一緒に奇襲
「――ですから、二人でいる時以外はペロロンチーノさんにも支配者らしく口調を変えようかと」
「モモンガさん、色々考えてるんですね。俺はそんなこと、これっぽっちも考えてなかったです」
モモンガは大きな鏡の前で身振り手振りを大きくして、真剣に自らの考えを口にする。鏡には本来あるはずのモモンガの姿は無く、広大な草原を映しだしていた。大地を緑一色で
――
遠くの場所を映し出すマジックアイテム。一見、かなり便利そうなアイテムだが対処法が数多く存在し、逆に反撃を受けやすかった。それでも、外の状況を知りたかったモモンガは使用方法を探るべく、四苦八苦しているのだ。右手を振り上げたり、左手を捻ってみたり、色々と試行錯誤するがうまくいかない。最初こそ、それに付き合っていたペロロンチーノも次第に飽きていき、先程の返答を最後にテーブルに頬をこすり付け寝息を立て始めていた。
一向に成果が伴わない現状に、モモンガも溜め息交じりに適当な動きへ変わっていくが、映し出されていた光景が大きく変化する。
「おっ! ペロロンチーノさん分かりましたよ!」
運よく唐突に問題を片付けれたモモンガは、嬉しそうに声を上げる。アンデッドでなければ、ドヤ顔に笑みを浮かべていただろう。喜び任せに勢いよく振り向くが、そこには完全に眠りへ落ちたペロロンチーノの姿があった。モモンガの歓喜にスースーとイビキで返す。
「こっちが苦労してる時に何寝てるんですか! 起きてください!」
「んあぁ……」
ペロロンチーノは目を擦ってから両手を思いっきり伸ばし、大欠伸する。
「アイテムで眠らなくても大丈夫にできるでしょ。装備しないんですか?」
「いやぁ、食って寝るは譲れないですね。それより操作方法分かったんですか?」
やるせないモモンガは肩を落とすが、首を振ってすぐに気持ちを切り替えた。これで知りたかった外がどんなところか分かる。これからの行動方針が決まりやすくなるのだ。
ペロロンチーノは既に
「まぁ、見ててください。ほら、こうやって――ん? 何だ? 祭りか?」
「モモンガさん、全然違いますよ。よく見てください」
ここでモモンガはある事に気付く。人間が虐殺されている光景に嫌悪感が全く無い。アンデッドになったことは分かっていたが、人間に対し同情が微塵も湧いてこないのだ。虫同士争っているだけとしか思えない。心の中を支配するのは、この状況をどうにかナザリックの役に立てないか、それだけだった。
横目でペロロンチーノの様子を伺う。特に反応を示さず、ただ眺めているだけだった。バードマンになったペロロンチーノさんはどう思うのだろう。
「助けたいと思いますか?」
「え? いえ、特には」
「人間が無残に殺されているのに?」
「えぇ、まぁ」
自分と違いが無い事にモモンガはそっと胸を撫で下ろす。人間を助けたいと言い出したら、これから先色々障害になった筈だ。それが解消されたのだ、とても喜ばしい。しかし、この変化は喜んでいいのだろうか?
