無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

63 / 84
五十二話 『嵐』の前の

いやぁぁあと言う、浜風の絶叫が鎮守府に響き、パニックになりかけた阿賀野が誰か誰かと、助けを求めると言う異常事態。

雷の、鈍く煌めくカッターナイフを一直線に首筋目掛けて付き出し、そして仰向けに倒れる氏真と言う図と言う凶行を見た二人の艦娘の、顛末である。

 

二人の絶叫を受けて、ついさっきまで揉めていた金剛や、たまたま執務を補助していた睦月が慌てて部屋から飛び出して…異常事態に息を呑む。

その、全員が頭の中が真っ白になっていたパニック状態の一瞬の間隙をついて、雷は更に確実に氏真にトドメを刺そうと馬乗りになって、はらわた目掛けてカッターナイフを突き刺そうとし…ズブリ、と深くそれは突き刺さる。 

 

…鎮守府の、壁にであるが。 

 

 

「…全く、キミが何か仕掛けてくる可能性は考慮していたが、真っ正面から来るとは…逆に予想外すぎて肝は冷やしたな。だが、まあ、昔言ったことは裏切るつもりは無くてね。『陸上で、君達に負けるわけにはいかない』ってことさ」

 

そう告げる氏真は、無傷だった。

 

完全に油断したタイミング、しかも、出会い頭に不意打ちだったとは言え。 

背中から来る攻撃なら兎も角、氏真と言う男は真っ正面から襲われたぐらいで『殺られる』タマではない。

真後ろに『跳んで』、カッターナイフの攻撃をかわしていたのである

 

そして無傷なままの氏真は、わざと倒れて隙を作り、雷の次の行動を誘い…

まんまと乗ってきた雷の行動に対して、カウンター気味に裏拳でカッターナイフを弾き飛ばして獲物を無力化する。

その後、ぐるりと馬乗りになっていた雷を自分ごと巻き込むように横回転で薙ぎ倒し、逆に体を入れ替えて、所謂『腕ひしぎ』の形に持ち込む。

 

「…折るにはちょっと忍びない体躯だ。だが、腕が使えるとどうなるか予想が付かないからね、本当に悪いが両肩を外させて貰うよ!」

 

そう氏真が言うなり、ぐっと体重と腰の力を入れて雷の右腕を『極め』に行く。

その際に漫画のような擬音は流れないが…雷はぐえっと蛙を潰した様な悲鳴を上げた後、脱臼の痛みからか涙を流し気絶していた。 

もしかしたら、脱臼だけでなく、鎖骨か腕の骨がヒビがいったのかもしれなかっただろう。

 

阿賀野が別な意味でそんな雷に対して目を背ける状況下の中で、氏真は容赦なく左もアームロックをかけようとしたタイミングで…わらわらとギャラリーが集まりだし、逆に浜風からストップをかけられるかの様に、氏真が彼女に抱き付かれる。

 

浜風の行動で少しだけ頭が冷えた氏真は、しかし、怒ってるともなんとも付かない神妙な表情を浮かべつつ。

まるで、昂っている自分の気を鎮めるかのような口調でこう続けた。

 

縛るものを、何か持ってきてくれないか?出来れば丈夫な荒縄みたいな、と。

後、有るなら包帯と氷枕の様な冷やすものを取ってきてくれ、と付け加えつつ。

 

-----------------------------------------------------------------------------------

 

「脱臼は一度やると癖になる…そう言う意味では無力化目的としてもやりすぎたな、すまんね、今一度だけ我慢してくれ」

 

そう言うなり…氏真は雷の上着を浜風と共に肩の部分を露出させる為に脱がせながら、彼女の肩に氷嚢を当てつつ、腕に負担にならぬ様に左肩で吊った包帯を三角巾代わりの様な形でギチギチめに巻いて固定する。

荒い息を吐く雷をゆっくりと起こしながら、何だか手馴れた手つきで、今度は無事な左腕は容赦なく荒縄を使ってぐるぐる巻に胴体に固定されていた。

 

「手慣れてるなぁ…(;゜゜)」

 

阿賀野が、淡々と応急処置と更なる無力化を同時に行う姿を見ながら感心するが…当の氏真としては、塚原に仕込まれたことを忠実に思い出しながら色々やっているに過ぎない。

 

 

まあ、ここから先は余談になるのだが

『剣術』とは…当時の感覚で言うならば、剣に特化した技術の使い方と言うよりは、剣を持った者が敵に相対した時の術理そのものと言う色が強い。

 

単なる抜刀や剣の戦い方だけでなく、場合によっては刀剣以上のメインウェポンになる矢や槍や薙刀の他に、縛法の様な無力化する技や当て身や投げ等の無手の戦い方や、戦場での怪我や脱臼の応急処置等の知識も当然に仕込まれている。

