無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

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六十四話 過去に有る思い⑥

さて、そうして…場面は夜へ移り変わる。

その日もまた、『神隠し』は起きようとしていたのであった…

 

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「…また、やるんスか?和尚様」

 

大柄な鎧武者姿の武人から、くぐもった声が小さく響く。

そんな鎧武者の声へと答えるように、その和尚と呼ばれた袈裟姿の男はこう返す。

 

「仕方有るまいよ、いくら言った所とて所詮は門前払いが関の山故、な。話も聞こうとすらしないなら実力行使するしか有るまい。まあ…気に病むのも、拙僧を疑う気持ちもわかるがな」

 

そう言って、鎧武者の方へと返す袈裟姿の男は、動きにくい僧侶姿とは思えない足の早さを以て、その日もトラック泊地へと足を運んでいき、鎧武者も重そうなその鎧を着込んでると思えぬ足で追随する。

…釣竿齋と島田の二人の、神隠しの直前の会話だった。

 

そして…そんな会話が有った数分後。

そのまま、二人は嵐吹きすさぶ風が如き早さのまま、涼しい顔でトラック泊地の入り口へと今日も立ちはだかる。

 

 

さて、ここで話が飛ぶが…幾つかの理由が有り、ストーリーの理解に必要な描写にあたる為、今更ながら『泊地』と言う特殊な場所について、軽く外観と概要について触れておく。

 

泊地と言うのは、簡単に言えば『日本の海軍の自治、及び地外法権が認められた日本直轄の飛び地』と理解すると分かりやすいだろう。

対深海棲艦に対抗手段を持たぬ諸外国の国防の肩代わり、及び船舶業関係の治安維持等の代行を一手に担う代わりに、その諸外国からの物資の有利な融通と土地の直轄を任されると言う…まあ、読者に分かりやすく説明するならば、安保法案で独自の権利を確約された日本各地に有るアメリカ軍基地、あれが一番現代では理解しやすいものでも有るだろう。

海外泊地とは、得てしてそう言ったものでも有る。

そして…国産の資源が少ない日本にとっては、独・伊・英・米の4国すら及ばぬ艦娘の技術の一方的に近い独占と、それの貸し出しの引き換えからなる資源確保は生命線と言って良いものでも有るし、逆に言えば本当に生命線かつデリケートな地である為に様々な制約が課せられた地でもある。

 

余談かつストーリーのおさらいになるが、かつてのパラオの指揮官消失及び艦隊の半壊時などは、日本も外部に漏らさない様に必死であり、出来うるなら復旧の目処を立てたり最低限でも生き残りの艦隊の保護と応援の派遣をしたかったのに、現地の情報が全く入らない為に最悪のケースを想定した場合、『深海棲艦の不意討ちによる支援物資や艦隊レベルでの全ロスト』等、収支がマイナスになりかねないぐらい喪うものが甚大に出過ぎるリスクを考慮した為、結果的に身動き出来ずに動けなかったジレンマに上層部は当時胃潰瘍と円形ハゲに係る者が続出したと言う伝説が有り…

氏真の提督になるキッカケになった無茶苦茶な『策』に秒で全会一致した経緯には、実はそんなことにも有ったりする。

 

とまあ、長々と脱線が続いてもしまったが。

兎に角、海外泊地とは、そんな特殊な場所に有る為に、文化衝突や土地の返還を求めたりする地元民とのトラブルもままみられる他、艦娘の研究や強奪目的での拉致もままあり得ると言う非常に危険な場所とも言えるのだ。

 

 

さて、話を纏めよう。

要するに、一言で言ってしまうと、『泊地』と言う場所はトラブルの巣窟になりかねない場所と言うことを、今は頭に入れて欲しい。  

 

その危険な場所に有る為に、泊地と言う場所には非常に堅牢な物理的な防御が幾つか敷かれている。

市街地から離れた港に有るそれは、二重に立てられ堀を作るように聳え立つ、電流流れる有刺鉄線のフェンスに囲まれている。

そして、そんな二重に立てた有刺鉄線のフェンスの間には、対物狙撃銃の一撃すら防ぎきる特殊工材製の灰色をした壁を挟むように立てると言う念の入りようだ。

それだけに有らず、泊地の門は、まるで侵入者を一切通さぬ事を体現したかの様な武骨な鉄筋コンクリートと20センチは有りそうな鉄の門で侵入者を阻むと言う、強固な防御も存在していた。

