったのは久しぶりな気がする。
「行って、明後日には攻撃が始まる」
「良いんすか?助けて貰いたくてここに来たんすよね」
「もう良いの、貴方たちが何をするのか見てみたい。まぁ、見られないと思うけど」
「貴方みたいな人にもう少し早く出会えていれば…いえ、忘れて」
そう言い放ったケイニはカゲトに背を向け去って行く。それを彼は黙って見つめるのだった。
その日の晩、カゲトたちはガルド国王を出立、本来の目的地であるモロッコに向かったのだった。
ーー
「行ってしまったか」
「やっぱりお父様も助けては欲しかった?」
「いや、お前も共に行くのかと思っていただけだ」
真夜中の砂漠に向けて出立したカゲトたちの背中を見送ったケイニとガルド国王。
「なんで…」
思いも寄らぬ事を言われ困惑するケイニは思い当たる事を思い出し軽く睨む。
「盗み聞きしてたの?」
「たまたまな…。お前と同じ年位だというのに立派な子だな」
「なんか聞いてたらバカバカしくなってきちゃって」
「ほう…」
娘の言葉にガルドは興味深そうに眼を細める。
「カゲトと私は見てるものが違いすぎた。私は今の事しか考えてないのに彼はずっと先の未来を見てる」
「そうだな…」
ほんの少し娘の成長が垣間見え少しだけ笑うガルドは空に拡がる星々たちを見上げるのだった。
ーー
そして攻撃予定の日の前日になったばかりの深夜0時。
「作戦開始12時間前だ。各隊、包囲網作成に取り掛かれ、メディアも入れるな」
「「了解」」
ガルド王国を囲むように装甲車とISが展開し行動を開始する。
「しかし良いのですか、予定日は明日ですが?」
「一日でも早くレアメタルを手に入れろとのアリス様の御命令だ」
「はぁ…」
行軍を開始する部隊はガルド王国に確実に近づいていた。