「プロデューサー、アタシは『アイドルアルティメイト』出たくない、かな」
城ヶ崎さんのその言葉に、部屋の中の空気が変わった。
しかしそれはみんなの歩みを止めた城ヶ崎を責めるものではなく、彼女を心配してのものだった。特に星さんや小日向さん、木村さんは付き合いが長く、城ヶ崎さんの向上心の高さを知ってるから尚更の様だ。
『アイドルアルティメイト』での優勝を、アイドルの頂点を目指さない。それは普段の城ヶ崎さんからは考えられない事だろう。しかし、俺は城ヶ崎さんの発言を予想していた。
「妹の城ヶ崎莉嘉くんに遠慮してのことかな?」
「……うん」
そう、『アイドルアルティメイト』には『シンデレラプロジェクト』も──妹の城ヶ崎莉嘉さんも出場する。負ければアイドル活動を続けるのが難しくなるこの戦いで、優しい彼女は妹と戦いたくないのだろう。それに、ハッキリ言ってしまえば、現状彼女と莉嘉さんが戦えば勝つのは彼女だ。
極論、本気で戦えば妹のアイドル生命を絶ってしまうことになりかねない。かといって手加減して負ければ、ユニットのメンバーに迷惑をかけてしまう。
彼女に、優しい城ヶ崎さんにこの二択は決断出来ない。
だから、俺が無理矢理決断させる。
「ここにいるメンバーは、私が全国から集めてきた最高のアイドルとアイドル候補生達だ。全員がトップアイドルになる可能性を秘めていると私は思っている。そしてそれは勿論、君もだ」
ここで一旦、“間”を作る。ここからが本題だ。
「しかし──代えが居ないわけでない」
「え?」
「もし君がどうしても『アイドルアルティメイト』に出場しないと言うのなら、その時は君を『プロジェクト・クローネ』から外す」
一ノ瀬辺りにはバレているだろうが、勿論俺の言葉はハッタリだ。城ヶ崎さんの代わりはいない。他のアイドル候補生では、一段も二段も彼女に劣る。だから多少無理矢理にでも、彼女を『プロジェクト・クローネ』に入る決断をさせなくてはならない。
魔法をかけるも俺の仕事だが、馬車に乗せるのも俺の仕事なのだ。
「そして新たなメンバーを加えた『プロジェクト・クローネ』は、君無しで莉嘉くんと戦うだろう。いま、ここで選びたまえ。他人に妹を任せるのか、自分で引導を渡すのか」
俺の言葉に、城ヶ崎さんは俯いた。それは他のメンバーも同様で、全員が暗い顔をしている。全員が分かっているのだ、どちらが良いかなど。他人より、自分で戦った方が良いに決まっている。
しかしその決断は辛いもの、それも分かってる。それ故の沈黙。
「厳しい言葉だね、プロデューサー」
やがて、城ヶ崎さんがゆっくりと口を開いた。
「でも、アタシ達の事を本当に考えてくれるって事も分かってる。プロデューサーが作ったユニット、歌う曲も踊るダンスもまだなのに、凄いワクワクする。このメンバーでプロデューサーと一緒に活動する事は、アタシにとって大きなステップアップになると思う。だから、一つだけ約束して。アタシと莉嘉、どっちが勝ってどっちが負けても、見捨てないって」
『アイドルアルティメイト』で負けたアイドルを見捨てない。それは簡単な様で、実に難しい。芸能界は一度ついたレッテルを剥がすのが難しいからだ。しかし──
「勿論だ。出来る限り手を尽くそう。勝者にも、敗者にも」
そうしかし、そのあたりの事は予め考えてある。
人気が下落した時用の救済ユニット。モデルや女優に変換する道、学業に専念する用意、『プロジェクト・クローネ』を立ち上げた時真っ先にそのあたりの事を整備した。
魔法使いは魔法が切れた後の事を一番に考えなければならない。
「さて、もう質問はないかな」
今度は誰の手も上がらなかった。
「それでは最後に、ユニットのリーダーを発表する。速水くん、君だ」
「あら、私?」
普通に考えれば、アイドル経験者でしっかり者の木村さんあたりをリーダーに据えるべきなんだろな。実際、俺の言葉に驚いてる人間が多い。でも、『プロジェクト・クローネ』のリーダーは速水さんしかいない。それが俺が辿り着いた結論だ。
「17歳であり、その上アイドル未経験の君を何故リーダーに、という疑問もあるだろう。しかし、私が何故君をリーダーに任命した理由は自分で見つけて欲しい。だがどうしてもと言うなら、別の者をリーダーにしても構わない。どうする?」
「貴方が決めた事だもの。私なんかでよければ、精一杯努めさせて貰うわ」
速水さんは力強く頷いてくれた。既にリーダーの風格が出始めてると思うのは、流石に早計だろうか。
「それでこれからの活動だが、スケジュール等はマネージャーから説明がある。基本的に一つのユニットに着き二人のマネージャーが着く予定だ。後でこの部屋で顔合わせをしてもらう」
