無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

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七十話 十勇士始末、トラック始末

さて…釣竿齋の『仕込み』の結末の描写の捕捉ではあるが。

話は、少しだけ逆巻き、ある描写を挟ませていただきたい。

 

 

~深海、トラック泊地地下数百メートル~

 

「…トキハ、ミチタ!」

 

深海棲艦の王の中の王…姫クラスや鬼クラスのネームド級すら束ねる、言わば皇帝のような深海棲艦が檄を飛ばし、対する周囲に居る数多の深海棲艦は、王の演説を静聴する配下の如く恭しく頭を垂れながらその皇帝の声に耳を傾けている。

 

皇帝…そうまで例えざるを得ない、深海の中の支配者の中の支配者。

その名も『中枢棲姫』と言う深海棲艦の白亜の身体に長髪と長躯を持つ、歴戦の海の支配者と呼べる、超生物である。

その姿には、数多の傷が刻まれており…その、黒き仮面のような傷跡は、彼女の戦いの数々の結果を滲ませている。

同胞ですら殴りかかり、勝利し続け、小細工無しの『強さ』のみで従え続ける…彼女は、そう言った存在だったのである。

 

氏真達が『ボス』として対面したことがある、かつての加賀や阿賀野の姿でもある戦艦棲姫や軽巡棲鬼など足元にすら及ばない格と強さを誇るその中枢棲姫はと言うと。

空母棲姫や防空棲姫と言う姫クラス、南方棲鬼や駆逐古鬼のような鬼クラスと言う…一般の海域はおろか、通常ならば『イベント』でも主役を張れるだろう深海の猛者すら手勢にしながら、天を指差す。

そして…こう告げるのである。

 

「イマコソ…イマイマシキカンムスヲ、ホロボスノダ!!」

 

…そう、中枢棲姫は、まるで出来て当然のような口調のままに、自分達のやるべき事を命ずる。

 

艦娘…つまり、深海棲艦の忌々しい天敵どもが基地にしてる鎮守府施設への強襲計画。

ごくごく単純明快ながらも、容赦無しの、地下も真下から陸上へと一直線に襲うと言う『必殺』の計だ。

悟られぬ様に艦娘達の基地の直下1万メートルに此方基地を作り、同胞をスカウトし、弾薬や燃料などの準備も必死になり調達し、艦娘に万一の遅れすら取らぬよう訓練し…と、準備こそ大変であったが、全てはこの為にこそあった事だ。

 

天に居る天敵を駆逐して…深海棲艦が支配する海へとするために、わざわざ中枢棲姫は、自らの主義を曲げてまで小細工に走ったが、最早我慢する必要は無い。

 

「…ジュウリンノ、ジカンダ…!」

 

そう言う中枢棲姫の声に合わせて、深海棲艦でも知恵のある者達は、彼女の声に応えるかの様にオオと閧の声をあげ、拳と共に天を向く。

               

そして…彼女達は、自らの待ち受ける運命を、頭を天に向けたその瞬間にこそ知ったのかも知れない。

或いは、最期まで気付かなかったかも、わからない。

ただただ、一つ言えるとするならば、中枢棲姫達十数の姫・鬼級を含む、数百は下らない大軍勢だった深海棲艦達は…何ヵ月も仕込んだ『計』を日の目を見せる事も無く、光と共に塵と化しただろう、と言うことである。

 

そう、釣竿齋が数ヵ月もの間もかけ、法力の殆どを『トラック泊地の土地その物』を触媒に、仕込み解き放った浄化の光による深海へむけた光と共に、天から降り注ぐ雷鳴焼かれたイカロスが如くに閃光に呑まれ、悪鬼の魂はトラックの地もろともに浄解されてしまったのである…

 

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~同時刻、YS-0機内~

 

 

さて…そんな形で、トラック泊地ごと光と化した深海棲艦。

その状況下の解説を、下手人と呼ぶべきか仕掛人と呼ぶべきか、な男である釣竿齋が軽く加えていた。

 

