鉄血のストラトス   作:ビーハイブ

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久方ぶりの投稿です。もはやこんなSSがあった事が忘れ去られてるかもしれませんが、書けたので投稿します。


集う七星

 

 

 

 旧スイス・チューリッヒ地区に佇む広大な白亜の壁で囲まれた巨大施設。

 

 アースガルズと名付けられたギャラルホルンが運営する設備、医師共に最高峰の物が集められた医療機関である。

 

 ここに来れば死んでいなければ如何なる怪我、病であろうと完治するとさえ言われる程の高水準の医療設備を兼ね備えるが、莫大な医療費が要求される為、政府高官や上流階級の人間。または医療保証が受けられるギャラルホルン所属者でなければ問診すらできない、一般家庭の人間には無縁の施設。

 

 その中でも極限られた者しか入ることができない特別区画の廊下を篠ノ之束は一人悠然と歩いていた。

 

 彼女とすれ違う研究者と思われる格好の者は皆例外なく束を見る度に立ち止まり敬礼し、束もまたそれに応じ笑顔と共にねぎらいの言葉を贈りながら歩を進める。

 

 挨拶を返された者達は去りゆく束に背を向けて緊張から深い息を吐く者や彼女に出会えた事に感動する者、尊敬の眼差しのまま束の後姿を眺めるなど様々な反応を見せながらも、彼女に対して負の感情を抱く者は誰一人としていない。

 

 エイハブリアクターの開発だけではなく、機械工学全てにおいて大きな進歩となる技術の開発によりギャラルホルンの急速な拡大を促した束は、現代において最も優れた科学者でありながらその事を奢らない謙虚さと穏やかな性格から多くの者に慕われていた。

 

 そのまま廊下を進んでいた束はID、声帯、指紋、網膜認証と異なるプロテクトが掛けられていた4つの扉を通り抜け、さらに廊下の途中に隠されていた壁の中にあるエレベーターを使い、施設の奥深くにある古びた扉の前へと辿り着く。

 

 セブンスターズ当主にのみ存在が伝えられる幾重にも掛けられたプロテクトと偽装によって隠された場所へと辿り着いた束は、鍵すらかかっていないその扉に手をかけ開こうとするが、それよりも先に扉が開き、中にいた人物と目が合う。

 

 そこにいたのは波打つ金色の長髪と紅い眼。右目の泣きぼくろと豊満な胸元が開いた深紅のドレスを着た美女であった。

 

「あら、束博士。お久しぶりですね」

 

 気品と妖艶さが合わさったような雰囲気を纏うその女性は束に対して丁寧な口調で挨拶を送る。だがその言葉には先程まで出会った研究者達とは異なり刺々しく警戒心が込められていた。

 

「あぁ。久しぶりだね。では私はこの奥に用あるから通させてもらうよ」

 

 束は逆に女に対して一切関心が無いのか冷たく答えると、その場から退くように促す。視線は既に彼女から外れ、その向こうの暗闇へと向けられていた。

 

「冷たいですわね。折角会えたのですしゆっくりお話ししたいと思ったのですが」

「篠ノ之束は君に興味がない。だからどいてくれミューゼル公」 

「あら残念」

 

 束に冷たくあしらわれても全く残念そうでない様子で肩をすくめる彼女の名はスコール・ミューゼル。束と同じくセブンスターズであるミューゼル家の当主であり、このアースガルズの責任者である。

 

 ここで使われている生体治療の大半はミューゼル家の研究によって得られた技術が大きく貢献している為、アースガルズ内において他の家を大きく凌駕する力を持つ人物であるが、束は彼女に対して一切の関心を抱いている様子がない。

 

 一方的な敵愾心と完全なる無関心という最悪とはなりえないが決して良好ではない険悪な空気が両者の間に漂っていた。

 

「まぁいいですわ。この後他のセブンスターズが揃ってからゆっくりと話し合う事になるのですし。私としては何としてでも()を手に入れたいですわ」

「その件に関しては皆で話し合って妥協点を見つけると決めているはずだよ。話の続きは君の望むとおりに後ほどに。今は用事を優先させてもらう」

「ふふ……わかりました。では私は他の当主のお迎えをさせていただきますわね」

 

