おかえり、ペロロンチーノ   作:特上カルビ

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一緒に相談

 王都リ・エスティーゼ――ロ・レンテ城。

 玉座に座るランポッサⅢ世の目前、幾人の貴族が敵意をむき出しに対立していた。

 王派閥と反王派閥に分かれた貴族が怒号の混じった応酬を展開し、殺伐とした雰囲気がその場を支配する。王に次ぐ力を持つ六大貴族が半々に分かれ、今も言い争いをする。それは国を良い方向へ導く口論では無い、心中にあるには己が欲望のみ。

 この国に巣食った膿は何世代も前から続くが、王を(ないがし)ろにするほどではなかった。大事(おおごと)を避けるため目を背け放置してきた結果、(ひず)みが大きくなり深刻な程進行した腐敗は根深く、ついにこの世代で対立が表面化したのだ。

 反王を掲げる貴族派閥の力は王と比肩するまで巨大化し、対立が表面化してから絶妙なバランスを取ってきたが、最近起きたある事件がきっかけで一気に崩れていた。王派閥が重要な力を失い、貴族派閥に流れを大きく掴まれた現状。

 

 その原因は、王が絶対なる信頼を寄せた王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの失踪。

 ガゼフが姿を消してから王は見る見る内に活力を失い、自分を責め意気消沈していた。貴族派閥の横槍で装備を剥ぎ取られ、戦士長直轄の部下も少ない人数で死地に送り出さなくてはならなかった事を悔いているのだ。

 王派閥の貴族はこのままでは敗北が必死なのを当然知っており、毎日の様にあれこれと打開策を練ってり万策(ばんさく)尽きたと諦めにも似た空気が漂い始めた頃、僅かな光りが差し込む様に朗報が寄せらた。これでどうにか劣性の現状を巻き返すために息巻いている。まさに(わら)にもすがる思い。

 

「噂のチュパ・ゲティなる冒険者とカルネ村を救ったペロロンチーノなる人物の姿が、村人から聞いた情報と全く同じではないか! あんな珍妙な鎧の男が他にいるか! 明らかに同一人物! 今すぐ呼び出し、戦士長殿の行方を知っているか聞き出すべきだ!」

 

 興奮気味に声を荒げる王派閥の貴族は、窮地を脱するべく一刻も早く戦士長に戻ってきてもらわねば困るのだ。

 貴族派閥は顔をしかめ、怒りに満ちた目線を向ける。

 

「あれから何日過ぎたと思っている? 戦士長殿は既に死んだと見るのが妥当、その冒険者を呼ぶ必要は無い! 我々も忙しいのだ、無駄な時間は使いたくない」

 

 貴族派閥にとって、勝利は目前まで来ている。せっかく策を巡らせ、邪魔だった戦士長を排除できたのに、例え万が一にでも生還されたらまた力が拮抗してしまい、絶好の勝機を失ってしまう。そんな馬鹿げたことにはしないと、チュパ・ゲティの召集に反対しているのだ。

 現在、帝国と戦争中であるが、戦士長の力が失われる事など大したことないと鼻を鳴らす。戦士長の武が凄いことは認めるが、万を超える戦争の中ではちっぽけだと高笑いしていた。国の英雄が失われても、帝国との戦争で国が滅亡するはずが無いと高を(くく)っている。

 それはある面では正しいかもしれない、ただしもう一つの重要な要素――一般兵士への測り知れない影響力を除けば。

 

「分からぬではないか! 戦士長殿は近隣諸国最強なのだ! そう簡単に死んでしまうとは思えない」

 

「なら何故未だ帰ってこず、痕跡も無い!? もうこの世にいないからだ!」

 

「何かの策で身動きが取れぬ状況かもしれぬだろ! 話を聞くだけなら、時間もそう取られないではないか! バカか!」

 

「バカはお前だ、愚か者!」

 

 チュパ・ゲティの召集を必死に実現しようとする王派閥の貴族達は、一目にガゼフの身を案じているように見えるが、実際は自らの破滅を避けたいだけ。

 このままでいけば王派閥に属する自分は全てを失う危機が高く、その未来を回避したいがために、ガゼフに帰ってきてほしいのだ。そうすれば王にも力が戻り、もう二度とガゼフを失わぬようにと、貴族派閥にも強固な態度を取るはずだと理想が脳裏を支配する。

 

 本当にガゼフ本人を心配しているのは王と極一部の貴族のみ。

 それを知るランポッサⅢ世は悲しげな視線で、目の前で繰り広げられる光景を見ていた。ガゼフの行方を知るかもしれない人物を即刻召集したいが、この不毛な争いにまた巻き込んでしまうのは気が引けてしまう。また気苦労を強いるだろう――それでも本心には抗えない、今すぐにでもその冒険者を呼び出したいと、それまで閉じていた口を開く。

 

「戦士長は王国に無くてはならない存在だ、可能性があるなら話しを聞くのは悪いことではない」

 

「王よ、しかしですな、我々も――」

 

「いいのではないですかな、呼んでも」

 

