無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

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六十五話 過去に有る思い⑦

さて…そして、ついに話の核心に向かう。

 

『何故、釣竿齋や大本営の艦娘達はパラオに戦いを挑んだのか?』と言う事。

そして、『彼等の立てた本当の計画とは何か?』と言う事に、だ。

 

それを語るには…先ずは、『釣竿齋と島田がトラック泊地の執務室へと連行された時』へと場面を移さねばならないだろう。

ここで起きた会話こそ、彼等が悪の汚名を着てまでパラオに迷惑をかける覚悟を決める全てがあったのだから。

 

では、これから、その会話を再現する事にしよう…

 

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~前回の話の〆から二十分後、釣竿齋・島田が大本営の艦娘達に連行された頃~

 

 

「…結論から、先に言う…」  

 

そう言うなり、白眼を剥きかけな青い表情で、トラックの提督は震える声で続ける。

川内さんの、言う通りだった、と。

その提督の言に呼応するように、雷もこう語る。

 

「…私達の立ってる本当にほぼ真下に、鬼クラスか姫クラスの深海棲艦の反応が18匹確認出来たじゃない…細かい雑魚含めたなら、もう、70匹は下らないかもだし更に居るかも知れないじゃない…地下か海かは判断出来ないけど、この数百m程真下に、凄い数の連中が潜んでるの…」  

 

そう言うなり、同じ様に雷も顔を真っ白にして絶句してしまった。

 

それはそうだろう。 

誰だって、職場兼寮を兼ねた住居の真下に、例えば今にも爆発しそうな不発弾があったと思うなら…

まあ、それはそれは顔面蒼白に成るだろう、そう言う話である。

 

そして仮に、姫・鬼クラスが十数匹相手だろうと、準備さえキチンと出来て迎撃可能な相手ならば…仮に、勝てずともトラック泊地の本来の戦力ならば最低限は食い下がれる。

それだけの実力も信頼も、本来の彼等にはあったのだ。

 

だが、場所が場所で不味すぎた。本来の実力を全く発揮できず、このままならば蹂躙されかねないからだ。

 

 

艦娘と言うモノは、本来は海上戦闘を前提とした戦力だ。

 

当然と言うと当然である。彼女達『艦娘』は、基本的に船である。

艤装と言うWWⅡの時代の戦艦の思いと魂を形にした武装は、本来は海上で発揮するべきモノなのだ。

陸上では砲台としてしか使えない、水上でも真水の上ならば実はパフォーマンスが若干落ちてしまう。

演習用や室内訓練用のプールの水ですら、大体の場合、海水をパイプかなにかで直接引くか塩化ナトリウム等を一定量混ぜた人工海水を利用するのが通例となっている。

 

と言うか、陸上では、艦娘など精々が『常人よりやや筋力の強い、一般の一軍人』が関の山だろう。

回避や防御力のみで言えば、そんなレベルである。

散々、地の文で『艦娘は死ににくく頑丈』と書いてきたが、回復力の異常な高さにこそ由来する総合的な『頑丈さ』と言う意味だ。

艤装の力が十全に発揮できない場所では、もしかしたら、一般男子の軍人のほうが頑丈かも知れない。

 

そこに…仮に、殆ど直下に近い地下や水際から深海棲艦が出てきたら…体力差と頑健さの違いで一堪りもないだろう。

 

深海棲艦だったとて、海上より陸上ではパフォーマンスは落ちてしまうが、しかしそれでも化け物だ。

人間はおろか、深海棲艦からみたら陸上ではそれに身体面では限り無く近くなっている艦娘相手ならば…良い的でしかない。

 

勿論、そう言う仮定に対して海軍がなにもしてないと言うと、否である。

本来ならば『深海棲艦の上陸』と言うパターンは想定されているのだ。

そう言う迎撃プランは、ある程度のマニュアルとしてパターン化されている。

 

実際、イ・ロ級やホ級クラスの雑魚やカ級の様な潜水艦が鎮守府の周辺に彷徨いてくる事はわりと良く有る話だ。

かつて氏真が最初に深海棲艦を仕留めた時もそうだったであろう。 

記録では、エリート級のヲ級やフラグシップ級のタ級の出現まで有るし、人型のリ級に上陸を許されて排除の為に大事になった話もあったりする。

大体の提督は一度は鎮守府の水際の戦闘を経験するとまで巷で言われるぐらい、そう言う事例が幾度も有るからこそ、排除の為にマニュアルだったとてできるだろうと言う事だ。  

 

