美城常務の犬   作:ドラ夫

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第2話 アイドル

「武内くん、君はアイドルのタイプについて考えた事はあるかな?」

 

「タイプ、ですか?いえありません」

 

 彼は首に手を当てた。彼が困った時に出る癖だ。

 彼はアイドルの個性を何より大事にする人間だ。タイプ別に分類するなど、考えられない事だろう。しかし、俺は違った。

 

 俺がアイドル部門に来てまず最初にした事は、過去成功したアイドル達の傾向を調べる事だった。何分、アイドルのスカウトや面接が最初の仕事だったが、何を基準にスカウトし、何を基準に採用すれば良いか分からなかったからだ。

 立場上公平な基準を作らなければならなかった。

 

「私が考えるに、アイドルは四つのタイプに分けられる」

 

 そして、俺が出した結論はこれだった。

 

「その一、『一点特化型』。如月千早や菊地真の様に、歌やダンスに特化したアイドル。何かに特化させる事によって、例えば歌に特化させる事で“アイドルには興味無いが歌にはある”という様な新たなファン層を獲得出来るアイドル。

 またコアなファンも付きやすい。それに、売り込む時何を推すかが分かりやすいのも良い。

 また家で一人でいる時、多くのアイドルは自主練しようと思っても何をしていいのか分からない事が多い。しかし、この『一点特化型』の場合はそれがハッキリしている。これは大きなアドバンテージだ」

 

 ここで一旦、コーヒーを飲む。

 長く大事な話をする時、“間”を作るというのは大事だ。

 

「だが良い事ばかりかと言えばそうでも無い。それは、芽が出なかった時の場合だ。

 もし如月千早が歌で失敗していたら、果たして、次の一手があっただろうか?

 答えは否。恐らく、他の有象無象のアイドルに埋もれていっただろう。

 『一点特化型』の弱点、それは次の弾が無い事だ。特化した分野がダメだった時、もうそこで終わり。それ以上は無い。一つのことを極める、それはとても大変な事だ。その分野が本当に好きで、また才能もなければならない。

 凡百の人間には務まらない事だ」

 

 武内くんが再び首に手を当てた。

 彼にとって、アイドルのやりたい事が最優先だ。プロデューサーは飽くまでその補助、それが彼の考え。今の話は『才能ある人間でなくてはやりたい事をやっても失敗するからさせるな』という意味が裏に隠れている。

 しかし、少女達の未来を考えた時、無理にでも成功させるという事も大事なのだ。

 

「その二、『個性派型』。双海姉妹の様に、他に類を見ない個性を持ったアイドル。

 代わりがなく、オンリーワンの持ち味がある。

 嵌れば流行になりやすく、また廃れにくい。芸人の一発芸という訳では無いが、『これだ!』という特徴があれば真似する人間も多く、そこから名前が広がっていく事が多い。

 またそういった『個性派型』はSNSなどで自由な発言がし易い。双海姉妹などはTwitterで面白い呟きが多く、よく話題になる。それを見た若者がフォローし、ライブや雑誌についての呟きをみる機会が増えることで、双海姉妹の人気は爆発的に上がった。

 『個性派型』はその分プロデュースするのは難しいが、個性の重要性が解かれる昨今、その価値はある」

 

 この『個性派型』については俺よりむしろ、武内くんの方が詳しいだろう。彼がプロデュースしてきたアイドル達はみな個性派揃いだったからな。

 

「しかしやはり、デメリットもある。それは先が予想できない事だ。

 どういう事かというと、『個性派型』はそのオンリーワン性が故に先人が居らず、この先どういった方向に進めば良いのか分からないのだ。

 常に新たなアイドルが生まれ、廃れていくこの業界。先が予想できないというのは、コンパスもなしに海を渡る様な物だ。

 また『個性派型』はウケればいいが、ウケなければただの可笑しな奴だ。そして世間にそれがウケるのかどうか、それを見極めるのは非常に難しい」

 

