「今日もいいお天気ですわね、エイト。」
長い黒髪の、白い衣装を見に纏った女性が隣の青年に声をかける。
彼の名は、エイト。ほんの半年くらい前にこの世界を救った事のある、トロデーンの近衛兵。
今は昇格し、ここ、トロデーン城で近衛隊長として活躍している。
「そうですね、あれから目立った異変もありませんし。」
「でもここ数日、魔物たちが活発になっているという知らせをよく聞きますわ。」
「確かに、今朝も行商人が襲撃に遭ったと聞きました。出掛けるときは気をつけないといけませんね、ミーティア姫。」
バンダナが特徴的な青年、エイトが隣の女性と話している。彼女はミーティア。トロデーンの姫だ。
この世界は、半年前に暗黒神が倒され、平和になったはず。
それなのにどうして今になって魔物達が活発になったのか。
「もしかしたら、またこの世界に危機が迫っているのかも知れませんね・・・。」
そんなミーティアの声を聞きながら、城の外郭から城の外を眺めていたエイトだったが、窓を鳴らす風と共に視界の向こうに何かを見つけたようで
「すみません、姫。少し出掛けてきますね!」
「えっ?あ、待ってエイト!」
彼女の制止も聞かず、城の外へと彼は飛び出していった。
◇ ◇ ◇
彼が城の外へ飛び出てきたのは、景色を眺めている最中に目についた、ひときわ目立つ青。
瞬きをする間にその青は消えてしまっていたのが、彼は気になったのだ。
「やっぱり、見間違いだったのかな・・・?」
諦めて引き返そうとしたその時だった。
視界の隅に、その時と同じ青が見えた。
その青は、瞬きをしても消えたりする事はなく、今そこに存在すると言う事を示していた。
だが少し、様子がおかしいような。
青年はそっと、その青に近づいてみる。
「これは・・・。」
彼は思わずそう発していた。それは、この鮮やかな青色をした謎めいた、“ひと”と呼べるのかすらわからない何者かを目の当たりにした事と、
そして、その何者かが魔物に襲われたであろうひどい傷を負って倒れていることの二つの意味を持つかのようだった。
「さすがにこのままじゃ放っておけないよね。…ベホマ!」
エイトはそっと、この“ひと”の額に手を当て、ベホマを唱える。
瞬く間に傷は塞がったものの、目を覚ます気配はない。
ふと周りを見回してみる。幸い、近くに魔物はいないようだ。
「・・・これは一度、城に連れて行くしかなさそうだね。」
トロデ王と姫になんて言われるだろう、と呟きながら彼はその“ひと”を優しく抱きかかえて城へと戻っていった。
◇ ◇ ◇
「しばらく様子を見たほうがよさそうですわね。」
「しかし、エイトもなかなかのお人よしじゃのう。」
案の定、トロデにそんな事を言われてしまった。
「しかし、わたくし達が旅をしたときはこのような方は見かけなかったのですが・・・。」
「ふーんむ、見る限りわしらの世界の者ではなさそうじゃしの。」
「と言うと、異世界の人、ってことでしょうか・・・。」
ベッドの上で眠る彼―顔つきや体格から少年だろうとトロデが判断した―はやはり、いつ見てもこの世界とはかけ離れた雰囲気を放っている。
◇ ◇ ◇
―ポルトリンク周辺。
相方とはぐれてひとり海辺を彷徨っている、闇色の衣装と翼、髪を持つ一人の少年がいた。
「ったくあいつはどこほっつき歩いてんだ・・・いつの間にかいなくなってるし」
ふとそこで言葉を止め、掌に光球を生み出し、それを弓の形に形成する。
くるりと波打ちぎわに背を向けて、弓を構えた。
「こんな訳の分からん奴は敵意むき出しにしてオレに襲いかかって来るしよ!」
少年の周りには、群れを成した小さな丸いイカのような生物がわらわらと群がっている。
それもみな、彼に敵意を向けているのである。
「チッ!やるしかないってことだな!」
目の前のイカの大群に少年は弓では対抗しきれないと踏んだのか、それを分離させて双剣のように構えた。
「お前らを片付けてから、ピットのヤツを探しに行くとするか・・・」
彼がそう言った直後、水しぶきの音が辺りに響き渡る。
背後の海から来たイカたちの親玉に気づかなかったのだ。
「しまっ―!!」
そう思ったときにはもう遅かった。巨大な青いイカの触腕に巻きつかれ、身動きができなくなっていたのだ。
