やはり俺の九校戦はまちがっている。   作:T・A・P

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九校戦編 参

 

 

 放課後、部活連本部の準備会議で、司波達也をチームに加えるかどうかを最終的に決定することになった。

 比企谷は個人的に九校戦にまったく関与しないことに安堵し、司波達也は最終決定に一縷の望みが残っているが、既に完全に諦めていた。

 まぁ、当然であろう。妹である司波深雪に望まれた時点で、司波達也に退路など消え去っているのだ。そんな自分の力ではどうすることもできない時には、人はついつい自身の得意分野に手が伸びる。

 それは、一旦落ち着きを取り戻すための行動だ。

 昼休みは三分の二以上が過ぎていたが、山積みになっているデスクワークを処理している司波深雪を待つ間、手持無沙汰になってしまった司波達也は、ホルスターから銀色のCADを抜き出して、カートリッジのドライブや起動式切替のスイッテその他、物理的な可動部分のチェックを始めた。

 そんな司波達也の行動を横目に見ながら、比企谷は手の動きを観察していた。

「あっ、今日はシルバー・ホーンを持ってきているんですね」

 それを目ざとく見つけ近寄ってきたのは、さっきまで課題でうなっていたはずの中条だった。

「ええ、ホルスターを新調したんで、馴染ませようと思いまして」

「えっ、見せてもらっていいんですか?」

 キラキラと目を輝かせながら、中条がさらに近寄ってきた。CAD本体だけでなく、周辺装備にも興味があるようだ。

 普段はどちらかと言えば避けられている――というか怖がられている――印象があるだけに、苦笑を禁じ得ない気分だが、小動物的な雰囲気がある中条がこういう風にちょこまかと寄ってくるととても邪険にはできないだろう。

 司波達也は上着を脱ぎ、ホルスターを外して中条に手渡した。

「うわーっ、シルバー・モデルの純正品だぁ。

 いいなぁ、このカット。抜き撃ちしやすい絶妙の曲線。

 高い技術力に溺れないユーザビリティへの配慮。

 ああ、憧れのシルバー様……」

 嬉々として受け取った中条は、今にも頬ずりしそうな勢いで、司波達也はポーカーフェイスを保つのに一苦労していた。

 中条はひとしきり撫でまわすようにホルスターを見詰めていたが、ようやく満足したのか、満ち足りた笑顔を浮かべ返却した。

「司波くんもシルバー・モデルのファンですか? 単純に値段とスペックだけ見れば、マクシミリアンのシューティングモデルとかローゼンのFクラスとか、同じFLT(フォア・リーブス・テクノロジー)の製品でもサジタリアス・シリーズなんかに比べると割高感がありますけど、シルバーのカスタマイズには値段が気にならなくなる満足感がありますよね!」

 中条が「デバイスオタク」だということは聞いていたが、ここまでだとは分からなかった。横にいる比企谷も、デスクワークをしていた雪ノ下たちもちょっと微妙な表情を浮かべている。

「いえ、実はちょっとした伝手でモニターを兼ねて安く手に入るんですよ」

 司波達也がこの台詞を口にした瞬間、端末に向かっていた司波深雪の肩が大きく揺れた。そんな大きな反応をしてしまったことにより、いや、どんなに小さな反応でもこの生徒会室にいる一人に気がつかれない訳がなかった。

「えーっ! ホントですかっ?」

 中条の顔には大きく大きく隠そうとしない「いいなぁ」と書かれている。

 さすがの司波達也でも、少しばかり顔が引きつっていた。

「……今度、モニターが回ってきたらワンセットお譲りしましょうか?」

「えっ!?

 ホントに!?

 ホントに良いんですか!?

 ありがとうございますっ!」

 中条は新しいおもちゃを貰った子供のように――まぁ子供みたいな見た目だが――笑顔ではしゃいで司波達也の空いている手を両手で掴んで、ブンブンと上下に振りまわし始めた。

