無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~ 作:たんぺい
~同時刻、トラック泊地~
「さて…と、がらんどうになってしまったか」
とある海上で、パラオ対トラックの激戦が始まろうとするなかで…
実質無人と化したトラック泊地の敷地内の中心に、釣竿齋は立ちながら一人ごちる。
色々と賑やかで、はっちゃけた連中揃いで…何より、誰よりも純粋な心を持つ優しい『艦娘』と言う少女達の事を思い出しながら上記の言葉を漏らしていた。
そう、たった数ヵ月の付き合いとは言え、釣竿齋自身も彼女らの事を本当に好きになっていたからこそ、感傷的な想いで胸がいっぱいだったのだ。
そんな彼女らを実質巻き込んでしまったことを、釣竿齋は何よりも苦しく思いつつ。
しかし彼は、『仕込み』の最終調整に細心の注意を払い、そんな雑念を頭から払うかのように目の前の作業に集中することに専念する。
件の計画の肝でもあるその『仕込み』。
自身について来た艦娘達の為にも…何よりもトラック泊地の為だけでなく、パラオ泊地の為だったとしても。
絶対に失敗する訳にはいかなかったのだから。
そして幾度も幾度も確認をしたその末に、釣竿齋自身も納得したとたん、彼はゆっくりと瞳を閉じて両の手を拝むように合わせる。
すると…釣竿齋の身体を中心として、青白い輝きと共にトラック泊地内の敷地内を、まるで葉っぱの葉脈か肉体を通す血管が如き勢いで魔力の筋が放射状に広がりを見せている。
その細かな光の筋が、園を描くようにトラック泊地を覆い尽くし…所謂、『魔法陣』と言うモノが完成したことを釣竿齋自身が確認した途端、彼は腰が抜けたかの様にパタンと倒れ込む。
一時的とは言え、気力と魔力を魔法陣の生成に使い果たしたであろう釣竿齋は、ポツリとこう漏らす。
…悪いが先に少しだけ、ホンの少しだけ休ませてもらうぞ、と。
そう告げた釣竿齋の顔は、少しだけ誇らしさを滲ませながら。
『計画』の成功を祈り、彼自身が戦うべき戦場に向かうための気力と魔力を回復することに専念するため、瞳を閉じ瞑想にしばし耽るのであった…
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~同時刻、パラオ対トラック、洋上~
さて、釣竿齋がパラオとトラック泊地のメンバーがぶつかった瞬間に、色々暗躍していたことはこの辺りの描写に止めるとして。
それはそうと、話を本筋に戻すとしよう。
まるでキョンシーの様に、額に札を貼り付けられた大軍団。
正確には艦種を問わないとしたら正確には58…単純に、約60隻の大艦隊。
19隻しかいないパラオからしたら、数としてで言えば3倍と言う、とんでもない数値である。
否…事はそれだけではない。
トラック泊地には、別枠として大本営の選りすぐりたる9隻の艦娘が更に控えている。
戦力差としては、8倍は最低見なきゃいけないだろう、と言うレベルであった。
…しかし、それでも氏真と通康さえ居れば、その戦力差を埋めることは簡単に出来るだろうと思われるかも知れない。
事実、彼等がその戦いに参加することができるとしたら、その予想は正しいモノと化しただろう。
参加することができたら、である。
トラック泊地にも、氏真や通康に引けを取らない『助っ人』は大艦隊の影に隠れるかの様に存在していたのである。
「自分も、義によって戦いに参加させて頂きます…ってね!貴殿等が居たらこちらの計算が狂う以上、自分が戦国の将を抑えてしんぜよう!」
そう告げた、大きな鎧を纏う鎧武者が一人、海上で風雲と共にホバーを吐きながら降り立った。
そう…万一の事も考えて、対氏真や対通康の為に、夕張や堀越に魔改造された家伝の鎧を纏った島田魁もこっそりと参加していたのだ。
そして、その島田の降臨を皮切りに、トラックの『裏切り者』である九人の艦娘が一斉に動きだし、操り人形の様な大艦隊も一斉に攻撃を開始する。
