「千冬姉…」
「遅いぞ、一夏」
更識邸を訪れた一夏は、先に待っていた千冬と楯無、簪を顔を会わせる。
「よく来たわね一夏くん」
「お久しぶりです。楯無さん」
眼が鋭くなった一夏は、その場にいた者たちに挨拶を済ませて本題を待つ。
「革命軍の残党が居たと」
「えぇ、未確認のガンダムタイプが確認されたわ。相変わらず馬鹿げた性能だったけどね」
「下手すればユニコーンよりも早いかもしれないぞ。かなり小型化されていたからな」
「タイプは十年前、イギリスが使っていたFタイプに近いと思うけど…」
「MSはほとんど凍結されてますからね」
十年前、各国にバラ撒かれたMSのデータや機体たちのほとんどは国連が封印している。各国はジムシリーズとそれに類似する機体を各国に配り直し、機体を統一化させたのだった。
現在、使用されているのは主にジムシリーズやジェガンシリーズなどの宇宙世紀量産MSだ。
「とにかく、現在の所在は不明ですが、革命軍は置いといて。ゼロの件ですね」
「お姉ちゃん、散発的だけどこっち側の被害が増えてる。もしかして女性解放戦線と協力関係なのかも」
「女性解放戦線か…」
「それに関しては一夏くんの方が知ってるわよね。白い悪魔さん」
「そうですね。アイツらのバカさ加減にはイライラさせられますよ」
「一夏」
「ごめん。千冬姉、ちょっと気分が悪くなって…」
女性解放戦線。元は女尊男卑を思想とする女性主義団体が現在の体制に不満を持ち、武力抵抗を続けている集団だ。ISやISの改造機を含め、挙げ句の果てにMSにまで手を出している。
国連所属の一夏は何度も交戦しているが、元が巨大な組織な上にISの訓練課程を終了している者たちばかりなので扱いは慣れているため、対処し辛い。なので潰しては湧き、潰しては湧きの繰り返しで完全にイタチごっこになっている。
「でもそれだと不味いよ。お姉ちゃん、後1ヶ月しかないのに…」
「そうね。国連に報告して総力を持って問題を解決しないと」
「1ヶ月後?」
一夏にくっついてきた箒は疑問符を浮かべる。それを見た一夏は静かに答える。
「観艦式だよ…」
国連が革命軍戦争から10年を機に行う観艦式。各国の所属する軍艦、MSが集まっての観艦式が挙行される。まさに世界の威信をかけた観艦式で、数十の軍艦と何百ものMSたちが参加する。
「世界中のメディアが注目している一大ページェント」
「場所は革命軍との決戦の場」
「っ!」
観艦式の目的は、失墜した国連軍の権威を復活させることが主目的とされているが、国連の軍事責任者であるワイアット大将は、革命軍戦争にて戦死した全ての人間の鎮魂のためと明言した。
「一見すれば革命軍の人たちを貶める行為に見えるけどね」
「ワイアット大将も、言葉に出来ない感謝を革命軍に捧げるために企画されたんだ」
今回の総責任者であるグリーン・ワイアット大将も、イギリス軍空母にて指揮を執った人物であり、革命軍の行為を察した人物の一人であった。
「あの人も分かってくれていた。だからこその観艦式だ」
一夏も一度だけ会ったことがある温厚で紳士な方だが、10年前は反女性主義のタカ派だった人物で、イギリス軍のMS導入に大きく関わった人だ。
「鎮魂のための観艦式か…」
ーーーー
「駄目だよセシリア君」
「しかし…」
イギリス某所。そこにはセシリアとワイアットが二人だけで対面し、話していた。
「敵はウイングゼロです。その恐ろしさは分かっておられるでしょう。もし、貴方に何かあれば!」
「セシリア君」
「はい…」
「あの戦争から10年が経った、もう10年もだ。どれだけ世界が変わろうとも人は忘れてしまう。この世界のために誰が犠牲になったのかを」
世界を変えたのはたった5人の子供だった。こんな笑い話があるか?大人が束になって出来なかったことを、子供が成し遂げてしまったのだ。
