IS ー血塗れた救世主達ー   作:砂岩改(やや復活)

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第二十四革 今と昔の私

 

 

 

 

 

 

オーストラリアにあるホテルのスイートルームで日本から訪れた楯無がベッドに横たわっていた。

 

《我々は10年間待った…もはや、我が軍団に躊躇いの吐息を漏らす者はいない!我々は改めて各国政府に対し、宣戦を布告するものである》

 

耳につけたイヤホンから聞こえるのは花柳ユミエから渡された音声。革命軍の宣戦布告だった、最初に聞いたノイズだらけの音声より明らかに明瞭な音声。

その音声を垂れ流しながら眠りについていた彼女は昔の夢を見ていた。

 

ーー

 

 

16歳の頃、蝉が鳴き続ける暑い夏に花柳家の道場で2人の男女が竹刀を振るっていた。

 

「タァ!」

 

「はぁ!!」

 

高速の一閃、お互いの体が交差し止まる。しばらくの空白の後、片膝をついたのは水色の髪を持つ少女だった。

その様子を見ていた2人の少女は感心しながら2人に拍手を送る。

 

「流石です、お兄様」

 

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 

「うん!ありがとう簪ちゃん!」

 

紺色の胴着と袴姿の楯無は簪から手渡されたタオルを受け取りその場に倒れる。かなり疲れているようで息がかなり荒かった。

 

「またしてもお兄様でしたね」

 

「かなり危なかったがな…」

 

胴着袴のユイトは妹のユイカからスポーツ飲料を受け取り飲み干す。息を少しだけ乱しながら倒れた刀奈に手をさしのべる。彼女は迷い泣くそれを取り立ち上がった。

 

「もう少し加減してくれても良かったわよ」

 

「加減したら泣いて駄々こねたのお前だろ…」

 

「な、泣いてないわよ!////」

 

「どうだか…」

 

顔を真っ赤にして否定する刀奈にユイトはうちわで自分を扇ぎながらからかう。空調器具のない道場は風を取り入れるために窓やドアを開放しているがそよ風すら入ってくる気配がない。小高い山の上にあるというのに、だから夏は嫌いだ。

 

「それよりユイト~暑いんだけど♪」

 

「離れろ刀奈、暑苦しい…」

 

「いけず~」

 

暑いというのにくっついてくる刀奈の神経が理解できない。刀奈は刀奈なりの思惑があるのだがユイトの知ったこっちゃない。

 

「こんなスタイルのいい幼馴染みが汗だくで谷間チラ見せしてるのに無反応?」

 

「ユイカ、簪…スイカバー食べようか?」

 

「「やった!」」

 

「完全スルー!?まさかの!誰にも相手にしてくれない!」

 

《スイカバー"Ζ"》最近発売されたスイカバーの最新版で先っぽにシロッコと呼ばれる特殊なシロップがコーティングしてあり大人気で中々売ってないアイスだ。

アメリカ在住のティルミナという少女が会社に案を持って殴り込みに行ったと言うのは秘密である。

 

「刀奈は食べないのか?」

 

「食べますよ!当然でしょう!」

 

「かんちゃん、麦茶持ってきたよ~」

 

「ユイトさま、お嬢様…どうぞ縁側で…」

 

「あん、お嬢様は止めてよ」

 

「これが仕事ですので…」

 

終わるのを待機していたように布仏姉妹が現れる。砕けた態度の本音に虚はジト目で睨むがそんな事、本人はお構いなしに麦茶を配っていく。

 

ーー

この幸せな光景が彼との最後の思い出、結局楯無は彼に勝てないままになってしまった。

目尻に涙を溜めながら更識楯無は目を覚ました。

 

―そう、私は更識楯無…刀奈なんかじゃない……

 

目を覚ました彼女は虚空に手を伸ばし掌を広げる。だが立ち上がらせてくれる者など誰も居ない。

 

「なんで今頃…」

 

刀奈(わたし)刀奈(わたし)でいられた頃の記憶。今は違う、楯無(わたし)はあの時と違う。

 

―肉体的にも精神的にも強くなった

 

―しかるべき地位に就き任務を全うしてる

 

―世界のために今も奔走してる

 

―だが体には大きな穴が空いたまま

 

精神的に繊細な時期にトラウマを植え付けられた彼女はそこから抜け出そうと必死だった。

そんなときだった、ホテルの内線が部屋に鳴り響いたのは…。

 

「もしもし?」

 

「あ、どうも…レオさんの補佐をしていたアン・フレーベリーです」

 

「ブラウナー氏の?」

 

朝早くの来訪に少しだけ驚く楯無だがすぐに部屋に通すようにフロントには伝えた。

 

ーー

身長が低く頼りなさそうな様子の彼女は明らかに落ち込んでいる様子で部屋に入ってきた。一見すると少女なのだが彼女はれっきとした成人女性だ。

 

「実は…」

 

落ち込みつつも内容を伝えるアン、最初は気遣っていた楯無だがずくにその余裕はなくなってしまった。

 

「ブラウナー氏が殺された?」

 

「はい…表向きは通り魔となっていますが傷口が異常でした、傷口と言うより真っ二つに切り裂かれていたのですが…」

 

「そんな…」

 

あまりの出来事に呆然とする楯無、流石にこんなに早く手が回るとは思っていなかったからだ。

 

「あ!それでですね!」

 

思い出したように持っていたカバンを物色するアンはチケットを取り出し楯無に見せた。

 

