無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

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五十一話 雷の『異変』と、パラオ泊地の話

さて、場面はトラック泊地からパラオ泊地へと再び移し。

雷の事を中心とした形ではあるが、話を進めようと思う。

 

 

~パラオ泊地~   

 

雷、トラック泊地からやって来たと言う、暁型の少女。

彼女はどうしているかと言うと、「信頼」についての疑問から…

氏真や浜風から、もしかしたら信用できないと言う事情は氏真から秘密裏に先に伝えていた睦月や赤城や球磨や加賀や神通ら一部の艦娘に通達され、そして憲兵役の杉村等の監視の下と言う形ではあるが、パラオ泊地内でつつがなく生活していた。

 

そう、件の『危険牌』としてパラオにやって来た雷。

一体、パラオ泊地でどういう行動をするのか…あるいは、何をしないのか。

一挙一頭足をあまねく監視されている中で彼女が取った行動はと言うと…

 

「じゃーん!訓練お疲れ様、この雷様がタオルとスポーツドリンクを用意してあげたわ!」

「はい、朝御飯。折角だから、私が用意してあげたわよ!」

「もー、夕立ちゃんも阿賀野さんもネクタイ歪んでる!私が直してあげるんだから!」

「もっと私に甘えて良いのよ?寝付けないなら子守唄ぐらい歌ってあげるわ!」

 

…とまあ、雷はこんな感じで、甲斐甲斐しく、実にバブみがある生活を推奨するかのようなオカンみたいなお世話係りをやっていた。

 

 

流石に食料品の用意の際は、浜風が立ち会って変なもの入れてないかと言う監視はあるものの。

基本的には、実にフレンドリーかつおしゃまな感じで、艦隊と付き合っていた、と言う。

おかげで、たまに加賀や朧が『お母さん』と素で言いかけていたりする場面が散見された、等の珍プレーが発生するぐらいではあったのだが…まあ、それはそうと。

 

そうして、余所者かつ色眼鏡で見られていると言うこの状況下の中、実にお母さんみたいな感じで甲斐甲斐しく世話を焼く雷に対して…三日もしない内に艦隊の緊張感が、ゆるくなりかけていた。

 

 

この泊地にやって来た『漂流者』が、基本的に艦娘も人間も問わず、何かやたら濃い上になんやかんやアホだったり変態だったり斜め上だったりする部分は否めないが、真っ直ぐな性格のお人好しばかりと言う所が災いしたのも否めない。

そう言う事情があったせいで、余計に、雷に対する体制がゆるくなっていたのである。

 

否、もう少し正確に言うならば。

基本的に監視を任されたメンバーは、氏真を含めて全員が雷に対して実に真っ当に監視を続けていたものの。

そんな甲斐甲斐しく優しく、そしてアクの少ない性格であった雷に対して…監視役をしていたもの含めてパラオ泊地のもの達全員が、信用し始めてしまったと言うことが非常に大きかった。

 

 

そう…そんな雷が、異変をおこしたのは…

 

「ふ、フフフ…ずいぶン……ぬルいジャなイ………ハ、ハハハハハ」

 

…三日後、そう一人言のように雷が呟いた…

そう、トラック泊地のもの達が言っていた『計画』の決行日の、当日であったのだ。

 

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さて、そうして『決行日』となった三日後まで、今度はパラオ泊地内での状況を整理する為の話を進めようと思う。

 

 

パラオ泊地のメンバーはと言うと、雷個人の話としては実質上記の通りであったが、トラック泊地そのものの対処に追われる形になっていた。

トラック泊地の現状を、大本営へと『上』に伝えた後、正式な判断が降りるまでトラック泊地にどうするべきかと言う議題でもめにもめていたと言う。

 

具体的な話をすると、もめていた理由は簡単に言えばこう言うことである。

『先手を打って、先行して数名のトラック泊地の偵察に向かうべきか』、或いは『大本営の指示が降りるまで、警戒だけに止め自衛に徹するか』と言う二択のどちらが正しいか、と言う話だ。

 