それを受けて、パラオの艦隊も其々の戦いに応対するべく、交戦が始まったのであった…
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「こんな時じゃ無かったら…ずっとずっと好きなだけ抱き締めたいんだけどね。重巡洋艦の中でも本当に可愛い、私の妹だもの」
そう『妹』に告げたのは、古鷹型の一番艦。
HENTAIな性癖は兎も角も、戦場においては至極全うな感性でどんな時でも己をコントロールできる精神力を持つ『静』の重巡洋艦、古鷹。
「…なら、引いてくれ…とは言わねえよ。ごめんよ姉貴、今は、敵同士で氏真さんの敵だから!」
そう返し相対するのは、古鷹型の二番艦。
弱さと痛みを知るからこそ、戦場においてはその猛々しく燃える闘志を隠さずに戦う『動』の重巡洋艦、加古。
二人は何とも言えない表情で、一瞬瞳を閉じ…そして、かっとそれを開くと。
無言のまま主砲を構え、戦闘に突入したのである。
そして、同じ海上の別な一角にて。
「…飛龍、貴女…」
そう言って、赤城は二の句が告げなくなったのか。
ぎりりと歯軋りしながら、目の前の黄色い同僚でもあった二航戦の一角たる艦に対して睨み付ける。
その様を、涼しい顔で受け止めながら、飛龍はこう告げる。
「相変わらず無口で鉄仮面な様で、言葉を交わすのが事務的で下手なだけ感情的でストレートなんだよね、赤城さんは。私は、そんなアンタが昔から好きだけど…」
そう言って、ぐいと飛龍は腰を落としたかと思ったら…
弓矢を仕舞い相撲取りの様な構えのまま猛スピードで体当たりをいきなりぶちかまし、赤城を数メートル吹っ飛ばす。
いきなりの事で赤城が面食らう中で、飛龍はこう付け加えた。
…今は、下手な情を捨てて持てる手段を全部取らないと死んじゃうよ?と。
そんな飛龍に対して…赤城は自分の頭を冷静に落ち着かせると、飛龍の事について思い出す。
所属が異なるが自分の同僚、二航戦、そして…艦娘の武術教導隊の空戦部隊担当の一人。
なるほど、と赤城は思い出す。
空母は本来は『遠距離戦』へと特化した艦娘だが…教導隊の連中は、それとは別に武術のエキスパートとして、様々な近接戦闘の技術を叩き込まれている。
赤城に決めた飛龍の相撲のぶちかましも、本来はその一環なんだろう。
投げや極めで『落とし』に来なかった理由は不明だが、それはそれとして飛龍が近接戦闘のエキスパートでもあると言うことを、赤城は否応なく理解する。
そして、それは…元『元帥親衛隊』としての一人だった頃の赤城の全てを出しきらねばならない事も、意味しているに等しい話だったのだ…
そして、また別な一角にて。
「姉さん、何で!!何で、裏切った!!」
そう、普段の優しい表情と敬語すら投げ捨てて絶叫する神通は、鬼気迫る口調と顔のまま…
怒れる感情に引っ張られるかの様に瞳に涙もうっすら浮かべつつ、己の『姉』の元へ主砲を構えながら追いかける。
そして、まるでターゲットを確認したT-800の様に、激昂した表情と裏腹に淡々と機械的に、ターゲットをたる姉に向けて正確な射撃を撃ち込みはじめていた。
一方のその姉…川内はと言うと。
己に向かい、本当に正確に飛んでくる砲撃から心底怖れた表情を見せて逃げ惑いながらも、しかし彼女はギリギリで無傷なままこう返した。
「神通にゃ!わかんないよ!!言えないよ!!知りたいなら!私に勝ってから聞きなよ!!」
そう言ってアクロバティックに神通の攻撃をひらりひらりと川内はかわしていく。
まるで、その姿は空を舞うくの一の様であった…
そして、更に別な一角では。
「榛名、『大丈夫』デースか…?座学も、戦略眼も、器量も、炊事洗濯も…言って自分が悲しくなりマスが、榛名の方が本当に優秀で自慢の出来すぎた妹デス。でも…『コレ』だけは負けた事は無いんデス!今なら、泣いて謝れば、許してあげない事は無いネ」
そう言って、実に『イイ』笑顔のまま、妹に迫る金剛。
主砲を水平に構え、実に淡々とした表情のまま、妹に最後通告を告げる。