 わざとらしい一礼と共に去っていくスコールを束は一瞥するとすぐに前を向いて扉の中へと入っていく。彼女の意識には既にスコールの姿はなく、ここに来た目的を果たす事のみを考えていた。

 

 

――――扉の向こうに広がるのは薄暗く寂れた広大な空間だった

 

 

 入口から見て左には【Goetic demons one】、右には【Goetic demons seventy two】と書かれたちょうどISが収まる大きさのガラス張りの格納庫が左右それぞれ三十六個立ち並んでいる。

 

 それらは一見最新鋭の技術が使われているようだが経年劣化が激しく、長い間人の手が加えられた様子が無い。ほぼ全ての格納庫前のパネルには埃が積もっていたが、唯一【Goetic demons eight】と書かれた格納庫だけ光を灯しており、その前には一人の女性が立っていた。

 

「千冬」

 

 目的の場所と人物の元に辿り着いた束が、声を掛けるとその女性、織斑千冬が振り返る。その眼の下にある隈と皺が付いた服から彼女が憔悴しているのが束にも伝わってきた。

 

「話を聞いてすぐに来たけど……あれから二日間ずっとここにいるの?」

 

 千冬の隣に近付いた束はガラスの向こうに視線を向けながらそう問いかける。そこにあったのは傷付き膝を付くIS、バルバトスであった。

 

 千冬が本日より二日前にバルバトスと交戦、撃破した事。そしてその際に操縦者の正体と名を、昨夜ギャラルホルンの関係者から伝えられた束は即座にバルバトスをここに収納する事を提案し、自らも請け負っている職務を中断してアースガルズへと来たのである。

 

「……少し待ってほしいと言ったのは受け入れてもらえなかったみたいだね」

 

 バルバトスを見ながら千冬にそう言うと彼女の肩がビクンと震える。それはまるで悪さをした事を咎められた子供のようにも見えた。

 

 千冬には数年前に誘拐され生死不明になった弟がいた。彼は監禁現場と思われる場所から発見された血痕と一切の足取りが掴めなかった事から公式では死亡扱いとされていたが、千冬は生存の可能性を諦める事が出来ず、セブンスターズとして強大な権力を有している親友である束にその行方を捜してほしいと頼んでいたのだ。

 

 そして数日前、束から彼に似た人物を別件で調査していた場所で発見した事と、その傍でバルバトスが目撃された事を伝えられた千冬は裏付けを取りたいからしばらく待ってほしいと束に言われていたのにも関わらず独断で目撃地点へと向かい、バルバトスと接触。操縦者から弟と思われる人物を殺したかもしれないと言われた事で怒りのままに交戦し、相手に致命的なダメージを与えて撃破した。

 

「バルバトスの操縦者自身が千冬の弟だった……その可能性があったからこそ私は止めたんだけど……考えうる限り最悪の結末になってしまったね」

 

 束が辛そうな声でそう呟く。撃破した際に露わになったバルバトスの操縦者の顔は千冬とよく似た面影をしていたのだ。

 

 当然それだけでは本当に弟であるか確証は取れない為、バルバトスの装甲に残された彼の血痕と展開状態でも可能な限り調べた操縦者の生体データから九割の可能性で探していた弟であったと判明したのである。

 

「責めてはいないよ。一番辛いのは千冬だろうし、何より君が暴走する可能性を理解していながら伝えてしまった私に責任があったと思ってる」

「束……っ?!」

 

 千冬へと向き直り、束が深く頭を下げるとそのような反応をされると思っていなかった千冬が驚愕する。

 

「許せないと思うなら殴ってもいいよ。今なら抵抗はしないし何なら殺しても構わない。その場合でも君を無罪にするように更識当主には伝えてある」

「そんな事……! 今まで私の為に尽力してくれたお前にできる訳ないだろう!」

 

 気に食わないなら殺せと。その口調と雰囲気から本気で言ってるのだと十分理解できた千冬は逆に怒りを込めてそう怒鳴ってしまう。千冬にとって束は親友であり、自宅に戻れない程の多忙な生活を送りながら弟を探していてくれた恩人である。そのような相手に自身がやってしまった過ちの責任を押し付けるなど千冬には想定もしておらず、逆にそうされるのが当然と言った様子を見せた束が許せなかったのだ。

