無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

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六十一話 過去にある思い③

…ふむ、ここまでか

 

釣竿齋は、チキリと冷たい鉄の塊が目の前にあるのを見て、内心で…まるで、他人事みたいに考えている。

加古に踏みつけられて、今にも彼女が顔面に向かって砲を撃とうと引き金に手をかけていると言う、絶体絶命のこの瞬間に至って、尚、だ。

 

それでも、淡々と、釣竿齋は内心でこう続ける。

 

 

…多少ならず、計画が狂ってしまった感は否めぬな

…そもそもパラオの者達が、拙僧の予想外に強かった気がするの

…そして、それ以上に、拙僧に味方してくれた艦娘達が士気が低すぎたことは否めぬ

…何より、あの秘術で蘇らせた者達があそこまで弱いとは、あれが一番計算外だった

…うむ、これは拙僧が全面的に悪いことだがああもどんくさいのは予想外だったわ

…あれでは、下手したら睦月殿がいなければ目論見がわやになる所だった

 

そう内心で言って…素のなんともカリスマの欠けた性格のままで、内心で反省点をポツポツ語るものの。 

しかし…真面目な反省を、それから無表情なままに心の中で語り出す。 

 

…拙僧が詫びねばならぬことは、きっと山程ある

…拙僧が出来ることも、或いは、二度目のこの浮き世でせねばならぬことも山程ある

…しかし、拙僧の様な半端者の末路など、心残りがあるぐらいでよかろう

…まあ…瑞鳳や加賀殿と言ったか、あの二人とトラックとやらの者には謝罪してもしたりぬが

…まあ、それはそれよ、あの世で先に詫び続ける故に勘弁してくれ

 

そう、内心で溢れ出す想いを、釣竿齋は口にも顔にも出さぬままに、最後にこう付け加える。

 

…拙僧が死んでもあの縛りは解ける上に、計は最後の〆は自動で成す様に調整した故に問題は無かろうよ

 

そう、最後に心の中で釣竿齋は呟いて…無意識に、彼はニヤリと笑みを溢す。

 

 

「死ぬのが、そんなに楽しみか?」

 

そんな彼の姿を見咎めた加古が、釣竿齋に一つ聞く。

 

「…そうか、拙僧は、今…笑っていたのか」

 

無自覚だったそれを咎められて、妙な話で釣竿齋は余計におかしく想いケラケラ笑いだしそうになるのを堪えつつ。

一言だけ、釣竿齋は加古へと質問する。

辞世の句ぐらいは、詠ませてはくれぬかの?と。

 

「…氏真さんじゃねえんだ、アタシは。そもそも、百人一首も知らねーのに、歌がどうのとか風情がどうのとかは考慮できる訳無いだろ。そんな暇有るなら、引き金に手をかけるさ、アタシは」

 

つれないな、その程度も知らぬとはつまらぬ女ぞ、貴女は。

釣竿齋は、口ではそう言いつつも…半分以上は自分でわかってたとばかりに、ある意味で予想の範囲内だった加古の反応に対して苦笑いしつつ、瞳は閉じて、その時を待つ。

 

加古が釣竿齋にとどめを刺す、その時を。 

  

 

 

しかし…その時は、まるで来なかった。

 

実は、ついさっきまで…描写を省いていた分を今になり書くが、加古が釣竿齋を処刑しようとすることを止めようとする声が、いくつも上がっていた。

 

大概が釣竿齋の思惑を看破しているが故に、彼をこのまま死なせるわけにはいかないと願う大本営を『裏切った』九人の者や島田からであったが…しかし、止めようと入ろうにも、投降していたりついさっきまで敵対していたが故に、注意深く監視されているパラオの艦娘達に邪魔されて割って入ることまでは叶わない。

しかし…ついに行動に移して加古へと抱きつき、釣竿齋を加古に撃たせまいとする者がパラオの側から現れるのだ。

 

それは…

 

「…止めて、ください!加古、貴女、この人は撃っちゃ駄目…殺したら、きっと駄目…!」

「加賀…てめえか、さっきまで死にかけてた怪我人が邪魔するな!!ブッ飛ばすぞ!」

 

…釣竿齋に説得に向かった事を無下にされた揚げ句、ついさっき殺されかけた加賀であった。

 

 