「ペロロンチーノさん、実は私もそうなんです」
「やっぱりですか。モモンガさん凄い冷静ですもんね。本来なら大騒ぎするでしょ」
「自分でもビックリですよ。それでは、敵の強さも分からないし、ナザリックからそう離れてないですし、見捨てるという方向で――」
「モモンガさん!!」
唐突に張り上げられた驚愕の
「どこですか?」
「ほら! ここ! 少女達が二人に追い回されています!」
「本当ですね」
「何してるんですか!? 早く奇襲の準備を整えてください!」
「え、さっき、興味ないと――」
「モモンガさんは
まるで聞いていなかった。ペロロンチーノは既に臨戦態勢を整え終えている。助けに行くのはもう決まってると言わんばかりに。
「あの糞野郎共、きっとお楽しみをするぞ! そんな羨ましいこと、俺の前でするのは断じて許せん! 紳士的に行為へ持っていかなければ!」
凄い迫力だった。かつて、こんな気合いの入ったペロロンチーノを見ただろうか。ワールドエネミーとの戦闘でもここまでテンションは高く無かった気がする。
モモンガは頭痛に襲われたような錯覚に陥る。実際には頭痛などならない体なのだが、そんな気分だった。モモンガは心を落ち着かせ、考えを巡らす。確かに、自分の戦闘力はいつかは調べなければならない。本当は慎重を期したいが、いつまでも閉じこもっている訳にもいかない。行く気満々のペロロンチーノを止めるのは、もはや不可能なのだ。それならば、状況に合わせて頭を切り替えるしかなかった。
「ペロロンチーノさん、少し待ってください。後衛二人ではバランスが悪すぎます。アルベドを呼びます」
これにはペロロンチーノも従うしかなかった。騎士の動き自体は大したことがなく、鳥の目には弱小そのものに見えるが油断はできない。メッセージを使っているであろうモモンガを見つめ、焦る気持ちを落ち着かせるように何度も深呼吸を繰り返す。だが、状況は一気に悪化する。大きい方の少女が、背中に剣を受けてしまったのだ。服はすぐに赤く染まり、その範囲をどんどん広げていく。
まさかこいつ等、シャルティアと同じ
「モモンガさん、
ペロロンチーノの並々ならぬ気配を察知したモモンガは、アルベドの到着を諦め
――
黒い闇が二人の前に出現する。失敗率0%の最上位転移魔法。モモンガは闇に足を進めると、視界が全く別のものへと変化する。動きを止めた騎士がこっちをガチガチと振るえながら見ていた。モモンガは間髪入れず、右手を前に差し出す。
右手に出現した心臓を迷いなく一気に握り潰す。
騎士は
それと同時に、小さな太陽を思わせる球体がもう一人へと直撃する。そこにあった筈の体は、跡形もなく木端微塵に消滅した。まさに一瞬の事。球体の射線の元には、ペロロンチーノが
ペロロンチーノは
「レイプはエロゲーの中だけでしておけ」
モモンガは思う。今の一言はいるのだろうか?と。
当のペロロンチーノは満足気に頷いていた。取り敢えず機嫌は治ったようだ。
それにしても、やはり人間を殺すことに何の抵抗も感じない。そして確信する、もう自分は人間を完全に止めている。それに対し、恐怖も困惑もなく心に波一つ立たない。
骸になった騎士をモモンガは見下ろす。この騎士達はかなり弱いのではないだろうか。いくら
だが、油断は禁物。アルベドがまだきていない今、壁モンスターが必要だ。
モモンガは
「中位アンデッド作成、
それに同調して黒い霧がどこともなく出現し、騎士の死体を包み溶け込んでいく。体に吸収されるように消えてから、さらなる異変が起きる。口や耳、はたまた目からも黒い液体が溢れ出しとどまることがない。
モモンガとペロロンチーノさえ予想だにしない光景なのだ。何も知らない二人の少女の恐怖は想像を絶した。小さい方の少女が大きいへ顔をうずめ、悲鳴を押し殺し震えている。声を出し、モンスター二体の関心を引きたくなかったのだ。
歪な黒い液体はモモンガ達の大きさを優に超え、二・三メートルはあるだろう巨大なアンデッドへと、姿を変えていった。それはモモンガやペロロンチーノの見慣れたモンスター、
二人の少女からは絶望の塊に見えるモンスターだが、ペロロンチーノは友達にでも挨拶する様に気軽に触る。
「召喚
「私もです。性質が変わったようですけど、命令は出来るでしょう。
「オオオォォォオオォオオオオ!」
轟き響く
モモンガとペロロンチーノは走り去っていく、
「アレはもうほっときましょう。それより今は……」
ペロロンチーノは、怯えきっている少女の真っ赤に染まった背中を見つめる。少女としては自分達のことなど忘れてどこかに行ってほしかったのだが、その願いは
少女達は今にも泣きだしそうな雰囲気だが、ペロロンチーノは気にしない。
二人の股間から生暖かいものが溢れる。アンモニアの匂いが鼻に触り刺激した。モモンガはスルースキルを発動するが、もう一人の男は違った。