一方、当の榛名自身はと言うと。
そんな金剛の言に苦笑しながら、威嚇しかえすかの様にこう返したのであった。
「ええ、実践形式のテストでは、大本営にいた頃は何時も確かに金剛お姉様の完勝でしたね。でも…お姉様は二つ間違ってます。一つは…お姉様の方がモテモテだったりしたんですよ、器量良しはきっとお姉様の方。そして、もう1つ…何時までも、榛名が金剛お姉様より弱いと思われるのは癪です!私の成長、見せてあげます!」
そう言って、ニヤリと笑う榛名は内心でこう続ける。
榛名にはお姉様も知らない『秘密兵器』が有るから、大丈夫です!と。
金剛はその、榛名の『切り札』を、まだ知るよしはなかった…
そして…また別な一角では。
「あのね、私は降伏しろなんて馬鹿なこと言うつもりはないわ(´-ω-`)でも…矛を収めてくれることは、出来ないのかな?(-。-;)」
そう言って、阿賀野が武器をも取らず、ある艦娘に向けて語りかける。
ゆっくりと、瞳を閉じたまま、ただただ語りかけつつその艦娘に対してコンタクトを取りに行く。
その相手は…
「また妙なしゃべり方を…じゃなくて、矛を収めろって、何でわざわざ私に…!?」
…夕張で、あった。
夕張は、その阿賀野の姿に軽い戦慄を覚えながらも、しかし冷静に砲を構えつつ何時でも彼女を迎撃に向かう準備を見せている。
否、その気になったのならば、夕張は今から8秒も有れば、阿賀野を肉塊にすることだったとてできるだろう。
それだけの戦力差がある、練度も実力も。
しかし、阿賀野をある理由から本気で撃つに撃てない夕張は…威嚇するだけに止めていたが。
そんな夕張に向かって、阿賀野はこう続けるのである。
私達が戦い合うのは悲しいことよ、だってドウルイダモノ、ワタシタチ…と。
その、背筋を嘗めるかのような、夕張の中の記憶の底を開けるかの様な冷たい囁きに、夕張は腰を抜かして戦慄したと言う…
その、一方で。
「僕の相手はね…君と君に決めた、ってね!二人がかりでかかってこい!」
時雨は飄々とした表情のまま、その『標的』をおちょくるかのような動きでフラフラと適当に段幕を張りながら海上を軽やかに舞う。
それを追う影こそ…
「待てぇ!!時雨お姉ちゃん!」
「夕立、左舷に向かって時雨が逃げたにゃ!挟み込むのだぞ!!」
夕立、そして睦月の2名である。
夕立も、睦月もそれぞれ半人前以下で…そして、あらゆる意味で正反対な艦娘である。
容姿やスタイルや制服の色も正反対な艦娘だが、何よりもその長所と短所が正反対である。
秘めた実力こそ高いが、血が上りやすい上に普段から頭があまり回るタイプではない猪武者の夕立。
頭も判断力も非常に優秀であるが、根本的に戦闘力が弱い睦月。
それぞれの短所も長所も恐ろしく尖っており、言ってしまえば単独で役に立つタイプではない。
しかし、息を合わせて二人でそれを補え合えば…その欠点は打ち消し合えるハズだ。
幸いにして、こう言う組み合わせにしてはそもそもの仲が良い。
チームプレーとしての連携が取りやすい事もあり、即席コンビとは思えない…かつての加古・夕立コンビの時とは比較になら無い連携速度で時雨を追い込んでいく。
しかし、それでも、時雨は彼女らからしたら戦力差で言えばまるで相手になら無い程の実力も有る。
このままでは、いくら策を睦月が弄したとして、まるで彼女らは時雨の影すら掴むことはできやしないだろう。
或いは、そう…
そして…
「世界を赤く染めようとは思わないか、同士諸君。君達は、私の同類なのだ!!同士に下るならば、私は歓迎する準備万端さ。さあ世界を、真っ赤に、ビーフ・ストロガノフ色に染めようじゃないか!」
「断るわ、むしろ、世界は髭に染めるべきよ!!むしろ、貴女こそ髭の魅力に気が付くべきね。髭、イズ、ジャスティス!」
「いいえ、吹雪色です!!この主人公さんが世界に広まるべきなんです!!なぜなら、私こそ主人公さんですから!!宗教には負けません!」
…ここは無視して、次。
「お父さんの為にも…私は、引けません」