さて、そうして横から出てきて加古を止めようと出てきた加賀は、さっきまで首を絞められていた後遺症でぜえはあ言いながらも…こう続ける。

 

「彼は…いいえ、ここに居る皆が皆、悪い人じゃないんです!皆、優しい人で、戦わざるをえなくて…私や瑞鳳さんだって、きっと殺す気まではなかったハズです。いいえ、少なくとも、私達艦娘を誰一人殺す気はなかったんですよ!だから…」

 

そう言って言葉につまりつつではあるが…加賀の説得に向かう台詞は、加古の一言でバッサリと斬られる。

そんなこと、アタシが一番わかってるんだよ!と。

そして、加古は加賀に返答するかの如く、語り出すのである。

 

「詳しいことはてめえみたいに聞いてないから知らねえが…きっと、訳有りだったってことぐらいはわかる。この人が悪い人じゃない…本当は凄く優しい人だってことも、な」

 

そう言って、一拍置きつつも彼女は続ける。

 

「…だって、きっと本当に敵意を持っている奴なら、アタシなんか影すら踏めねえ実力差で…今、この仰向けに転がされて砲を突きつけてる絶体絶命の状況下でも、この坊主にアタシなんか八回はぶっ殺されてら。もしかしたら、この人が本気だしたら、氏真さんや憲兵さんや通康さんすら叶わないかも知れないね。それでも…この人は逃げないし抵抗だってしないさ、だって、多分…」

 

そう言って、また一拍置き、加古は視線をある人物に向ける。

 

それは、古鷹。

加古からしたら、姉であり、艦娘の先人だった者にだ。

そんな加古は、なんとも言いにくい苦笑いを見せながらも、こう締めたのである。

 

「多分…そこの姉貴達やボロボロの鎧武者の人を一番傷付けずに丸く納めるには、『ちょーかん…さい、か?この坊主が悪者としてパラオの誰かに討ち取られる』って形が一番手っ取り早いんだろうよ。それがわかってたから、あんなひでえ術まで使って、あんなひでえ事まで言って、わざわざ前に出てきた…って所かねぇ、なら、そんな坊さん自身の策略に乗ってやれるのもアタシしか居ねえ。アタシが一番、こう言う場面で容赦しないからさ。パラオの皆には、こんな事で手を汚させやしない、氏真さんや通康さんにもだ。姉貴には『止めることを手伝う』なんて甘い事言ったが、これがこの戦いを納める最善のやり方ならアタシが殺る。邪魔するなら、ブッ飛ばすぞ、加賀…!」

 

 

そう言って、静かな迫力を滲ませつつ加賀を突き飛ばし…改めて、加古は釣竿齋へと己の主砲を向けようとする。 

 

そんな加古の迫力に、誰も手出しすることはできない。

欲望を果たそうとしたりただの怒りや悲しみからくる不安定かつ薄っぺらい殺意からとは断じて違う、漆黒の意思を滲ませた、正義と決意がこもった殺意から来る迫力に、だ。

 

そんな姿に…あのマイペースな加賀ですら、加古の姿を見て、ただただ威圧されて腰を抜かしてしまう。

否、加賀だけでなく…パラオに居た者も、そうでない者も、そして百戦錬磨の戦国武将だったとて、新撰組の元隊士だったとて。

実力差すら吹き飛ばす様な加古の放つ殺意の前に、黙るしかなかった。

 

 

だが、例外の存在だっている。

そう、そんな加古の殺意に…全く同じてない者は、この場には一人だけ居たことは確かだ。

釣竿齋、殺意を直に向けられている張本人一人である。

 

…細かい部分は兎も角も大体の部分がバレていたのか、と、釣竿齋は内心で自分の不甲斐なさと演技の下手さに自嘲しつつ、それでも…加古の言と殺意がなんだか嬉しかった気がするとも思い直す。

それは誤解無く言えば、マゾヒスティックな快感に目覚めたなどと言う、どこぞの眼帯の性癖が残念な方的な意味ではない事は、釣竿齋の名誉の為に先に書いておこう。

 

ただただ、真っ直ぐな正義の精神を持つ者に…しかも、ある意味で加古が釣竿齋の同類故に、匂いで解ることだ。

 

自分ではどうしようもない流れのせいで釣竿齋以上にねじまがって折れてしまった心が…天に向かうが如くゆっくりと、しかし着実に己が目指す道に向かって成長したので在ろうと言うことが解る者に、『敬意を持たれながら討たれる』と言うこと。