だが…数が、質が、あまりにもそう言う想定の範囲外過ぎる。

ただでさえ一匹の姫や鬼を仕留めるのに六名でなる一艦隊の全力攻撃で立ち向かわねば相手にすらならないと言われてるのに…こんな相手が真下から、しかも、此方の対抗手段がほぼ十全に動けない事が明白な状態で十八匹もやって来る。

しかも、まだまだ増え続けそうな部下の雑魚深海棲艦を、今でも七十匹は集めていると言うおまけ付きだ。

 

一介の鎮守府の戦力程度が相手にすらなる話ではない。

勝ち目なんて、全く無かった。

 

 

「…事情はそう言う話なのだ。だから、拙僧は…」

「いい…わかる、うん。コレ、確り保護してくれてるみたいですし、事情が事情だから、貴方を訴えたりとかはしないけど…どうしろってんだ…」

 

そう言って、額に手を乗せて茫然自失と言う体になるその提督と、それに倣う様に固まる秘書艦の雷。

単なる見境ない拉致犯の凶行かと思って本部に連絡したと思いきや、最終的にわかった事実がこうならば…まあ、やむを得ないと言った所だろう。

 

しかし、いつまでもそれで泊地の責任者を固まらせる訳にはいかない。

事実が事実である以上、何らかの対策をせねばならないと言う話になった為、データとして反応が出た事を確認した川内が本部に連絡しようとする。

『トラック泊地に大量な深海棲艦が居る』と言う、事実を、だ。

 

だが…それにストップをかけた艦娘が、一人現れた。

 

 

「…川内さん、あの、状況が予想外に不味すぎます…コレ、良く考えたら恐ろしく大丈夫じゃない、です…」

 

それは、榛名であった。

 

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そんな榛名の言に対して、残りの同僚達から一斉にツッコミが入る。

 

コレは放置できる状態でなければ、鎮守府一つ程度の戦力で応対できる事案ですら無い。

だから、事情がわかったならば上司が居て他泊地への命令権の有る大本営に連絡しなきゃいけないだろう、と。

 

榛名自信も、それには全力で同意しつつ…しかし、現状、あまりにもややこしい事になった事態を説明する為に、話を切り出した。

 

 

「…大前提として、コレは放置できる案件じゃ有りません…有りませんが…結論から言うと、トラック泊地の提督さんと秘書艦の雷さん、後はここの鎮守府の幾つかの管理権を任されてる大淀さんと長門さんと鳥海さんの首が物理的に危ないんです…うん、最悪、何も悪くないのに名誉も何もかも理不尽に汚されながら殺される…」

 

そう、最後はだんだんと小さい声になりつつ語る榛名に対して、脈絡なくいきなり『物理的に首が飛ぶ』とまで言われた雷とトラックの提督は目が点になり、残りの話を聞いてる者達も唖然とするばかりだったのだが。

榛名は、それにまるで気にしないかの様に、こう続けるので有る。

 

「もう一つの大前提として、『場所が不味すぎて、大々的に事実を公表して他の泊地に勅令を出せないんです』よ、コレ。簡単な話です…海外泊地って言う場所は、はっきり言えば『国防の肩代わりをエサに、他国の国益と領土を掠め取った』様な、何かしら日本側に非が有れば大暴動が起きかねない危険な場所なんです。それでも、今の今まで現地民相手の大量の内部紛争が一斉かつ同時に起きなかった理由は、一重に『海外泊地と言う場所が深海棲艦の手に落ちなかった』と言う、言ってしまえば安全神話があるからこその賜物なんです…」

 

そう言って、一拍置きながら、榛名は更にこう続けるので有る。

 

「…まあ、実際は…どうしようもない提督さんがトラブルからの更迭やMIAになった事態も有り安全神話が崩壊しかけた事も有りましたが、その度に時に秘密裏に現金ばら蒔いたり会合したりしながら、表向きには揉み消されて、そう言った事は一般市民には未だにばれてませんが…コレは、避難勧告や立ち入り禁止海域の声明なんかも出さなければ行けませんし、事が事だけにそのまま公表してしまうとバレるでしょう。そしたら…ほとぼりが冷めるなり、当然、現地の人達も気が付くわけです。『泊地なんて本当は深海棲艦が巣を作るぐらい危険なのに、そんな危険を教えずに自分達の国土や漁場を騙して奪い取って地外法権状態で管理した挙げ句、自分の国の上前まで跳ねている下衆のやり口じゃないか』…と」

