美城常務の犬   作:ドラ夫

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第6話 放蕩娘

 実を言うと、俺は今まで直接アイドルをプロデュースした事がほとんどない。今までプロデュースしたアイドルの人数を具体的に言うと、僅か五人だ。勿論、楽曲を作っただけだったり、担当プロデューサーに方針を意見したアイドルは沢山いるが。

 

 今回、俺が『プロジェクト・クローネ』でプロデューサーするアイドルは、今決まっているだけでもう既に六人も居る。つまり少なくとも六人分のソロ曲と、加えてクローネの全体曲も作らねばならない。それに、俺は曲は作れてもダンスの振り付けは作れないんだ。早めに曲を作って、納品しなくてはな。

 それと、マネージャーも何人か雇わなきゃいけないか。

 武内くんや佐久間さんのプロデューサーなんかはマネージャーをつけず、自分で担当アイドルのスケジュールを管理やメンタルケアをしているが、俺は無理だ。時間的余裕がない。だからスケジュール管理はマネージャーに任せるし、メンタルケアはカウンセラーに任せる事にした。

 

 俺がこういう立場(統括プロデューサー)になってしまった以上、もう昔に“彼女”をプロデュースした時の様に、全てを自分で管理する事は出来ないだろうな。

 さて、では普段俺が何をするのかと言えば、主に作曲とライブや握手会などのセッティングだ。それから番組やドラマ、映画などを作ったりもする。後はアイドルと関係ないところで、部下の仕事の割り振りや人事などなどだ。

 まあそんな訳で、俺はアイドルと直接話した事がほとんどない。こないだの新田さんみたいに面接で、という事は割とあるが、やはり普段の会話と面接での会話とでは全然違う。

 ここまで滔々と語っておいて、結局何が言いたいかと言うと──速水さんとの会話が続かない。

 

 速水さんがアイドルになる事を承諾した後、これからの活動の流れをある程度説明した。そのまま話題は芸能界についてに移り、ちょっとした芸能界の裏側を話したりとそれなりに盛り上がった。しかしそこまでは良かったが、その次がなかった。

 いや、でも、これはちょっとしょうがない事だと思う。

 俺が今までの人生で最も話した事がある人は間違いなく美城さんだ。次に一ノ瀬だろう。

 真面目が服を着てる様な美城さんと、不真面目が服を着ている様な一ノ瀬。あの二人では、速水さんと全くタイプが違う。

 それに、速水さんもさっきの事(キスの誘惑)が今更になって恥ずかしくなってきたみたいで、中々俺と目を合わせてくれないし。

 

「……そろそろ京都ですね」

 

「え、ええそうね」

 

 お互いハハハと笑いあう。なんだろう、この空気は。

 それともう一つ問題として、速水さんをどういう待遇で扱っていいか分からない。アイドルになる事を承諾したと言っても彼女はまだ未成年で、何の書類も書いていないし親御さんに挨拶もしていない。アイドル候補生として扱うのか、それとも飽くまでお客さんとして扱うのか、外でスカウトした経験なんてなかったからサッパリ分からない。

 一応、俺はアイドル及びアイドル候補生にはそれなりの距離を持って接している。理由は言わなくても分かるだろうが、スキャンダルを防ぐ為だ。他の人がスキャンダルになるのと、俺がなるのとでは訳が違う。気をつけ過ぎる位で丁度良い。

 

「そういえば、貴方は何故京都に?」

 

「『美人すぎる和菓子屋の看板娘』って知らないかな?修学旅行で京都を訪れた学生達が良くSNSに載っけてるんだけどね、その娘をスカウトしに来たのさ」

 

「あら、私に手を出しておいて、直ぐに新しい娘に手を出すなんて。私だけじゃ不満なのかしら?」

 

 速水さんはどうやら反射的にそういうセリフを言ってしまう様で、さっきからちょっと誘惑してはすぐ顔を赤くして背けるという事を繰り返している。

 ……今ほど、一ノ瀬にいて欲しいと思った事はないだろうなあ。

 

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 

「どうも、速水奏です」

 

「どうも、一ノ瀬志希です」

 

「どうも、宮本フレデリカです」

 

 三人でぺこりと頭を下げる。

 京都駅に着くと、ちゃんと一ノ瀬と宮本さんが電車から降りて来た。前もって速水さんの存在をLINEで一ノ瀬に送ってあったから、そのお陰もあるかも知れない。一ノ瀬は興味がある事にはいつだって全力だ。

 

「一ノ瀬、ちょっとこっち来い」

 

「うん、何かにゃ?」

 

 一ノ瀬を少し離れた場所に呼び出す。あいつにしては素直にトテトテと付いて来た。制服を思いっきり着崩している所為で、こいつがテンション高く歩くと色々と危険なんだよな……

 ちなみに、宮本さんと速水さんは自己紹介、のような何かをしている。

 

「俺はちょっと仕事してくるから、お前達は観光でもしててくれ。もしくは、先にホテルに行ってても良いぞ。もう部屋の予約はしてあるから」

 

「先輩!志希は興味が三分しか続かないコです!キミが居なかったら、すぐにどっかに行っちゃうかも!」

 

「なら宮本さんと速水さんとヘンタイごっこでもしててくれ」

 

「うん、わかったー!」

 