「……あーちゃん、少し落ち着いたら?」

さすがに見かねたのか、七草が山積みの案件処理の手を止めて中条に声をかけた。

中条はピタッと動きを止め、恐る恐る目線を手元に向けると、火に触れたような勢いで両手を離し同時に全身で飛び跳ねた。

「ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい……!」

 耳まで真っ赤にした中条は、何度も勢いよく頭を下げている。

「……あーちゃん、もうそれくらいにしたら? 達也くんも、なんだか困っちゃってるみたいよ?」

 七草に言われるがままに深呼吸し、なんとか中条は落ち着きを取り戻した。

 あきれ顔のため息一つと共に、七草は案件処理へと戻る。中条は、司波達也の顔を見て照れ臭そうに笑うと、急に真面目な顔になって、

「じゃあ、もしかして司波くんは、トーラス・シルバーがどんな人かも知ってたりしませんか?」

 などと訊ねてきた。

 この質問は、司波達也にとって、非常に答えにくいものだった。

「……いえ、詳しい事はなにも」

 壁際でビープ音が鳴った。

 司波深雪が使っているワークステーションの、不正操作のアラームだ。

 誰にでもミスタイプくらいあるので別におかしなことではないが、アラームが鳴るほどのミスを司波深雪がしてしまうのは珍しい。これが由比ヶ浜ならば、納得だが。

「……珍しいわね」

「うん、みゆきん大丈夫?」

 横で作業していた雪ノ下と、その後ろで雪ノ下の作業を見ていた由比ヶ浜の二人は揃って首を横に向けた。

 七草と渡辺、市原も「おやっ?」言う表情で壁に向かっている司波深雪に視線を投げているが、当の司波深雪は横の二人に仕草で大丈夫な事を伝えすぐ何事もなかったかのようにデータ処理に戻った。

 そんな司波深雪の行動を気にすることなく、再び中条は司波達也に質問を投げかける。

「いくら正体を隠している、って言っても、同じ研究所の人たちは知っているはずですよね・ それとも、一人で全部作ってるんでしょうか?」

「……いや、それはさすがに無理なのではないかと」

「そうですよねぇ。そうだ、司波くん、その『伝手』で研究所の人に話を聞けませんかね?」

「……いえ、伝手と言ってもそのような類いのものではないので」

「うーん、そうですよねぇ……」

「それにしても、なぜ中条先輩はトーラス・シルバーの正体がそんなに気になるんですか?」

 司波達也にとってそれは素朴な疑問だった。

「えっ?」

 中条は、その質問こそ意外すぎるもの、という表情を浮かべた。

「気になりますよ!

 トーラス・シルバーですよ?

 ループ・キャスト・システムを世界で初めて実現し、わずか一年間で特化型CADのソフトウェアを十年は進化させたと言われている天才科学者。

 あの、魔工師の憧れ、トーラス・シルバーですよ!?」

 なにやら、責められている様にも感じるひしひしとした迫力に、司波達也ならず横にいただけの比企谷もたじろいでしまった。

「認識不足でした。ユーザーとしてはまったく不満がないと言うわけでもなかったので、それほど、高い評価を得ているとは……」

「ねっ、ねっ、司波くんは、トーラス・シルバーって、どんな人だと思いますか?」

 純粋な、好奇の瞳。

 いい加減に話題を変えなければと思いながら、時間稼ぎの意味で司波達也は適当な答えを返した。

「そうですね……意外と、俺たちと同じ日本人の青少年かもしれませんね」

 再び壁際でビープ音が鳴った。

 

 

「あ、そうだ。

 雪ノ下さん! SWT(スノー・ホワイト・テクノロジーズ)の新製品一覧にアーマーリング型CADが出てましたよね!」

 今度は雪ノ下の方へ矛先を変え、司波達也の前から移動した。

「え、ええ、ようやく正式に発売らしいですね」

 急に詰め寄られ少々ビクッと身体を震わせた雪ノ下だったが、すぐに冷静さを取り戻し毅然とした態度で対処を始めた。

「それで聞きたいん事があるんですけど、このCADの製作者のこと知ってますか!」

 当たり前だが、SWTに限らずCAD製作会社は定期的に新製品であるCAD本体や周辺装備の製品カタログを発行している。発行している、と言っても紙媒体ではないが。さて、製品詳細は当たり前として他にシリーズ、モデルなどの区分けやCADの製作者名が書かれている。

 それは製作した魔工師の信用、信頼によって購入数が変わってくるからだ。

 そんな中、SWTの新製品の一つである特化型CAD、つまりアーマーリング型CADには製品詳細のみで製作魔工師の詳細は記入漏れでなければ一切書かれていなかった。これは普通であればマイナス点なのだが、ことSWTにおいては別の意味を持つ。

 SWT製の製品には時々異質なCADが発売される事がある。

 それを製作している魔工師は一切の正体どころか、名前さえもあかしておらず本当に存在するのか分からない存在。

それ故に一部で『ゴースト』だとか『スプーキー』などと様々な呼ばれ方をされているが、一番多く呼ばれている名前は『無銘』である。

 中条は雪ノ下がSWTの創業者である雪ノ下家の令嬢だと知り、聞くタイミングを計っていた。今回、そのチャンスがめぐってきたと嬉々として、いま雪ノ下に詰めよっているのである。

