無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

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四十六話 「亡命者」

…そろそろ、僕の仕事は終わりかも知れない

 

 

氏真は、最近になり良く考えていることの一つである。

 

閻魔に導かれてこの世界…まあ、安い言い方をすれば「一つの艦これ次元」とでも仮称すべき世界に飛ばされた、彼のそもそもの目的は『救いを求める者を助け、功徳を積むこと』である。

そして、パラオ泊地に限ってと言う話をすれば、その目的はある程度達成されているハズだ。

 

救いを求める者…この場合、艦娘や軍人達、と言うことになるが、彼らの困っていた事態は実質氏真のできる範囲で解決できただろう。

極論、後は氏真が海軍大本営にでも打診して、今すぐに後任を探した後は在野に下っても全く問題が出ないぐらいにだ。

 

通康や杉村とは、正直なところ氏真は毛色も得意分野も違う。

彼には通康のような海戦知識やカリスマは無い、杉村のような指導力も無い。

正直な話をすれば、この男の適性を考えたら外交官か要人のSPや秘書辺りを任せた方が相性が良いのだから尚の事である。

 

…そう、氏真自身が文武に長けた一流な人材であれ、提督としては二流と言うことを自覚してこその冒頭の内心での台詞だったのであった。

 

 

とは言っても、流石に自身が言い出した上に皆から任された仕事を投げ出す様な人でもないのが、氏真のお人好し加減の由縁である訳で。

ふぅ、とため息を大きく吐いた氏真は、頭に浮かんだ下らないことを吹き飛ばすように気合いを入れ直して、浜風と共に執務室の机に積まれた書類の束と格闘しようとする…まさに、その時である。

 

コンコン、と執務室のドアを叩く音がする。

開けろ、と言う声の主は…恐らくは天龍と朧のものだろう。

珍しい組み合わせだな、と氏真は思いながら、入れと命じて部屋に上げさせた。

 

すると…

 

 

「貴女が、ここの提督…さん?助けて…欲しいの…」

 

そう言って、天龍や朧に混じり…小綺麗な青と白が輝くセーラー服でさらさらの茶髪なショートカットの八重歯がまぶしい、見慣れない艦娘が現れたのである。

氏真は、来客の予定は無かった気はするが…と、小声で呟きながら、切羽詰まったその艦娘をソファに座らせて落ち着かせつつ、彼女の話を聞くことにした。

 

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「…この紅茶もお茶菓子も、美味しいじゃない!!」

 

 

そう言って、金剛作の紅茶と、浜風作のパンケーキに舌鼓をうちながら目を丸くしている彼女の名前は『雷』と言う、暁型と言われる吹雪とも関連深い特型駆逐艦の三番艦である。

彼女は、泊地内で建造された艦娘でもドロップ艦でも無く…要するに、別な所属の艦娘と言うことであった。

 

そんな別な所属の艦娘である雷が何故パラオに現れたのか…そう浜風が聞き出すと、一転して暗い顔になった当の雷は、俯きながら話をはじめることにした。

以下、やや箇条書きでもあるが、雷の話を纏めることにしよう。

 

 

そもそも、本来雷の所属している鎮守府は、トラック泊地と言うパラオにもっとも近い泊地の一つである。

そこで、雷は秘書艦として、その提督の世話係兼艦隊の取りまとめを担当していたと言うことであった。

もっともその提督と三年以上と言う長さでの付き合いが長い艦と言うこともあり、指輪だって渡されている…ケッコン艦でもあった。

 

そんなトラック泊地の提督の、それこそ、イラついた時にペン回しするだの思考に詰まると顎に指を置くだのと言う小さな癖から、お互い裸のまま提督と一緒に入って動いた後のベッドから見る天井のシミの数まで知っている彼女だったのだが…突如、雷の知っている提督の姿が変わってしまったと言う。

 

雷はある日突然に秘書艦を解任された挙げ句、何も悪いことをしていないハズなのにほぼ自室に軟禁状態と言う憂き目にあってしまった。

見慣れない艦も出入りするようになり、トラック泊地の艦隊の様子だって何もかもがおかしくなって居た。

まるで、機械か何かの様な受け答えしか出来ず、その台詞には感情が籠っていない。

そして、小さいがまるで剥がれない、妙な札を一様に額に張られていたのであったという。

 

これは流石におかしい、と、雷はこっそり執務室に向かうと…そこには、全く見ず知らずの坊主のような男が我が物顔で提督様の椅子に座って居たという。

慌てて雷は誰何し、そして、そのトラック泊地をめちゃめちゃにした元凶だろう坊主に向かい艤装の砲を向けたその瞬間…雷は身体が動かなくなった。

なにがなんだか分からない雷に向かって、その坊主はニヤリと笑いながら右腕の袈裟の袖からクナイを取り出し、こう続けるのである。

 

「…影縫いの術、拙僧は法術のみならず忍法もたしなんでいる故に、隙をついてクナイでお主の影を張り付けるこの程度の芸当は造作もない。不用意に近付いたお主の負けよ。怨みはなかった故に、お主は軟禁程度で済ませてやっても良かったのだが…」 

 

そう言いながら、その坊主は空手である左手を雷に向けながら…更に、笑みに威圧感を増しつつもこう言いながら締めたのであった。

…刃向かうならば致し方無し、その意を刈り取らせて頂こう、と。

そうして雷の意識は、一旦ブラックアウトする…

 