「大人というのはね、子供の責任を背負って行くものなのだよ。子供たちが示した道を閉ざして何が英国紳士か、何が大人か。」
「ワイアットさん…」
「この観艦式は我々の立志式でもあるのだ。彼らの覚悟を、我々がどれほどの覚悟をもって受け継ぐかという決意表明なのだよ」
観艦式の持つ意味は、この世界においてかなり重要だ。女性主義団体の悪名を国連そのものが明言するのに等しいからだ。
「…分かりました」
「分かってくれたか…」
「では私も共に出席します!」
セシリアの決意は固まった。フィーリアの夢見た世界に少しでも近づくために。
ーーーー
フランス。デュノア社、本社。
「デュノア専務」
「どうしたの?」
「アナハイム社から面会が来ておりますが…」
「アナハイム…分かった。すぐに通して」
ー
「お久しぶりです。ケイさん」
「君とは二度目だね」
デュノア本社を訪れたのはケイとカリナ。二人は高いソファーに座るとシャルロットと対峙する。
「ナラティブガンダムの事は感謝していますと伝えてください」
「伝えておくよ。やっぱりカゲトの機体だったか…」
デュノアが研究のために封印してあった、フェネクス。その機体はこの世に存在しない。現在はフェネクスのサイコフレームを移植したナラティブガンダムが、本社の地下に納められているのだ。
「興味深い機体だけど。僕にとってはあの姿はキツくてね…」
親友をこの手で屠った黄金の不死鳥。やつはサイコフレームを抜かれた状態で保管されているが、純粋にサイコフレームの実験ならナラティブ以上のものはなかった。
「ガルド王国の出資社でもあるんだ。カゲトなりの礼だろう」
端的に言えば革命軍残党とシャルロットは協力関係を結んでいた。デュノア社は世界的に有力な大企業、世界の市場経済事情を掴むにはカゲトたちにとって都合が良かったのだ。
「フィーリアも向こうで喜んでくれると良いんですけどね」
「流石にそれは答えられないかな…」
死人に口なしとはよく言ったものだ。死人からはなにも聞けない、こうして後で後悔してしまうのは常だなぁ。
「それで、女性主義団体残党の物資調達経路については?」
「どうやら、どこかの政府関係者が裏から手を回しているようなのですけど。感づかれて雲隠れされたんです」
「そうかぁ…」
シャルロットから情報を貰いにわざわざ足を運んだのだが、残念ながら無駄足だったようだ…その時だった。
「専務、緊急事態です!」
「なにか?」
「所属不明のISとMSがこちらにまっすぐ接近してきています!」
「え?」
「なんだって!?」
ーーーー
「まさかゼロに仲間がいるなんて」
「しかも新型のMSと来た。本当にあんたたちは何者なんだ?」
「聞かねぇ方が身のためだぜ、俺たちは好きにやるための手駒がいる。アンタらは女性主義を復興させるために俺たちが必要ってことだろ?」
「そうだな。頼んだよ」
「まぁ、たまたまとは言え。ゼロが俺様の頭だ、それにデュノア社は確かに目障りかもな」
ラファールの改造機が4機とガンダムタイプのMSが一機。デュノア社に迫っているのだった。
「テストパイロットチームは緊急出撃。フランス軍は?」
「出動していますが間に合いません!」
「私もナラティブで出るよ」
「迎撃するんですか?」
「馬鹿!ここはパリのど真ん中だよ!引き寄せて郊外まで誘導!」
「はい!」
シャルロットが嗅ぎ回っていたことがバレて、口封じの部隊が動いたと見て間違いないだろう。
「手伝うよ」
「助かるよ」
ーーーー
デュノア社の社章をペイントされたジェガンシールドを持ったジムⅢが地下のリフトから出撃する。
「社員はシェルターに退避させて、絶対に町中での発砲は禁止!」
「「「了解!」」」
ナラティブガンダムB装備とジムⅢ5機が浮かび上がり、飛来してきた機体と対峙する。
(この機体…バエルに似てる?)
