おかえり、ペロロンチーノ   作:特上カルビ

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一緒に勝負

 結局、宿屋にいた全員の冒険者が見学者となる。宿屋の裏手は充分な広さがあり、手合せ程度なら問題無く行える。

 適度な距離を保った二人は、ゆっくりと武器を構えた。ブレインの武器は南方にある都市国家から時折流れる刀。圧倒的な切れ味を誇るが、それに見合う高級品で数も少ない。一流の品は一流の手に渡る物、刀を持っているだけでブレインと名乗る男が本物である信憑性が増している。無論、裕福な者なら手に入れられるが、使えもしないものを高いお金を出して買う者は多くない。趣味で集めるという線もあるが、野性味ある風貌はとても裕福層に見えない。

 観戦者からやはり本物じゃないかと、隣同士での会話が始まる。

 

 もう一人のモモンと名乗ったの戦士は漆黒の全身鎧(フルプレート)(まと)い、両手でそれぞれ握るのは白銀の刀身を持つ巨大剣グレートソード。本来、グレートソードは両手で一本を持つのが普通、それ以外の使用法など無いのが常識。そもそもそのあまりの重量に、使い手自体が少ない。この漆黒の戦士の腕力は人間の域を超えている事の証明。

 巨大な剣二本で構える姿も威圧感があり、対峙していない観戦者ですら気圧されるほど。心臓は高鳴り身震いするが、これはアインズがこう構えたらカッコいいなーと適当にそうしているだけである

 漆黒の戦士と刀の戦士は、互いに武器を構えたまま全く動かない。

 観戦者は固唾を飲んでその時を待つ。自分が戦うわけでもないのに、緊張で汗が頬を伝う。

 二人はジリジリと自分の有利な距離を取ろうと、僅かな動きで牽制し合っていた。

 

「ハッァクション!」

 

 チュパのくしゃみに反応し、二人の戦士は瞬時に飛び出す。

 土煙を舞い上げ、暴走した猪の様に一直線と迫る。

 その迫力は魔獣同士の激突を連想し、誰もが武器と武器のぶつかる瞬間を予感するが、ブレインは振り下ろされるグレートソードをいなす様にかわし、モモンの横手に回り込む。(はな)から武器での受け合いを想定していない動き。当然だ、いくら細身の見た目より丈夫な刀とはいえ、グレートソードと打ち合うなど余りに分が悪い。

 隙を突く横凪ぎされた刀は、振り下ろしでがら空きとなった脇腹へ迫る。モモンの利き腕は宿屋での仕草で右と見切り、どちらの武器で攻撃されるか予測された動き。

 左手のグレートソードでは受けることが出来ず、早くも決着が目前。

 ここでモモンは刀が脇腹に触れるかどうかのところで、予想外の動きを取る。地面に突き刺さったグレートソードを中心とし、円を描く様に体を移動し、迫る刀から追いかけっこをする形で逃れる。

 振るわれた刀より早く動けるなどありえなかったが、事実は自分の目の前で起こっている。

 モモンはそのままお返しとばかりにブレインの横手に回り込み、左手のグレートソードを横凪ぎに大回転させる。土煙が竜巻の様に広がり、大木を両断出来ると確信する威力。

 ブレインは冷静を心に刻み、迫る巨大な刀身を体をかがめて回避するが――見上げた先で目にしたものは右手で振り下ろされたグレートソードだった。命の危機を感じる一撃、ブレインは両足に全神経を集中し、一気に後方へ跳躍する。 

 

 ――この間僅か数秒。

 

 観戦者から歓声は起こらなかった。本来、凄いものを見たときは喜びに手を叩き、声を荒げる冒険者が口を大きく開けたまま固まり、その光景は並んだ石像を連想させた。

 モモンは追撃をかけず武器を構えたまま、動かない。

 ブレインは無駄な力を体から抜くようにリラックスを心がけ、大きく空気を吸い込み吐き出す。強いとは分かっていた、しかし、それを遥かに凌駕していた。このモモンという戦士は予想以上、技術はそれほど高く無いと感じるが、身体能力が想像を絶していた。一級の魔獣が武器を使えばこうなるだろう、戦い方。今はまだ戦えるが、これから腕を磨き技を高めれば、自分では到底勝てないと全身が警告している。歯を食いしばり、悔しさが込み上げる。