結論から先に言えば…どちらも、こう言う状況下で取る方針としては正しい。

情報収集を重視するか、防御を重視するか、それだけの違いである。

リスク・リターンで言えば…これも、お互いに一長一短でトントンである。

ハイリスク・ハイリターンな方針が前者、ローリスク・ローリターンな方針が後者、と言う形になるだろう。

 

…そして、氏真は、後者を選択した。

 

 

一方、前者を推していたのは、通康を含めて血の気の多い数名のメンバーが中心だった。

天龍や吹雪や霞や金剛や球磨や神通の他、あのファザコン気味の加賀も、珍しく氏真に逆らう形で具申してたと言う。

 

理由の一つは雷に対する同情や義侠心と言う情の話で、トラック泊地へ何かしたいと言う理由でもあったのだが…それ以上の話として、トラック泊地の現状の真偽がふわふわしている、と言う話が大きい。

情報が伝聞だけ、それも雷と言う捕虜みたいな娘から又聞きになっていた形の話が土台になっている『上』に対する作戦を軸に動くのは、正直な所、あまりにも危険である。

 

ならばこそ、こちらからも情報を掴み取れるように動くべし、と言うシンプルに理に叶った話であった。

…そして氏真も、それは正しいことは良くわかっては居るし、本音としては前者寄りでもあった。

 

 

かつて、語ったことがあったように。

『武田の塩止め』の主導と言う生前の功績もそうだが、基本的に氏真は策や兵站を中心としたものを軽視するタイプの将ではない。

やや教科書通りな手癖はあるが、基本的には、兵の士気と情報収集や作戦を重視するタイプの人間である。

 

しかし、それが故に、こう言う状況下で情報収集に首を突っ込むリスクについての事を考えるだけ、動くに動けないと言う状態に陥ってしまったのだ。

 

 

相手は強大で、しかもその中心となる人物は外法を操る人間、それもかなりの使い手らしい。

そんな人間が占拠する要塞…攻めこむどころか、近付くのも容易ではあるまい。

それどころか、下手に近付くとなると、逆に敵に『取り込まれる』危険性すらある。

 

洗脳されたり、逆に情報を吐かされたり、或いは何らかの交換材料や交渉材料にされたり…と言う可能性は、まだ良い方だ。

それこそ、偵察に出した艦娘を人間爆弾や人間細菌兵器として術師の相手に堕とされて…それを、一見何事もなかったかの様に帰ってきて時限爆弾の様に炸裂されたら、イチコロと言う話ではない。

 

…まだ、神秘が深い時代の術者の魔力と言うものは、氏真は何度か京の都なり若い頃の掛川城内なりで目の当たりにしている。

 

その為に、敵の正体が割れるまで…少なくとも、敵の術師としての実力がわかるまで。

言って二十人ぐらいしか居ないパラオ泊地の兵力を無駄に減らさない為にも、動くに動けないと言う事が、氏真にとっての判断だったのだ。

 

 

とは言え、上に書いた通り、リスクを背負ってでも情報収集に行きたいと言う者達の具申もわからなくは無い話なのだ。

特に、球磨・金剛・神通の三名は、トラック泊地内で『身内』と連絡が取れなくなったと言う焦りもある以上、尚更である。

 

そう、理解はできるが故に、話合いの度に自分の意見こそ説明するが…強く彼らを否定することが氏真の性格上出来ず、そのせいでこのままだと泊地が空中分解する可能性が強く出てきてしまった。

 

 

どうしたものかな、と氏真は頭を悩ましていたそんな『その日』。

氏真は、その日も金剛ともめてしまったため、頭を冷やすために一人で廊下に出て…ばったりと、雷に出くわす。 

雷に対して何気無く声をかけようとした瞬間、氏真は冷たいものを感じ取る。

 

そして…雷は、何処からか摺り盗って来たであろうカッターナイフを片手に首筋目掛けて付き出して。

氏真は、仰向けに倒れこみ。

 

それを、たまたま目撃していた阿賀野と浜風の絶叫が、泊地から響き渡ったのであった…

 

 


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