やはり俺の九校戦はまちがっている。   作:T・A・P

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九校戦編 壱

 国立魔法大学付属魔法科高校は現在、全国に九つ存在する。

 

 関東(東京)に第一高校

近畿(兵庫)に第二高校

 北陸(石川)に第三高校

 東海(静岡)に第四高校

 東北(宮城)に第五高校

 山陰(島根)に第六高校

 四国(高知)に第七高校

 北海道に第八高校

 九州(熊本)に第九高校

 

 魔法科高校は全国にこの九校しかない。国立魔法大学の付属高校が九校しかないのではなく、正規課程として魔法教育を行っている高校がこの九校しかないのだ。

 本音を言えば、政府はもっと魔法科高校を増やしたいと考えている。それができないのは、教師となる魔法師の数を確保できない為だ。

 第一高校、第二高校、第三高校の一学年定員が二百名。他の六校は一学年百名。合計、一学年千二百名。これがこの国の、一年当たりで新たな魔法師を供給できる数の上限だ。それは人工対比で見た有効レベルの魔法的素質を持つ少年少女の数とほぼ等しい、と考えられている。しかし同時に、適切な教育機会を用意できれば才能の開花が遅い潜在的な魔法適性を持つ子供たちを発掘できる可能性も低くない、と考えられている。

 だが現実は、九つの魔法科高校を運営するだけでこの国の人的資源は精一杯だ。故に、一学年千二百人の魔法科高校生たちを可能な限り鍛え上げ、能力を底上げすることで魔法師という重要かつ貴重な人的資源を充実させていくしかない。そうすることで将来の教師不足を解消し、今より更に多くの魔法師を育成するという正のスパイラルも期待し得る。

 そのために取られている方策の一つが、魔法科高校九校を学校単位で競争させ、生徒の向上心を煽ること。そのための最大の舞台が、夏の九校戦。

 全国魔法科高校親善魔法競技大会。

 そこには毎年、全国から選りすぐりの魔法科高校生たちが集い、その若きプライドを賭けて栄光と挫折の物語を繰り広げる。

 政府関係者、魔法関係者のみならず、一般企業や海外からも大勢の観客と研究者とスカウトを集める魔法科高校生たちの晴れ舞台だ。

 今年も、もうすぐ、その幕が上がる。

 

 

 

 西暦2095年、7月中旬。

 ここ国立魔法大学付属第一高校では先週、一学期の定期試験が終わり、生徒たちのエネルギーは一気に夏の九校戦準備へ向かっていた。そんな中、司波達也はどうやら定期試験の結果に絡んだ呼び出しを教師から喰らい、その後いつものメンバーである西条たちが心配そうに教室を出ていく。

 そんなクラスメイトの様子を比企谷は横目で見送ると、ちょうど通知を告げた端末を取り出して面倒くさそうにため息をついてゆっくりと席を立った。

 

「めんどくせぇ」

 教室を出た比企谷は、重い足を引きずり生徒会室に向かって足を向けている。先程の呼び出しは、完全に生徒会直属となっている奉仕部の二人からだった。

ここ最近の生徒会は九校戦の準備で猫の手も借りたい状況であり、かなり遅くまで残らなければならない状況になっている。それが毎日続くが故に比企谷はかなり辟易しており、ちょっとした反抗としてすぐには行かず教室で休んでいたのだ。まぁ、こうして呼び出されれば行かざるを得ないのだが。

「一年E組、比企谷八幡です。開けてもらえますか」

 いつものように、いつもらしく扉横についているパネルをタッチすると、すぐに扉が開き由比ヶ浜が顔を出した。

「ヒッキー遅い!」

「色々言われてんのにここ最近毎日来てんだろうが、少しは休ませろよ」

 そう、奉仕部は生徒会直属となっているのだが、実のところ認められているのは雪ノ下と由比ヶ浜の二人だけでなのである。

 

事の始まりは、やはり副会長である服部の一言だ。

七草たちは特に気にすることはなかったが、意識高い系である服部が見逃すはずもない。司波達也との事があって幾分かは、本当に幾分かは角が削れていたのだが、まだまだ角ばっていたようだった。

 いつかの司波兄妹との口論の焼き直しのように、雪ノ下と由比ヶ浜が猛然と食ってかかろうとしていたのだが、そこは比企谷八幡、負けることに関しては人類最強。

『了解しましたよ。

ただ俺も奉仕部なんでね、この二人から要請があれば勝手にお邪魔させてもらいますよ。そもそも、生徒会長は否定していませんからね』

 妥協案、と言うほどの物ではなくちょっとした取り決めとして、CADの所持は通常生徒と同じく不可とし、生徒会室へ入室する際は必ず内側から招いてもらわなければ入ることができないようになっている。

 

 比企谷が生徒会室の中に入ると、服部を除いた生徒会メンバーが椅子に座って机に広げている資料を一枚一枚しっかりと確認している、ここ数日何度も目にした光景があった。生徒会室に姿のない服部は部活連の方に行っており、生徒の実力を直に目で見ているとのことだ。