「飛行機のチケット?しかも外交専用の小型ジェットじゃない!!」

 

「ここを出ましょう!いつ襲われるか分かりません!」

 

「そうね、行きましょう」

 

言う順番が逆な気がするがそんな事は気にしない。すぐに支度を始める楯無だった。

 

ーーーー

そんな頃、日本でも1人の女性が手がかりを掴んでいた。大手新聞社の倉庫で過去の資料を漁っている人、黛渚子はとある記事を見つけた。

 

「あった…」

 

記事と言っても新聞に載らなかったものでいわゆる没ネタである。その内容は《木更津博士、新エネルギー機関開発 核動力廃止の道へ》と言うものだった。

 

「確か付属の写真に…あった」

 

木更津博士、かつて希代の天才と言われた人物だ。彼の最大の功績と言えばこの記事にある。新動力機関開発であろう。彼の一人息子の写真があったのだ。

 

「似てるなぁ…」

 

黒に朱を少しにじませたような色の髪を持った彼の写真。とても生き生きしていて楽しそうに笑っている。だが目が少しだけ気怠げだ。

まだ自分が新人の時にとった取材でよく覚えてる。まさかその後、あんな結末になるなんて…。

 

「良くも悪くも記憶に残るものだったからね…」

 

木更津家の住所を確認し終えた渚子はそれをメモするとその場を去るのだった。

 

ーーーー

革命軍本部、ユイト、カゲト、ケイ、ハルトがこの場を離れている現在、ここの最高指揮権は戦闘長のリョウの物となっていた。

だがリョウはどちらかと言われればこき使われる方が性に合っている。そんな彼は今、ピンチに陥っていた。

 

「この2カ所の制圧作戦なのですが…無人機を中心とした編成になりますと…」

 

「……」

 

現在行われているのはキール、パナマ、スエズの世界三大運河制圧作戦である。長距離通信による会議は危険なためリョウを中心として行われているのだがこれが中々進まない。

 

「歩兵部隊は使うのか?」

 

「はい、施設その物は残しておく必要がありますので」

 

「制圧完了後は無人機だけでいいのか?」

 

「戦力の分散はできるだけ避けねばなりません、戦力は我々が上ですが数になれば我々はごく少数なのですから」

 

なにを言われてもチンプンカンプンだったリョウを見かねて助け船を出したのは晴れてリョウ直属の親衛隊隊長に任命された織斑マドカだった。

その提案をしたとき、ハルトはいい顔をしなかったがユイトが二つ返事で了承したためこうしてマドカは堂々と会議に参加できていたのだ。

 

「お前、やけに詳しいな」

 

「ファントム・タスクの頃に戦略と戦術論は覚えさせられたからな…使う機会がなかったが…」

 

「ほぉ、じゃあ頼むわ…」

 

「…分かった」

 

マドカ自身、裏切るつもりはないとは言えこうも簡単に信用されていい物かと思ってしまうが悪い気はしない。

世界を相手取っているとは思えないほど革命軍は活気と優しさに溢れている。ここに居る者全てが言えない過去を持っているせいか他人に優しくなっているのだろう。

そんなアットホームな雰囲気に流されてマドカ自身も気づかぬうちに丸くなったもんだ。

 

「親衛隊長、オーストリアから連絡が…更識楯無が消えたと」

 

「なに?どうするリョウ?」

 

「ん?まだ殺すなってユイトに言われてるからなぁ…」

 

暇すぎて湯呑みにお茶を注いでいたリョウは思案する。それよりも大切なことなどいくらでもあるからだ。

 

「日本に逃げ帰るならほっておけ、それよりも特務目標の発見を急がせろ」

 

「ハッ!」

 

「現在候補なのはドイツのドュートリッヒと言う人物でして…」

 

「戦闘長!大変です、基地内で暴動が!」

 

「ハァ!?」

 

突然言われた予想外の言葉にリョウとマドカは思わず変な声を上げるのだった。

 

ーーーー

 

「なに!?監視のみだと!」

 

「はい、総帥はまだ殺すなと言われたそうで…」

 

「ちぃ!」

 

空港を張っていたアイザックは恨めしそうに用意される外交用の小型ジェットを見やる。

 

「本当にいいんですか?ブラウナーを殺したと言っても…」

 

「事務所に人手を向かわしてるなんとかなるだろ」

 

アイザックは吐き捨てるようにいうと監視していた場所から去るのだった。

 

ーー

 

革命軍、副旗艦サラダーンは日本の警戒網をかいくぐり領海を抜けて太平洋を航行していた。

 

「どうだ?艦長」

 

「駄目ですね、視界が確保できません…」

 

束の差し向けた無人機との戦闘でソナー及びレーダーが基部ごと消滅してしまったせいで修復もままならずまさに目と耳を奪われた状態だった。

 

「偵察は?」

 

「ハイザック3機を今向かわせます…」

 

艦長の言葉にユイトは甲板を見やるとハイザックが発艦する姿だった。するとその直後、ハイザックのパイロットから通信が入る。

 

「艦を停止させろ!」

 

「なに?どう言う事だ?」

 

「艦長!前方に艦影!!」

 

「なんだと!」

 

濃霧の中に突如現れたのはサラダーンと同じ空母級の横腹が見えていた。

 

「止めろ!止めろ!」

 

「乗員各員に告ぐ!衝撃に備えろ!」

 

艦長が叫ぶ中、ユイトは艦内放送で叫ぶ。それと同時にサダラーンは大きな衝撃を受けたのだった。

 

 

 


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