美城常務の犬   作:ドラ夫

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第3話 ファーストコンタクト

 今日は記念すべき『シンデレラプロジェクト』の一期生との初対面だ。

 興味本位できただけの娘や、親にオーディションを受けさせられた娘などは落としてもらったが、果たしてどの様な娘達なのだろうか?

 勿論、彼女達に関する書類はもう見てるし、暗記もしている。しかし直接見てみなければ、書類に書いてある事以外の事は分からない。

 

「高木統括、最初のアイドルが来ました」

 

「ありがとう、和久井くん。早速通してくれ」

 

 出来るだけ威厳のありそうな声で答える。

 陰で『高木っていつも威厳出そうとしてるけどスベってるよね笑』なんて言われてないか心配だ。

 これでも一応、ビデオで自分の姿を撮って研究してるんだがな。どうもこれに関しては自信がない。

 

「失礼します、新田美波です!今日はオーディション、よろしくお願いします!」

 

 和久井くんに連れられて入って来たのは『シンデレラプロジェクト』一期生最年長の新田美波さん。大学生の才女で、大人びている美しい女性。第一印象は『個性派型』。

 そしてこういっては何だが、とても男受けしそうな印象を受ける。いや、本人はそんなつもりは毛頭ないだろうけど。

 

「新田くん、まずは第一から第三オーデション合格おめでとう」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 俺の言葉を社交辞令と取らず、本当に嬉しそうに返事をしてくれた。

 実際、これは本心だ。実を言うとこの『シンデレラプロジェクト』は定員が決まっている訳ではない。才能ある人間がある一定以上いれば発足させる、という企画だった。

 彼女達がいなければ、そもそもこの『シンデレラプロジェクト』は始まらなかった。

 本当に、感謝の一言だ。

 

「そう固くならなくていい。この第四オーディションはオーディションとは名ばかりで、もう君達を試す気はない。これはただ、私が興味本位で開いた面談の様なものだ」

 

 そうは言ったものの、新田さんの表情は硬い。それはそうだろう。気を緩めろ、と言われて直ぐに緩められる人間はそういない。特にこういった場(最高責任者との対話)では。

 しかし緊張が溶けないならそれは仕方がない、と思考停止する気は毛頭ない。必要なのは、本音を知る事。それを引き出すのが俺の仕事だ。

 

「君はラクロスのサークルに入ってるんだったね。スポーツをするのは楽しいかい?」

 

「はい、汗を流すのは気持ち良いです!体が熱くなって、とってもスッキリするんです!」

 

「なるほど。なら、どんな時が一番楽しい?やっぱり、点を決めたときかな」

 

「いえ、私はディフェンスなので点は決めないんです!あっ、ラクロスにもオフェンスとディフェンスが在るんです。ルール、分からないですよね。私も大学に入ってから初めてラクロスを知りました」

 

 ラクロスの話をする彼女は、本当に楽しそうだった。

 それから話題は変わり大学の友達の話、趣味である資格取得の話などをした。資格は俺も結構取得してるから、中々話が弾んだ、と思う。

 持論だが、相手の心をほぐすにはその人の好きな事を目一杯話させることだと思う。そしてそれを上手に聞く。こうして、俺と新田さんとの最初の出会いは終わった。

 

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 

「それで、どう思った?」

 

「はい、素晴らしい女性だと思います」

 

 まあそれは間違いないんだけど。

 こう、もうちょっと具体的な事を言って欲しい。有能なんだけど、口下手なんだよな。

 

 今は武内くんに俺と『シンデレラプロジェクト』の一期生達との対話をオーディオビジュアルルームで見せていた所だ。

 最初から武内くんと一対一の会話させたら、萎縮しちゃって話にならないと思い、急遽こういう形にした。彼の良さは直ぐわかるものじゃなく、時間をかけて理解するものだ。

 昨日武内くんと会った島村卯月が武内くんに萎縮してないと良いんだが……

 まあ正直、俺も最初は怖かった。女子高生である彼女に怖がるな、という方が難しいか。

 それは置いておいて、今は他のアイドルだ。

 

「飽くまで私の意見だが、新田くんは少しメンタル面で危うい所がある。真っ先に潰れるとしたら、彼女か諸星くんだろう」

 

 あの二人は、典型的な『自分に厳しく他人に優しく』のタイプだ。

 真面目で能力がある故に、手を抜く事を知らない。

 能力があるが故に、やればやるだけ進んでいける。しかしどこまで進んで良いか分からない。上手な落とし所を見つけられない。恐らく、他人が関われば尚更だ。

 新田くんは他人を気遣うあまり、自分が疎かになり、潰れてしまうタイプ。

 諸星くんは全体の調和を考えるあまり、特定の個人が疎かになり、それに気づいた時絶望してしまうタイプ。

 

「あの二人には、そうだな、新田くんにはトリオ以上のユニットを組ませた方が良いだろう。逆に諸星くんはデュオの方が良いだろう。飽くまで、私の私的意見だが。どうするかは君が決めたまえ」