「深海棲艦…だったか、海に住まう悪霊とでも呼ぶべきかの?ならば、正直な話をすれば、拙僧からしたら千が相手だろうが万が相手だろうが、敵の位置さえわかり迎撃準備さえ取れる時間さえ有れば負ける気がせん。相性が良すぎるのだよ…拙僧からしたら、彼奴ら深海棲艦の様な化外の類いは。言ったろう、『法力とは衆生を救う術』だと…要は、浄化や成仏の術の類いよ。相手の位置が、地下数千里と言う途方もない範囲が範囲故に仕込みこそ大変だったのだが…まあ、あの地は『触媒』として起爆剤に使った故に消し炭すら残しても居まいが、深海に棲む脅威を祓えた代償と思いたまへ」 

 

そう、難なく告げる釣竿齋に対して…他の連中は、と言うと。

『策』の根幹かつ最終段階の事柄故に事前に説明を受けて居た九人の大本営出身のメンバーと島田、瑞鳳経由で話の流れを先に聞いていた加賀ですら、トラック泊地を深海棲艦ごと粒子に変えるは数千キロは離れた場所からでも見える光の火柱と言う、起きた結果を見て唖然とするばかりだ。

 

残りの、事前に知識すら無いパラオのメンバーや、札を付けられていた為に洗脳されて記憶が無かっただろうトラック泊地の本来の面子は…もう、異常事態に声すら失い、口をあんぐり空けて放心するばかりである。

 

そんな中、唯一と言っていい冷静さを保っていた一人の艦娘が、ポツリと横から口を挟んだのである。

 

 

「…まあ、起きたことは何もかも想定の範囲外過ぎる感は有りますが、ふむ…成る程、コレは意外と事後処理が簡単かつ穏便に済むことかも知れないでしょうか。その辺りも、あの方にも多少ならず今回は相談することになりますね…突然かも知れないですが、兎に角、緊急で元帥様に連絡を入れたいのでこの機の通信機の使用許可をお願い致します、機長殿」

 

…それは赤城だったと言う。

 

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~それから、約40分後~

 

「…ワシの理解を、越えすぎて…何が何やら…」

 

赤城の直属の上司かつ、海軍の最高幹部…元帥。

彼が、赤城経由で全てトラック泊地の事情と顛末を聞かされた彼は、電話越しとは言え明らかに放心してるとしか言えない顔をしてることが解る声で、こう赤城の説明に対して返すしかなかったと言う。

 

「どうしよう…流石に僕でも、同情せざるを得ないな.コレ…」

 

氏真も、こう相槌を打つしかなかったこの異変の結末だったのであるが。

赤城は、何もかも計算通りに事を運んだ釣竿齋以外の、そんな唖然とする全員を尻目に…淡々と、こう締めた。

 

「まぁ、結果的には、と言う話にはなりますが…『棄てざるを得なかった泊地を前倒しに放棄した代わりに国際問題かつ未曾有な危機だった深海棲艦の大群を退け、ついでにMIAだった提督以下数名の保護を成功する』と言う、最上の結果だった、と言う話は…念頭に置いて下さいませ、元帥様」

 

 

そう、恭しく通信機越しとは言え頭を下げながら、赤城が元帥に連絡を入れた理由には…訳がある。

結果的には最上の成果を引き寄せるために、大本営の勅命に背かざるを得なかった、川内達9人の事があったからだ。

 

何故なら、そこを念押しして話を進めないと…やり口こそ最低な部類と言わざるを得なかったかも知れないとは言え、トラック泊地の職員どころか現地の国民の治安と国際関係、ひいては日本全てをも守ろうとした護国の士でもあり続けた彼女達の想いをも無下にする結末は、赤城のみならず予想が付いていた。

 

このまま、真っ直ぐ大本営に帰参しても…下手したら、何もかもを守ろうと頑張って良心にすら背きながら釣竿齋に荷担した9人に対して、即解体からの追放・懲役刑はおろか銃殺刑が普通に有り得る。

それは…あまりにも、あんまりでは無いか。

トラック泊地その物の脅威を祓い、トラック泊地の者達の全てに責任が無いように保護を成立させる為だけに、ここまで全てをなげうった者達の結末がソレと言うのは。

 

ついでにいえば、元帥本人も個人的な交流があった陸軍元中将の甥…元パラオの提督。

彼を含めた数名の海軍関係者が復活したのも、こちらは予想外かつ結果論でしかなかったと言えるが、釣竿齋主導の計略が有りき、と言うことである。

 