 

そして…その絶対防御の構えを見せる門には、今日も今日とてアサルト・ライフルを携えた憲兵が、門番代わりに立っている。

監視カメラだけではない物理的なマン・パワーによる監視員の目による不審者への警戒だって怠らない。

侵入を許可されない異物を排除するために必要なことだからだ。       

仮に、仲間が次々と消える『神隠し』に逢っても…否、そんな憂き目にあってこそ必要なことである。

艦娘だろうが人間だろうが構わず拉致する不審者の始末を付けるため、彼等は何時も以上にピリピリした態度で厳戒体制に入っていたので有る。

 

 

「…凄く、ピリピリしてますね、和尚様」

 

島田が、そんな門番が出張っている門を物陰から眺めながらポツリと漏らす。      

釣竿齋もそれに同意しながら…それでも、彼は『神隠し』を止めるつもりはなかった。

仮に、自分の事を警戒されていて問答無用で誰何無しに殺されかけても仕方無いことを把握していても、だ。

 

何故なら…時間が無いからである。

彼にはわかる、仏門に入り、幾つかの法術を学んだ過去が有るからこそわかることだ。

『アレ』を放置するのは不味い、数ヵ月もすればこの島ごと関わる大惨事になりかねない。

少なくとも…ここに居る者達は本当に危険なのだ。

 

最初は、口で説明しようとしたが…許可証も持たぬ一般人の戯れ言として、釣竿齋の言は一笑にされた挙げ句、ライフルけしかけられかけて門前払いされてしまった以上仕方無い。

力ずくでもあの場から、一人でも引き剥がさないと…取り返しがつかない犠牲が一人でも少なくなるように行動しないと、彼は自分で自分が赦せない。 

仮に、焼け石に水のやり方と言うことは把握しているとしても、あの堅牢な要塞じみた泊地へと侵入する手段は兎も角も『泊地内から対象を、あの堅牢な要塞から一斉に誰にも気付かれず外に連れ出す手段を持たない』釣竿齋としては、今しばらくの間は門番の数を減らし続けると言う、地道な作業を繰り返ざるを得なかったので有る。

 

一方、島田は半信半疑と言うか、釣竿齋のしていることに微妙に納得はしてなかったが…

恩義も有る上に、何一つ彼に恩を返せてない彼女は、ただただ義理堅く文句も言わず彼についていたという事だったので有る。

 

 

さて、そんな彼は、何時もの様に行動を行おうと双手に別れて行動を開始する。

 

作戦は、まあ、至って単純なモノだ。

まず、物陰から、わざとガシャガシャ音を鳴らしながら島田が鎧武者姿で出ていき真っ直ぐに夜道に現れる。

そして、不審者がおかしな格好で音をたててやって来る…と言うタイミングで、釣竿齋が番兵を背後から仕留めて気絶させる。

そして、そのまま闇に紛れて影と共に消え去ると言う、本当に単純な作戦である。 

だが、文字通りの『忍者』として影も踏ませられない彼が主導することで、本当に『必殺』の布陣が完成してしまったので有る。

 

何せ、それは門番の立場で考えたらすぐにわかることだ。

 

自分達を次々行方不明にしてくる凶賊が居ると言う状況下、不審者としか言えない鎧姿の大男がやって来る…となると、普通はやることは二つだ。

誰何無しに発砲が認められるケースの場合なら手持ちのライフルを構えるか、或いは仲間に連絡しようとするか、どちらかの行動を取ろうとするのは…当たり前な事である。

そして、そうした次の行動に移ろうとする、本当に刹那の意識の死角が生まれるタイミングさえ有れば…常人相手ならば、十勇士は後れは取らない。

4~5人纏めて程度ならば、容赦なく無力化可能と言うことなのだ。

 

そして、仮に異常を知らせるアラートでも鳴らされ、二分も立たず増援が来たとしても、既に下手人は闇の中…要するに、誰も彼らを捕まえることなどは出来なかったと言う。

 

