『それでは、これより九校戦の選手及びスタッフの紹介と徽章授与を行います。代表選手は前へ――』
発足式、という名のお披露目は時間通りに会長である七草の言葉からつつがなく始まった。
講堂の舞台上には、九校戦の選手に選ばれた四十人とそんな彼ら彼女らを支える技術スタッフが誇らしげな表情を浮かべて並び立ち、そんな選手の一人一人の紹介をしながら司波深雪が入場証を兼ねた徽章をユニフォームの襟元につけていく。
「はぁ、めんどくせぇ」
今回も席割は決まっておらず、いつも通り一科生が前、二科生が後ろと全校生徒が自然分裂している。
しかし、ある一角だけはオセロで駒が反転するように、いつもという常識が反転していた。前から三列目、つまりほぼ最前列と言っても過言ではない席にはE組の面々が一科生の白い目にもめげず一塊りに陣取っている。
もちろん、その中には比企谷八幡の姿も存在した。
実のところ比企谷はいつも通り目立つことを嫌って後ろの方に座ろうとしていたのだが、千葉と西条の二人によって引きずられて前へ連れて来られていた。もちろん、無理やりだ。
さて、比企谷がため息をついている間にも式は進み、授与は最後の一人になっていた。最後の一人、つまるところエンジニア一年である司波達也の番になっていた。
はた目から見ても司波深雪の表情はさっきまでとは違い、うっとりと底の見えないくらいの嬉しさを内包した笑顔を浮かべて司波達也の前に立っている。その洗練された動きによって徽章を襟につけ終えると同時、大きな拍手が起こった。
目を向けるまでも無い。
千葉と西条に煽られたE組の面々が一斉に手を打ち鳴らしたのだ。
『以上五十二名が代表となります。これを持ちまして、九校戦チーム紹介及び徽章授与式を終了します』
発足式が終わり、校内では九校戦へ向けた準備が一気に加速した。
出場種目も決まり、比企谷とゆかりのある面々は毎日時間ギリギリまで練習している。選手は作戦スタッフごとに分けられその下で本番まで練習をするのだが、比企谷は雪ノ下と由比ヶ浜の二人を司波達也に押し付けていた。その二人に加え、材木座、戸塚、川崎を二人の護衛兼監視兼調査として滑りこませた。
比企谷の中では要警戒人物である司波達也ではあるが、その腕前と知識は目を見張るものがある。少なくとも、今の司波達也という人間の状況を鑑みるに害をなすようなことはしないと目算でき、三人にその技術を間近でみせることができる可能性も考慮したうえでの判断だ。
そして比企谷自身は、生徒会に馬車馬のように毎日遅くまで働かされていた。
ほぼ全員、いや、全員が九校戦メンバーである生徒会は今かなりギリギリで運営されており、猫の手一つでも助かると言う状況なのである。
その日、仕事が一段落し自販機の横でMAXコーヒーを口にしていると休憩になったのか司波達也が比企谷の前を通った。比企谷に気がついた司波達也は足を止め、自販機で水を購入すると隣に並んだ。
「気持ち悪ぃな、隣に立つんじゃねぇよ」
「俺がどこにいようと俺の勝手だと思うがな」
嫌そうな表情を浮かべる比企谷をしり目に、司波達也は飄々としたいつもの顔で水を口にしている。
「……んで、何の用だ」
「用、というほど物もはない。ただ、聞きたいことがあっただけだ」
「聞きたいことねぇ。なんだよ」
「あの二人を俺に預けて良かったのか?」
司波達也としては不思議だっただろう。あれだけ警戒されていた相手から、その大切な二人を押し付けられたのだから。
「ああ、そのことか。別にいいぜ。
少なくともお前は九校戦に勝てるように動くって事は分かりきってるからな」
「それだけでか?」
「あとは、そうだな。敵であるお前は一番信用できるからだ。よく言うだろ、友達は選ぶな、敵を選べって」
この言葉にどうやら納得いったような表情を司波達也は浮かべた。
