おかえり、ペロロンチーノ   作:特上カルビ

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一緒に激闘

 蒼の薔薇に立ち塞がったソレ(・・)を、一言で表すなら誰もが同じ答えを出すだろう。

 ――ゴキブリと。

 しかし、普通のゴキブリでは無い。その異様さはアダマンタイト級冒険者でなくとも警戒するに充分。

 二本脚で直立し、大きさは体高三十センチほどだろうか。顔は正面を向き、貴族然とした優雅な振る舞いで佇み、蒼の薔薇の様子を伺う。

 鮮やかな真紅のマントを(なび)かせ、頭にのせている黄金の王冠は不安定な場所にも関わらずズレ落ちる気配が無い。前脚で器用に持つのは、先端部に純白の宝石をはめ込んだ王笏(おうしゃく)

 その正体はナザリック地下大墳墓第二階層一区画、黒棺(ブラック・カプセル)の領域守護者――恐怖公。

 蒼の薔薇は見たことも聞いたことも無いモンスターに油断の欠片も無く一挙手一投足(いっきしゅいっとうそく)を観察し、全体支援魔法の発動と同時に先制攻撃を仕掛けた。

 一番最初に動いたのは忍者姉妹(ティアとティナ)。同時に投げた数本のクナイは命を狩り取るべく、一直線に恐怖公へと向かう。

 常人では反応すら出来ない速さだが、恐怖公はヒラリと真紅のマントでクナイを絡めとる。

 

「凄いマント」

 

 ティアは自分達のクナイがマントを貫通できないことに驚く。単なる布では無いようだ、強固な金属糸で縫い上げられているは確実。

 ゴキブリは一歩も動かず、攻撃もしてこない。力を感じさせる瞳で見つめるだけ。

 蒼の薔薇は身体能力の高いモンスターにありがちな(おご)りだろうかと洞察し、言葉を交わさずとも作戦が決まったとばかりに行動を開始する。

 手始めに、ガガーランが巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を両手で握り、突撃した。

 その後、ガガーランと恐怖公との距離を見計らう忍者姉妹(ティアとティナ)は、最初と同じく数本のクナイを投擲(とうてき)した。

 恐怖公の行動は蒼の薔薇の予想通り、先程と全く同じ。真紅のマントでクナイを絡めとっていく。無駄攻撃で投擲(とうてき)武器を減らす愚かな行為に思えるが、クナイの中に色も形状も違う水晶の短剣が混じっていた。

 これは防ぐのは容易では無いと直感した恐怖公は、横へと水平に飛び退く。

 この判断は一応(・・)正しかった。イビルアイが放った魔法、水晶の短剣(クリスタル・ダガー)が直撃すればただでは済まない。強者の油断を付いた連携。

 

 だが、人類の守護者たるアダマンタイト級冒険者チームが、伊達でないことの証明はこれから。

 その行動を待ってましたとばかりに、肉薄する距離まで接近したガガーランが巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を天高く構えていた。水晶の短剣(クリスタル・ダガー)で狙う場所を調節し、回避先を限定したのだ。

 地面から足が離れ、回避不能の恐怖公は王笏(おうしゃく)で先制攻撃を試みようとするが、それは叶わない。ガガーランの背後から黄金の剣が三本突如として現れ、剣先を向け迫ってきたのだ。

 王笏(おうしゃく)でその全てを叩き伏せることに成功するが、渾身の力で振り下ろされた巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を止める事はもはや不可能。

 恐怖公は体を回転させ、巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を背中で受ける。

 ――その瞬間、鈍い音が響く。

 ゴキブリの体は勢いよく地面に叩き付けられ、土煙が舞い上がった。小さな体はそこで止まらず、物凄い速さで門を通過し墓地にまで弾き飛ばされていく。

 最初の攻防は蒼の薔薇に優勢な運びとなったが、ラキュースの表情は険しいまま。

 

「ガガーラン、どう?」

 

 ラキュースと同様、墓地を注視するガガーランは武器を構え直す。

 

「悪かねぇ一撃だったが、まだまだ倒せねぇな。手ごたえからして、かなり頑丈だ」

 