 

「分かりました。ご意見、ありがとうございます」

 

 普通、上司である私の意見には、命令でなくとも、大体の部下が従うが、武内くんは違う。良い意味でだが。

 自分が正しいと思えば、私の意見を無視してでも自分の意見を通す。彼はそういう男だ。だから俺もあんな言い方が出来る。

 

「それと、これは意見ではなく命令だ。必ず島村卯月を最初にデビューさせてくれ」

 

「島村さんを、ですか?」

 

「ああ、彼女はこれまでレッスンをずっと続けていたからな。恐らく、一番基礎が出来てるだろう。それ故の処置だ」

 

「……分かりました」

 

 本当の狙いは勿論違う。

 恐らく、基礎という点なら城ヶ崎の妹である莉嘉さんや、自主レッスンをずっとしていたという前川さんの方が高いだろう。

 しかし、島村卯月を最初にデビューさせなければならない。

 何故なら、あの娘だけが挫折を知っているからだ。

 やはりアイドルになろうとする女の子達は今までクラスの中心にいた様な娘が多い。そしてそんな彼女達は、挫折を知らない。昔は人気者というとただスポーツが出来る奴とかだったりしたが、最近の人気者というとスポーツも勉強も何でもできる奴が多いからな。

 しかし、このアイドル業界はそんな人気者しかいない世界だ。間違いなく、いずれ彼女達は壁に当たる。

 そんな時、みんなを引っ張って行くのが彼女、島村卯月になる。

 そう、かつて765プロを率いた天海春香の様に。

 

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 

「はあ……」

 

 今日、何度目になるか分からない溜息をついた。というのも、武内くんが新しいアイドルを見つけたとか言って毎日学校までスカウトに言ってしまってるのだ。

 不審者として捕まったら、彼のキャリアに傷がついてしまう。彼はそんな事気にしないだろうが、彼に期待してる俺の様な人間はどうしても気になってしまう。

 その上、今日は和久井さんがいない。

 右腕であり、この殺風景な部屋の花が居ないという事実は俺のやる気をガリガリと削った。

 

「あー、うん、ダルイ!」

 

 まあ和久井さんが居ないおかげでこんな独り言が言えるのだが。俺は独り言を呟きながら仕事するのが案外好きだったりする。大学時代、一人ぼっちだった俺はよくこうしてレポートを書いてたもんだ。

 

「それにしても、この土壇場でアイドル入れんなよ……」

 

 武内くんがスカウトしようとしている新しいアイドルはともかく、他のスタッフが急遽もう一人ねじ込んできやがった。

 

「本田未央かぁ」

 

 こう、いかにも『私人生楽しんでます!』という感じがする。恐らく、『カリスマ型』だ。そして恐らく、新田さんや諸星さん以上に“危うい”。

 この娘は他の娘と比べて、格段に挫折に弱いだろう。

 挫折しやすい『カリスマ型』か……

 

「よし、武内くんに任せよっ」

 

 いくら『シンデレラプロジェクト』が一大プロジェクトでも、そればかりにかまけていられないのだ。折角専属プロデューサーがいるんだ、そっちは任せよう。

 それより今は、美城さん直々に依頼してきた、こっちを頑張らねば。

 

「『プロジェクト・クローネ』、俺が自分でプロデュースしろ、か」

 

 美城さんも、中々厄介な注文をしてくる。

 今頃は和久井さんが全国を回って新たなアイドル候補生を探している頃だ。それもただ探すのではなく、『今までアイドルに興味なかった逸材』を探さなくてはならない。

 どういう事かというと、ただアイドルを募集したのでは『アイドルに興味ある女の子』しか来ないのだ。そしてその中から厳選した娘はもうほとんど集めた。正直、残っている娘達は才能がない娘だけだ。厳しい様だが、この辺は割り切らなければならない。でなければ、才能ある娘も腐ってしまう。

 

 ではどうやって新しいアイドルを発掘するかというと、後はアイドルに興味のない、埋もれていた逸材を集めてこなくてはならない。

 それを今和久井さんがしてくれている。してくれているのだが……

 

「難しいよなぁ」

 

 もう和久井さんが全国を探す事二月経っているが、発見したアイドルは三人しかないという。これはいよいよ、俺も行かなくてはならないかもしれない。

 

「うーん、気は進まないが、あいつを呼ぶか」

 

 今まで書類を書いていた手を一旦止める。

 実を言うと、アイドルに興味がなく、尚且つアイドルの才能がある奴を一人だけ知っている。

 なぜ渋っているのかというと、大学時代の後輩なのだが、飽き性で気分屋なのだ。それも重度の。

 しかしもうなりふり構っていられない。和久井さんが居ないのも寂しいし、美城さんの計画をこれ以上滞らせるわけにはいかない。

 

 電話をかけてみると、コール音がなった。よかった、電話番号はそのままみたいだ。

 そして2コールほどしたところで、あいつが出た。

 

「よう、久しぶりだな一ノ瀬」




 

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