「堀越さんの為にも、私は引けないの」
そう言って、加賀と瑞鳳は、弓を携えながら構え合う。
どちらにも、譲れないものがあるから。
戦場に立った以上、二人には引くことが出来なかったから。
だが…冷徹でマイペース過ぎておちょくるのが好きな加賀と、同じ様にマイペースでは有るがおっとりふわふわした雰囲気の瑞鳳と言う、パッと見だったら正反対な二人にはある共通点がある。
根っこが子供っぽいタチのせいで、純粋すぎるが故に、甘いのだ。
それが故に、二人には、其々に背負っているものが見える。
見えてしまうからこそ…二人はどうすべきか、頭でわかっていても身体が動かなかったのだ。
目を切ると言う選択肢は二人には無い。
何せ虎の子かつ、実力差を容易に埋める事もできる航空戦力である以上、フリーにさせたら何時戦局をひっくり返されるかわかったものじゃない。
だからこそ、お互いに監視せざるを得ない。フリーにさせる訳にはいかない。
とは言え、甘い性格でもある二人はお互いに撃つに撃てなくて。
謎のにらめっこが発生する羽目に成ったのだ。
そして…そんなにらめっこのまま動けない二人が居たとしたら、全力で殴りあっている二人も居た。
「可愛くない妹だね~!!」
「生憎、俺はMで意識の高いイケメン担当艦でね!!」
そう言って、機銃で牽制しあいながら、お互いに動きを抑制し合い海上を動き回り立ち回りながら戦闘する二人の姉妹…北上と木曾、二人の球磨型の雷巡の艦娘である。
二人は、まるで円を描くかの様に動きを止めず、バラララと鳴る銃声と硝煙を撒きながら二人で実に物騒なワルツを描く。
そんな二人が全力で戦闘する理由こそ、さっきの加賀と瑞鳳のにらめっこ宜しく、魚雷と言う一発でとんでもない爆発を巻き起こす爆撃をぶちこまれる隙を与えない為である。
特に、パラオからしたら、北上の魚雷等を自由にぶちこまれる形になったらば、もう勝ち目がなくなると言うレベルでないのだから木曾は本当に必死で格上たる北上に食らい付いていた。
そして…しかし加賀と瑞鳳とは二人が明確に違う点が1つ有る。
それは、お互いに『己の目的』の為ならば、躊躇しないこと。
木曾も北上も、一度『撃つべき』と決めたらば、一切の容赦はない。
仮に姉妹だろうと、厳密に言えば『計画』に北上が背く行為をするとしても、だ。
だからこそ、二人の戦いは、烈火のように激しく続くのである。
そして…肝心の『本隊』、つまり、トラック泊地の傀儡による攻撃に対するメンバーはと言うと。
「ぐふ…みんな、私の影に隠れて!!」
「…この状況下だと血のりか素かわからないわねぇ」
龍田が軽口を叩きつつではあるが、頑丈な扶桑の影にかくれつつ、朧・龍田・天龍・浜風・飛鷹・隼鷹のメンバーは猛攻に耐えていた。
傀儡達は、まるで機械のように一定かつあまり精密な動きは出来ていない為、あまりその実力は発揮出来ていないとは言え。
こちらがわの戦力が七人しかいない為、本当に単純に計算して実質9倍と言う数の暴力による艦隊の主砲に魚雷に艦載機の攻撃の嵐。
不利と有利、火を見るより明らかだった。
特に、実戦経験が0に近い朧と浜風を筆頭に、交戦開始数分で中破以上のダメージを受けている艦娘もパラオには居た。
特に、浜風は…痛みと硝煙と実戦の迫力による恐怖から、何時もの余裕の有るセクハラ魔とは思えないほどの真っ青な顔で震え上がってしまったと言う。
戦闘が苦手な隼鷹はおろか、覚悟は決まっていても実力不足な飛鷹や扶桑ですら、大本営のエース隊を抑えるメンバーを狙い撃ちされない為の足止めすら出来ないこの状況下でどうするかを考え…絶望的な表情を見せていたと言う。
だが…そんな中で、ただ一人、余裕の表情を見せていた艦娘が居た。
天龍である。
その天龍はと言うと、一言だけこう告げて、敵陣に飛び込んで行ったのだ。
「大体、敵の攻撃パターンは…見切った!俺に任せな、五分で蹴散らしてやるぜ!」
そう言って飛び出した天龍の活躍や艦娘達の戦いの顛末は…
また次回、語るとしよう。