 王に賛同を表明したのは本来有り得ない人物だった。(しわ)の見え隠れする顔には幾つもの傷を刻み、(まと)う雰囲気は猛禽類を思わせる。

 六大貴族の中でも絶大な力を持つ貴族、ボウロロープ侯――反王を掲げる貴族派閥の筆頭貴族。その軍事力は王をも上回ると目され、貴族一の広大な領土を持つ。

 そんな人物から飛び出した信じられない発言、反王派閥は当然だが王派閥の貴族からも驚きで言葉を失う。

 

「聞けばその冒険者達は比類なき力を持つとか。戦士長殿を超えると噂の戦士、それに比肩する弓兵、さらに第四位階魔法を信じられない若さで使いこなすクレリック。この者等の力は冒険者にしておくのは勿体無い、王国最強である私の兵団に入れてこそ輝くというもの。入団するというならば呼んでも構わないのでは」

 

「成る程! さすがボウロロープ侯、妙案です!」

 

 反王派閥の貴族からは絶賛の声が鳴り響く。それならば、万が一戦士長が見つかっても有利な事の方が遥かに大きい上に、行方を知らないとなればもう勝利は確定。ボウロロープ侯の周りの貴族は打算に満ちた笑顔で拍手し、賞賛する。

 その光景を反対側から見つめる貴族は苦虫を噛み潰した顔で、何か対抗策が無いかと必死に思考した。

 

 欲望渦巻き混沌とする中、ただ一人全く表情を変えない人物がいる。六大貴族でもその知略で一目置かれ、両陣営を状況により飛び回る姿から蝙蝠(こうもり)揶揄(やゆ)されている人物、レエブン侯。

 この男だけは全くの無表情、ただ坦々と行く末を観察し今回も有利な方へ擦り寄るだけと、周辺の貴族は考えるが――当の本人は全く別の、底に燃えたぎるものを宿し、誰にも気づかれぬよう冷静を装い務めていた。

   

   

   

   

 王と貴族の論争と時を同じくして、この部屋でも噂のチュパ・ゲティに関する相談事が行われていた。

 一人は王国一と称されてきた美貌と金色の長髪から『黄金』の二つ名で有名な、リ・エスティーゼ王国の第三王女、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフである。

 親しみやすさと民を思う政策をいくつも提案し、王国民から絶大な信頼を得ていた。

 もう一人はリ・エスティーゼ王国に二つあるアダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇のリーダーのラキュース・アルベイン・デイル・アインドラだ。

 此方も長い金色の髪を持ち、ラナーには劣るもののまた別の美しさがあり、その雰囲気から元気で明るい性格が滲み出ている。

 二人はテーブルを挟み、向かい合い椅子に座っていた。

 

「――それにしても村人の言う天使が炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)でそんな数を揃えるとなると、やっぱり陽光聖典の可能性が高いのよね。そうだとしたらペロロンチーノって相当の実力者……。それから唐突に現れた噂の冒険者、チュパ・ゲティ。ねぇ、ラナーもチュパ・ゲティとペロロンチーノって、同一人物だと思う?」

 

「ええ、そうである可能性は限りなく高いと思います。カルネ村を襲った集団は前にラキュースから聞いた陽光聖典で間違いが無いとなると、そんな強敵を倒せるのはほんの一握り。使っている武器も同じですし、何より鳥のクチバシを模したヘルムを被る黄金全身鎧(フルプレート)の人物が短期間で二人現れるとは考えにくいです。例え、全身鎧(フルプレート)の中が別人でも、カルネ村を救ったアインズ・ウール・ゴウンさんと近しいことは明らかではないでしょうか」

 

「そうね、同感よ。そして信じられないけど、モモンが戦士長殿より強いかもってこと。それを言ったのが本物のブレイン・アングラウスっていうなら信憑性があるし、カルネ村を救った一行にはモモンと同じく漆黒の全身鎧(フルプレート)の戦士がいるのよね、そっちは女の人らしいけど……」

 

「そんなのいくらでも誤魔化せる」

 

 二人の会話に割って入ったのは、黒い装束に身を包んだ少女だった。紅茶の入ったカップ片手に、部屋の隅でうずくまる様に座っている。

 

「そうなのよね、巨大な斧頭(バルディッシュ)を片手で持ってたっていうし、こっちも同一人物の可能性ありね」

 

「そういえばルプスってクレリック、そこの王女様に負けない美女なんだって、興味津々」

 

「ティア……全く、あなたは……」

 

「ルプスは第四位階までだからそこはボスが勝ってるけど、顔は敗北」

 

「ほっといてよ!」

 

 女の意地として鋭い視線を送るが、ティアはそっぽを向き無視する。

 

「それにしても分からないわ」

 

 ラナーは考え込む様に、目の前の花柄ソーサーに置かれたカップを見つめた。

 

「陽光聖典は戦士長様を狙ってカルネ村を襲ったのこと。戦闘の熟練者が、標的の居場所を間違えるとは考えにくいです。戦士長様はどこに消えたのでしょう」

 

「ペロロンチーノが何かしたという可能性は?」

 