結果論からしたら、海軍から見たら喪うものが最小限でありながら、得るものまであった。

釣竿齋に荷担して勅命にも逆らったからこそ、その結果で済んだのだ。

 

仮に、彼女達が居なかったら…起きていた事態が予想が付く。かつて榛名が語ったことがそのまま早晩起きただろう、と言う話がである。

そう…トラック泊地の生存者すら殆ど消滅し、深海棲艦の脅威を祓うのに多大な犠牲が起き、かりに深海棲艦を倒せたとしても事後処理ですら大変なことになるだろう、と言うことが、だ。

 

 

「…ああ、まあ、解らぬ話ではない…トラック泊地の者達からも事情聴取することであるが、恐らく、何もかもが事実と仮定するならば…ワシら、川内達や釣竿齋殿含む数名には、本気で足向けて寝られんのじゃが…」

 

そう…赤城に念押しされた側の元帥はと言うと、ポツリポツリとした口調で、理解を越えた事態を昔のMacのパソコン並みのスピードで話を呑み込みながらも、こう返すしかなかったと言うのだが。

しかし、理解をするなり、本当に申し訳無いとも苦しいとも言わざるを得ない口調で、元帥はこう告げるのである。

 

「…とは言え、『泊地消滅』とまでの事と為れば、コレをお咎め無しで済ませる訳には行かぬよ。解体、財産没取からの永久追放…体面の為にも川内達9人はソレぐらいの咎は与えねば為らぬ。主犯の釣竿齋殿の絞首刑が、前提での話だが、なぁ…」

 

そう言うなり、元帥は黙らざるを得なかった、と言う。

 

そう…海軍とは、体面こそを重んじる。

ここまでの結末になった以上、従犯の彼女達へ向けるペナルティは、重いものを与えざるを得ないだろう。

主犯の絞首刑かつ従犯全員の永久追放ですら、元帥が個人的な裁量で下せる温情措置でしかない。

 

何故なら、今回の件は、事実を事実として公表することが出来ないのが大前提だ。

ソレを明かさないままに危機を払おうとしたことこそが、そもそもの彼女達の暴走の切っ掛けである。

仮に、彼女達の名誉維持・回復の為にそれを海軍内で公表してしまえば…やった努力全てが水泡になるだろうし、何より公表してしまえば事後処理がひたすら大変になるだろう。

ならば…厳罰を与えると言う体面の話かつ、負の感情の落とし処の的として、扱わざるを得ないと言うことが『元帥』としての、するべき判断だった。

 

仮に、一人の男として、或いは一人の人間として…間違ってると思っていることで有ろうと、立場が立場ならば、そう言わざるを得なかった。

本当は、咎はおろか報奨を与えたい、ぐらいの気持ちを圧し殺してでもだ。

 

 

そんな元帥の言に対して…相対する他の者達は、と言うと。

 

何とかならないのか、せめて、釣竿齋の助命は出来ないのか…と言う、パラオの者達はおろか、雷達一部トラック泊地の者達ですら口々に元帥に口を挟むなか、当の下手人達は苦笑いで事の沙汰を受け入れていた、と言う。 

まるで…自分達裏切り者はそうあるべきだ、とでも言わんばかりに。

 

そんな阿鼻叫喚の最中、ふと、加賀が通る声で…淡々と、しかし、ドスの効いた口調のままに元帥相手にも怯まずにこう質問をする。

恩赦とまでは行かなくても、理由が有れば減刑は叶いますか?と。

どういうわけか、と言う元帥の逆質問に対して、加賀はこう続けるのである。

 

「瑞鳳さんは助けたい…いえ、瑞鳳さん以外の方達も、全員とは言えませんが減刑が叶う理由を一つ提案をば。瑞鳳さんは、1発も私達に向けて『攻撃』して来ませんでした。これは、交戦記録に出せる話です、彼女は本当に此方へと一切手を出さなかったのです」

 

そう言って、一拍置くなり、こう彼女は質問の内容を締めた。

 

「…同じく、ヴェールヌイさんも1発も攻撃してませんね、此方も確定情報に出せることです。後は…攻撃行動を威嚇射撃に止めていた古鷹さんと、恐慌状態だったせいで前後不覚に陥りながらも阿賀野さん達に当てなかった夕張さん。出来れば…結果論ですが、此方を無傷に押さえてくれた時雨さん、彼女達の減刑は、叶いますか…?」