 言葉を交わす蒼の薔薇はその場を動かない。畳み掛けるチャンスを不意にする理由は、墓地がどうなってるか確認できていないため。罠や伏兵の奇襲を警戒したのだ。

 そのため、今できることとして情報を伝え合う。こうやって少しでも情報を共有し、戦闘を有利に進めるのは冒険者にとって初歩の初歩。

 土煙が治まり空気が透明さを取り戻す中、恐怖公は致命傷には程遠いとしっかりとした足で佇んでいた。マントに付着した土を、複数の前脚で丁寧に払いのけている。

 払い終わり、綺麗な真紅の色を取り戻しマントに満足気に頷く恐怖公は、蒼の薔薇に近付こうとしない。侮れない相手と理解したのだ。

 

「ふむ、元気のある方々ですな。良い攻撃でした。次は吾輩の番ですぞ」

 

 乏しかった敵意を鋭くした恐怖公が王笏(おうしゃく)を頭の上にまで掲げると、蒼の薔薇の周辺から何とも言えない違和感が発せられる。

 蒼の薔薇は互いの背中を守るよう陣形を組み、敵襲に備えた。武器を構え、自分の目の前だけに注意を向ける。背中を仲間に任せる信頼の証。

 

「んだ、ありゃ?」

 

 ガガーランは武器を構えてはいるが、コレの対処法が思いつかなかった。

 家の隙間、歩いてきた道、墓地を囲む壁、ありとあらゆる場所から大小様々なゴキブリが無数に迫ってくる。小さく黒い物体が途方もないほど合わさり合い、一つの生命体になったと錯覚するが如く(うごめ)き、押し寄せる。

 数とは暴力の体現。四方八方包囲され、一部の隙も無いゴキブリの大津波。ガガーランは武器を構えたまま、その場を動かない。戦士では大津波に石を投げて食い止めようとするのと同義、自分ではどうすることもできないと悟ったのだ。

 

「全員前に出るな! 私が突破口を開く」

 

 必死の叫びを上げたイビルアイは、恐怖公に効果覿面(てきめん)であろう切り札を発動する。

 

蟲殺し(ヴァーミンべイン)!」

 

 イビルアイは白い(もや)を自分の真下に放出する。

 恐怖公はその光景を(いぶか)しげに見ていた。仲間もろとも自らに冷気魔法をかけてように見えたのだ。一応、冷気は悪くない一手だが、最善ではない。そんな手段をこの者達が行うとは思えなかった。

 そして、恐怖公の予想は的中することとなる。

 白い(もや)に触れた眷属が一瞬で滅ぼされていったのだ。蒼の薔薇の周りには、僅かな時間で大量の死骸が山の様に積み上がっていく。

 蟲殺し(ヴァーミンべイン)は昆虫に絶大な威力を発揮する殺虫魔法。この魔法だけを連発すれば有利に戦えるのは明白だが、魔力の消費が悪く多用できないという弱点があった。

 

「戻るのですぞ!」

 

 恐怖公は慌てた声で、眷属を下がらせた。命令を聞き入れ、白い(もや)が届かない所で停止するゴキブリの大群。

 

「あの魔法は……人間が無傷のところを見ると、我等だけに効くといったところでしょうか? 少々やっかいですな」

 

 恐怖公の強さの大半は、無数のゴキブリ召喚に割り与えられている。これが通じないとなると、かなり分が悪い。

 近付いたら蟲殺し(ヴァーミンべイン)を発動すると威嚇の視線を周囲に送るイビルアイは、最後に恐怖公を睨めつける。

 

蟲殺し(ヴァーミンべイン)の範囲から出ず各々攻撃しろ!」

 

 イビルアイの叫びに蒼の薔薇はそれぞれ攻撃を繰り出す。

 忍者姉妹(ティアとティナ)が忍術『爆炎陣』で焼きつくし、イビルアイも手の内を明かさないため適当な魔法でゴキブリの数を減らす。

 ラキュースは魔剣キリネイラムに魔力を注ぎ込み、エネルギーを溜め込む。充分な力が蓄えられると、刀身が眩く輝く。魔力を帯び燦然(さんぜん)と輝く魔剣を振り下ろすと同時に、その力を解き放つ。

 

「我に眠りし混沌の闇よ! 邪悪なるの世界(ゴキブリの大群)を終焉の暗黒へ誘え! 超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォオ!!」

 

 魔剣キリネイラムから放たれた力は、漆黒の爆発を巻き起こす。無属性のエネルギーは、数多くのゴキブリを跡形も無く消し去っていく。

 ガガーランも石を投げて応戦していた。

 恐怖公は眷属が消されていく光景を眺めていることしかできなかった。蟲殺し(ヴァーミンべイン)は燃費が悪いなど恐怖公が知る筈も無く、対抗策が無い。

 そもそも恐怖公自体、高い戦闘力を有している訳ではない。無数のゴキブリで探知魔法の阻害や、拷問に用いられたりなど戦闘以外で役立つ存在なのだ。

 