「……戦士長様は村々を救っています。ペロロンチーノさんの目的も同じく村を救うこと、辻褄(つじつま)が合いません」

 

「やっぱり、普通に考えればそうね」

 

「何事にも不測の事態はありますが……それで、ですね、お二人に――いえ、青の薔薇にお願いがあります」

 

 にこやかにお願いを口にしたラナーに、ラキュースは何とも言えない嫌な予感に見舞われる。

 

「……なに?」

 

「ゲティさん達の情報が欲しいです」

 

 やっぱりと、想像通りの言葉にラキュースは深い溜め息をつく。

 

「気持ちは分かるけど、こっちとしての本音はあまり敵対行動は取りたくないのよね。噂が全て事実なら、実力は間違いなくアダマンタイト級冒険者チーム。情報一つ得るにも相当難しいし、ばれたらどんな対応を取られるか……」

 

「貴族の方々が何かをしでかす前に、色々掴んでおきたいのです。ラキュースもそう思いませんか?」

 

 これはその通りだと、ラキュースは頷くしかない。この国の貴族なら何か不遜なことをしても何もおかしくない、むしろシックリ来る。

 

「そうだとは思うけど……具体的に何が知りたいの?」

 

「まずは偽名の理由です。名前を隠したことから正体を知られたくないのは明白ですが、村を救った時の特徴的な装備をそのままでは、これも辻褄(つじつま)が合いません」

 

「確かに、実力がアダマンタイト級冒険者チームなら、そんなマヌケな失敗はしないでしょうね」

 

「そして、本当の実力です。まだ何か隠している気がしてならないのです」

 

「それは充分有り得る、私達のあの仲間みたいにね」

 

「人柄も重要なポイントです」

 

「言えてる」

 

「さらに、王都に来た目的です。冒険者になった理由もそこにあるはずです」

 

「ちょっと、いくつあるのよ、呆れるわ。まぁ、ここは出来るかどうか、ティアに聞くのが手っ取り早い。情報収集なら一番働くでしょうし」

 

「ルプスに興味津々」

 

「あなたそればっかりね。はぁ、否定しないなら出来るってことね。しょうがない、引き受けるよ」

 

「有難うございます、感謝します。ラキュースならそう言ってくれると信じてました」

 

 話しがまとまり、一段落したラキュースとティアが席を立つたと同時に、扉を強めにノックする音が響く。王女がいる部屋には当然相応しく無く余りに不敬だが、どうやら何か緊急事態が発生したようだった。

 

「失礼します」

 

 部屋に入ってきたのは短く刈られた金髪の青年だった。その姿を目にしたラナーは嬉しそうに微笑む。

 

「クライム、よく来ました」

 

 ラキュースに見せていたものとはまた違う、別の笑顔。(はた)から見ているラキュースもそれを敏感に感じ取れるのだ、向けられた本人は目が泳ぎ動揺するが、すぐに表情を引き締めなおす。

 

「は、はい、ラナー様、実は至急にお伝えしたいことがあります。エ・ランテルでアンデッドが大量発生し、市民に多大な被害が出ているようです」

 

「本当!? アンデッドの数は!?」

 

 目を見開き驚き混じりのラキュースは、クライムからより正確な情報を聞き出そうとする。

 

「情報が確かなら数千ということです……」

 

「数千……かつて同じことがあったわね、まさかそれの再現?」

 

 ラキュースはすぐさま、頭の中で対策をいくつも練り上げ始める。

 

「きっと私達に依頼来る」

 

 ティアの発言にラキュースは肯定の頷きを返す。

 

「そうね、これだけ大きい事件だと冒険者組合が黙ってない。そしておそらく、ゲティ達も依頼されるでしょうね」

 

 この言葉にラナーは反応を示す。

 

「私が出した先程の依頼も忘れないでください」

 

「悪いけど、人命救助優先」

 

「当然です! 善良なる市民達が無残に散っていくのは想像もしたくありません。救える命は全て助けてほしいです。ただ、頭の片隅にでも覚えていてほしいのです。此方も王国を救うために必要かもしれませんから」

 

 ラナーは蒼い瞳に涙を浮かべ、ドレスを握る手は小刻みに震えている。

 クライムはなんとお優しいのだろうと、つられて泣きそうになるのを何とか堪える。慈悲深いラナー様のことだ、沢山の命が無くなっていくのを我慢出来る筈がない、酷く心を痛めているのだろう、と。

 ラキュースもクライムと似たようなことを思い、さらにゲティを調べ、王国を救おうとしているのだろうと、良き友人を持てたことに感動が込み上げてくる。

 

「分かった、でもさっき言ったように救助が先、でもその機会があれば探ることも考慮に入れましょう」

 

「有難う、ラキュース」

 

「いいのよ、ラナーの頼みだもの」

 

 依頼されるであろうアンデッド事件の解決とゲティ達の調査、二つの案件を胸にエ・ランテルへ向かう気持ちを強く刻むのだった。

     

     

         

 一方その頃、チュパ・ゲティは焼き鳥を食べていた。

 

「うめー」


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