「二人の絞り出したポーションとこのポーション交換し――」
「ペロロンチーノ!!」
「ハッ! い、いや、怯えているようだから冗談を……」
「ふぅ、ペロロンチーノさんに任せてたら、大変なことになりそうです。私が渡します。あー、怪我をしているようだし、まずこれを飲め」
モモンガは赤いポーションを差し出す。
少女はまた出された赤い液体に恐怖する。結局、この骸骨も鳥人間も自分に血を飲ませたいんだと。だが、断ることなどできるはずもない。騎士を圧倒するモンスターに逆らうなどの選択肢はありえない。
「飲みます! だから妹には!」
「お姉ちゃん駄目!」
赤い液体を受け取ろうとする姉の手を妹が阻止する。二人は涙を浮かべ、互いを気遣う。
モモンガは困惑する。何故か、全く信用されていない。怪我をしている者にポーションを差し出すことのどこに、警戒される要素があるのだろう。
「フフ、モモンガさんもビビられてますね」
こちらも何故か勝ち誇る。
「準備に時間がかかり、申し訳ありませんでした」
「おーアルベドか、ちょっと聞いてくれ。ほら、そこの少女怪我してるだろ? ポーションを渡そうとしたんだけど、何故か怖がってどっちのも受け取らないんだよ」
ポーションを差し出したまま固まるモモンガを目にしたアルベドは、マグマが溢れる様に怒りが込み上げてくる。
「至高の御方々、まして私の最高の主人からの慈愛に満ちた
さも当然の様に
「ま、待て、アルベド、せっかくペロロンチーノさんと一緒に助けたのだ。武器を下ろせ」
「……畏まりました。お言葉に従います」
アルベドの殺意に満ちた視線を向けられる姉妹は、息も荒く抱き締め合う。泣き崩れる寸前で精神崩壊を起こしかねないほど怯えた。
モモンガは出来るだけ優しい口調で、言葉を選ぶ。早くしないと殺されてしまうぞ、という意味も込めて。
「これは怪我を治す薬だ。その傷では激痛があるだろ? 早く治した方がいい」
傷を負った少女は慌てて受け取り、一気に赤い液体を飲み干す。迷ってる時間は無いと悟ったのだ。
「……うそ」
あれ程の激痛が瞬時に消える。妹に背中を確認してもらうと、傷が全く無いと笑顔で喜んだ。信じられないことに、傷を癒す薬というのは本当の事だった。警戒心が多少薄れた姉妹にペロロンチーノが近付く。
「ほら、怖がることなんてなかったんだよ。大体、俺らは君達を助けに来たんだよ?」
「は、はい、え? た、助け?」
モモンガとしては助けるつもりはなかったが、話しの突破口にする。
「そうだとも、たまたま襲われているのを見つけてね。それで聞きたいんだが、お前達は魔法というものを知っているか?」
「は、はい、村に時々来る薬師の……私の友人が魔法を使えます」
「……そうか。私もお前の友人と同じ
そう言いモモンガは二つの防御魔法を唱えた。姉妹を中心に淡く発光した壁が出現する。
「生物を通さない魔法と射撃攻撃を弱める魔法だ。そこにいれば大抵安全だ。そうだな、これをやろう。受け取れ」
姉妹の前に放り出される二つのみすぼらしい角笛。
「
――
モモンガは用は済んだと、姉妹に背を向け歩き出す。ペロロンチーノも笑顔で手を振りながら、後に続く。
「あ、あの! 助けてくださり、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
背中から聞こえた姉妹の感謝の声に足を止める。振り返ると、潤んだ瞳の姉妹は地面に膝をつき、感謝の意を示している。
「……気にするな。お前達の救出を提案したのはこっちのバードマン、ペロロンチーノさんだ」
一歩前に出たペロロンチーノは、胸を張りドヤ顔を決める。姉妹は頭を下げ、お礼を繰り返す。
「本当にありがとうございます! そ、それで、あの、助けてくださった方々にこんなお願いをするのは、とても図図しいと分かっています! で、でも! どうか! お母さんとお父さんを助けてください!」
「おう! 任せとけ!」
ペロロンチーノは親指を立て、自信満々に返答する。
「は、はい! ありがとうございます! ありがとうございます! ペロロンチーノ様! そ、それと角笛をくださった方の、その、お名――お名前は、なんとおっしゃるのですか?」
――名前か。ここで、すぐにモモンガと返答する声が出なかった。そして脳裏に浮かぶ名前。モモンガはペロロンチーノにその名を使っていいか、とメッセージを送るとすぐに返事が来る。それがあるのはモモンガさんのおかげ。ギルドメンバーで異を唱える者はいないと思います、と。
モモンガは頷く。質問してから動きを止めた命の恩人に、姉は不安が積もる。赤い炎の視線がゆっくりと姉妹を見据え、言葉を発する。
「……我が名を知るが良い。我こそが――アインズ・ウール・ゴウン」