 

そう、淡々と告げる榛名であったのだが、そこに飛龍が割り込んでくる。

こんな想定外過ぎる事態、後にも先にも二度と起きる訳無いでしょ、と。

 

それにも榛名は同意しつつ…しかし、と前置きしながらこう言うので有る。

 

「…勿論、私達はこんな特異な事態が滅多に起きる訳無いことはわかります。この姫クラスの数を見るに…俗に『イベント』と揶揄される定期的に発生する大物の深海棲艦の大量発生案件の、その当事者になる場が鎮守府そのモノになる、なんてイレギュラー…まあ、向こう百年は同じ事態は起こり得ないでしょうが、結果は結果です。人はそれだけを見て、そして、人はそれを元に短絡的かつ悪意を含めながら思考するモノですから…まあ、同時多発的に泊地を狙ったテロや暴動が活発化する可能性とか現地で働く日本人の安全上なんかを考慮すると、事実を事実としてそのまま公表できないんですよ…」

 

そう言うなり、彼女は一度話を区切る。

 

ここで少しだけ話がまた飛ぶので悪いが、『イベント』と言う言葉について軽く説明する。

 

急にまた新たな言葉が出てきたが、榛名が大体語った通り、深海棲艦の大量発生事件の事の総称を意味する。

大体が、約3~4ヶ月に一度のペースで定期的に発生する、謎の深海棲艦の大量発生事件。

季節の変わり目に良く起きるこの事例を、何時しか提督達の間で季節の締めくくりのイベントに捉えて隠語として内輪で流行らせたのが、何時しか海軍全体に広まった事が由来なのだそうだ。

 

その『イベント』では新種の深海棲艦が出現する事が非常に多く、その度に近くに居る各鎮守府には討伐令が流布されることもある、一大血戦の場の一つと言って良いだろう。

大概が海上や、新種が出てくる範囲内での無人島での血戦と言うことが大半で、都市部を狙われる案件は少ないが…例外だって有る、運河や港がイベントの海域になったりしたこともあったのだ。

そして、今回は…『例外中の例外』として、鎮守府そのものがイベントの舞台に選ばれた、と言う話だったのだろう。

 

 

…さて、話をまた戻そう。

 

話を区切り、また脳内で話を纏めようと深呼吸する榛名に向かい…今度は、川内が質問する。

じゃあ、結局、どうなるのよ?と。

 

詳しくはその時にならないと私にもわかりませんが、と頭に付けながら、こう答えるので有る。

 

「先にも言う通り、この事態は事実を公表してしまう訳にはいかないですが…勿論、放置したり、この場を皆で放棄することは論外です。無辜の民の犠牲者が出る以上、それを見過ごすのは沽券に関わりますから。ですから…恐らくは、このまま本部に連絡したら『責任と歪みがトラック泊地側にだけに有る様に話をでっち上げて、他鎮守府から来た戦力が一斉にイベントが起きた瞬間にトラック泊地もろとも叩き潰す』様な策を考えて実行するでしょう…例えば、『この泊地の提督と責任者足りうる艦娘数名が秘密裏に深海棲艦と繋がっており日本へ反旗を翻そうとしている、深海棲艦ごと泊地を叩き潰せ』と言う様なシナリオで、対外的にイレギュラーかつ本部の責任者が出来るだけ非がない様にアピールしながら堂々と深海棲艦を排除する様な…」   

 

 

そう言うなり、言葉を詰まらせる榛名に対して…首根っこを掴みながら詰め寄るのは、雷だ。

彼女は逆鱗に触れた龍の様な表情で、こう言い放った。

 

「私達が…国を裏切るなんてする訳無いじゃない!冗談でも言って良い事と悪い事があるわ!!司令官だって、夜の求め方が良い歳して踏まれるのが好きな赤ちゃんプレイな事を除けば、悪い事も疚しい事も今までしてないのよ!?」

 

いや、ちょっと待てぇ!!性癖が大丈夫じゃないですよその提督さん!?…と言う、榛名のツッコミが入り、トラックの提督も突然の性癖の暴露で死にそうな目をしながらであるが。