「ここはシルバーに任せますかな」

 

 他に戦局を覆す手段はないと、前脚を左右に広げて最強の切り札を召喚する。

 ――現れたのは恐怖公よりやや大きい銀色のゴキブリだった。

 色と大きさ以外ただのゴキブリに見えるがそんなものを切り札にする筈も無く、レベルは恐怖公の三十を遥か超える七十。英雄と呼ばれる者達がレベル三十前後なのだからその強さはもはや異次元。

 銀色のゴキブリ『シルバーゴーレム・コックローチ』は攻撃が吹き荒れる戦場を悠然と歩く。

 遠くから迫るシルバーを目にしたイビルアイは雷に打たれたような衝撃を受ける。

 この銀色のゴキブリが放つ強者の風格は他とは桁違い。仮面の中の素顔から汗が滴り落ち、思わず後ずさりしてしまう。

 蟲殺し(ヴァーミンべイン)があるはずの自分が、全く勝てる気がしなかった。息を(ひそ)め、仲間に緊急事態を告げる。

 

「……逃げろ。……馬鹿こちらを見るな。あんな怪物に勝てる筈がない。あれは……ゴキブリの神だ。後ろを振り返らず全力で逃げろ」

 

「……あなたはどうするの?」

 

「気にするな、時間を稼いだら転移魔法で逃げるさ」

 

 蒼の薔薇は互いを見合い、頷く。イビルアイがここまで言うのだ、自分達の力ではどうにもできない相手なのだろう。

 これ以上の時間経過は愚の骨頂、悩んでる時間はない。

 度重なる攻撃で数を大きく減らしたゴキブリの中を、蒼の薔薇は突き進んだ。

 それに合わせ、向かってくるシルバーの進行速度が僅かに上がる。

 

「死ぬなら順番だ。長く生きた私が、若い奴を生かす。それがもっとも正しいのだろう」

 

 遠ざかる気配に別れを告げ、生還が絶望的なゴキブリと対峙する。

 

「距離があるうちに防御魔法を唱えておくか。ふっ、無駄かもしれんが。水晶盾(クリスタル・シールド)

 

 水晶盾(クリスタル・シールド)は一定までのダメージを完全に遮断する防御魔法。普段はこれを発動すればある程度の余裕が生まれるが、今は焼け石に水だと自嘲(じちょう)的に笑う。

 イビルアイは銀色のゴキブリを睨めつけ、全力戦闘の心構えをした。この相手に出し惜しみは不要と、初手から切り札の連続発動を決意する。

 

蟲殺し(ヴァーミンべイン)!」

 

 まずは当然この魔法。いくら力量差があるとはいえ、これは有効な筈だ。

   

 ――カサカサカサカサカサカサ。

   

 シルバーは白い(もや)をそよ風の如く受け流し、突き進む。蟲殺し(ヴァーミンべイン)を起点に時間稼ぎをする思惑が早くも崩れ去ったイビルアイは、舌打ちする。シルバーは一見昆虫に見えるが全くの別物、生物ですらない。シルバーゴーレム(・・・・)・コックローチ、名称通りゴーレムなのだから蟲殺し(ヴァーミンべイン)は当然効果が無い。

 平然と、迫り来る銀色のゴキブリ(シルバー)水晶盾(クリスタル・シールド)では防ぎきれないと判断したイビルアイは、別の防御魔法を発動する。

 

損傷移行(トランスロケーション・ダメージ)!」

 

 防御魔法の発動と同時に腹部に衝撃を感じ、重力が横に働いたのか錯覚するほど大きく吹き飛ばされる。家の壁を何枚も貫通し、家具を弾き飛ばしながら何軒目かの家の中でやっと止まる。

 イビルアイはよろけながらも無傷で立ち上がった。

 損傷移行(トランスロケーション・ダメージ)は肉体ダメージを魔力ダメージに変換する防御魔法。これの発動が少しでも遅れていては、腹部を貫いていただろう。

 

水晶盾(クリスタル・シールド)を一撃で破壊してこの威力。しかも蟲殺し(ヴァーミンべイン)も効果無しか。……飛行(フライ)

 

 自分の体で空けた壁の穴を通り抜け、夜空に飛ぶ。

 元から勝算など無かったが、いよいよ絶望的。転移魔法を使えばこの状況からも逃げられるが、(はな)からその気はない。一秒でも長く戦い、仲間の生き残る確率を僅かでも上げる、それだけだった。

