東南アジア鉱山都市に建設されたラサ基地に大型トレーラーが数台訪れていた。
「よーし!そのまま!!……止まれぇ!!」
ラサ基地の搬入ブロックには四台のブラックハウンドと大型トレーラーが並んだ。大型トレーラーのうち三台の荷台が開くと降りてきたのはゼク・アインが12機。
そして他のトレーラーより一際大きいトレーラーの荷台が二つに割れて開くと中には二十数メートルの機体が姿を現した。
「まさかこれを使うとは…」
ハルトは先程交わしたユイトとの会話を思い出していた。
ーー
「対の転生者!?」
「そうだ、計画に大きな影響は与えないだろうが敵の過剰な戦力増強は見過ごせない…だがこちらはまだ動けない…本部に連絡して戦力を送る」
ラサ基地の司令室に設置されたモニターに映るユイトの言葉にハルトは驚きを隠せなかった。だがある意味幸運だ、敵のエースの存在を事前に察知できたのだから。
「お前の機体も送る…もしもの時は適宜に対処しろ」
「敵の詳細は分かるか?」
「まだだ…エアマスターが1機だけ確認されている」
「分かった…こちらでも作戦を立て直す」
「頼んだぞ……」
ーー
「対の転生者か…こちらに引き入れれば楽になるが…」
ハルトは自分自身の言葉を笑い飛ばす。我々はテロリスト…大量殺戮者だ。今さらどうこうするのも笑えてしまう。
「奴の調整は念入りにな…テロリストどもに作戦を伝えろ!」
「ハッ!!」
「参謀長、仕掛けの準備は完了しました!」
「ご苦労、俺の機体は?」
「届いております」
「分かった…」
報告に来た兵に短く礼を言うとハルトは司令室を後にし自身の機体のもとへ向かう。参謀という立場上あまり戦場に出ないがハルトの実力は親衛隊並だ…もしもの時は自分が転生者を仕留める。
しばらく歩き自身の愛機の前に立つ。サングラスを連想させるバイザーに薄紫色の機体カラー。デルタガンダムの改造機《
「安心しな…俺も久しぶりに戦場の風を感じたかった所だ…存分に暴れさせて貰おう」
五十鈴ハルト、彼は頭脳のチート能力者だが現在の立場である総参謀より前線指揮官の方が実は向いていたりする。
着実に作戦を練り上げ、戦いをまるでチェスのゲームをするように操作する。現場の雰囲気、相手の志気等はやはり現場でないと分からない。だからこそ彼は前線を望む。
「なぁ…百万式……」
いつも以上に強気なハルトの言葉に百万式は喜ぶようにバイザーを光らせるのだった。
ーーーー
日本、大手編集社のインフィニット・ストラトス専門誌《インフィニット・ストライプス》の編集室で仕事をしていた副編集長、黛渚子は部下から渡された映像を見ていた。
「……」
ストライプスは基本IS関連の事しか載せない。その中でも毎年行われる学年別トーナメントは目玉だったのだが襲撃事件のせいで載せることすら出来なかったのは痛手だった。
「……この子、どこかで見た気がするのよねぇ」
赤色の長髪を揺らしながら呟いた渚子は画面を操作してその人物を拡大する。その画面には革命軍開発長、木更津カゲトの姿があった。
ブレインとの戦闘を干渉している際に録られたもので残念ながらその時、カゲトはブレインに夢中で周辺警戒が疎かになっていた。
「どこかの教授の子だった気がする…」
彼女は根っこからのジャーナリストだ。気になれば足で取りに行くのは基本中の基本である。だからこそ彼女は行動する。
「編集長…ちょっと取材に行って来ます」
渚子の言葉に二つ返事で許可を出す編集長は彼女を見送るとそのまま仕事に戻る。彼女が大きなものに首を突っ込もうとしているのに気づかずに…。
ーーーー
日本の暗部でありロシアの国家代表である。更識楯無は暗闇に包まれるオーストラリアで協力者との会合のために訪れていた。
とある雰囲気のあるバーには有力者たちの憩いの場として扱われている。その中の個室に彼女の姿があった。
「やあ、遅れてすまないね」
「いえ、先程来たばかりですから…」
茶色のトレンチコートに帽子、一時代昔の探偵のような服装、顔はかなり若いほうでオールバックにした金髪が似合っている。実際に28とまだ若い方だ。
オーストラリアの政治家、レオ・ブラウナーは楯無と握手を交わし席に座る。