それから、どれだけ経ったかは、雷にはわからなかった。

 

だが、ある日…数日前どころか、恐らくは数十日ぶりに目が覚めた雷は、独房らしき檻の中に居たことを知った。

雷の記憶が正しいならば、それは懲罰の為の営倉…だったハズだ。

むう…と、雷は脱出を図ろうとして、闇雲にガシャガシャと檻を開けようとしたり艤装を出そうとして…艤装が召喚できたことに気が付いた。

 

本来は、営倉内では特殊な電磁場により艤装を召喚出来ないようにロックをかけるのが通例だったのだが…恐らくは、その坊主が海軍の常識に詳しくないのが幸いしたのだろう。

雷からしたら、実に好都合だったその事は、脱出を図るには十分なことだった。

砲で鉄檻を破壊して、独房から全力疾走で脱出。

 

追っ手がかからないように、雷しか知らないような裏道を抜けた彼女は、命からがらトラック泊地から脱出。

良く分からないまま、海をさ迷い…そして、パラオと言う鎮守府が近くにあったことを雷は思いだし。

白旗を掲げながら、パラオの領海にまで亡命してきた、と言うことだった。

 

 

「…で、私と天龍さんが射撃訓練していた時に、なんだか良く分からない白旗を掲げた艦娘がやって来まして。スパイかも知れないので武装は全部解除させましたが、とりあえずこの正体不明な雷さんの処遇を提督に沙汰を聞きに来た、と言う具合です」

 

朧が横から口を挟みながらではあるが、兎に角、トラック泊地の出身であるだろうその雷がやって来た経緯を説明が終わり、それからと言うと。

氏真は、とりあえずフリーハンドの艦娘全員を召集し、トラック泊地に対してどうするかを話し合うことにする。

その氏真の言を聞いた金剛や天龍が、慌てて暇かそうじゃないかを問わず、泊地内に居る艦娘全員に声をかけようと執務室の奥にある放送室に向かった中で…珍しく、セクハラする気も微塵も見せない浜風が他の誰にも聞こえない程度の声で氏真に聞いた。

…どこまで、雷さんの事は信用してますか?と。

 

氏真曰く…零だ、と。

そのまま、氏真は浜風に対して、小声のままこう返したのである。

 

「…雷ちゃん、だったか。彼女の言を全て信じるなら…話の都合が良すぎる以上に不自然なことがある。体臭と服のことだ。あんな目にあっていたら、服はもっとボロボロだろうし、何よりあれなら風呂に入れない以上垢だらけで異臭を撒き散らしていないと尚更おかしい。だが…身なりは綺麗なままで、海の臭いこそするが、それ以上の臭いも汚れもない。恐らくは、定期的に着替えを行い風呂に自発的に入っていた可能性が高い。少なくとも『訳も分からないまま長期間独房に閉じ込められていた』と言うことは、嘘だ」

 

…なるほど、と浜風が呟くと、もう一つ聞く。

ならば、どこまで雷の言は嘘なのか、と。

しかし…氏真は、額に手をのせながら、浜風の言に対して非常に困った顔をしつつこう返した。

それこそわからない、と。

更に、氏真はこう続けるのであった。

 

「僕らからしたら雷ちゃんの話の真偽に対する判断材料が全く無いんだし…恐らくは、雷ちゃんのいっていることは『8割以上が事実なのだろう』な。だからこそこちらの判断が全く出来ない、下手に真実味があるせいで嘘が嘘たる箇所がまるでわからない上に、雷ちゃんの目的がわからない以上状況が掴めんぞ…!」

 

そう言いながら、俯いて思考を纏めようとする氏真に向かい、無表情なままに浜風は口を出す。

疑問点は同じみたいですね、と浜風は告げるなり、こう続けるのであった。

 

「…私が、あの娘の行動を24時間単位で監視しておきます。表向きの理由は『案内』なり『警戒』なり、そこは氏真さんの判断に任せますが…下手すると、貴方の寝込みを襲いかねない危険牌、放置はできませんから」

 

…ありがたいが、敵にも味方にも怪しまれないようにね。と氏真が返すと、浜風はニヤリと笑いながら、こう締めたのであった。

 

「大丈夫ですよ。良く考えてください氏真さん、私ですよ!何しても『どうせセクハラ魔が暴走しやがった』程度の認識にしか皆思いませんから、むしろ暴走気味にくっついて回って視姦にボディタッチなロリprpr…もとい、ボディチェックをしたところで、精々憲兵さんの拳骨が飛ぶぐらいです。こう言う時に、私を怪しむ人は誰も居ませんよ!」

 

 

…日頃の行いも、良くも悪くもって話なんだなぁ…と、氏真は本当に珍しく、遠い目をして浜風に対して呆れと称賛の双方が混じり合う視線を向けざるを得なかった、と言う。

 

そうこうしているうちに、金剛と天龍によるアナウンスが鎮守府に流れ…それから、大体十五分ぐらい経過した頃だったろうか。 

押し掛けるように、鎮守府の艦娘達の殆ど全員が駆け寄るなかで…神通が、我先に、とばかりに絶叫したのである。

 

 

トラック泊地の話って本当ですか!?と、血相を変えながら…


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