その後、幾つかの説明をして今日は話を終えた。
今日長々と話すよりも、ひとまずユニット同士で友情を育んでもらってからの方が良いと思ったからだ。お互いの性格ややりたい事を把握しなくては、方針も何も決められないだろう。
◇◇◇◇◇
「「かんぱい!」」
二人でジョッキをぶつけ、ビールを口の中に含む。俺はアルコールに弱いから少し舐める程度だが、和久井さんは一気に飲み干した。
『プロジェクト・クローネ』が発足した今日、和久井さんと二人でお好み焼き屋に来ている。ささやかな打ち上げだ。本当はもっと大人数で来たいが、俺は社内に敵が多いから無理だ。プライベートでも仲良くてくるのは和久井さんと美城さん位のものか。尤も、プライベートの時間なんてほとんどないが。
そんなわけで、今日も二人きりの打ち上げ。まあ、和久井さんと二人で話すのは楽しいから良いんだけど。ただ、俺と仲良くしてるせいで和久井さんまで他の人に嫌われるんじゃないか、という事だけが心配だ。
それにもしそうなったとしても、和久井さんは絶対に尻尾を出さないだろうから分からない。そんな和久井さんの強さが逆に、俺を心配にさせる。
いや、和久井さんは俺ごときが心配する様な不器用な人じゃないが。それでも心配なものは心配なのだ。
「次、何飲みます?」
「もう一度同じのにしようかしら」
「分かりました。すいませーん!」
店員さんに和久井さん用の飲み物を頼む。お好み焼きの注文は和久井さんに任せてるから、男としてこの位はやならないと。
実を言うと、俺はお好み焼きをほとんど食べた事がない。中学生の頃は夜に友達とファミレス以外の店にご飯を食べに行くなんて発想がなかったし、高校にはそもそも行ってない。大学は向こうだったし、大人になってからはひたすら仕事。たまに美城さんと食事に行く事はあっても、お好み焼き屋には行った事がない。大抵はホテルのバーとかだ。
「……美城さんてお好み焼き食べたりするのかな?」
「えっ?」
「ヘラでお好み焼きをひっくり返し返す美城さん」
「ふふっ、止めてよ」
「私に全て任せたまえ。味は私が保証しよう」
「美城常務の真似でしょうけど、仕事してる時の高木くんもそんな感じよ」
「えっ」
「あら、来たわね」
来たのは二種類のお好み焼きと、もんじゃ焼き。
お好み焼きの方は和久井さん曰くオーソドックスな豚玉と、ここの名物のチーズ明太。もんじゃ焼きの方は餅入りのものだそうだ。
「高木くん、明太子はとっても跳ねるから、注意した方が良いわよ」
「そうなんですか?じゃあ俺がやりますよ。やり方教えて下さい」
「あら、高木くんに何かを教えるだなんて、光栄だわ」
和久井さんは悪戯っぽく微笑んだ。それに対し、俺が出来る事といえば肩を竦めて困った笑を浮かべることだけ。
ギャップ萌えと言えば良いのか。普段スキがない女性がこうやって何気ない一面を見せると、妙にドキッとする事がある。それがとびきりの美女である和久井さんとなれば、効果は絶大だ。
「そういえば、今日の
「やっぱり、和久井さんにはお見通しでしたか」
俺がやった事は、城ヶ崎さんにそれとなく『シンデレラプロジェクト』が『アイドルアルティメイト』に出場することを教えた事だけ。
「狙いはこの業界の事を新人アイドルに教えることかしら」
「ええ、その通りです。流石は和久井さんですね」
「お世辞は良いわよ」
「本心ですよ」
実際、本心だ。俺は和久井さんに全幅の信頼を寄せてる。今回だって俺の意図を正確に見抜き、さりげなくフォローしてくれた。本当に流石の一言に尽きる。
和久井さんの言う通り、俺の狙いは一ノ瀬や速水さんにこの業界について教える事だ。
実際のところ、一般の人が想像しているような嫌味な権力者や、枕を強要してくるようなディレクターはこの業界には居ない。あるのは今日の様にどちらを選んでも辛い選択肢や、一度の失敗すら許されない様な厳しい仕事だけだ。
346プロダクションはアイドル部門に関しては新興とは言え、芸能界では古参だ。それにコネだけでなく、資金だって豊富にある。
しかし、結局のところは彼女達次第だ。それを少しでも自覚してほしかった。
答えのない問いを、勝者と敗者を決める戦いを、彼女達はこれから幾度も乗り越えていくのだから。
「仕事の話はこれ位にして、もっと楽しい話をしましょうか」
「あら、ごめんなさい。今の仕事が楽しいお陰かしら、ついあの娘達の話ばかりしてしまうわね」
「そうですね。俺も寝る前とか、ついあの娘達の活動方針の事とか考えちゃいます」
俺と和久井さんはお互い笑い合った。その後は一切仕事の話をせず、楽しい時間を過ごした。
ちなみに、明太子はめっちゃ跳ねた。