 イビルアイの特殊な目は暗闇を物ともせず、高い視力で地面を這いずるシルバーを見下ろす。

 

砂の領域・対個(サンドフィールド・ワン)

 

 対象に砂を纏わり付かせ、行動阻害、盲目、鎮静、意識散漫の効果を同時に発生させる切り札の一つ。

   

 ――カサカサカサカサカサカサ。

   

「クソ! 当たらん! だが、こうやって飛んでいれば――損傷移行(トランスロケーション・ダメージ)!」

 

 飛行するイビルアイにシルバーが取った行動は単純。下からジャンプしての頭突き。

 下から跳ね上げられたイビルアイは空高く舞い上がる。今度は水晶盾(クリスタル・シールド)をかけておらず、ダメージは計り知れない。魔力をごっそり削られ、飛行(フライ)をうまく発動できない。

 

(……そうか、私は死ぬのか……まぁ、あいつ等ならかなり遠くに逃げた筈だ。私の役目は終わったな)

 

 重力に導かれ落下するイビルアイは目を閉じる。二百五十年も生きれば充分すぎると、微笑みながら目に涙を浮かべその時()を待つ。それは長いようで短い、不思議な体感。

 

「………………?」

 

 イビルアイは疑問に思う。既に地面へ叩き付けられている時間。いつまでたっても衝撃は訪れず、かわりに優しい感触が背中を(おお)った。

 

「大丈夫か?」

 

 声をかけられ、ゆっくり目を開けるイビルアイが見たもの――自らを抱きかかえる漆黒全身鎧(フルプレート)の戦士だった。

 

「私はモモンという。危ない所だったが、救えてよかった」

 

 抱える両の腕から感じる力強さ、ヘルムから聞こえる優しい声。

 イビルアイの脳裏をある物語が過ぎる。勇敢な王子様(モモン)が囚われたお姫様(イビルアイ)を救う一場面。

 

「わ、私はイビルアイといい、ます! あの、その――」

 

 しどろもどろするイビルアイを尻目に、銀色のゴキブリ(シルバー)に気付いたモモンは、小さく(つぶや)く。

 

「なんだ、あれは?」

 

 モモンが疑問に思うのも当然だ。あんな生物がいるなんて誰も思わない。

 ブツブツ何やら(つぶや)くモモンの前に、王様の格好をしたゴキブリが姿を現す。ゴキブリは真紅のマントを持ち、主人に対する様な優雅なお辞儀――ゴキブリなのにどうやってるのかは不明だが――をした。

 こっちのゴキブリは終始こういった態度をとっており、余裕の表れだと確信するイビルアイは苛立ちを覚えた。

 

「……イビルアイ、立てるか? あいつの相手は私がしよう」

 

 お姫様抱っこから立たされたイビルアイは少し残念な気持ちになるが、今はそれどころではない。

 モモンがつけているのはオリハルコンプレート。確かに人間の中では強者だが、相手は白金の蟲王(プラチナム・ヴァーミンロード)の如き強さ。はっきり言って桁が違う。

 

「待って! あのゴキブリは――」

 

「――問題ない」

 

 モモンはイビルアイの忠告を(さえぎ)り、二本のグレートソードで大きく構えた。

 イビルアイは息を飲んだ。

 モモンが自分をかばい立ち塞がった瞬間、どんな攻撃も弾き返す超頑丈な城壁が守ってくれる安心感が生まれた。

 漆黒の戦士と銀色のゴキブリが対峙し、睨み合う。

 

「いくぞ! ……ゴキブリ!」

 

 前に踏み込んだ。いや、そんな気がしただけだ、実際には全く見えなかったのだから。

 モモンと銀色のゴキブリ(シルバー)は風圧を撒き散らし、激突する。

 早すぎて、イビルアイは何が起きているか理解しきれない。

 高音の金属音が数えきれないほど鳴り響き続けた。

 

「凄い……」

 

 夢を見ているようだった。

 自分を超える怪物から身を(てい)し戦う漆黒の戦士。

 股間の辺りから背中にかけて熱いものが駆け巡り、身を震わせた。

 二百五十年動いていない心臓が鼓動した気がした。

 確かめるように薄い胸に手を当ててみるが、当然動いてなどいない。それでも、そんな気がしたのだ。

 頬を赤く染めるイビルアイは手を合わせ、祈るように涙目で見つめる。

 

「……がんばれ、ももんさま」


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