 

 ――ガゼフ以外の敗北は刻まない。高揚した気持ちを抑えきれなくなったブレインは実行を決意する、自らが編み出した最高の切り札を――。

 

 腰を落とし、刀身を(さや)に収める。

 深呼吸し、心を落ち着かる。極限まで高まった集中、自分から全てを認識する世界が広まる、オリジナル武技『領域』。

 侵入したものを即座に認識し、投げられた米粒をも両断する精密さを合わせ持つ。

 自分が支配する世界で放つのが、オリジナル武技、『瞬閃』。

 どんな強敵も急所を正確に突けば倒れる。ただ相手よりも、とにかく早く切り裂くことに特化した一撃。

 まさにガゼフを超えるべく編み出した切り札――だが、ブレインはそこで終わりにしなかった。瞬閃でさえ、扱えるまでに絶え間ない努力をしてきたのだ、これより先は他人から見れば地獄。ただ瞬閃を繰り返しこなし、こなし、こなす。他には何もない、朝も昼も夜も、ただこなす。永遠とも感じ折れない心にも揺らめきが見え隠れする、それでも迷いを断ち切り瞬閃を振り続けたある日、ついに掴み取る。

 瞬閃を超える一撃――『神閃』を。

 

 ブレインは抜刀の構えのまま動かない。モモンは徐々に距離を詰めていくが、ブレインは微動だにしない。

 充分に斬れると確信した黒い巨体は、地面を蹴る様に飛び出す。 

 ブレインの研ぎ澄ませた領域は、迫る漆黒の戦士を捉える。 

 

 二つのオリジナル武技、領域と神閃これらを合わせしは秘剣『虎落笛(もがりぶえ)』。

 

 神の領域に達したと自負する一撃、それは一直線に振り下ろされるグレートソードへ向かう。本来、虎落笛(もがりぶえ)は急所を正確に狙うが、これは殺し合いではない。狙いはグレートソードを横から斬り付け軌道をずらし、すぐさま刀を相手の首元で止める事。モモンの剛腕は常人離れしているが、相手の力をうまく利用すれば抗える筈がない。

 

 自分だけが支配する領域内、的確に認識するグレートソード目掛け虎落笛(もがりぶえ)を振るう。刀の軌道は寸分の狂いも無く、まさに理想通り。

 刹那(せつな)、刀に物体の当たった感触が手のひらに広がり、弾き飛ばさんと力を込めるが――異変に気付く。

 握っていた筈の刀の感触が完全に消えていた。武技、領域で認識したものは、弾き飛ばされる一本の刀。

 

 グレートソードの軌道を変えるどころか、逆に弾かれる。モモンの力は想定よりも遥か上、魔獣そのもの。

 気が付いたら肩にグレートソードの刀身が軽く当たり、止まっていた。

 ブレインは拳を握り締め実感する、自らの敗北を。

 モモンはゆっくりグレートソードを持ち上げた。

 

「私の勝ちだな、いい勝負だった」

 

 ここで初めて周辺から歓声が上がる。興奮を抑えられず声を荒げ、拳を天に突きだす。

 モモンは茫然と佇むブレインに目をやる。この手合せは接近戦の経験が無いモモンにとって、とても充実の内容だった。多少は剣の練習をしてきたが、やはり実戦は得るものが多い。さらに腕を磨くには、コキュートスのアドバイスが必要と心にメモを取る。

 

(それにこの男は結構有名みたいだし、噂が広まるまで少し待ってみるか。一旦宿屋の部屋に行ってからナザリックに戻って仕事を片付けるか)

 

「では、私たちは宿屋に戻る」

 

 モモンは堂々とした足取りでその場を後にする。冒険者の誰もが漆黒の背中に羨望の眼差しを向ける中、ブレインがポツリと(つぶや)く。

 

「……ガゼフも御前試合から腕を上げているだろうが……それでも、モモンの方が上かもしれん」

 