 

「ありがとう。そう言ってくれるならば私も救われるよ。ならばせめて彼の身柄の保証がされるように尽力しよう」

 

 千冬の答えを聞いた束は微笑みを浮かべる。それを見た千冬の無意識のうちに強張っていた表情から力が抜け、代わりに違う感情が浮かび上がる。

 

 

―――絶対な安心感

 

 

 束ならば何とかしてくれるという理屈も何もない思考放棄と言っていい程の何かがあった。

 

 束と千冬は幼少の頃から交友があり、親友同士と周知されている二人であったが、その関係には彼女達の近親者を含めた数名のみしか知らない僅かな歪みが存在する。それは織斑千冬が篠ノ之束を妄信しているという物であった。

 

 幼少の頃より神童と謳われていた束は、あらゆる事象に対して断片的な情報から未来に起こる事をほぼ正確に予測してしまう未来予知と言っても過言ではない頭脳を有していたが、束はその才覚を公の場で振るう事を一切せず、千冬のサポートにのみにしか使う事が無かった。

 

 剣の才能とISの才能を有していた千冬は束の的確な指導を受けてその能力を遺憾なく伸ばしてその二つの世界に置いて最強の名を獲得し、それ以外の分野においても束のアドバイスを聞いていれば常に最良の結果を導き出し続ける事が出来た。

 

 常に束の言葉を信じ、従い続けて生きてきた千冬は挫折と失敗を知らなかったが、数年前に一度だけ、彼女の忠告を無視した行動を取った。それは第二回モンド・グロッソ大会に弟を連れて行くなという物であった。

 

 大会二連覇がかかっていた千冬は自分の晴れ姿を愛する弟に見せたくて束の言葉を無視して大会のあったドイツへと連れて行き、その結果彼女の弟が行方不明になり、千冬の心に大きな絶望を与えた悲劇が起きた。その際も束はもっと強く止めるべきであったと己の非を謝罪、必ず弟を見つけると宣言し、その約束通り手掛かりを見つけ出して千冬へと伝えたのだ。

 

 そして今回、焦りからまた束の忠告を無視して行動した結果がこの事態を招いたことから、千冬の中では一つの考えが生まれていた。

 

 すなわち妄信。自分の考えで動くのではなく、束の言葉に従っていれば間違いは起きないという人として最もあってはならない物であった。

 

「さて、では行こうか千冬。君は一度身を清めてから休みを取った方がいい。後は私に任せておいてくれ」

「……あぁ済まないな束。後は任せるよ……」

 

 束が優しく千冬の背を叩き、この場から退出するように促すと、目の下に隈ができる程寝ずに離れなかったこの場所から一切抵抗する事無く出口へ向かって歩き出す。

 

「あぁ済まない。少しだけここに用事があるんだった。直ぐに向かうから先に行っててくれるかな? シャワールームの場所は出会った職員に聞けば大丈夫だろうから」

「……わかった。先に行って待っている」

 

 何かを思い出したかのようにポンと手を叩きながらそう語る束の言葉に何の疑問も持たず、千冬は素直に受け入れて先に扉の外へと出てエレベーターへと乗り込んでいく。

 

「如何に獰猛な獣であろうと飼いならされれば兎と同じ。というやつかな」

 

 そしてエレベーターの扉が閉まり、千冬の姿が完全に見えなくなった瞬間、穏やかな微笑から氷のように冷たい表情へと変えた束がそう呟いた。

 

 そのままエレベーターへと背を向け、再び格納庫へと入ると鎮座するバルバトスの前に立つ。

 

「全てを与えられた姉と全てを失い自ら力を得た弟。果たして私の求める力を得たのはどちらかな?……ナツ、いや……織斑一夏君?」

 

 今度は心底楽しそうな笑みを浮かべながら束はバルバトスの中に眠る少年へ向けてそう問いを投げかけた。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 束と千冬が話を始めた頃、アースガルズの屋上に静かに降り立つ黒い小型輸送機があった。