 

さて、その日も、何時もの手筈通りに事を進めようと行動を二人で開始した。

ぬっと釣竿齋が音も立てずズブズブと影に沈んだ事を確認した島田は、何時もの様に、わざと金属音を立てつつ夜道に現れる。

そして…また、何時もの様に深緑色の軍服に身を包んだ番兵が此方を向く。

そのまま番兵は、今度は警告すら無しで手持ちのライフルを向けようとしてくる。

 

…今度はもう、自分には「止まれ!」だの「ふりーず!」だのすら言ってくれないんスねぇ…

 

島田は内心、そう思いつつ…そして、次に起こりうるだろう展開を予測して、逆に番兵へと同情する。

何時もの様に、和尚様の技の餌食になるだろう次の展開を、だ 。

そして、そんな島田の予測した通りに、番兵の死角から釣竿齋の姿が一瞬確認出来た…次の瞬間だった。

 

「とおりゃっ!!」

「やらせないよ!!」

 

番兵の更に死角から、植え込みの影にでも潜んでいたのか…と言うか、植え込みの真下に穴を掘っていたらしく、土遁の術の様に地面から現れた二人の少女が現れた。

二つ結びの釣竿齋より忍者らしい格好の少女と、それに追随する真っ黒なお下げの女の子…川内と時雨の二人である。

 

二人の強襲に、思わず飛び退き距離を取ろうとした釣竿齋に対して、また、別な声が響く。

深々と被っていた軍帽を脱ぎさって、可愛らしい容姿を見せた番兵…のコスプレをしていた艦娘達だ。

 

「…成るほど、一人を陽動役に仕立ててもう一人が実行犯として拉致する…ハラショーだね、種を明かしたら単純この上ない作戦だったとしても、この腕が有れば不意討ち食らって防御がしようがない」

 

そして、そんな正体を明かした艦娘の一人であるヴェールヌイの言を皮切りに、追随する様に他の艦娘達が口を開いていくので有る。

 

「とは言え、種は監視カメラの映像を見て知ってたら此方のもんよ~」

「ええ、わざとそっちの作戦に乗って後は殺気を読めば、逆にこちらが反応しきれますから!私達は大丈夫です!!」

「…そう言う訳です、ええ…もう逃げられませんよ!!顔も、空からハッキリ撮してますしね」

 

そう、北上・榛名・古鷹の順に声が上がり…そして最後の古鷹の言う通り。

闇夜で十全に動けないとは言え、飛龍と瑞鳳操るプロペラ機が数機、上空を舞っている。

それは、泊地内部側にあたる門の向こう側に待機している二人の空母が操る、二人の護衛や釣竿齋達が侵入してきた場合の迎撃役も兼ねている夕張の、手製の高感度カメラを携えた監視要員である。

 

そして…クラウドデータとして、リアルタイムで映像データは、まるで真昼の写真の様に鮮明に、トラック泊地のコンピュータ内部へと送り続けられている。

 

もう、釣竿齋が不意討ちで拉致することは叶わないだろう。

定点カメラからの真っ暗で音声もない不明瞭な画像ではなく、やり口の全貌が空から明かされたのだ。

ならば、仮に単体で見たら手がつけられない釣竿齋が相手でも、いくらでも対処が出きる。

つまり、もう、『神隠し』は終わりだと…そう言うことだった。

 

 

しかし…釣竿齋自身も、こんな対症療法と言うか、場当たり的に断続的に人を拉致すると言う地道なやり口を何時までも続けるつもりはなかった。

と言うか、時間的な意味では余裕もない。

彼が何処かで、『トラック泊地内の人間を一斉に拐う』タイミングが絶対に必要であり…ソレが、彼自身の予想よりは少し早まったぐらいに過ぎない。

 

ならば、まあ、こんな破戒僧がやることは決まっていたと言って良く…

修羅場の潜りかたの違う島田も釣竿齋に呼応する様に追随し、お互いに無言で挟み撃ちを仕掛けるかのように6人の艦娘達へと一斉に向かう。

 

それを皮切りに、艦娘達と二人の過去から来たエトランゼとの激突が始まったので有った…

 

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さて、それから始まった彼等の戦いを、今から描写していこう。