それは、武人として、将として、何よりの誉れの一つだったのであるから。

 

少なくとも…情けなかったと自覚していた生前の自分の生き方よりは、自分が納得がいく最期になるはずだから。

 

 

そう考えて、釣竿齋は加古がいつ自分を討つのか…彼は、ただその時をじっと待ちながら天を仰ぎ何気無くそのままに視線を泳がせる。

 

…そう、その時の釣竿齋は完全に無意識であった。

故に、ただ視線を向けたことも偶然だったが為に…それを発見した時には、ただただ驚いた。

本来ならば、この時間にはパラオに到着していただろう…『計画』の肝の一つが、こちらに向かって来ていたのを見たことで、だ。

 

否、『それ』は、他の者達も釣竿齋が目視したすぐ後に、ソニックブームを発生させつつ轟音を響かせていたが故か、音につられて他の者達も無意識に天を仰ぎ気が付いたが故に…皆が一斉に度肝を抜かれることになる。

 

 

それは雷鳴の如き轟音を響かせて。

それは烈風の如き速さで空を駆け。

その速さに追い付ける者は、世界中を探しても、零。

 

それこそが…

 

「あなたにハッピィィィィ!!お届けなんとやらってなぁぁぁぁぁ!!イヤッホォォォウ、世界の速さの限界縮めてやったぜ、この、私の可愛い相棒ちゃんがナァぁぁぁぁ!!!」

 

…明らかにテンションがおかしくなっている、それの制作者にてパイロットの堀越二郎と…

 

「スピード違反ってか、そろそろ減速してェェェェ!!Gでミンチになりそうじゃないぃぃぃぃ!!」

 

そして、それに乗せられた唯一の同乗者にて本来のトラック泊地の艦娘たる、ジェットコースターとかあの類いが死ぬほど苦手な悲痛すぎる雷の絶叫をも巻き込んだ、その方舟。

 

それこそが、今回の計画の本来の肝の一つを担っていた『YS-0 Thunder Storm』の到着…

 

 

「って、あの飛行機減速する気配無いクマァ!!あれ、どうやって着水するクマ!?」

「速さの限界を越えたアクセルシンクロ…って言ってる場合じゃない!あれ、もしかしてあのままこっちに突っ込むつもりじゃ!?」

「ちょちょ、速すぎるし近すぎるしほっとんど垂直に飛んできてるから迎撃できるタイミングじゃないよ、アレ(;゜∇゜)!!」

「堀越さんなに考えてるのぉ!?てか、堀越さんなんでこっちに向かって来てるのぉ!!」

「そ、それは良いから全員逃げ…って間に合わない!!対ショック体勢だ全員伏せろォォォ!!」

 

…と言うか、もうこんな感じで海上では怒号が敵味方問わず飛びかう阿鼻叫喚の元に、それは物凄い勢いで飛び込む『襲来』と言って良い登場で。

YS-0 Thunder Storm、その堀越二郎自慢の最新鋭の飛行機はと言うと、着水ギリギリで翼からフロート用の『浮き』を出して海上着水に備え…そしてそれは、着水と同時に魚雷もかくや、と言う水柱を上げながらなんとか無事に着水したと言う。

 

そのソニックブームと着水の衝撃波で、その至近距離で猛スピードのまま着水した影響下で艦娘も武将も何もかも巻き込んで、何名かはガチで気絶する者も出た程の大惨事にはなったが…まあ、死者は出なかったが故に、こちらも無事としておこう。

衝撃波のせいで氏真が溺れかけて加古に必死の体に捕まってたら何故か彼女がユルい表情してたとか、夕張がメロン果汁を再び漏らしかけていたとか、そう言った余談は省くことにする。

 

…そう言うことにしよう。

 

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…さて、堀越二郎と言う男は、飛行機と言うものを心底愛している。

 

知識も、技術も、それ以上の情熱も。

この世界に生きる技術屋の中でも、それは屈指と言えるハズだ。

そう言った意味ならば、間違いなく世界一の設計者と言えるだろう。

 