 

 外見は通常の物と大差がないのにエンジンどころか着地時の音すらしないこの小型輸送機は前期型エイハブリアクターを搭載した特殊な物である。

 

 IS程ではないが通常の航空機を遥かに上回る機動力と旋回性、エイハブリアクターとナノラミネートアーマーによる半永久的な動力と堅牢な防御力を誇る要人輸送に重点を置かれたギャラルホルン内部でも稀少な代物であった。

 

 そして周囲には十名ほどのギャラルホルンの制服を纏った軍人が一糸乱れず並んでおり、全員が輸送機の扉が開くと同時に一斉に敬礼する。

 

 出てきたのは装飾が施されたギャラルホルンの制服を纏った金髪の少女と、その後ろに付き従うように立つギブスで固定された左腕を吊るし、額に包帯を巻いた銀髪の少女。黒をベースにしている点以外は一般兵用と変わらぬ制服をギブスのせいで着れない為か肩に羽織っていた。

 

「お待ちしておりましたオルコット様」

「お出迎えありがとうございます。メーリアン一佐」

 

 前に出てきて挨拶をしてきた初老の男に対し金髪の少女、セシリア・オルコットが優雅に一礼すると後ろに立つ銀髪の少女、ラウラ・ボーデヴィッヒが無事な右手を上げて敬礼を返す。

 

 男の名はカール・メーリアン。階級は一佐であり、このアースガルズに配備された防衛部隊の指揮官である。ギャラルホルン内部においてセシリアの階級は特務三佐となっており、年齢も階級も彼女よりも上の人物であるのだが、セシリアに対して最大限の敬意をもって接しているのが伝わってくる。

 

「メーリアン一佐。この制服を着ている今はわたくしも一介の軍人です。階級相応の扱いをしていただければ……」

「いえ。セブンスターズ御当主に敬意を示すのは当然の事です。私が貴女を下に見る事は命尽きる瞬間でもあり得ません。……ボーデヴィッヒ二尉も息災そうで何よりだ。負傷したと聞いて心配していたよ」

「御心配をおかけして申し訳ありません。カー……メーリアン一佐」

 

 心なしかセシリアの陰になるように立っていたラウラがメーリアンの視線に入るように僅かに身体を横にズラしながら謝罪する。その顔は常に不敵な笑みを浮かべている彼女にしては珍しく、いたずらが見つかった子供のようなばつが悪そうな表情を浮かべていた。

 

 ラウラを見る優しげなメーリアンの表情や名前を呼びそうになったラウラの様子から親密な様子を見せるこの二人の関係は少し特殊であった。

 

 メーリアンはシュバルツェア・ハーゼ設立前にラウラが所属していた部隊の隊長であり、ラウラが新設されたシュバルツェア・ハーゼに移る際、特殊な出生の為に親族がいないラウラの後見人となった人物なのである。

 

 独り身で子がおらず、幼少期よりラウラを見守っていたメーリアンにとって彼女は娘のような存在である。ラウラもまた厳しくも優しく自身の事を見守ってくれていた彼の事を父親のように慕っていた。

 

「それにしても君にここまでの手傷を負わせる者がいるとはね。まだ足を滑らせて階段から落ちたと言う方が信用できるよ」

「……いえ。私はまだ弱者です。この世界には私程度を殺せる者は少なくないでしょう」

「ほう……?」

「先日この傷を負わせた相手など比べ物にならない強さを持つ男に会いました。訳あって全力で死合う事は叶いませんでしたが、奴と一太刀交えた瞬間は生涯忘れられる気がしません」

「はっはっは常にその男の事を考えているとはまるで恋する乙女だな」

 

 そう話しながら(ナツ)の事を思い出しながら笑みを浮かべるラウラを見てメーリアンが笑いながらそう口にするが、ラウラの表情はどう見ても恋する乙女のする微笑ましいものではなく、戦闘狂が浮かべるそれであった。

 

「確かに……最近は暇さえあればどうすれば奴を殺せるか脳内でシミュレートし、逆に殺される光景を想像するたびに奴の強さを再確認して胸を高鳴らせています……なる程。これがクラリッサが言っていた恋という物なのか……!」