 

 

開幕から、いきなりビシュッと良い音を鳴らし、釣竿齋は袈裟の袖に隠していた手持ちの手裏剣を投げつける。

それは…艦娘の誰を狙ったモノではない。

暗器の様に放たれたその軌道を読みきった北上と時雨は、最小限の動きでかわしてやり過ごそうとする。

しかし…その判断は、間違いである。

 

「え…!?あ、足が!僕の足が動かないだと!?」

「どうなって…足だけじゃなくて、身体が麻痺してる!」

 

そう…釣竿齋の狙った箇所は、二人の身体ではなくて、暗い夜道から泊地の門にあるライトに照らされて伸びていた黒い影の方なのだ。

最小限しか動かない、そんな何時もの癖が裏目に出てしまい、いきなり影縫いに囚われてしまった。

 

しかし、そんな話は当の二人にはわかりようが無い事だ。

何かしらの無味無臭の毒ガスか、細菌兵器でも喰らったか…そうなれば、自分達だけでなくこの場に居る全員がイチコロだ。

故に、自分が囚われてしまった事以上の心配事に思い至った二人は叫ぼうとするが…それより先に動いたのは、川内である。

パンパン、と小銃を、札を張り付けてある手裏剣目掛けて正確に撃ち抜き、初見で影縫いの術から解放してやる。

 

ほう、と初見で看破した川内に対して釣竿齋は感嘆するが、当の彼女は、少しだけ嬉しそうに、そして落胆と怒りを隠さない声でこう告げた。

 

「私は、夜戦が好きで好きでしょうがなくて…闇夜を待って悪を討つ、そんな忍者みたいな姿に憧れた!だから、私はこんな姿に、こんな改二になれた!だから、正直、手裏剣だの影縫いだのが出きる本物の忍者に会えて嬉しいし…そんな力を悪用してるあんたが悲しいの!!」

 

…そう、この夜戦忍者と言うかヤセンスレイヤー気味のこの娘。

姿形の変化の元は、夜戦の参考として、何度も手垢が付くまで擦りきれる程に読み込んだ忍者小説がモチーフになっていた。

若干動機が中二病臭いが、根本的には木曾とかの変貌に近いモノでもある。

純粋な憧れからの、その憧れた対象に近付く為の姿の変貌である。

 

だからこそ、手裏剣でやろうとしていた事を初見で全て川内は看破できていたし…

何より、そんな自分が憧れた力を悪用してるとしか思えない、そんな目の前の僧侶の姿は赦せなかった。

 

しかし…一方の釣竿齋の方はと言うと。

忍者とは綺麗なもんでもかっこいいモノでも無いし…一方的に、悪用してると言われてもな、と二重の意味で呆れつつ、そんな川内達へと立ち向かっていく。

 

 

そして、反対側ではと言うと。

 

古鷹と榛名は、彼女達からしたら豆鉄砲でしかないアサルト・ライフルを投げ捨てて、虚空より艤装を召喚する。

そして、挨拶代わりに手法を排除対象に向けて撃とうとする。

攻撃目標は、鎧武者姿の島田へとだ 

 

ライフル程度では…恐らくは、あの鎧は貫けまいと二人は予想していた。

ならば、若干オーバーキル気味だろうとも、しかも海上ではない為に魚雷は使えず十全にエネルギーを発揮出来ずとも。

それでも、榛名と古鷹の二人には絶対の自信がある砲撃の一撃を以て、沈黙させようとしたので有る。

その砲身の中身は、実はペイント弾で有るのだが、それでも無力化に充分過ぎる破壊力が有るからだ。

 

直接的な周辺の被害を出さないように、本来なら射撃訓練や演習等で使う信管の無いペイント弾かつ、鎧を着込んでいた相手だとしても、直撃したら跡形も残らないかも知れない…そんな、46糎砲の大口径から放たれた榛名の一撃と、口径こそ榛名の砲の半分程度ながらも連射の利く古鷹の砲撃が島田へと向かう。

 

だが…

 

「正確に飛んでくる弾…しかもやたらでかい的ならば、自分は斬れない訳じゃない!!」

 