 ブレインは絶え間ない修行でガゼフを超えたと自負していた。たとえ、まだ届いていなくとも、肉薄しているはずだ。だが、モモンは終始余裕の雰囲気を全く崩していない。なら、まだまだ底があるということ。故にそう結論付ける。

 実際はブレインとの闘いにそこまで余裕があった訳ではない。モモン自身が演じていたのと、陽光聖典からの情報で自らの強さがかなり上との事実、さらに弱者の攻撃を受けないパッシブスキルの存在。これらが、ある程度心に余裕を持たせていたのだ。

 ブレインの漏れた心の声を、傍で聞いた冒険者が目を見開く。ガゼフよりもモモンの方を高く評価した事に、驚きを隠せなかったのだ。

 

 宿屋へと戻り、ナザリックに転移したモモンは理解していなかった。ブレイン・アングラウスに勝つという意味を。噂が少しでも広まればいいなと気軽に考え、冒険者組合に行った時に有利になることもあるだろうと、その程度の認識。

 重大さに気付いていないチュパとルプスはナザリックに戻らず、宿屋の部屋でしばし談笑していた。

 

「獣化するとメイド服はどうなるの? この世界だと性質が変化してるのもあるし」

 

「まだ試してないっす。やるっすか?」

 

「是非、お願い」

 

「了解っす」

 

 ルプスが狼に獣化すると、メイド服はどこかへ消えていた。ユグドラシルと同じ結果にチュパはガッカリし、肩を落とす。

 赤みかがった毛並のルプスっはちょこんと座り、ベッドに腰掛けるチュパを見上げた。

 

「今、裸だけど恥ずかしくないの?」

 

「狼だから余裕っす」

 

「なるほど」

 

 さすがのチュパも狼には欲情しないが、ルプスが裸という事実は興奮させられた。

 

「よし、この実験の大きな意味はここからだ。人間に戻る時にメイド服がどうなるかが最大のポイント。さっきの結果から、おそらくメイド服は普通に着ているのが濃厚。でも、もしかしたらがあるかもしれない。なら、やってみなくてはならない。コレは物凄く大事な実験だ。頼む神よ!」

 

「神はアインズ様とペロロンチーノ様っすよ? 戻るっす」

 

 狼だったルプスの体は人間形態へ変化していく。そのままいつも通りのメイド姿に戻ると、チュパは心底落胆した。神はいないと、この世界に来て一番の失望。

 

「くそ、どういう原理だ? メイド服を着ている状態になったとしても、狼から人間に変わる僅かな時間なら裸が拝めると思ったのに、いい具合に見えなかった。アニメのパンツがうまく隠れる現象に似てるな、これは解明すべき謎だ」

 

「必死すね」

 

「当然だよ、次は――」

 

 チュパの次なる実験を(さまた)げたのは、ノックする音だった。

 

「誰だろう、ルプス頼む」

 

「はいっす」

 

 扉の向こうから現れたのは、モモンとブレインの一騎打ちを観戦していた冒険者だった。モモンに因縁をつけた冒険者の仲間だから見覚えがある。

 

「どうした? 何かようか?」

 

「いや、それがですね、モモンさんの噂を聞いた冒険者組合長に呼び出されて戦いぶりを話したんですが、是非会いたいと言われたんで、それを伝えに来たんです」

 

「冒険者組合長? そんな噂になってたのか。まだ一日も経ってないんだけど」

 

「かなり広まってますよ、何せブレインさんに勝ってますから。それに、ブレインさんがあのガゼフ・ストロノーフよりも強いかもって言ってるんで、凄い噂になってます」

 

 モモン達の予想に反し、噂は信じられない速さで瞬く間に広がっていた。ブレインに勝った事実だけでも大事(おおごと)なのに、モモンはガゼフを超えているかもしれないの一言は衝撃的だったのだ。実際に戦ったことのあるブレインの言葉はとても重い。

 

「ブレインってガゼフと戦ったことがある?」

 

「はい、互角に渡り合ったと聞いてます」

 

「へー、分かった、モモンに伝えてから行く」

 