合意の上だから憲兵さん案件じゃ無いじゃない!と付け加えながらもこう締めた。

 

そんな…そんなに、たまたま司令部を任されただけの司令官になったり、そんな司令官が好きになってケッコンして秘書艦になったり教導や精査や作戦立案に関われるぐらい頑張った皆が、悪いことなの…?と。

 

 

そう訴えた雷に対して…榛名はこう返す。

雷さんの気持ちは痛いぐらいわかりますし、ここの提督さん達が悪い事してないのも、通常時の索敵範囲外だったから気がつきようもなかった事も分かりますよ!と。

でも、責任者は間違いなく貴女達で、このままだと、名誉も何もかも失う可能性が高いし…下手しなくても身が危険な位置だけに、上手い手を考えないと大丈夫じゃないんです、私も!と。

 

そう言う榛名に追随するかの様に、夕張がこう話を横から切り出した。

 

「不幸中の幸いだったのは、『イベント』の初期段階の準備期間だったみたいだから、奴さんも明日や明後日にはいきなり姿を見せてここを襲いかかってくるって話じゃない事ね。データ的に考えたらまだまだ上陸までには時間はかかるし…それに、昔は奴さんと『同じ』だったからね、尚更わかるの。だから、まだ時間は有る。避難勧告とかもそうだし…何より、私達だけで考えられる時間が、ね」

 

そう言うなり、ふん…と鼻息を立てながら渋い顔で締める彼女に対して時雨が質問する。

具体的なタイムリミットは、大体どれくらいだと思う?と。

 

「大体、4ヶ月ぐらいかな。長く見ても5ヶ月以内だと思う」

「うおおう…!?ギリッギリだ、長そうに見えるけど絶妙に余裕無いな!一月以内にとか言われるよりはマシだけど、本当にギリッギリの期間だよね!?」

 

そう言って、夕張の言に対して、時雨は目を白黒させながら相槌を打つしかなかったが…しかし、時雨の言う通り、本当にギリギリだ。

 

4ヶ月…それが、トラック泊地はおろか日本側全体に残されたタイムリミットと言う話である。

避難勧告や戦力の配分や通達の調整、諸外国に対しての声明や釈明の準備期間と言うことを考えたら、恐ろしくギリギリの時間配分しかない。

 

否、タイムリミットギリギリと言うことを考えたら、やはり何処かで割りを食う部分を作らないと、正攻法では本当に間に合わなくなってしまうことは明白だ。

何もしないには長すぎるが、何かを成すには短すぎるタイムリミットのせいで…このまま順当にいけば、そのしわ寄せと歪みの大半が、本当に非が無いトラック泊地の管理人たる提督や雷と以下数名に行くことは明白だった。

 

 

無論、そんな事、榛名以下九人や釣竿齋達二人には全く関係ない話だ。

そんな事知らん、深海棲艦もろともに泊地と沈め、と突っぱねても立場的には本当に問題はない。

 

そもそも、仮に非が無いことだとしても『提督』や『秘書艦』等と言う形で責任を取らざるを得ない椅子に座った以上、権力にみあうリスクを背負うことも、また義務だ。

何かしらのトラブルが起きた場合その責任を負うスケープゴートになるリスク、これもその一つであるだろう。

今回の話は良く考えたらそう言うことであり、それ以上の話ではない。

 

それに、今回の話では気が付くわけがなかったとは言え…本来は、後2~3ヶ月もしたら通常の索敵範囲に深海棲艦の反応が自然に出てくることは明白であり、そう言うトラブルが前倒しに発覚しただけに過ぎない。

むしろ、本当にギリギリではあるが、ある程度の対処の余裕が出来る時間を設けられただけ、釣竿齋とヴェールヌイのファインプレーだったのだろう。

 

 

だが、しかし…この場に居る者全てが、そんな理屈だけで割り切れるほど賢くはなかったのだろう。

 

艦娘達の事を本気で心配して、本気で尊重して、そして今の今まで国の命令に対して背信行為を一切しておらず結果も出している目の前の提督。

その提督を心底慕い、そして、一生懸命フォローしようとする目の前の雷に対して…死ねと言えるのか。

 

物理的に首が、と言うのは、本当の本当に最悪のケースを想定した場合の榛名の例えだ。

4ヶ月も準備期間が有れば、流石に泊地に対しての攻撃に巻き込んで物理的に殺す、なんて乱暴な事は流石に起こり得まい。

戦犯として責任を無理矢理被せた挙げ句に見せしめに公開処刑…と言う可能性も、零ではないが、事実が事実の為に限り無く低いだろう。

 