そう言って、縦一文字に目にも止まらぬ速さで納刀していた刀を居合い抜きに捉え、次々に剣撃だけで、漫画の主人公の様に読みきった二人の弾丸を真っ二つにして直撃弾をかわしていく。

二人が一流な砲術師かつ真っ当かつ正道な戦いかたを得意とする艦娘でもあるからこそ、同じく一流の正道は剣士たる島田が上手く噛み合ったと言うことも有り…2対1かつ大型の二人の火砲を、なんとか押さえる事に成功していたと言う。

 

 

「…向こうは、心配無さそうだの」

 

そう言って、少しだけホッとして声をあげた、此方は残り四人の艦娘達を一人で抑えながらも島田を見ていた釣竿齋に対して…良く通る声が響く。

 

「余所見をするなぁ!この悪党忍者がぁ!」

 

先程、不意討ちで影縫いにはめられてやられかけた仕返しとばかりに張り切る、時雨である。

そして、怒りを見せたまま、時雨はこう続ける。

目的がわからないけど僕らも憲兵さん達も見境無く拐う様な下衆に、負けてたまるか!と。

 

そう叫んだ時雨に対して、当の釣竿齋はと言うと、流石にトラックに密輸されたり話を聞いてくれず人拐いの真似事もせざるをえなかったりと色々と我慢の限界だった為か、逆に静かに怒りを込めてこう返す。

拙僧の目的も聞かず、お主ら言いたい放題言ってくれるのぅ、と。

 

そして、ついに我慢出来ずにこう続ける様に叫んだ。

 

「拙僧は…お主らも、この城塞の様な場所に住まう者達も、この場に働く者達も…救いたいのだ!ただ、見過ごして、死なせたくないだけなのだよ!!何故、誰も拙僧の言い分を聞いてくれぬのだ!!力技でしか助けられぬではないか、ここは本当に危険なのだよ!!」

 

 

そう言った釣竿齋に対して…大半のその場に居た艦娘達はと言うと。

苦し紛れな妄言か、いかれた狂信者か、と彼の言を一笑にしようとする中で…アアアアアア!!と言う絶叫がその場に響き渡る。

 

それは、ヴェールヌイだ。

 

 

さて、ここで話がまた少し脱線するが、ヴェールヌイと言う普段は赤いアレの変人でしかない彼女が、何故『一流』と言われているかと言うことを話そう。

 

潜入能力と強襲ならば、川内の方が遥かに上だ。

監査技能や探し物の嗅覚と言う点ならば、時雨の方が遥かに上だ。

ならば、何故彼女らに並んで『ヴェールヌイが隠密技能に長けている』と評価されているか。

その答えはただ一つ、危機回避能力に異常に特化しているからでもある。

彼女曰く『赤く研ぎ澄まされた末の技能』と言う妄言で切り捨ててる事だが、ハッキリ言うと、彼女自身の先天的な第六感としか言えない独自の敏感な危機回避能力の賜物であり、ひたすら地道に積み上げた訓練と姫や鬼クラスの深海棲艦から情報抜いて何度も逃げ延びた地獄の様な経験による後天的なモノの双方が合わさった結果でもある。

 

危ない橋を渡らない…ただ、その一点に限った能力にかけては、誰にも叶わないだろう。

この手の嗅覚が鋭い一匹狼気質であり、素の運が異常にしか思えない幸運の申し子と言える時雨ですら、危機回避にかけての事はヴェールヌイに素直に従う。

それだけ、彼女は…『危ない場所から逃げて生存する』と言う、最強のスパイの技能を、いつしか自然に手に入れてしまったので有る。

 

故に、ヴェールヌイだけがわかる。

この泊地の異常、近付いた時から今の今までずっとビリビリと肌を伝わる悪寒の『正体』を。

それは、何度もヴェールヌイがそれに近付いた度に感じて、そして本来は諜報部の様な仕事柄、その情報を得る為に友人の時雨や直接的な上司筋の川内達同僚も含め、自身が幾度も死にかけた理由でもある。

 

まさか、よりによってこんな場所で…と、それは悪寒を感じて尚ヴェールヌイが思考の外に除外してしまった事だが、ヴェールヌイは『この可能性』を思考に入れてシミュレートする。

 

 

…不味い、何が不味いって、あの泊地が本当にヤバイ。

…提督さんも含めて、あのままほっとくとあの泊地に居る人間はほぼ確実に皆殺しになるだろう。

…と言うか、艦娘も半数以上死ぬ可能性が高い。

…それに、あの坊さんは気が付いて、あの泊地に居た人達を引き離さざるをえなかった…?