 

 

そう…加賀が、かつて言っていた『切り札』。

『交戦中に攻撃を行わなかった艦が居る』と言う事実、それは、こう言った場面ならばこそ切るべき札なのだと、加賀は考えていた。

 

全員が全員…流石に、パラオの身内を直接傷付けた者達全てを救う方法は、加賀にはわからない。

そもそも、そこまでする義理もない。身内を傷付け直接殴りかかってきた奴は…流石に、見棄てざるを得ないだろう。

 

だが、逆に言えば…良心の呵責で最後の一線を踏み止まり、殴りかからなかった者達。

1発も撃ってない瑞鳳とヴェールヌイ、射撃こそしたが暴走しかけていた加古を止めようと威嚇射撃に押さえていた古鷹の3人は…救える手筈は出せる。

恐慌状態で判断が前後不覚に陥っていたことが端から見ていてわかっていた夕張、結果論だが、対峙した相手に対して1発も当ててなかった時雨も、ギリギリ何とか出来るハズだ。

 

逆に言えば…北上・飛龍・榛名・川内の四名と島田は、どうにもならないとしか言えないが。 

或いは、6人を減刑する代わりにより彼女達へより深い罪を着せられるかも知れないが…

それでも、加賀からしたら、心通わせられた友人を…あの、模擬弾じみた弾ですら自分に向けては撃てないと泣き出したあの優しい艦を救うには、こう言うしかなかった。

 

 

「…む、むぅ…確かに、『無理矢理協力させられていたが、結局撃てなかった』と言う体にでもすれば、彼女達も事情が事情故に何とか減刑は出来るだろうが…」

 

元帥は、もう、加賀からの提案を受けて言葉を詰まらせる。

しかし…その一方。

 

「ちょっ…ウェイト、ウェイトデース!?元帥様、ソレじゃ榛名はどーなるデースか!?」

「それを通したら、北上姉さんが…ヤバいな。責任が余計に集中するどころか、濡れ衣まで着せられかねん…か」

「飛龍…くっ…あの迷い無い拳を、見殺しにするしか…」

「あぅ…姉様…」

 

そう言って、金剛・木曾・赤城・神通と言う直接相対したパラオの者達は、唸るしか無い。

 

「加賀…お前、何言っているか、わかっているクマァ!?」

 

球磨…北上の姉でもある彼女に至っては、加賀の首を締め上げながら、問い詰める次第である。

加賀の言い分を認めてしまえば…フォローしようがない北上が、瑞鳳達の減刑に引き換えて下手したら首を吊らされる事態になりかねないから余計に、だったので有ろう。

軍人気質が強い球磨には珍しく、自己中心的とも取れる姉の顔のまま、加賀の首根っこを引っ付かんでいた。

 

「…わかっていますよ、球磨さん。瑞鳳さんのみならず、北上さん達も皆全員笑って無事に帰るべきです、元サヤに帰って祝福されて然るべき人達でしょう!…釣竿齋さんだって、本当は五体満足で生きて欲しい方の一人に決まってるでしょう!」

 

しかし、対する加賀は球磨の剣幕にも怯まずに、こう答えて更に続けるのである。

 

「…ですが、最大公約数として私は他にあの方達を『助ける』手筋を持ちません…コレが、私に配られた手札で雲の上に居る元帥様の意思を揺らがせることができる、唯一のカードです。いくら何でも、権力と体面の二つを盾にされたら…無罪放免にしてくれ等と口が裂けても言えませんし…彼等自身も、それは望んでは居ない事だともわかります。それを踏まえて、恩赦か減刑を進言するには…コレが、限界です…!球磨さんこそ、釣竿齋さんを助けられる理由を…屁理屈でも良いから提示しなさい!北上さん達をも減刑できる、トラック泊地の為に頑張った英傑にこそ相応しいハッピーエンドへの道程を提示してください…!こんなこと、言わせないでくだ…さい…!!」

 

そう告げるなり、涙ぐみながら球磨に真っ直ぐ返す加賀。

そんな姿を見たら、もう球磨ならず金剛達も二の句が告げなくなってしまった。

 