…と言うか、氏真が塚原に殺されかける度に、自身が身を以て味わって来たことだ。

 

何度か、師匠に修行中に本気で脱臼どころか利き手を折られたことも有る氏真にとってしたら、それに対処する簡単なやり方もまた、彼自身が覚えることは自然な話であった。

 

と、そんな脱線は置いといて、そんな感じで雷を無力化した少し後…

こんな感じで雷を治療した後、執務室に手足を縛り付けた時の話から、物語を再開しようと思う。

 

 

さて…その場に元々居た氏真・金剛・睦月の三名と現場に鉢合わせてしまった浜風・阿賀野の他。

手近に居た加賀と木曾と吹雪と霞と加古と隼鷹、実質的に責任が色々と重いポジションの通康と赤城と神通が集められ。

残りのメンバーは任務外の者から順に集められていくこんな状況下。

 

浜風や赤城辺りが特にであるが、油断して雷から目を切ってしまったことは氏真に謝罪するが…氏真本人が、まあ状況的に油断した僕も悪いし仕方ないから、と流した為に、それはともかくと言うレベルで話は纏まったところ。

金剛は、何とも言えぬ表情で、雷を見下ろしながら口を開く。

この娘どうしたものデースか、と。

 

「…決まってる、アタシ達を油断させておいて、氏真さんを狙いやがって…上等かましてくれた礼だ、ぶっ殺してやる…!!」

 

それに答えるかの様に、普段ユルい感じの加古が本当に静かな怒りを滲ませながら艤装を召喚して指をバキバキならして凄むのは、やはり、氏真の事を想ってであろう。

慌てて吹雪や浜風が加古の迫力にすくみながらも止めに入り、阿賀野に至っては『殺された』かつての記憶を思い出して怯えて泣き出してしまう中…

 

「そうですね、珍しく意見が合いましたね、加古さん…父さんを殺そうとした罪、教えてやりましょう……!」

 

同じくマジギレした加賀が、加古以上の怒気を放ちながら雷の前に出る。

 

流石に赤城も見かねて、気持ちはわかるが一航戦の誇りを失うな、と加賀を羽交い締めにする中で、霞が頭を抱えながらこう切り出した。

処罰云々はわからない話ではないけれど、先にやることがあるでしょう、と。

そして…冷静そうな睦月に話を振った霞に対し、当の睦月は実に良い笑顔でこう返したのであった。

 

「そうだにゃ、雷撃処分は最後の最後にゃし二人とも。先ずは三ヶ月は生きるのを後悔させるぐらいの痛みと絶望を与えてやるのだぞ…!!」

 

…なんやかんや秘書艦として氏真大好きな睦月は、加古や加賀の二人と同じくらいに雷にマジギレしていたのであった。

 

違う、そうじゃない…と、なるほど、と納得していた例の二人以外は倒れこむなかで、木曾が話を修正する。

雷さんから、先ずは話を聞き出すのが先だろう、と。

 

「…軍規違反はやめてくれよ、三人とも。最終手段だろうそれをいきなりしたら、俺も姐さんも旦那も止めに入るからな」

 

…と付け加えて、目を血走らせている三人に対し、拷問なりなんなりの『手』に対して釘を刺しつつ、ではあるが。

 

 

さて、そんな中で…当の、だんまりを決め込んでいた雷が、いきなり口を開く。

 

「…う、痛い痛い痛い…肩がぁ、何で!?何で私、縛り付けられて…!!何で!痛い、酷いわよ…」

 

そう言って、荒縄から逃れようとジタバタしながら痛みを訴えてもがき出す雷に対して…赤城を突き飛ばして、怒りのままに雷に首根っこをひっ捕まえて詰め寄る加賀はこう告げる。

貴女、本当に殺されたいみたいですね、と。

 

そんな加賀に雷は怯えながらも…震える声で、こう告げる。

 

 

貴女、いいえ…貴女達、誰?と。

 

 

え?と、雷の言葉を受けた加賀が目を一瞬丸くして思わず手を放す。

ほぼ三日間とは言え、何度も顔を合わせた相手だと言うのに…まるで初対面の人間への口振りではないか、と。

 

ざわざわ、と、執務室に動揺が広がるなかで…通康がついに口を挟む。

なるほど、氏真殿が攻め入らん理由が何となくわかったぞな、こりゃ下手に突っ込んだらアカンの、と。

然り、と氏真は通康の言に頷きながら、こう口を開くのであった。

 

「…恐らくは、脱臼の痛みで気を失ったせいで、敵の術が一時的に解けたんだろう。もしかしたら、術が変に混線してしまっただけかも知れないが…それはともかく、多分、『コレ』が本当の雷ちゃんだったってこと。今まで僕達と付き合っていた雷ちゃんも、僕を機械的に狙ってきたさっきの雷ちゃんも、全く正気じゃなかったのさ」

