無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

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八話 悪姫襲来

ムシガ……イル…… 

コウルサイ……ハムシガ……

イッピキ…イヤ…ニヒキ……

ムシスルニハ……メザワリダ……

ワタシガ……ジキジキニブッツブシテヤル……!

 

 

暗い暗い海の底。

その暗黒な世界に似つかわしくない、白亜の姫が天を仰ぐ。

その視線の先の海上に、自分の「敵」が彷徨いてることを感じる。

 

その鬼からしたら、ただただ、嫌な気分である。

寝る前に蚊や蠅がぶんぶんと飛んでるような、そんな目障りな耳障りな気分だ。

それこそ、自分で元凶を殺さねば、気が済まないようである。

 

そんな衝動に駆られた白い姫が、海上へ向かっていた…。

 

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一方、その頃、パラオ洋上45キロ地点にて。 

 

 

「…肩慣らしにも、ならないな」

 

深海棲艦の血糊をついた刀を、ぶん、と強く振り回し。

その勢いでもって、氏真は無表情なままで刀の切れ味が落ちない様に血糊を吹き飛ばして応急措置を取る。

そのままロ級に差した脇差しを回収した後に、加古に目を向けると、いつもの様な柔和な表情を見せてこう告げた。

…とりあえず、当座の危機は去ったっぽいからちょっと回収おねがいするよ、と。

 

加古は、そんな涼しい顔で顔色一つ変えずに深海棲艦を屠る氏真に少しならず畏怖の念を感じていた。

 

 

氏真みたいな生身の人間が海上を走る、そして超人的な剣を振るう。

それはいい、その事については心底驚いたが、加古からしたらむしろ親近感すら感じていた。

 

…氏真さんはまるで自分たち艦娘みたいだな、と。

 

加古からしたら、氏真は、金剛の事で絶望していた自分の懸念を根こそぎ切り払ってくれるヒーローのようなものだったのだから、尚更親しみを感じていたのかも知れない。

しかも、その力は限り無く人間離れしているが故に、それこそ「兵器」でしかない加古たちと対等な位置に立てる人間で…

そして兵器でしかない自分を「友達」とまで評してくれる程に、歩み寄ってくれた存在なのだから。

氏真の気さくな人柄も相まって、いつしか柔らかい…兄のようなイメージを、加古は氏真に抱いていたという。

 

しかし、その氏真の戦場での戦い方は、まるで加古からしたら今までの氏真に抱いていたイメージを覆すものだったのだ。

そう、最初に深海棲艦を加古のドラム缶の上から一匹仕留め、その後に小規模な深海棲艦の群れと交戦した際の事である。

 

 

その気に成れば海すら割れる氏真ながら…最初に深海棲艦のロ級を一撃で仕留めて以降は、わざと彼は深海棲艦を一撃で「殺さない」。 

 

なぶり殺しにでもするかの様に、氏真は執拗に急所を外した斬撃を少しすつ深海棲艦にダメージを与えていく。

氏真が敵の砲撃を察知すれば、すかさず転がっているロ級の死体を盾にして、或いは氏真に体躯の近いヲ級を無理矢理羽交い締めにして人質を兼ねた肉壁にして同士討ちを誘う。

常に接近戦を仕掛けることで、エリート級のヲ級からの艦載機の爆撃や、イ級やホ級の危険な魚雷を撃たせない間合いを取り、徹底的に反撃を許さない。

にっちもさっちもいかなくなって退却しようとしたものから、氏真の「本気」の一撃で倒されていく。

 

そうして…身動きが取れなくなった深海棲艦の群れは、まるで肉の塊をナイフで削ぎ落とすかの様に…時にはじわじわと、時にはざっくりと、「削り殺されて」しまった。

まるで、どちらが悪かわからないかのような、卑劣な勝ち方で有った。

 

だが、氏真からしたら最も効率が良くて、加古に危険がない様に戦っているに過ぎない事は留記しておく。

 

加古はただでさえ初陣で浮き足立っている状態なのに、武装をほとんど輸送用に特化させて砲を外している。

つまりこの戦場ではまるで役に立たない加古を守り、多対一で氏真が刀一本で「勝つ」と成れば…まあ不意打ちと闇討ちからの伏兵警戒しつつな人質作戦と、卑劣にもなるだろう、というだけである。

とは言え、加古からしたら余りにも予想外な戦い方でも有り…何より「氏真らしくない」と、感じるしかないもので、彼に対する認識を改めるには充分で有った。

 

…そして、形容しがたいもどかしさも気持ち悪さも、加古は感じていた。

 

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「……ああ言う戦い方は、良くないよ」

 