「率直に申しますと近年の政府の動きは少し不自然な点があります」
「やはり…」
「軍事費へ振り分けられる金額が異常なんです」
「軍事費ですか?」
「えぇ、そのほとんどがどこかに譲渡されているようなのです…その金額は合計で20兆ほどでしょうね」
「はぁ!?」
あまりの金額に楯無は声を張り上げてしまう。いくら防音性の高い部屋とはいえ聞かれるとマズいので楯無は口を慌てて塞ぐ。
「もちろん、革命軍の収入の一つでしかないんでしょうね…」
「そうでしょうね…」
レオは動揺を見せずに答える。こう言う事に関してはかなり慣れているようだ。その様子を見て楯無は同類のにおいを嗅ぎつけた。
「あなた、政治家として潜入してるのね」
「……よくお分かりで、同業者には分かりますか」
「えぇ…」
「関与している人物たちに関しては全て目星がついています…」
レオが出した資料の中にはオーストラリアの著名な政治家たちの名前がびっしり並んでいた。革命軍との関与が明らかになればオーストラリア政府は文字通り総交代せざる得なくなるだろう。
「何故お分かりに?」
「彼らは三年前まで
「ファントム・タスク…」
その言葉に楯無の瞳は鋭く光った。第二次世界大戦中に生まれ、50年以上前から活動していると言われていた秘密組織。多くの暗部がその実態を探っていたが三年前に突如姿を消し現在もその尻尾すら掴めていない。
「でしたが三年前のファントム・タスク失踪のせいで裏が取れずに保留となってしまったのです」
ファントム・タスクに資金を横流ししていた奴らが今度は革命軍に尻尾を振るようになった。そんな裏切り行為が成立するためには…。
「まさか!?」
「そうです!私はファントム・タスクが失踪したのではなく消されたのだという結論に至ったのです!」
「なら、ファントム・タスクが所有していた情報網、金融ルートは革命軍に乗っ取られた?」
「これは私が内定を進めているものですが確実でしょう、貴方だけにお教えします」
さらに声を潜めるレオに合わせて楯無も体勢を低くして耳を澄ませる。
「革命軍の幹部は全て日本人です…」
「ッ!!なぜお分かりに?」
「三年前から横流しの連中は翻訳機を使い始めました…書かれた文字を母国語に変換する高性能機です。その翻訳対象が日本語だったんです」
「そんな…」
ISが生まれてから日本語は世界の共通語になりつつあるが日本語は文字に関して言えば複雑で分かりにくい。多くの政治家はしゃべれるが書けない、読めないと言う人が多いのだ。
「もうこんな時間か…これ以上は怪しまれます…」
「そうですね」
時間は夜中の2時を指していた。レオは早々に帰り支度を済ませると個室のドアに手を掛ける。
「詳しい資料は明日にお渡しします…最も日付的には今日なのですが」
「貴重な時間をありがとうございます…」
楯無は軽く頭を下げるとレオを見送る。彼がその場を去ると楯無は怪しまれないように個室で時間を潰すことにした。
ーー
暗闇に包まれた路地を大通りに向けて歩いていたレオは違和感に気づいた。この路地は裏路地にしては人通りの多い道だ。だが今は…。
「誰も居ない…」
レオは懐から愛用の拳銃を取り出しセーフティーを外す。
「やはりマークされていたか…しかし私が今まで気づかないなんて…」
レオ・ブラウナーの正体はオーストラリアの機密情報機関の潜入捜査員。その中でもトップに立つ男だ。戦うための術は心得ている。だが人間では勝てない相手もいる。
「これは参ったな…」
空間が歪み、姿を現したのはブリッツガンダムの量産型という位置付けの機体、NダガーN。その機体が後ろと前に退路を塞ぐように立ち塞がっていた。
ナイフのような形状のGES-D07G+ 対装甲刀を取り出したNダガーNはゆっくりとレオに近づく。
「はぁ…後は彼女に任せるのか…情けない大人だなぁ」
レオは自身の現状を嘆きつつも咥えたタバコに火をつける。彼は大きくタバコを吸う、その姿は堂々としたものだった。
(アン、彼女を助けてあげてくれ……)
これまで付き添ってくれた相棒に向けて心の中で呟きながら吸った煙を大きく吐き出す。
その直後に裏路地には赤い雨が降り注いだ。