二人は残りの飲み物を喉の奥に流し込むと、別々の方向へ足を向ける。比企谷は司波達也が来た方向へ、司波達也は最初向かおうと下方向へ。そこでふと、司波達也が再び足を止めた。
「あの三人はお前の知り合いか?」
「さぁな」
その問いに、背中を向けたまま比企谷は曖昧に応えた。
八月一日。
いよいよ選手たちは九校戦へ出発する日になった。
小樽の八校、熊本の九校の様な遠方の学校は一足早く現地入りしているが、東京の西外れに居を構える一高は、来年前々日のギリギリに宿舎入りする事にしている。
これは戦術的な意味と言うより、現地の練習場が遠方校に優先割り当てされる為である。本番の会場は競技当日まで下見すらできない立入禁止なので、あえて早めに現地入りする必要もない。
ただ、それは選手はと言う話だ。選手ではない一般人、いや関係者はすでに会場入りしている。それは、雪ノ下家として同行した比企谷もすでに会場に到着して一高のメンバー、雪ノ下と由比ヶ浜を待っていた。
「あれ? 比企谷くんじゃん」
「え、どこだ?」
「ほら、あそこです」
ホテルのロビーにあるソファに座って待っていると、入口からなぜか千葉をはじめ、西条に柴田、そして吉田の姿が見えた。
「え、なんで比企谷くんがここにいるわけ?」
驚いた顔で近づいてきた千葉は、ストレートに訊ねた。
「いや、それはこっちの台詞だ」
「ほら、あたしって『千葉家』の娘だからね。それで皆も連れてきたってわけ」
千葉家、十師族を含む二十八の家系に次ぐ位の家柄「百家本流」の一つ。十一以上の数字が苗字に入るれっきとした「数字付き」である。特に、自己加速・自己加重魔法を用いた白兵戦技の名門。それを体系化し育成ノウハウを作り上げ、今では警察や陸軍の歩兵部隊に所属する魔法師の大半を指導している。故に一般人ができない軍用施設であるこのホテルを使える、関係者なのだ。
そんなあけすけな物言いに柴田と吉田は微妙な表情を浮かべていたが、西条だけはどこか愉快そうに笑っていた。
「それで、比企谷くんは?」
「雪ノ下家の付き添いだ。世話になってるからな」
「へぇ、雪ノ下家ね」
その声はさっきまでの千葉とは違いどこか冷めた印象を持ったが、すぐにそんな表情を押し込めいつもの表情へと戻っていた。そして、それと同時に比企谷の端末に連絡が入った。
「ちょっと外すぞ」
比企谷は断りを入れてから立ち上がると、人気のない隅へと移動した。
端末を開くと材木座から連絡が入っており、バスが襲撃に遭ったとの連絡と状況の詳細が事細かく報告があった。報告を全て読み終えると、端末をしまいその場から離れて自身が取っている部屋に急いだ。
部屋に戻るとすぐにノート型端末を立ち上げるとどこかへ連絡を取り始めた。
一通りやるべき事が終わったのか、ノート型端末を閉じてロビーに戻るとすでに一高の選手たちが到着していた。千葉達は司波兄妹と話しこんでおり、入口に目を向けるとちょうど雪ノ下と由比ヶ浜がロビーに入って来るのが見えた。
「あ、ヒッキーみっけ」
「あら、本当ね」
「よう、遅かったな」
事故があったことなど知らないふりをして、二人に話しかける。
「ええ、途中で事故が起こらなければ時間通りについていたわ」
「うん、本当に危なかったよね」
「事故? 物騒だな」
と、二人と話しながら比企谷は二人の後ろを通っていく三人に目線を送っていた。三人は瞬時に理解したのか、足早にホテルの奥へ入っていく。
「それより行かなくていいのか? 他の奴らは行っちまうぞ」
「そうね、私たちも行きましょうか」
「分かった。じゃあまた後でね」
「はいよ」
無事で目の前にいる二人の後ろ姿を見送ると、踵を返してホテルの外に出ていく。その顔は、隠しきれない憤怒の鬼が半分顔を覗かせていた。