美城常務の犬   作:ドラ夫

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第4話 日本生まれのパリジェンヌ

 朝五時、いつものランニングを終え、軽くシャワーを浴びる。バスローブ姿で朝食を作り、ついでにお弁当も作っておく。

 食器洗いや、洗濯はしない。その辺の事はハウスキーパーに頼んであるからだ。

 今日から暫く会社には行かないので、スケジュール帳は見ない。その代わり、ニュースを見ながら朝食を食べる。

 その後整髪剤をつけ、スーツに袖を通し、ハンカチに香水を吹きかける。スーツとハンカチは美城さんに貰った物だ。ちなみに、どれもブランド品。

 

 下積みを終えて、モデル部門に配属された時に『君も一流の人間なら一流の物を身に付けたまえ』という言葉と共に頂いた。あの時は『身嗜みを気にする美城さんらしいなぁ』なんて呑気に思っていたが、この立場になって漸く意味が分かった。

 上の人間である俺が下手な格好をしていると、周りの人間から『あそこの会社はそういう会社なんだ』と思われてしまう。

 流行が大事なこの業界、例えばカリスマギャルで売ってる城ヶ崎さんなんかには致命傷になってしまう。俺のミスで、彼女達の道を閉ざすわけには行かない。

 他にも安い車に乗ってたりすると、金を溜め込んでる嫌な奴だと思われる。かといってあまり高級品ばかりだと、嫌な奴に思われるんだよな。芸能界は特にこの辺の事に厳しい。

 

「ん、こんなもんか」

 

 身嗜みを鏡で確認し、最後に、これまた美城さんに貰った腕時計をする。ここまではいつもの動作だ。しかし、ここからがいつもと違う。

 いつものカバンではなく、大きなキャリーバッグを持つ。

 そう、今から全国アイドルスカウトの旅が始まる。

 統括プロデューサーの俺が地方巡業するのか?という疑問も有るだろうが、仕方がない事なのだ。

 どういう事かというと、人事部では俺が決めた判断基準を基にアイドルを採用しているが、それは飽くまで自分から応募して来たアイドルについてのモノで、隠れた才能を発掘出来るよなモノじゃないからだ。

 それに、部下に『地方に行ってアイドルをスカウトして来い』なんて指示できないだろ?

 まあそんな訳で、俺自らアイドルをスカウトしに行く。

 外にはいつもの車じゃなく、タクシーが待ってる。そろそろ出なくてはならない。

 

「いってきます」

 

 いつもの革靴を履き、オートロックのドアを開けて部屋を出る。

 重いトランクをカラカラと引きずってエレベーターに乗った。俺の家はマンションの32階にあるが、このマンションのエレベーターは最新式で動きが早く、あっという間に一階に着いた。

 そのあと郵便物を取り、その足でタクシーに向かう。予め行き先は言ってあるので、乗った後は無言で郵便物を読む。

 

 20分ほどで東京駅に着いた。六時三十五分発の渋谷・新宿方面行きの山手線に乗り、品川駅に行く。そこで京急本線に乗り換え、羽田空港を目指す。

 何故アイドルスカウトの旅に行くのに羽田空港に行くのか。世界中のアイドルをスカウトするのかと言うと、勿論違う。お察しの通り、本当の理由は、一ノ瀬志希を迎えに行くからだ。

 どうしてそんな事になったのか。そう、あれは二日前のだ

 

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 

「よう、久しぶりだな一ノ瀬」

 

『にゃはははー久しぶりだねえ!具体的には〜742日と12時間34分ぶりかにゃ?』

 

 この面白い笑い方をする奴は一ノ瀬志希。

 俺が通ってた大学の後輩。と言っても、一ノ瀬は18歳で、年齢的には女子高生だが。あいつは所謂“ギフテッド”というやつで、天才だ。一ノ瀬がまだ小学生の頃、こっちへ引っ越して来て、編入した。

 俺と一ノ瀬は向こうの大学で二人しか居ない日本人だった事もあって、何かとよくペアにされた。中々他人に興味を示さない一ノ瀬だが、俺には懐いてくれていた、と思う。

 

「一ノ瀬、お前に頼みがある。アイドルやらないか?」

 

『アイドルって事は〜キミ本当にプロデューサーになったんだ!こっちにの生活にも飽きてきちゃったし、面白そうだから、いいよー♪今から行くから待ってて!それじゃあ、シーユー!』

 

 冗談だと思うかもしれないが、本当にこう言って電話が切れた。その後大学に問い合わせてみたところ、一ノ瀬はついさっき大学を辞めたと言われた。

 普通の人間にしてみれば、大学を辞めるというのはビッグイベントだ。

 だってそうだろ?