…そうだ、加賀自身の言うように、こんなこと好きで誰も言ってない。

元帥ですら…本当は、こんな頑張って苦しんで悪に堕ちざるまで得なかった者達こそ、幸せにするべきだとも考えていた。

結果論にも近いが、前述の様に、喪うものこそ最小限であり、手に入れた結果は最大公約数どころかお釣りまで出した立役者でもあるのだ。

 

本来ならば釣竿齋と彼に荷担した者達こそ、英雄としてちゃんと評価こそするべきなのだ。

 

だが、それを明かすことは許されない…知られざる、明かされざる英雄達でもある。

そして、泊地消滅と言う事態に対する、対外的にも道義的にもケジメをつける格好の的でも有ろう。

それでも、それでも少しでも手を差し伸べるなら…加賀の言うようなやり方しか、パラオには残されても居なかったのかも知れない。

 

…そんな、重い空気が張りつめるなか、不意に声がかかる。

加古の、言葉だった。

曰く、こう言う話でも有ったのである。

 

「加賀…こんな空気になったのは、そもそも何割かは手前のせいでもあるんだぞ…あの時に釣竿齋さんにトドメを刺すのを止めた、手前の、な」

 

な…と言った表情で固まる加賀、否、加古以外の全員をも尻目に、彼女はこう続けるのである。

 

「大方、あの坊さんは『主犯として交戦中に殺される』ことを望んでた最大の理由も、多分それだな。有ること無いこと『交戦中に悪人として死んだ死人に押し付ける』的になろうと、自分のタマ張ってた訳だよなぁ…すげえ事だと思う、ある意味一番理想的だよ。事情を知らない連中からしたら『姉貴達をも騙していた極悪非道な大悪人』として、死人には口無しなまんまに姉貴達が背負うべき咎をも諸共に海底に持っていけて…泊地と共に露と帰す、そんな算段だったのを加賀が邪魔したとも言えるんだ、今回の事件」

 

そう言って、加賀を睨む加古を見て、睦月は呆れながらにこう内心で呟いていた。

…普段加古さん頭を使わない癖に、地頭は悪くないどころか良い類いなんだから、と。

 

そう…加古は、本来ならば頭脳労働も不得手ではない。

周囲を見て気配りもできる、頭の回転だってその気に為れば超一流に手が届く資質もある。

ことさらコミュニケーション能力が劣っているとか、口下手とか言った訳でもない。

そして何よりも、かつては欠けていたとしか言えないが、誰より強い勇気も手に入れた。

…サボり魔なせいで、めんどくさいから全部のソレは普段まるで使わないだけだ。

 

要するにダメ人間の片鱗としか言えないが、逆に言えば、必要にかられた時の加古のギアのキレは半端ではない。

推理力、発想力、看破力…そんな辺りの本来の力は、もう、氏真達すら足下に及ばないかも知れない。

重ねて言うが、極度の平時のサボり癖とものぐさささえ無かったら、或いは秘書艦の座は睦月では無く彼女かも知れないぐらいに、だ。

 

だからこそ、加古は加賀を除いたメンバーで、いち早くトラック泊地から殴りかかってきた者達の真意のあらかたを察知することが出来た。

…釣竿齋が、本当にあの時に求めていたことすら、或いは察知することが出来たのだ。

加古の他には、堀越に空輸されてきた雷にしか解らなかった事…『悪党として、できるだけ巻き込んだ者達に責を負わせぬ様に戦場で討たれて闇を抱えて真実と共に死ぬ』と言う、本当の狙いを、だ。

 

ソレを、釣竿齋の真意を看破してあえて乗っていたことを…直接邪魔したのは、この巨大輸送航空機であるYS-0 Thunder Storm と名付けられたこの機のダイナミック着水でもあるが、中断した切っ掛けは加賀のインターセプトでもある。

悪態をつくのは、加古の立場からしたら、それも仕方ないことでもあるだろう。

 

 

「…だが、まだ、ギリギリで釣竿齋殿の当初の予定に沿って動くことは…確かに、出来なくは、無いだろう」

 

