無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~ 作:たんぺい
…二人の男が居た。
一人は、ただただ甘い男だった。
誰よりも優しい生き方をした、あの時代らしからぬ人だった。
家族を愛し、部下を愛し、友を愛した。
その男は…無能と、蔑まれた。
一人は、ただただ汚い男だった。
誰よりも勝利と名誉の為に貪欲な、あの時代らしき人だった。
主を裏切り、裏切られ、勝ち馬にはついぞ乗れなかった。
その男は…英雄と、今日でも崇められている。
対極の人生を歩んだ二人の男が出会うとき、ある世界が終わりを告げるのだ。
それは、どういう事なのか。
その話の核心について、先ずは、直接の邂逅から語ることにしよう…
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「…どっせい!!」
巨大な鎧武者の様な甲冑を着込んだ島田が、八尺(2m40cm)は有りそうな大太刀を、まるで凪ぎ払うかの様に幾度も振り回す。
それも、通康の様な力任せな単なる横凪ぎの連打と言う訳ではなく、ある種の美しさすら感じる程の一閃。
島田が剣を幾度も訓練したであろう事が容易に判るだろう、洗練された剣撃の連繋である。
本来ならば四尺二寸程度の体に見合わぬ『新撰組一』と謡われるぐらいの怪力と、組長格に並ぶレベルの剣の腕前を誇る島田だからこその、大太刀を振っても大振りにならずまるで読めないと言う、技量と膂力を併せ持った彼女だからこそが成し得る心形刀流の真髄でもある。
その技量の程と言えば、それこそ、艦娘として顕現して一年に満たぬ球磨や、ほぼ喧嘩屋かやくざが極まった様な単なる暴力としての技量しかない通康はおろか、新当流の免許皆伝を言い渡された氏真すら越えるかも知れない。
それだけ、「最後の剣客集団」の中でも屈指だった島田の実力は、伊達ではなかったと言うことだ。
そうして幾度も、島田が着込んだ大きな鎧姿から放たれる銀色の閃光。
直撃を受けたなら…通康は兎も角も、氏真と球磨は何時どのタイミングで首と胴体が泣き別れになるかわかったもんじゃない、本気な剣閃である。
…まるで、「計画」なんか知ったことではない、と吐き捨てるかの様に。
誤解なく言えば、島田は義理堅い性格だし、それが故に釣竿齋が立てた計画にも文句を言わずに恩の有る彼の為に行動している以上、それに反する行動はするつもりはない。
しかし…島田からしたら、正直な話、本気を出さないと何時こちらが殺されるかがわからない。
仕方無い話とは言え、手加減する余裕が、彼女には一切なかったのである。
なにせ、そもそも三対一と言う、状況的にただでさえ不利な状況下。
氏真と通康を分断させること自体はそもそもの想定内では有ったが、まさか一名とは言え艦娘も…
しかも、よりによって氏真に高い信頼を寄せているのみ成らず、通康とも仲が良くコンビプレイをした経験も有る球磨が、打ち合わせどころかアイコンタクトすら無しに、戦国武将どもとノータイムで島田の方に向かってきたのは想定の範囲外。
予想では、球磨は北上か夕張辺りの迎撃にでも向かうだろう…と、たかをくくっていたことも不味かった。
…先に述べた通り、本来は『パラオ側に死者を出してはいけない』。
これは、計画の最大の肝の一つだ。島田も、それは良く理解している。
だが…それこそ、気を抜いたら、何時どこから氏真の恐ろしい『一の太刀』が飛んでくるかわからない。
或いは、島田以上の怪力を誇る通康のパンチでも食らったら…下手したら、夕張や堀越が水上戦も出来る様に調節してくれたこの鎧が、ぶっ壊れるかもわからない。
そして、球磨の攻撃だろうと馬鹿にはできやしまい。魚雷の一つでも食らって、鎧に穴でも空いてしまえば…直接死にはせずとも、海に沈んで鮫か何かの餌が関の山だろう。
…と言うか、もう三対一と言う不利な戦いのせいで、実際そうなりかけている。
球磨の機銃に、通康の打撃に、氏真の剣閃に…何とか致命傷をかわし続けているが、オーバーホールしてピカピカだった『さきがけの鎧』が既に見る影もなくボロボロだ。
所々皹や斬れた様に傷が幾つも入り…鬼面を模した顔の仮面状の防具も剥がれ落ち、少女の素顔も露になっていた。
それが故に、もう本当に必死にならないと、島田の方が『計画』を為す前に死にかねなかったのである。
計画を為した後ならば兎も角も…それより先に死ぬのは、流石に御免ではあるし、何よりも…
「…まだ、諦めないクマか…!!いい加減、降参しても良いだろうに、クマ!!」
「…降参を認めてくれるのは嬉しいけど…自分の役割は、『まだ終わってない』からね!!」
…そう、島田の役割は、まだまだ完遂していないからである。
計画通りならばそろそろとは言え、まだ、釣竿齋や堀越から連絡が来ていない。
ならば…自分が、倒れるわけにはまだいかない!と、島田は考えている。
だからこそ、尚更、島田は本気を出さざるを得なかったのかも知れない。
「…やれやれ、女の子を斬るのは心苦しいが…戦場に立ったなら、容赦できないしね!!」
「…喧嘩を売ったんは、お前らじゃけんの!!」
…或いは、島田に対して本気でぶつかってきてくれる、二人の武人への剣士としての礼儀だったのかも知れない。
「さあ…何時でも、自分は逃げやしない…!!まだまだ、いけるぞぉ!!」
そうして…本当に不利な状況下で有りながら。
島田が吠えてまだまだ闘志を燃やそうとした、そんな刹那である。
「…もう良いわ、拙僧が出る。下がりたまえ、島田殿!」
いきなり、島田の背後の影から、ぬるりと冷たい男の声が戦場に響く。
すると…いきなり、どうだろう。
島田の鎧の影の中から、海水を巻き上げつつ、黒い影が渦巻くように立ち上がる。
そうして…平面の象徴としか言えない影が立体を描いたと思いきや、それが、徐々に人の姿を司るかの様に色を得て固着される。
影の様に、深い黒と黄土色の袈裟を着て。
チリンと鳴らすは、右手に構えた、黄金色をした六尺近い金属の輪の飾りを付けた錫杖。
左手には、梵字を数多書かれた法術の為に使う巻物。
そして、つるつるした、光を反射するぐらいに磨かれた剃髪。
そんな、僧侶の様な姿をしつつも…ムキムキ盛り上がる腕の筋肉と、錫杖に負けぬ大柄な体躯は、『破戒僧』と呼ぶに相応しい。
それこそが…
「…会いたかったぞ、釣竿齋…!!」
「それは拙僧の台詞よ、今川殿」
釣竿齋宗渭、この戦いを仕組んだ、全ての元凶の出現で有ったのである。