 最終学歴は高卒になるし、お金だって返ってこない。大学にいた期間は空白になってしまう。

 しかし、天才一ノ瀬志希にはそんな事関係ないようで。あいつ位頭がいいと、学歴やお金なんてどうでもいい事なんだろうな。

 

 この後和久井さんに電話して、一ノ瀬が乗るであろう飛行機を調べてもらった。そして恐らく、昨日電話の後すぐにニューヨークを発っただろうとの事だ。その後香港を経由して今日の十時半頃に成田に着くらしい。

 一ノ瀬は放浪癖がある上に、ひどく気分屋だ。わざわざ大学を辞めてこっちに来たとしても、本当に俺の所へ来るかわからない。そこで成田で予め待ち構える事にした。

 

 成田で待つ事数十分、一ノ瀬がやって来た。

 女子高生だというのに、機能性に特化した馬鹿でかいメタル色のトランクを引きずっている。そしてその隣には、機能性を全く無視した様なピンク色のオシャレなトランクを引きずる女の子。

 

「どうも、お久しぶりです高木さん。一ノ瀬志希です。こちら、私のお友達の宮本さんです」

 

「ご紹介に預かりました、宮本フレデリカです。よろしくお願いします」

 

 失礼だが、見た目よりずっと礼儀正しい娘だ。ならばこちらもそれ相応の態度で、と思い挨拶しようとしたら、突如二人が笑い出した。

 

「アハハハハ!だ、ダメだよ、志希ちゃん!これ笑っちゃうよお」

 

「にゃははは!」

 

「フンフンフフーン!ハーイ♪フレデリカだよぉ!アイドルやるって聞いて、パリから来たんだ!あ、フレちゃんパリ行った事無かった!」

 

「という訳で、あたしのお友達のフレちゃんデース!日本生まれのパリジェンヌ!」

 

「あー、そういうノリか。類は友を呼ぶというかなんと言うか」

 

 出会って数秒で、この宮本さんの性格が何となく分かってしまった。前に番組の打ち合わせの時に話した、高田さんとかローラさんとかにそっくりだ。

 

「類は友を呼ぶ……Birds of a feather flock togetherみたいなもんかにゃ?」

 

 一ノ瀬は小学生の頃からアメリカに居たからこういう日本のことわざとか、常識に疎い。というか、普通小学生の頃からアメリカに居たら日本語喋れなくなるんだけどな。

 

「それで、宮本さんはアイドルになりたいの?」

 

「うん!」

 

「それは、一ノ瀬がなるからかな?」

 

「違うよー♪志希ちゃんはお友達だけど、フレちゃんじゃないからね!私がやりたいから、アイドルやるんだよぉ」

 

「なるほど」

 

 別に、一ノ瀬に便乗してアイドルをやると言っても良かった。かのエマ・ワトソンがそうであった様に、友達に誘われてやるからといって、一流にならないとは限らない。動機はどうあれ、才能ある人間というのは結局最後までやり通す。

 俺が確かめたかったのは、この娘のキャラが『なんちゃって天然キャラ』かどうかだ。彼女がそうだった場合、俺に“ウケそう”な意見を言ってくる。

 最近、この『なんちゃって天然キャラ』が増えてる。それ自体は自分を可愛く見せる努力なので、悪いとは言わないが、美城さんが思い描く『プロジェクト・クローネ』には合わないだろう。

 しかしどうやら、その心配は杞憂だった様だ。

 宮本さんは、間違いなく逸材だ。

 

 これでまた一人、『プロジェクト・クローネ』にメンバーが加わった。




 

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