そんな、加古の言に乗って来たのは、氏真だった。

何事か、と全員がいきなり立ち上がった氏真を見るのを尻目に、己の刀を抜き放ちながら氏真はこう淡々と告げるのである。

 

「『川内ちゃん達、大本営からトラックへと出向していた9人の子達は…逆賊、釣竿齋宗渭に洗脳されて正常な判断が出来ないままに我々に刃を向けて、現在も混乱して被害者達は術師を庇おうと、正気を失った言動を繰り返している…彼女達を救うため、釣竿齋宗渭の首を緊急で落とさざるを得なかった』…対外的な理由はこんなモノで構わないかい?」

 

いきなり、こう告げる氏真に、釣竿齋は…まあ、悪くはない、とだけ返す。

 

一方、展開が急すぎて他のメンバーは一瞬だけ話が呑み込めなかったモノの、直ぐにその場に居た全員が、彼がやろうとしていることを察知した。

トラック泊地の責任者達に理不尽な目に合わせないように釣竿齋が腐心していたことと、本来は同じ事である。

『時既に、正気を失った手駒だった』と言う体にして、彼女達を無理矢理心神喪失と言う形に捩じ込み…そして、首謀者の首を贄に丸く抑えようと言うことだったのだ。

 

「貴様(きさん)…ちょっと待たんかいな!ソレは、ソレは島田殿や木曾の姉御の艦娘達への侮辱じゃけん、ソレは通したらアカンぞな!?」

 

思わず、通康は氏真の言い出したことへ反発する。

あの、間違っていたとしても、優しく気高い勇気を見せた者達へソレは、あんまりな言い種だろう、と。

 

「榛名は…榛名は、首を吊られても蜂の巣にされても大丈夫だと覚悟して、今日まで恥を忍んで生きていたのです…今川さん、ソレは撤回してください!」

 

榛名も、氏真の言に対して、静かな怒りを見せながら言い返す。

あの優しい英雄に感服しての自らの意思での行動を『洗脳された』とされるのは、死よりも酷い侮蔑だと。

 

 

だが、しかし…当の氏真は、回りの視線も言動をも意に介さずに、本身を抜き放ちながら釣竿齋に向けてこう話をするのである。

 

「貴殿には…『人を支配する超能力があった』、これは記録に幾つもあるからこそ対外的にも出せる話だ。そして、『何の咎も無い雷ちゃんを宣戦布告の為だけに利用するだけ利用して、そんな汚い理由の為だけに彼女を暗殺者紛いの真似をさせた』と言う、誅伐するには相応しい理由だってある。…つまり、僕は貴殿を斬る権利はある、多少の濡れ衣を着せて罪を諸共に、ね」

 

そう…何時もの軽い口調のままに、しかし…まるで軽くない空気を纏わせながら、嫌に冷たい日本刀の刃を釣竿齋の喉元に突き付ける。 

処刑人もかくや、と言う氏真のそんな様を…皆は、止めようとするモノの、何故か氏真以外の身体がいつの間にか動けなくなってしまっていた。

 

「和尚様…!か、影縫い、か…いつの間に!?」

 

そう、釣竿齋の最も得意な術を、いつしか全員が嵌まっていたことに気が付いた川内が最初に声を上げる。

助けに行きたくても…止めようにも、身体が動かないのだ。

 

「父さん、待って…こんなやり方は…違う…!」

 

加賀が、思わずこう声を上げる。

 

「氏真さん…殺るなら、アタシが殺る!アンタが…いや、アタシが好きな人たちがそんな汚いことしちゃダメなんだ!アタシが、汚いアタシだけが手を汚すべきなんだよ!だから頼む、ちょっと待って二人共…!」

 

加古も、氏真の行動の発端になった責任を感じてか、氏真に向けて本音で絶叫する。

 

 

だが、氏真は…そんな悲痛な、最も彼を愛する艦娘達が上げた悲鳴の様な言葉すら、黙れ、と一喝して本身に両手を手にかけ、それを一直線に降り下ろす。

 

そして…釣竿齋は、そんな様を目に焼き付けようかとするかのように、苦笑いのままに正座で見上げながら氏真の放つ銀色の閃光が降り下ろされる様を瞳も閉じずに見ていたのであった…

 




次回にキャラ紹介を挟んで、そしてその次に最終回の予定です。

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