「いえ、私はほとんど家の事にはかかわっていませんから」

「……そう、ですか」

 雪ノ下の返答によりガクッとテンションが下がる中条だった。そんな姿を間近で目撃した雪ノ下はちょっとした罪悪感を感じたが、自身が知っている情報はほとんど持ち得ないことを知っているが故に何もできないのだ。

 ただ、一つだけ言える情報は持っていた。

「ですが、私の姉さんが言うには、面白い人が作っているそうですよ」

 雪ノ下も無銘の正体が気にならなかったわけじゃない、一度だけ姉である雪ノ下陽乃に聞いたことがあった。

その時言われた言葉が『ん~そうだね。面白い人が作っているってところかな。……納得いかないって顔だね。でも、雪乃ちゃんに教えれるのはここまでだよ。これは雪ノ下家の意思だからね』だった。

「面白い人ですか……ますます気になります!」

 そんな中条の暴走を比企谷は眺めていると、横からの視線を感じた。

「なんだよ、シルバー」

「やはり気が付いたのか、無銘」

 二人は互いにしか聞こえないような声で話し始めた。

 まぁ、言わずもがな、だろう。トーラス・シルバーの正体は司波達也であり、無銘の正体は比企谷たちだ。

比企谷はこれまでの観察結果と、今回の司波深雪の反応によって導き出した。だったら司波達也はどうやって比企谷が無銘だと気がついたのか。簡単な話だ、深淵を覗くとき、深淵もまた等しくこちらを覗く。

 つまり、似た者同士というわけだ。極論だがね。

「ま、なんだ、お前がどんな調整をするのか知らないがシルバーの腕前な俺も知っている。シルバーなら、九校戦であいつらの担当をして欲しいくらいだぜ」

「なら、お前もエンジニアとして九校戦に出ればいい。俺も無銘のCADをいくつか見たが、式構成がまったく考えつかないものばかりだった」

「いやだよ、めんどくせぇ。つか、俺は目立ちたくねぇんだよ」

 比企谷は雪ノ下に今だ詰め寄る中条の背中を見ながら、ため息をつくように言葉を吐きだした。そしてその言葉に同調するかのように、司波達也は瞼を閉じた。

 

 

 

「ところであーちゃん」

「はい、会長。何でしょう」

 中条に詰めよられ、困っている雪ノ下に助け船を出してくれたのは七草だった。まぁ、七草としては一刻も早く中条に生徒会の仕事へ復帰して欲しかった為だろう。

「お昼休みの内に、課題を終わらせておくんじゃなかったの?」

「会長~」

 さっきまでの笑顔が嘘のように泣き出しそうな顔で、中条は七草に助けを求めた。どうやら彼女は、かなり行き詰っているらしい。

「そんな情けない声を出さないの」

 苦笑しながら七草は精査していた発注書から目を離し、中条の方へ顔を向けた。

「少しくらいなら手伝ってあげるから。それで、課題はいったいなんなの?」

「すみません……実は、『加重系魔法の技術的大三難問』に関するレポートなんです。その一つ、汎用的飛行魔法がなぜ現実できないか上手く説明できなくて……」

 シュンとした顔で告げた中条の許へ、全員の視線が集中した。

「毎回上位五名から落ちたことのない中条が随分と悩んでいるからなにかと思えば」

「少し高度な参考書なら答えが載ってると思うけど……」

 渡辺と七草は首を傾げているが、市原だけは納得したように頷いていた。

「つまり、中条さんはこれまで示されてきた解答に納得いかないということですね」

「そうなんですよ!」

 胸の内を代弁してくれた市原に向かって、中条は大きく首を縦に振った。

「加速・加重系統を得意とする魔法師なら、一回の魔法で数十メートルのジャンプも可能です。それなのになぜ、飛行魔法……空を飛びまわる魔法が実現されていないのでしょう」

「正確には、誰にでも使えるように定式化された飛行魔法が何故実現できないのか、ですね。理論的には重力の影響をキャンセルして飛行することは可能ですが……」

 と、市原は区切って中条に目を向ける。その目線に中条は頷き、続けるように話し始めた。

「魔法式には終了条件が必ず記述され、終了条件が充たされるまで事象改変は効力を持ち続ける。

 魔法による事象改変が作用中の物体に対して、その魔法とは異なる事象改変を引き起こそうとすれば、作用中の魔法を上回る事象干渉力が必要になる。

 魔法による飛行中に、加速したり減速したり昇ったり降りたりする為には、その都度、新しい魔法を作動中の魔法に重ねがけしなければならず、必要になる事象干渉力はそのたびに増大していく。一人の魔法師に可能な事象干渉力の強度調節はせいぜい十段階程度であり、十回の飛行状態変更で魔法の重ねがけは限界に達する。