「絶対に違いますわ」

 

 新たな発見をしたといった反応をするラウラに我慢できなくなったセシリアが突っ込みを入れる。世の中は広いのであるかもしれないが、自分の友人がそんなバイオレンスな関係を恋愛と認識するのはそれなりに寛容な心を持っている自負があったセシリアでも許容できるものではなかった。

 

「ふっ……冗談ですよオルコット様」

「はっはっは。さてでは立ち話も難ですし、オルコット様とボーデヴィッヒ二尉は専用通路へお入りください」

「ぐぬぬ……! わかりましたわ……」

 

 二人の反応を見てからかわれたのだと気が付いたセシリアだったが、口でこの二人に勝てる気が全くしなかった為、反論せずに受け入れると、メーリアンに指し示された屋上の中心にある横幅十数メートル程の七角形の壁へと歩みを進める。

 

 その七角形にはそれぞれ七つの扉と紋様が描かれており、セシリアとラウラはその中にあった馬に跨る槍騎士の絵が描かれた扉の前に立つと紋章が一瞬白く輝き、ゆっくりと鋼鉄の扉が開く。

 

 これは七星の門と呼ばれる三百年前の厄災戦時代から奇跡的に残った技術を使用して作られた複製品であり、特定の条件を満たす者が立つと開く仕組みとなっている。

 

 現在ではこの条件を満たせるのがオルコット、更識、コーリング、篠ノ之の四家のみであり、そのうち更識、篠ノ之の二家はその条件を手放している状態にある為、実質オルコットとコーリングしか使用できない扉となっていた。

 

『相変わらず無駄に金の掛かった場所だな』

『全くですわ。お金を掛けるのでしたらこんなことにでなくもっと民の為になる物に使えばよいですのに……』

 

 メーリアンへと一礼したセシリアとそれに続いて敬礼したラウラが中に入ると扉が閉まると同時にISの個人間秘匿回線を開いたラウラがそう呟き、セシリアがそれに応じる。

 

 わざわざ個人間秘匿回線を開いたのは理由があり、いくらセシリア本人が認めていたとしても、一介の軍人がセブンスターズ当主相手に馴れ馴れしい態度を取っている姿を見られればラウラ自身の立場や評判に悪影響を与えてしまう為、第三者の目線がある可能性のある場所では決して友人として会話しないと言う決まりを二人の間で定めていたからだ。

 

『というかこの入り口に意味があるのか……?』

『元々は始祖のISを安置する宮殿への道だったそうですが、百年以上前に始祖のISが失われてしまって、現在ではただの特殊区画への通路となってしまったそうですわよ』

『この厳重さで紛失するとは……当時の警備がザルだったのかそれとも犯人が狡猾だったのか……いずれにせよ既に意味は失われているという事か』

 

 航空機で来る場合にはこちらの方が安全だと言う周囲からの強い進言を受けてこの場所を利用したのだが、前述のようにこの場所を使えるセブンスターズが二家しかない上、セシリアにとってアースガルズはほぼ無縁の場所である。

 

 彼女は残りの一家であるコーリングがここを使う頻度は知らないが、少なくともこの機構を維持する割に合う程使っている事はないだろう。整備費と電力代の無駄遣いだと考えるのは当然であるといえる。

 

『まぁそれはそれとして……ここにアイツがいるんだな?』

『それは間違いなく。とはいえ操縦者より機体の方が注目を浴びている様子ですが……』

 

 これ以上此処について話しても無駄だと判断したラウラはその話題を打ち切ると此処に来た目的である少年の話に切り替える。

 

『コーリング家、更識家は操縦者を殺して機体を確保し戦力とする事。ファイルス家は操縦者に関心はなく機体を確保して次世代機の開発に生かす事。篠ノ之家は機体より操縦者の確保の優先。そしてミューゼル家は操縦者と機体を研究したい。そして意外にも凰家も操縦者を優先で確保したいとの事ですわ』

『そして我々はナツの保護を優先し、可能ならばバルバトスも得る……見事にセブンスターズ各家の狙いが分かれているな』

 