ぽつりと、あの戦いを「切り抜けた」氏真に対して、加古は漏らす。

ドラム缶の上に乗っかっている氏真は、実になんとも言えない表情で、諌めるかとも呆れるかとも取れる口調で氏真は返した。

 

「…戦いは、講談のような綺麗なものじゃないよ。ああしないと君が危なかったし、勝てるならそれこそあの程度の汚さは必要経費だ。君は戦いに…それとも僕に、かな?幻想を抱きすぎだ」

 

氏真は、そう言って加古を睨み付ける。

 

そして、氏真はあの時代を思い出す…自分がかつて生きていた、自分が足下にも及ばない器の有る英雄達が、如何に成り上がるかを競って死んでいった戦国のあの頃を。

 

その時代、己の武力と器量と頭脳こそが何より重要であり、その点で「竹千代」… 

否、初代将軍徳川家康という、氏真が最も良く知る最大最強の悪友を見てきたこそ、感じていた事を脳裏に浮かべている。

…戦いは殺し合いなんだから、英雄同士の横綱相撲のようなものは幻想でもっと卑劣で泥臭い、そこを勘違いして英雄気取りで戦おうとするヤツこそ真っ先に死んでいった、と。

逆になにがなんでも生き抜き泥臭く戦い抜くヤツこそ、大成していった、と。

 

氏真は、そんな時代で生きていた生き証人でもある。その辺りの冷徹さは、やはり氏真も一人の「武将」でも有った。

 

 

だが、加古は氏真に怯まずに、それでも、と口にする。

戦いは綺麗なものじゃないことぐらいは前世でわかっている、それでも、と。

そして、こう続けるので有った。

 

「上手く言えないけど…アンタは、アンタはアタシ達にとってヒーローなんだ!それに、アタシだって『覚悟』ぐらいして来てる…だから…そんなアンタの剣が泣くような戦い方は、できれば…しないでくれないかな?」

 

 

…ああ、くそ、そう来たか。

 

氏真は加古に対して、一本取られたような表情になり、額に左手を乗せて天を仰ぐ。

そして、氏真は内心こう続けた。

 

…僕からしたら塚原先生が野盗みたいな戦いするのを見せられてたようなもんか、いや塚原先生はなにしてもおかしくないけども…そりゃ見たくないわな、「剣が泣いてる」なんて言い回しされたら、しょうがない、か

 

 

「…なるほどね、確かに君は間違ってないや、僕が間違ってたみたいだ」

 

氏真はなんとも言えない表情のまま、優しい口調で加古に同意する。 

加古も苦笑いのまま、生意気言って悪かった、と返す。

実に、ほのぼのとした時間が、一瞬だけ流れた。

そう…「一瞬だけ」である。ここは、戦場なのだ…

 

 

「…!加古ちゃん、この気配は……!」

「このエネルギー反応、まさか!?」

 

まるで、ドロリとした殺気が背中を嘗めるかのように、二人の背後に強大なエネルギーが浮上する。

そんなエネルギーの発生源は…実に不可思議なものである。

 

まるで雪のような白い肌。

黒髪はいやにうつくしく、その肢体も扇情的である。

その頭上には鬼の角らしきものが生えており。

その瞳は血のような紅色をしていた。

そして、その白い姫の傍らには、2匹の巨大な使い魔が侍っている。

 

その姿は、まるで地獄で蠢く鬼の様に恐ろしく、天上の国の姫の様に美しかった。

それを見た加古は思わず口を開く。

 

「…戦艦、棲、姫……!?な、なんで……」

 

そう加古は口をあわあわさせながら、その暗黒から来た白い姫の正体を口にする。

その名前は深海の「姫」、数多の艦娘を苦しめてきた、魔の深海棲艦最上位の敵である。

その力は艦娘数人ぶんとも言われ、下手したら一個艦隊すら追い払えるという。

正に悪夢、そう言うにふさわしい存在で有った。

 

加古からしたら、まるで相手にならぬ敵を前にオロオロする中で…氏真はというと。

ニヤリ、と笑みを漏らしながら、こう言って宣戦布告した。

 

 

「…落ち着いて加古ちゃん。こう言う時はこう宣言するのさ、『今川家十代目当主にて今川流創始者、今川氏真!戦艦棲姫相手にとって不足なし、いざ尋常に勝負なり!』…ってさ!君が、教えてくれたこと、だろ?」

 

 

加古が、なんだか一瞬だけキョトンとして…そして、少しだけ吹き出して笑う。

戦艦棲姫は、そんな彼らを、不気味に無表情に見つめ続けていた…。


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