 ……これが一般的に言われている、飛行魔法を実用できない理由ですよね?」

 中条の長い説明を、七草は少しも考え込むことなく首肯した。余談だが、由比ヶ浜の耳から煙が出ていたとか、いないとか。

「なんだ。あーちゃん、解ってるんじゃない。論点も良く整理されているし。何をそんなに悩んでいたの?」

「これって、魔法が作用中の物に魔法をかけようとするのが問題なんですよね? だったら、魔法を重ねがけしないですでに作動中の魔法式をキャンセルすればいいと思うんですよ!」

 自身のアイデアに没頭している顔で中条は熱く論じているが、市原はあくまでも冷静に指摘する。

「残念ながら、それはできません。

 同一のエイドスに同時に二つの魔法式を投射しても、より干渉力の強い魔法式がエイドスを上書きするだけで、強い魔法式が弱い魔法式を消去しているわけではないのです」

「そうなんですか……」

「ですが、面白いアイデアです」

 熱中したり落ち込んだりと忙しい中条に、市原は優しい顔で微笑みかけた。

「……ん? 待って。魔法の効力を打ち消す程度の事だったら、既に誰かが試してみているはずよね?」

 七草のあげた疑問の声に、市原が生徒会業務用のワークステーションを検索画面に切り替えた。

「少しお待ちを……一昨年、イギリスで大規模な実験が行われていますね」

「それで、結果は?」

 訊ねる七草の声は少々弾んでいた。

「完全な失敗です。普通に魔法を連続発動するより、むしろ急激な要求干渉力の上昇が認められたとレポートされています」

「……そう、理由は?」

「いえ、そこまでは」

 顎に人差し指を当てて悩んでいる七草は、生徒会室内を見回すと司波達也に目が向いた。

「達也くんはどう思う?」

「市原先輩が挙げられたイギリスの実験は、基本的な考え方が間違っています」

 司波達也なら答えではなくとも何か参考になりそうな意見を言ってくれるだろうと思っていた七草だったが、返ってきた断定口調で意表をつかれた。

「……どこが間違っているの?」

 目を白黒させながら、かろうじて問い返した七草に、司波達也は一+一の答えが二であることを教えるように、淡々と説明する。

「終了条件が充足されていない魔法式は、時間経過により自然消滅するまで対象エイドス上に留まります。新たな魔法で先行魔法の効力を打ち消す場合、先行魔法は消滅しているように見えますが、それは見かけの上だけのことです」

 比企谷を除いた生徒会室にいる全員が、食い入るように司波達也の顔を見ている。当の司波達也と言えば、そんなプレッシャーなどどこ吹く風とばかりに口調の変化は見られない。

「一回の飛行状態変更のために、キャンセル分の魔法式を余分に上書きしているんです。余分な上書きは累積されていきますから、事象干渉力の上限に到達するのも早くなります」

「……イギリスの実験では、飛行魔法に必要のない余分な魔法をかけちゃってるということ?」

 七草の質問に頷いて、司波達也は説明を追加した。

「そうです、実験の企画者は魔法の無効化について錯覚していたようですね」

 

 

 すべてをひっくるめてこの話を例えて個人的に説明するのであれば、まず少し大きめのコップを思い浮かべてほしい。そのコップの中に水を入れていき、ギリギリまで入れきった状態が事象干渉力の上限であり、コップの中に水を入れる行為が、つまり、魔法の発動である。

この例えで飛行魔法が実用化できない理由を説明するなら、そのコップの中の水がすぐにいっぱいになってしまう、ということだ。

これを解消しようと中条が出したアイデアであるキャンセルとは、コップの中の水をその都度捨てて上限まで溜まらないようにしようということだったのだが、前提条件としてコップを触ることを禁ずる、と言われてしまったのだ。

では、イギリスの実験の場合はと言うと、ストローで中の水を抜こうとしたらストローだと思っていた物はホースで逆に水を入れてしまった、というだけの話である。

 

 

「そうだ、比企谷はどう思う?」

 ふと思いついた、という表情を浮かべた司波達也は横の比企谷に話をふる。

「おい、話しをふるんじゃねぇよ。お前が言ったことが正しいんだろ、知らんけど」

 いきなり話をふられた比企谷は、渋い顔をして言葉を返す。

「つか、なんでそんなに空を飛びたがるんだよ。俺はその感覚が分かんねぇんだが」

 そんな言葉に、司波達也を除いた全員が信じられない物を見るような目線を向け何か言葉を投げかけようとすると、昼休み終了の予鈴が鳴った。

「深雪、教室に戻ろうか」

「はい、お兄様」

 漂う空気などどこ吹く風で、司波達也と司波深雪は立ち上がった。

 

 


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