「はい、お願いします、では」

 

 冒険者は頭を下げてから姿を消す。最初にモモンをニヤついた表情で見ていた冒険者とは、到底思えない程の変わり様だ。

 チュパはさっそくとモモンに伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

『アインズさん、今いいですか?』

 

『はい、ペロロンチーノさん、大丈夫です。どうしたんですか?』

 

『ブレインに勝った噂がかなり広がってるようです』

 

『もうですか? 早すぎませんか?』

 

『ブレインはガゼフと互角に戦ったことがあるみたいです』

 

『なるほど、王国の最強戦士と互角だった男に勝ったからですか』

 

『そうみたいです。そのことで、冒険者組合長に呼び出されました』

 

『分かりました、今から行きます』

 

 少ししてから、部屋に漆黒の闇が出現し、そこからモモンが姿を現す。

 

「まさか、あの男がここまで役立つとは嬉しい誤算だ」

 

 幸先がいいとモモンは上機嫌に笑う。チュパもブレインがそんな大物だとは思っていなかった。

 モモンを先頭に街に出ると、誰もが此方に視線を向ける。最初に来た時よりも遥かに強い熱視線。一目見ようと、わざわざこの場所まで駆けつける者が後を絶たない。

 冒険者組合に到着し、中に入ると外まで聞こえていた騒がしかったざわめきが、嘘の様な静けさに包まれる。

 モモンが冒険者組合長はどこかと視線を左右に動かすと、受付嬢が震えながら近付いてくる。

 

「モ、モモン様ですね? 此方には冒険者組合長に呼ばれた件で来られたのですか?」

 

「そうだ」

 

「畏まりました。どうぞ、此方でございます。私の後についてきてください」

 

「了解した」

 

 モモン一行は受付嬢の後に続き階段を上がっていくと、扉の前まで案内される。

 

「此方でございます、どうぞ」

 

 丁寧にお辞儀する受付嬢にモモンは頷き、扉を開け中に入る。

 そこにいたのは冒険者組合長や魔術師組合長などのそうそうたる人物とブレインだった。

 

 そこでの質疑応答はブレインを交え行われた。

 ブレインはモモンをガゼフを超える可能性のある超戦士と断言。

 モモンはチュパ・ゲティの事を、戦う条件次第でかなり苦戦を強いられると伝えた。背中の武器から弓兵(アーチャー)とすぐに察せることから、距離を取られれば分が悪いことだとすぐに分かる。適正距離を取ればモモンをして苦戦となると、この派手な男も相当の実力者。チュパ・ゲティがしていた装備を鑑定した魔術師組合長は、驚きの余り絶叫してしまうほど。

 最後に紹介したルプスは第四位階の使い手ということにした。モモンは第三位階でいいんじゃないかと思っていたが、それでは最高位冒険者となるのに弱いのではと、チュパ・ゲティとの話し合いで変更していた。

 冒険者組合長や魔術師組合長にとって、ルプスも才能の塊だった。黄金と称される姫君に引けを取らない美貌、その若さで第四位階に到達する実力。魔術師組合長などは泡を吹きながら、発狂していた。

 ルプスの才能ならば、精進すれば第五位階に到達できると確信できた。クレリックの第五位階ともなれば死者復活(レイズデッド)がある。既に王都にはアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラがいる。彼女は死者復活(レイズデッド)を使うことができ、ルプスも習得すれば万が一どちらかが倒れても、互いで生き返らせることができる。その重要性は計り知れない。

 

 冒険者組合長は三人にオリハルコンのプレートを提示する。未だ、依頼を一つもこなしていない(カッパー)の冒険者には普通なら有り得ない評価だが、実力はアダマンタイト級冒険者を証明している。

 さすがに依頼を全くこなしていない現状、アダマンタイトは無理だが、大きな仕事を完遂していけばそれもすぐ実現するだろう。

 大した苦労もせずとんとん拍子に上り詰めていった事に、モモンは内心ほくそ笑む。

 

 順調すぎる展開に浮かれるモモンは気付いていない。ある致命的なミスを犯していることに……。


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