「油断してたぜ・・・この世界じゃ海からも化け物が出てくるって言うのか・・・!!」
ずるすると海に引きずり込まれそうになりながら彼はただ必死にそうはさせまいともがく。
だが、そうすればするほど巻きつく力は強くなり、やがて諦めてしまった。
そこに。
「ハイドレンジア!!」
「カオススピア!!」
二人の声と共に、黒き翼の少年に巻き付いていた巨大イカの触腕の力が抜ける。
巻きつかれていたその痛みのせいか、彼は無防備のまま倒れ込みそうになった。
そこに、小さな黒い誰かが抱え上げる。
「無事か?」
「まぁな・・・。」
そっと立ち上がり、助けに来た二人を少年は交互に見る。
どちらも、見た事のない姿、格好をしていた。
「間一髪、と言ったところだな。」
紅色の衣装を身にまとった無造作な髪型の眼鏡の少年が、外見に反する声で呟く。
いつの間にか、周りにいた丸いイカたちはいなくなっていた。
そして、その大群を一人で片付けたかのように、小さな黒い彼が視界の奥に立っていた。
その手には大きな、緑色の宝石。
「フン、他愛もない。」
「・・・まさかとは思うが、あのイカの大群、全部お前が」
「この程度なら、僕一人でも十分だ。」
どうやら本当に彼一人で片付けてしまったらしい。
「ところで、君の名前を聞こうか。」
「・・・ブラックピットだ。ブラピでいい。」
すっかりそのあだ名には慣れてしまったのか、自らそう呼ぶように黒い翼の少年、ブラピは言った。
「僕はシャドウ。シャドウ・ザ・ヘッジホッグ。」
「・・・私の名はとうの昔に忘れてしまった。何とでも呼ぶがいい。」
紅色の衣装を纏った彼はのちに、「クルークと言う人間の子供の身体を借りているから、元の世界の人間からは“あやしいクルーク”だのと呼ばれているがな。」と付け足した。
「そうか。じゃあシャドウ、それから・・・」
見掛けは少年の彼を見下ろして、ブラピはそっと呼んでみた。
「赤いの。」
「その呼び方だけはやめてもらいたかったのだが・・・まあ、いいだろう。」
呆れた様子のあやしいクルーク。もとい、あやクル。その隣でシャドウが後ろを向いて俯いていた。その姿は、声を殺して笑っているようにも見えた。
◇ ◇ ◇
―トラペッタ周辺。
スライムを不思議そうに見つめ、弄んでいる一人の少年がいる。
「ぴ、ぴきー・・・」
無言でスライムを弄り続けているが、その表情はどこか楽しげでもあった。
後頭部に生えた2本の水色のアンテナが、ピコピコと揺れている。
一見普通の外見だが、どこか異様な雰囲気を放っているのは、大きな赤い左手と、紅い左目のせいか。
その少年の背後に、誰かが立つ。
「何してるんだ?」
その声で少年は振り向き、スライムを抱えたまま立ち上がる。
が、目線の高さには何も見えない。ただ、視界の下の方に、白い何かがちらつくのだけが見えていた。
「よいしょっと・・・これで分かるだろ?」
ふと、目の前に立っていたであろう小さな人物は、ふわりと浮かび上がり、彼の目線の高さまで飛び上がった。
「おー」
「見た限り、お前も別の世界から来たのか?」
少し近未来的な雰囲気の彼は、見るからにこの世界の者ではないようだった。
その質問を聞き、水色の少年もうなずく。
「やっぱりオレは別の世界に飛ばされてたって訳だな。となると・・・。」
彼は浮遊しながら考える仕草をし、一人ごとを呟いている。
そして、少年の瞳を真っ直ぐに見つめ、こう尋ねた。
「お前も別の世界から来たってことは、もしかしてお前の知り合いもここに・・・?」
「いなくも、ないかも。」
彼の質問に、少年はそう答える。
その返答を待っていたかのように、彼はさらにこう提案した。
「なぁ、お前の知り合いを探すついでに、オレの知り合いも探すの手伝ってくれないか?」
「うーん」
少しの沈黙の後、少年から出た答えは「ついてく」だった。
銀色の毛並みの彼がそれを聞くなり、少し嬉しそうな声のトーンで名前を名乗る。
「オレの名はシルバー。あんたは?」
「シグ。」
「よろしくな、シグ!」
シルバーはそう言うと、浮遊をやめて地面に降り立つ。そして、そっと手を差し伸べた。
「さ、行こうぜ!」
「うん」
シグが右手でその手を握ると、シルバーは彼を抱えるように両手で支え、空へと舞い上がった。