 意味不明な会話をすると、一ノ瀬はケラケラ笑いながら二人の方へと歩いて行った。

 一応、LINEで俺が予約しておいたビジネスホテルの情報を送っておく。それから、ある程度の金も渡しておいた。高校生に渡すには過ぎた額だが、一ノ瀬は金への執着がないから、こういった面では信用できる。まあ、そもそも一ノ瀬の方が俺より持ってるだろうけどな。

 こいつに放浪癖さえなければ、本当に理想的な後輩なんだよな。

 まあとにかく、これで俺は気兼ねなく次の逸材をスカウトできる。

 

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 

「出て行け!この穀潰しがっ!」

 

「はいはい」

 

「“はい”は一回だろ!分かったならさっさと荷物を纏めて出て行け!」

 

 ……困ったな。『美人過ぎる和菓子屋の看板娘』を追ってきてみれば、何と看板娘じゃなくなりそうになっていた。

 俺が件の和菓子屋に着くと、店の店主と思わしき人が看板娘を追い出そうとしていた。そして今は口喧嘩の真っ最中である。流石にあの中に割って入る気はない。

 

「ウチの店にご用ですか?」

 

 どうしようかと悩んでいると、お店の中から美人な店員さんが話しかけてきてくれた。多分、奥さんだろう。

 

「少し周子さんに用がありまして」

 

「あら、もしかして彼氏さん?」

 

 彼女はそう続けて言うと、悪戯っぽく微笑んだ。

 

「いえ、私はこういう者です」

 

 美城さんに貰った名刺入れから、一般の人に渡す用の名刺を渡す。

 

「へえ、346プロダクションのプロデューサー……346さん言うたら、小早川紗枝さんとこの」

 

「そうですね、小早川は確かにうちのプロダクション所属です」

 

 そういえば、小早川さんは京都出身だったな。やはり、地元出身のアイドルというのは応援するモノなのか。今度その方面で何かイベントを開催しても良いかもな。

 

「今日は娘さんをスカウトしに来ました」

 

「あの娘を?」

 

 塩見さんは驚いて、目をパチクリさせた。そして俺のつま先からてっぺんまでをじーーっと見ながら、暫く何か考え込んだ。

 

「決めました。あの娘を好きにしていいです」

 

 そう言うや否や、お父さんと喧嘩している周子さんを引っ張って連れてきた。

 

「その代わり、のらりくらりと放蕩してるこの娘を、しゃんとしてあげて下さい。それさえしてくれれば、アイドルとして成功せずとも文句は有りません」

 

 知り合って幾ばくもない俺に大事な娘を預けるとは……。この人は中々大胆な人みたいだ。お父さんなんて、何が起きたのかわからなくて唖然としているぞ。

 

「なになに〜アイドル?シューコちゃんが?」

 

「そうよ。貴方は今からこの人に着いて行きなさい」

 

 塩見さんが俺の方を見たので、俺も一応会釈しておく。

 

「どうも、高木美鳥です」

 

「これはご丁寧に。どーも、塩見周子です」

 

「私は必要な書類を書いておきますから、後は若い人達だけで。お父さん、行くよ!」

 

 塩見さんはあたふたと驚いているお父さんを引っ張って、店の奥へと行ってしまった。残っているのは、俺と周子さんだけ。

 

「あたし、アイドルになるの?でもこのままだと追い出されちゃうし、仕方ないかー。アイドルには興味無かったけど、これも成り行きってヤツで。大丈夫大丈夫、お仕事はちゃんとやるからさー」

 

 まあよろしくー、と頭をさげる周子さん。

 おいマジか。本当にこんな感じでいいのか?今日の為に、結構な時間プレゼンテーションを練ってきたんだけどな。

 

「いいんですか、塩見さん。私と貴方は初対面ですし、アイドルがどんな仕事なのかも説明してませんよ」

 

 このまま黙っていれば、塩見さんはアイドルになってくれるのに、何故かそんな質問をしてしまった。

 

「お母さんが信用したからねー。それに、あたしもまあまあ勘がいいんだよね。多分、あたしと高木さんは相性がいいんじゃないかなー」

 

「……なるほど、分かりました。全力でプロデュースさせていただきます」

 

 塩見さんのその言葉に、俺は安心した。

 一見デタラメな事を言ってる様だが、実際勘の良い人間というのはいる。一ノ瀬とはまた違った意味での天才というべきか。過去、俺はそういう勘の良い人間に出会って、何度か驚かされた事がある。そして塩見さんとお母さんには、そういった人達と似た様な印象を受けた。

 それと、さっきの発言からして塩見さんはお母さんにただ従ってるんじゃなくて、信頼してるんだ。家出した俺が言えた義理じゃないが、ちゃんと自分で考えた上で、親を信頼する。そういう人は信頼できる。

 

「とりあえず、待ってる間生八ツ橋食う?」

 

「いただきます」

 

 塩見さんがお店から生八ツ橋を一つとってきてくれた。どう見ても売り物だが、この際だ。

 やや小さめのそれを口に入れると、モチモチの食感と共に程よい甘みが広がった。

 

「高木さん、いい顔で食べるねー」

 

 塩見さんが嬉しそうに言った。どうやら、知らず識らずのうちに笑みがこぼれていた様だ。それが生八ツ橋が美味しいからなのか、塩見さんをアイドルに出来たからなのかは分からない。

 とりあえず今は、何味の生八ツ橋をお土産に買っていくのかを考えよう。


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