 この話は彼にとって、分かり易かっただろう。しかし次の話は彼にとって分かりづらいに違いない。何分、流行とかに疎いからな。

 

「その三、『カリスマ型』。星井美希の様に流行の最先端を追うのではなく、作り出す人間。

 100万人に1人の逸材。

 天賦の才を持った者。

 英雄ジャンヌ・ダルクの様に人々を導く者。

 伝説のアイドル、日高舞もこのタイプだ。

 ハッキリ言ってしまうと、このタイプは発見すればもう成功が決まっている。才能があるが故に、レッスンを苦と思わない。何故なら、やればやるだけ自分が伸びるからだ。挫折や壁を感じる事なく、真っ直ぐに頂点までの道を行く」

 

 ウチのアイドルで言うと、アイドル部門最初のアイドルの一人でである城ヶ崎美嘉などが正にこのタイプだろうな。

 

「しかし天才故のデメリットもある。それは正しく日高舞が引退した理由である、天才故の孤高だ。

 導かれる側のファンはいいが、それ以外の他のアイドル達はたまったものではない。否が応でも自分との才能の差を感じ、挫折していく。

 そうして頂点に立った天才達はライバルのいない環境に飽いてしまう。もう超えるべき目標がなくなった彼女達は、新たなステージへと行ってしまう。自分のさらなる成長を求めて」

 

 ここで、一旦話を切り、椅子に深く座る。長く、重苦しい“間”を作る。

 何故ならここからの話が最重要であり、彼に任せたい事だからだ。

 

「その四、『アイドル型』。名前をつけて見たものの正直、このタイプのアイドルをなんて言っていいのか分からない。何故なら、このタイプのアイドルは歴史上たった1人しかいないからだ。そういった意味では、このタイプは『天海春香型』と言っていいかもしれないな。

 何かの技量が優れている訳でも、突出した個性があるわけでも、あらゆる者を魅了するカリスマがある訳でも無い。言ってしまえば、どこにでもいる普通の女の子。

 しかし、彼女こそが、正しくアイドルなのだよ。

 伝説のアイドル日高舞の様に数々の伝説を打ち立てた訳ではない。

 星井美希の様にトップアイドルと謳われている訳でもない。

 しかし、1人アイドルを挙げてくれ、と言われたら多くの人間が天海春香を挙げる。

 如月千早のファンや、双海姉妹のファン、星井美希のファンに765プロのアイドルといえば?と聞いてもやはり彼等は天海春香と答える。

 一体彼女のなにがそこまで人を惹きつけるのか?

 私は終ぞ、その答えが分からなかった。

 そこで私は、実際に天海春香に会いに行った。コネを最大限に使い、10分間の対談を取り付けてもらった。

 結論から言ってしまえば、天海春香は天海春香であり、普通のどこにでもいる女の子だった。

 しかし、何故か彼女から目が離せなくなった。彼女の持つ何かが、私を惹きつけてやまなかった」

 

 簡単に言ってしまえば、俺は天海春香のファンになってしまった。勿論、そんな事は他の社員の前では言わないが。

 

「君が企画した『シンデレラプロジェクト』の応募に来た中に、恐らくだが、この『アイドル型』がいる。

 その少女は歌もダンスもビジュアルも、そこまで高い訳ではない。美城の面接での判断基準から言えば、落選間違いなしだ。しかし、何故かあの娘は補欠とはいえ合格した。

 あの娘の持つ“何か”が審査員を魅了したんだろうと私は考えている。

 今日、君を呼んだ理由はあの娘に会ってもらいたいからだ。今からレッスンスタジオに行き、補欠から正式採用になったと伝えてきてほしい。場所は和久井くんが案内してくれる」

 

 既に和久井さんに俺の車のキーを渡してある。

 武内くんがあの娘、島村卯月に何を見るのか、俺が天海春香に見た“何か”と同じものなのか、それとも全く別の何かなのか。とにかく、武内くんが島村卯月に何を見るかで、『シンデレラプロジェクト』ひいてはアイドル部門の未来が決まるだろう


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