「おいおいおい!ナラティブガンダムかよ、随分といいもん持ってんじゃねぇか!」
「こいつ、オープン回線で!?」
粗暴な女の声が響き渡る。棍棒のようなものを持っているMSはパイロットの粗暴さを表すように挙動が荒い。
「個人的に恨みはねぇけどな。死ねや…」
「くっ!」
ガンダムタイプは持っていた実弾のライフルで発砲。シャルロットはシールドで防ぐが弾けた弾丸はパリの街に落ちていく。
「こんなところで発砲なんて!?」
「まさに、《撃っちゃうんだよなこれがぁ!》」
棍棒で殴り飛ばされたシャルロットは墜落すると街に落ちる。
「専務!」
ジムⅢも慌てるが、付き添いのラファールⅢがビームサーベルを抜いて襲ってきたためにサーベルを抜いて対応する。
「発砲がご法度だぞ!」
「分かってますよ!」
(こんな街中じゃミサイルもインコムも使えない!)
ビームサーベルを抜き放って斬りかかるが、そのビームを弾かれて殴り飛ばされる。
「ビームを弾かれた!やはりバエル系統のMSか!」
「ははっ!死ねやおらぁ!」
MS同士の戦いは尋常ではない。3mの鋼鉄の巨人が暴れまわるのだ。その被害は計り知れなかった。
ガンダムタイプは窓や壁を棍棒で粉砕していく。完全に街の被害なんてお構いなしだ。
「こいつ、街の被害なんてお構いなしか!」
こんな場所で反撃出来るわけもなく。ひたすら殴られるシャルロット、その後ろにはまだ避難が出来ていない住民が。
「逃げられない!」
首を捕まれ道路に叩きつけられる。
「こっちが反撃できないのを良いことに…」
「なぶり殺しにしてやるよ!」
棍棒を両手に携えて振りかぶる。その瞬間、ガンダムタイプの両手が拘束される。
「なんだ!」
「え?」
上空に滞空していたのは青いシュヴァルベグレイズ。その機体は硬質ワイヤーで拘束すると、両腰に懸架してあった剣を二本抜き、ブースターで加速して斬りつける。
「この野郎!」
暴れるガンダムをそのままワイヤーで投げ飛ばし、巨大な公園に叩きつける。
「凄い、リュクサンブール公園まで投げ飛ばした!」
2機の激しい戦闘で芝生が穴だらけになるが、そこはまだ許容範囲だろう。グレイズの方が明らかに性能は下だというのにガンダムタイプを圧倒していた。
「ぶっ殺す!」
だが出力はガンダムの方が上だ。吹き飛ばされ公園の水場に沈む。
「任せて!」
「制圧!」
グレイズとガンダムタイプに割り込んだのはゲイレールとシャルフリヒター。ケイとカリナは二人とも実体剣を持って機体を止めると、その間にシャルロットは飛んで逃げる。
「まさかバルバトスルプスなんて…やっぱり転生者かい?」
「ほう、おもしれぇ。そんなロートルで何が出来るんだよ!」
カリナはシャルフリヒターの肩シールドの爪を展開し、体を回して攻撃を加える。建物にぶつからないように吹き飛ばされたルプスをラリアットで地面に沈めるケイ。
「なんとかしたけど。さっきのグレイズはどこの部隊だ?」
「え、知らないの?」
「皆目、分からず…」
シュヴァルベグレイズはいつの間か姿を消して、何処にもいない。だがシャルロットは、あの剣捌きにどことなく違和感を覚えた。
(まさかね…)
するとルプスは立ち上がり、こちらを睨み付ける。
「よし、郊外に逃げるぞ!」
「承知!」
「逃げるんじゃねぇ、ごらぁ!」
腕部の速射砲を乱射するルプス。
「きゃあ!」
速射砲の空薬莢が落ちて暴れまわる。
「あいつ…」
「今は郊外に引き付けるよ!」
こうしてシャルロットたちは、なんとか敵の部隊をパリから引き離すのだった。