 言いながらこちらの要望をそのまま通すのは不可能だとラウラは理解し、ため息を吐く。席次の差はあれど原則同じ立場にあるセブンスターズの中で自分達の要望をそのまま叶えるのは不可能に近いと言っていいだろう。

 

『まぁ安心しろ。もし駄目でも私が残念な思いを抱いてシャルロットが泣くだけだ。変に気負う事はないだろう』

 

 ニヤリと笑いながらそう口にするラウラはあまりこの事態を深刻に捉えてる様子がないが、それは決して悪意があるからではない。

 

 ラウラは冷静さと公平さ。そして仲間を想う愛情を有しているが、それは世の中に溶け込むために後から学んだ自己を律する為の楔。

 

 彼女の本質は狂気。自らの力を振るい破壊し、勝利を渇望する獣そのもの。それ故にラウラが人を想う為には仲間もしくは友と認識する必要がある。

 

 そしていずれ倒すと決めていたナツに対しては親近感はあれど友情を持っておらず、シャルロットに対しても保護対象以上の想いがない故、「上手くいけばまたナツと殺しあえる」くらいしか考えていない為、心の底からその身を心配できなかった。

 

 ラウラはそれが人として歪んでいると自覚しながらもこれが自分であると割り切り、セシリアもラウラのその破綻した精神を理解した上で友情を結んでいるため、それを指摘することはしない。

 

『うぅ……そう言われると余計にプレッシャーなのですけど……』

 

 そんな理由から気楽なラウラとは対照的にセシリアは肩を落としながら呟く。彼女は現在オルコット家が保護し、ナツの現状と再会を待っている友人()()であるシャルロットが悲しむ事だけは避けたいと考えていた。

 

 元々セシリアはバルバトスの確保自体はそこまで重要視していなかった。ラウラが回収に成功したグシオンに加え、自身が持つオルコット家が代々継承する存在。そして何よりバルバトスの整備データを保有している事からバルバトスを得る事へ興味はなく、ナツの事情とシャルロットの想い、そして結果的にラウラの命を救い、彼女と良き関係を築ける可能性があるという要素が無ければ会議への参加すらしなかっただろう。

 

 それ故にオルコット家を出発するまでは機体の確保を放棄し、普段から彼女が主張しているヒューマンデブリの少年の保護という名目を使えば、案外あっさりと話は進むのではないかと楽観視していたのだが、移動中に他のセブンスターズの主張の中に殺して禍根を絶つべきというのが二家、その後の扱いの違いはあれナツの身柄を狙っているのが三家あると聞いてからは最年少であり場数も経験も未熟な自分の意見を通せる自信が九割程無くなってしまったのだ。

 

 やがて二人はギャラルホルンの紋章が描かれた大きな両開きの扉の前に辿り着く。この扉の先こそが二人の目的地であり、セブンスターズ当主と直属護衛しか入る事を許されない場所である。

 

「さて。着きましたので楽しい密談もここまでですね。参りましょうオルコット様、そのご手腕期待しております」

 

 個人秘匿回線を解除し、真面目な部下としての顔に切り替えて敬礼と共にそう告げるラウラの姿を見たセシリアは眼を閉じ、小さく息を吐く。

 

 そして彼女が再び目を開いた時、そこにいたのは先程まで不安げな表情を浮かべていた年相応の少女ではなく、セブンスターズの一角を総べる者の風格を持った若き当主の姿であった。

 

「えぇ。行きましょうボーデヴィッヒ二尉」

「承知。何処までも付いて行きます。オルコット様」

 

 主従であり、友人。そして相棒である二人はお互いへの信頼を言葉にすると、様々な思惑渦巻く部屋へと続く扉を開いたのであった。

 




遂に明かされたナツの正体(棒)

実はナツ君事一夏君が眠っている間、夢の中の回想の形で過去編を書いていたのですが、話の流れが奇跡のような悪夢のような鉄血本編ともろ被りという事態になったので、そちらは泣く泣く没となり、かつ本編を受けて色々と似てるなーと思った点を変えたり変えなかったりとしてたら偉い時間かかりました。

本編が全滅エンドなんて全く予想してなかったよ……。

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