「比企谷君、何をしていたのかしら。今、生徒会が忙しい事はあなたも知っているでしょ?」

「いや、あまり役に立ってねぇだろ、俺」

 選手の選考は最終的に生徒会長である七草、部活連会頭である十文字、風紀委員長である渡辺、それに加えて生徒会メンバーに決定権が存在する。いくら直属と言えど、奉仕部には決定権が存在しない。

「まったく、少しは考えたらどうなの。九校戦の準備が増えたからと言って、通常の仕事が減ったわけではないのよ。私達は私達のできることをすればいいの。それに、選考だけが準備じゃないわ」

「へーへー、わったよ」

 周りと同じく席に付くと、すぐに雪ノ下から本日分の仕事を渡され、ため息をつきながら今日も今日とて生徒会の手伝いに準じる事となった。

 

 

 

「そう言えばヒッキー、定期試験はどうだったの?」

「あ~普通だな。そう言う由比ヶ浜は……悪い、聞いちゃいけなかったな」

「ヒッキーどういう意味! あたしだってちゃんと勉強したんだから」

 見るからに怒っていますと言った表情の由比ヶ浜は立ち上がり、比企谷に向かって指を指している様子を周りは少し微笑みながら見ていた。

「んで、魔法理論の成績はどうだったんだ?」

「う、その……ギリギリ赤点は……」

 さっきまでの勢いはどこに行ったのか、目が太平洋を縦断出来るんじゃないかと思うほどに泳ぎ、声の勢いが重力に従って足元に転がっていった。

「由比ヶ浜さん、帰ったら復習をしましょうか」

「あ、え~っと、今日はちょっと用事があったりなかったりして……」

「ま、それは置いておくとして。

なんとなく分かってたが、魔法理論の結果は今頃教師が頭を抱えてるだろ。つか、実際呼び出されていたみたいだしな」

 ガタッと、司波深雪が大きな音を立てて立ち上がった。さっきまで誇らしげな表情だったが、今は静かな怒りが見て取れた。

 そう、これが司波達也の呼び出しの理由だった。

 第一高校の、というより魔法科高校の定期試験は魔法理論の記述式テストと魔法の実技テストにより行われる。

 記述式テストである魔法理論は、必須である基本魔法学と魔法工学、選択科目の魔法幾何学・魔法言語学・魔法構造学の内から二科目、魔法史学・魔法系統学の内から一科目、合計五科目。

 魔法実技は処理能力(魔法式を構築する速度)を見るもの、キャパシティ(構築し得る魔法式の規模)を見るもの、干渉力(魔法式が『事象に付随する情報体』を書き換える強さ)を見るもの、この三つを合わせた総合的な魔法力を見るものの四種類。

 成績優秀者は、学内ネットで指名を公表される。

 一年の成績も、無論、公表済みだ。

 理論・実技を合算した総合点による上位者は、順当な結果となった。

 

一位、司波深雪

 二位、雪ノ下雪乃

 三位、光井ほのか

 四位、僅差で、北山雫

 

ここまでA組の名前が続き、五位にようやくB組の十三束という男子生徒の名前が出てくる。氏名公表の対象となる上位二十名、全て一科生だった。

実技のみの点数でも、総合順位から多少順位の変動が見られるが、やはりランクインしているのは一科生のみ。

具体的に言えば、一位が司波深雪、二位が雪ノ下、三位が北山、四位が森崎、五位が光井。由比ヶ浜は七位と実技“では”好成績を残している。

だがこれが理論のみの点数となると、大番狂わせの様相を呈してしまう。

 

 一位、E組、司波達也

 二位、A組、司波深雪・雪ノ下雪乃

 三位、E組、吉田幹比古

 

 実技は一科生が上位を占めていたが、理論になると二科生の生徒も上位に食い込んできている。

 確かに一科生と二科生の区分けには実技の成績が大きな比重を占めているが、普通は実技ができなければ理論も十分理解できない。感覚的に分からなければ、理論的にも理解が難しい概念が多数存在するからだ。ただ誰とは言わないが、実技ができていたとしても理論が分からない生徒も存在するが。

 それなのに、トップスリーの内、二人が二科生。

 これだけでも前代未聞なのだが、さらに司波達也の場合、平均で――合計点ではなく――二位以下を十点以上引き離した、ダントツの一位だったのだ。

 つまるところ、教師陣は司波達也が実技で手を抜いているんじゃないかと疑ったのだろう。

「司波さん、達也君なら大丈夫よ。実技の合格点はクリアしているんだし、それに私たちがいるからね」

「……そうですね、ありがとうございます」

 七草の言葉でどうにか怒りは収まったのだろう、司波深雪は頭を下げると再び椅子に座り直した。

 実のところ、比企谷を含めた数人が内心は若干恐怖で震えていたことを、ここに記しておこう。

 


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