しかし…それでも、ただただ『イベントの起きた泊地の提督だった』と言うだけでも、追放して名誉や財産を剥奪して、理不尽な汚名を着せるには充分過ぎるだろう。 

雷以下数名の艦娘も同罪と言うと同罪ではある、解体されて着の身着のままで放り出された挙げ句、同じようなレッテルを張られてさ迷うことが目に見えている。

 

…大本営を上層部の人間だったとて、勿論人間らしい心ぐらい有る。そんな真似をすることが間違っていることぐらいは知っている。

とは言え、国益や治安維持を天秤にかけて、それを一個人の数名の名誉と比較するならば…選ばれる事は言わずんば、と言うことになるだろう。

『責任者』として、有ること無いこと押し付ける、格好の的なのは明白だった。

 

しかし…それから目を背け、関係ないからと言いきって、何一つ悪いことをしてない人達が不幸になる様を見過ごせなかったと言う情の話も有り…そして、別な問題も出てしまう。

トラックに残された、ヒラの艦娘達の処遇について、だ。

 

 

前述の通り、本来ならばトラック泊地の提督に何かしら問題が有る訳ではない。

そもそも、彼自身が深海棲艦出現に対して何かしら直接的に起こした訳でも無い、ただただ管理人に選ばれただけに過ぎない一兵士である。

強いて言えば性癖が残念なだけだ。頭も良いし、何かしら軍法会議に処されたり憲兵に引き渡されるぐらいに疚しい事などしていないし、軍人らしからぬぐらいに性格も優しい為、雷のみならず慕う艦娘は多かったのだ。

 

雷や、名前が出た長門や大淀や鳥海だったとしてもそうだろう。

そんな彼に対して…認められるように、努力を重ねただけに過ぎない話であり、根本的に何かしら非がある訳では全く無い。

 

そんな何一つ非が無い事が明白である彼等に対して、理不尽な更迭等を行えば…まあ、今度は艦娘側からの暴動が起きかねない事が予想出来ていた。

 

仮にほとぼりが冷めるまでトラック泊地の艦娘を何処かに預け、理不尽な責任を取らせて彼等を軍人として再起不能にしつつ、そして新しい提督を派遣して新生トラック泊地として動かしたり逆に別の鎮守府に取り込ませる…

 

無理だ、そんな事は。

 

そんな事は大反発は必至であり、今度は艦娘同士での内輪での内紛が起きるに決まっている。

提督達を返せと、実に真っ当な言い分で味方に殴りかかってくる公算が高すぎる。

それを防ぐ為に、バラバラにそんな艦娘達を派遣させても…ボイコットが起きるか、何かしらの精神に破綻を来すか、今度は使い物にならなくなる可能性だったとて出てしまうだろう。

 

いっその事、大反発を防ぐ為に一斉に全員解体…なんて乱暴な真似をして、それが万が一外部に漏れたらそれはそれで致命傷だ。

海軍の名誉に傷付くとかそんなレベルではない、そこまで乱暴な対処をしたら、それはそれで内紛が多発するのが明白だろう。

もしも同じケースが起きたら…と言う仮定に反発した艦娘達とその提督が、纏めて大本営へと牙を剥いてくる危険に怯えなければいけなくなるからだ。

 

つまり、早い話…身内に対してのそう言う事後処理があまりにもめんどくさいと言う事も有り、艦娘達は目の前に有る、あまりにも大きな問題に対して、どうやって処理したら良いのかと言う話に直面したので有る…

 

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~そして、一時間半後~

 

 

会議は踊る、されど進まず…とは、誰が言ったのか。

あれから、その執務室内で様々な意見が出たが…結局、穏当な案は、何一つでなかった。

何処かで破綻するのが明白な案か、時間が足りなすぎる案か、まあ、どちらかしかない話である。

 

と言うか、九人の艦娘達は所詮は一兵卒でしかなく、トラックの者達は地方の一鎮守府の防人でしかない。

何の権力が有る訳ではない。 

彼等は、所詮は長いものに巻かれる側、アイデアに対して実行が出来る部分だって正直な話をすると限られている。

何一つ、マトモなアイデアがでなかったのはどうしようもない事だったので有る。

 