…そう言うことか!全部繋がった!!『神隠し』ってそう言うことか!?

 

 

そうして、脳内でこんなシミュレートを終えた後、ヴェールヌイは武器を下ろして、ただただ一言だけ釣竿齋に聞く。

…『わかる』のかい?と

 

 

「…然り、拙僧は仏門を叩き…そして、修行を極め、幾つも法力を修めた故にわかるのだ。あの地の底から、まるで餓鬼か悪霊じみた澱んだ障気を放つ大きな脅威が潜んでいるのを。それも、一つや二つではなくて、十や十五は有るだろう。今は力を溜めているのか小さい障気をかき集めているだけで大人しいが…或いは、同胞を呼んでいる最中なのかも知れぬが、兎に角、今のうちにここから避難させないと血が幾ら流れるかわからないのだよ」

 

そう、静かにヴェールヌイに返す釣竿齋に対して…当の彼女は、と言うと。

コレ、全部私が責任取るし、間違いだったら資本主義に鞍替えしても良い…と、枕につけながら。

その場に居た艦娘全員に武装解除を促しながら、こう言ったので有る。

 

「あのね…この泊地、多分、『深海棲艦の姫・鬼クラスの超大物が大量に集まって巣を作ってる』。しかも、泊地のあの執務室とか建ってる建物の真下だと思う。うん、私はわかる…あのお坊さんも、多分そう。だから『神隠し』なんてしてたんだよ、あの二人。多分誰も話を聞いてくれないから力技で人を引き離さざるをえなかったんだ。アイツ等が上陸したら、泊地に居る人達の大半がイチコロだから遠くに避難させざるをえなかった…多分、こう言う事だよね…」

 

 

そう言って、元々白いのに更に面白いぐらい真っ白な表情で釣竿齋に確認を取るヴェールヌイ。

そんな彼女に対して、彼はそうだと同意するに至り、その場に居た艦娘全員が…と言うか、門の反対側で話を聞いていた夕張・瑞鳳・飛龍ですら、ヴェールヌイに追随するように顔色を変えるなか、古鷹が予想の斜め上の事態に混乱しながらもこう聞いた。

憲兵さん達や利根さん達は無事なんですか、と。

 

然り、我らの根城にしている山にある洞窟に全員無傷で過ごしているハズだ…と彼は返すなり、横から口を挟んできた川内がこう言ったので有る。

 

「…夕張、聞こえてる?あの、泊地の執務室で待機してる提督さんに連絡入れてソナーの感度を通常時から緊急時用のコードに切り替えさせてくれるように連絡して…多分、コレ、ヴェールヌイが言うならほぼ確実に『居る』からデータに出して欲しいの。そして、あの、忍者の人と武者の人。私達は本当に誤解してたみたいだし、話を聞かせて欲しいから一緒に泊地に来てくれる?勿論いきなり背中から撃ったりしない、約束するよ。拉致…てか、保護してくれた人達に何もしてないみたいだし。だから、コレ、ぶっちゃけ私達だけだと本当判断つかないこと起きてるから…お願いする」

 

そう言って右手を差し出した川内の手を、釣竿齋は優しく取る。

 

…最初から、こうした態度を取ってくれたなら、拙僧も無茶する必要無かったのに。

そう言って、内心で悪態をつきながら、こうして十勇士たる忍者は艦娘のくの一に引き連れられて泊地の中へと投降するように無抵抗なままに入っていく。

そして、神隠し事件の従犯だった島田も、彼に付き従うように刀を鞘に納めつつ、観念したかのように付いていく。

 

 

そうして、トラック泊地を騒がせた『神隠し』事件が非常に穏便に終わり…

そして、パラオを巻き込む新たな事件である『パラオ侵攻計画』が始まるきっかけが出るのだが。

それはまた次回、語る事にしよう…


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