 

え…と、何名かの艦娘が氏真の言についていけない中で、神通と浜風が、思い当たる『答え』を口にする。

…洗脳か、と。

 

狭義の意味での洗脳と言うよりは、傀儡化と言う方がより正確ではあるが。

雷はパラオ泊地に着くもっともっと早い段階に意識を奪われてしまい、雷は黒幕の意のままに操られる操り人形にされてしまったのであろう。

それこそ、普通ならば三流小説のシナリオかと笑い飛ばせる荒唐無稽さながら…ここの艦娘達は、氏真だの杉村だの通康だのと、超人的な者達の活躍を知っている。

そして…杉村の話から、この世界には『魔術師』だって生き残っていることも知っていた。

 

それだけに、そんな荒唐無稽な答えにたどり着く事にも時間はかからなかったのだ。

 

そんな話を聞かされて、慌てて加賀は…と言うか、ついさっきまで雷を殺しにかかっていた三名は手のひらを返しながら、謝罪しつつこう告げる。

怪我はすぐに治療する、だけどその前に一つ聞かせてくれ、誰にやられてどうしてこの泊地に着いたのだ?と。

 

 

雷は…少しだけ、怯えの色が表情から薄れながら、痛む肩に顔をしかめながら彼女は口を開き、少しずつではあるが話を始めた。

 

「…え、えーと…私達、そう、トラック泊地で不審者騒ぎがあって…大本営の人達が駆けつけてくれて…提督達とあの日和尚様達に出会って…そして、私は……あ、あああああ!!」

 

そう言って、絶叫した雷は顔を真っ青にしながら、矢継ぎ早にこう続けるのであった。

 

「駄目…和尚様の『計画』がこのままだったら始まっちゃうわ!それは駄目なの!私や提督さん達は、それを反対したから、和尚様にやられて意識を奪われてしまったけど……早く和尚様達を止めないと、死……うっ、うわあああああああああああ!!!!」

 

そう言って、語り始める雷の言葉を遮るかの様に、いきなり彼女自身の絶叫が響き渡る。

頭を振り回し、本当に苦しむかのごとき動きで肩以上にはるかに痛む自分の頭の痛みを訴えながら一分程絶叫し続けた後に、ぐるりと目を回して雷は白目を向いてしまう。

 

そんな雷に対して思わず、何があったんじゃ!?と、首ねっこごと頭をガクガク降るように体を揺すりながら詰め寄る通康に対して…雷は、白目を向いたままで、話をはじめだした。

 

 

それは、雷の声ではなかった。

 

ややがらがら声の渋い男の声であり、ハイトーンの普段の雷の声ではない。

恐らくは『黒幕』自身の声であろうその言葉を、まるでスピーカーを通すかの様に雷自身を通しながら、その言葉を告げるのである。

 

「あまり、この傀儡化の術を出力を上げすぎると符にも術者にも雷にも負担が大きすぎるが…ここに至っては是非も無し。悪いが、雷へかけた術を最大まで上げさせてもらった」

 

そう言って、その『黒幕』は雷が気絶してしまった理由を説明しながらも…

まるで、その黒幕とリンクするように雷の口角を上げながら、大胆不敵にもこうその黒幕は宣言するのであった。

 

 

「拙僧…この『釣竿齋宗渭』率いしトラック泊地に集う艦娘達の軍勢を以て宣戦布告とさせて戴こう。我等、これより、貴殿らのパラオ泊地に向けて『侵攻』させて貰う。正々堂々、勝負なり!」

 

そう宣言した言葉と共に、雷の太股から絆創膏のように巻いてあった、件の洗脳用の符術の札が剥がれ落ちたと思いきや、その札が蒼く煌めく焔と共に燃え尽きる。

そして…今度こそ、雷は色々なダメージに心身共に完全に耐えきれなくなってしまって、うつ伏せにぐったりと倒れこんでしまったのである。

 

 

そんな雷を、半ば無理矢理に入渠させる為に、浜風と霞は曳航…と言うか、担架で運ぶかの様に雷をこれ以上に苦しませないためにも入渠施設へと連れていく一方で。

残りのメンバーはと言うと、氏真達の艦内放送により、全演習・遠征等の作戦の中止と対トラック泊地の戦いへの指令を発信しながら、パラオ泊地内に集う全ての艦娘達による臨戦態勢が敷かれていた。

 

そして…氏真にとっての、提督としての最後の大作戦となるこの戦いの火蓋が、切って落とされようとしていたのであった…




次回はキャラ紹介を挟んで、漸く最終決戦です

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。