 

結局、件のトラック泊地の提督が、こう言うのが限界だったと言う。

自分が、全部の責任を取るから、雷達の事にまで責任が及ぶような事態は止めてくれないか?と。

 

そんな彼に対して…雷はおろか、本当に関係ない瑞鳳まで、思い直すように説得を始める。

泣きながら…しかも必至で、そんな事は絶対に駄目だ、と胸ぐらつかんで絶叫する。

貴方が居なくなったら、トラック泊地の皆はどうなるのよ、と。

それに、対して…その提督は困った様に宥めるが、一方の二人は本当に見ていて必至だった。

この何一つ非が無いのに雷達の事を想い全部の責任を被ろうとする優しい男に対して、何か、何でも良いから出来ることはないのか、と。

 

…そこに良く通る男の声が、一言響いた。

大体、わかった、と。

 

 

「…何がわかったってんだよ~」

 

北上が、半分茶々を入れながらも、そんな声に対して振り向いた先に有ったのは…釣竿齋の顔である。

一方の、当の釣竿齋は神妙な顔でこう返すのである。

 

「要するに、話の要点は以下の三つだの。『深海棲艦と言う脅威に対し排除する必要がある』、『しかし、その脅威に対してうかつに逃げ出せず、外部には本当の事を話す訳にはいかない』、『そして、その歪みの責任が順当に行くと目の前に居る提督と雷とやらに全部ひっ被らせてしまう可能性が高い』…か。拙僧からしたら、順当に責任が負うべき場所に回ってる様にしか見えんが…そうか、そんなに、それを見過ごすのは嫌か」

 

そう話を纏める釣竿齋に対して、瑞鳳は食って掛かる。

他所から見たらそうかも知れないけど、何一つ悪いことしてない、しかも被害者に近いのにこんな理不尽なことって無いじゃない!と。

 

そう言った彼女に対して…釣竿齋は、無言でその言に対して瑞鳳の目に浮かんだ涙を指でぬぐってやりながら、そしてポツリと呟いた。

 

お主は本当に関係ないだろうに、泣くほど辛いのか、と。

そして、更に雷の方に目を向けながらこう続けるので有った。

 

「ふむ、4ヶ月も有れば、この地は犠牲にせざるを得まいが拙僧の法力でその脅威は対処出来なくはない。拙僧の術は視界に入らない相手にはまるで効果はないが、逆に言えば、視界に有る物を触媒にしてそれを対処することは容易故…まあお主達に不祥事も何もないままにそちらの処理は、まあなんとでもなるとして…後は、そこの二人他に責任を負わせぬように、『とらっく』とやらの者達を、お偉いさんがたに穏便に保護してもらう様に計らう方法さえ用意してしまえば良い訳よ」

 

そう言って…誰一人、釣竿齋の言に付いていけず唖然とする中で、彼は本来は捕獲用に使っていた例の意識を奪う札を、件の提督へと投げつける。

 

がぁ!?と貼り付けられたその提督は、一瞬だけ悲鳴を上げながら絶叫するが、直ぐに彼は意識を無くして硬直してしまう。

何事か!?と焦る、その場にいた全員に対して…にべもなく、釣竿齋はこう続けるので有った。

 

 

「要するに、より明白な『悪者』がこの地に居れば、その男や雷とやらは理不尽な目に合わずとも済むだろう。故に、拙僧が引き受けてしんぜよう。」

 

一旦、こう言って彼は区切りをつけながら…

まるで、歌舞伎役者が見栄を切るかのように、仰々しくもこう続けるので有った。

 

「筋書きはこうよ、『拙僧が、貴殿等の提督達の意識を一方的に奪って洗脳して艦娘とやら全てを手駒にして、余所の基地へと侵略しようとしたが敗北、そして、敗れた拙僧は自決の為に基地ごと自爆して、地下の深海棲艦とやらを自然に巻き込みながらもろとも灰塵に帰す』…これでいこう、筋書きはこれで良い。そこの提督とやら達は、それまでにほとぼりが冷めるまで、安全な場所へと逃がしてやれば…まあ、悪いことにはなるまいよ、事が済めば上もごくごく自然に穏便に纏めて面倒を見てくれるハズだろうさ。背信行為などはしていないならば、な?」

 

そう告げる彼は、実に悪いようで良い顔をしていたと言うので有った…


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