単なる情熱溢れる設計者、と言うことだけではない。

飛行機が空を駆け、それをパイロットの思う通りに操縦すること。

堀越にとっての至福はそこに集結する。

あまねく飛行機自身の喜び、そして、飛行機を操る者の喜びが、そのまま堀越の幸せに直結する。

だからこそ、瑞鳳も夕張も、彼のそう言った優しい誠実さにこそ惹かれたので在ろう。

 

 

だが、それならば、彼自身のことについて、一つだけ疑問が出るだろう。

『彼自身は、飛行機のパイロットとして操りたくはなかったのか』と言うことだ。

そして、その答えはイエスだが…残念な話、それはできない理由が二つ有った。

 

一つは視力の問題である。

彼は眼鏡の着用者、酷い近視の他に乱視も併発している。

正規パイロットになる知識もあった所で、『目』が悪いパイロットは使いようがない。

故に、堀越は逆立ちしても飛行機の正規パイロットにはなれなかった。

 

そして、もう一つの理由…まあ、さっきの場面を見てもわかる通りだ。

彼は、『ハンドル握ると性格が変わる』のだ。

有り体に言うと酷いスピード狂かつ、性格も超ハイテンションかつ五月蝿くなる。

しかも、性格に合わせるかのごとく操縦も乱暴過ぎるせいで、テストパイロットはおろか試運転すら任せられず…まあ、彼を飛行機に乗せることは誰にも出来なかったししたくなかったと言う。

 

 

「…あー、また、私がやっちゃたか…」

「ご覧の有り様ってレベルじゃないじゃない!!」

 

今回もこんな感じで、結果として着水した後にハンドル放して正気に戻った堀越が、彼のあまりの乱暴な着水の結果による艦娘とその他もろもろの死屍累々な現場の惨状を見た雷にしばかれてると言う一幕も起きたのだが、まあそれはそうと置いといて。

 

そうして閃光の様に顕れた飛行機の中から、ハッチを開けてのっそりと雷が飛び出してくる。 

 

 

何なのかと、突如として出てきた雷にパラオの者達は驚愕し…釣竿齋に荷担していた者達はそれ以上に驚愕する。

何故、パラオにいた雷がこちらへとやって来たのか、と。

計画の予想では、時間の関係を考慮したらトラックからパラオに着き、雷を拾って此方に向かうことなど不可能だと思っていたからである。

 

その訳はと言うと、堀越がYS-0によるある輸送を通常スペックによる計算をぶっちぎる限界スピードのまま計画を推し進めていったが故に、到着時刻が一時間半弱をも短縮出来ていたことが大きいのであるが、そちらの細かい話は後にすることにして。

 

兎に角、そうして出てきた雷はと言うと…真っ直ぐ向かった先は、釣竿齋の元である。

そして、雷は涙を見せながら、優しい声でこう言葉をかけたのだ。

 

 

「私が…私達の為にここまでしてくれたことは、本当に感謝しているの、和尚様達や大本営の人達には。言いたい事もいっぱい有るし、ぶん殴りたくなるところだって有るけど…でも、私にそんな資格はないじゃない…!だって、だって…!和尚様、私達を、助けてくれたじゃない!命懸けで頑張ってくれたじゃない!!深海棲艦の魔の手から、私達トラック泊地のみんなも、日本も、世界も!全部守るため!!」

 

そう言って、感極まる雷の言葉…『深海棲艦の魔の手』と言う言葉に、事情を最初から知っている加賀以外のパラオのメンバーの殆どが絶句する中で、神通が川内に、ただただ呆然と質問する。 

一体どういうわけですか、と。

 

川内は、大破状態の体にむち打ちゆっくりと起き上がりつつ…釣竿齋へと視線を送り、苦笑いしながらこう言ったのであった。

 

「計画の殆どは為したみたいだから…もう、全部話そうよ、みんな。神通は…いや、パラオの人達みんな、トラック泊地の事情を知る権利があるからさ」

 

 

そう言った川内の言に、釣竿齋も、仕方あるまい、と呆れた口調で返しつつ。

さっきの着水の衝撃波で気絶している鎧武者姿の島田を乱暴に引き上げながら、こう、釣竿齋は一言告げたのであった。

 

「この戦、拙僧らの負けではないが…貴殿らの勝ち、よ。故に、拙僧は逃げも隠れもせぬ。だからこそ打ち明けよう、拙僧の、全てを…な」

 

そう言って苦笑いする彼からは、何一つ、悪意の欠片も見受けれなかった…


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