無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

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無能転生、最終章の開始です


四十五話 胎動する『計画』

「…ふむ、やはりシロ、でしょうね…この鎮守府は」

 

時刻は既に丑三つ時、勤務時間外の為に本来誰もいないハズの執務室の中にある艦娘がポツリと呟いた。

 

それは、神通。

彼女は…いつもなポンコツヘタレな表情ではなく、至極真面目な表情のまま、パソコンや資料等を照らし合わせながら状況を整理していく。

それは、彼女ら…赤城と共に加入した神通の本来の目的の為である。

 

彼女の正式に編入した本来の目的。それは、一つは有り体に言って半ば正体不明な氏真達の監査の為のお目付け役、と言うところである。

ハッキリ言ってしまえば、公人としても私人としても、氏真や通康が悪人ではないことは…大本営としては理解はしていることだった。

神通個人の話だったとて、お人好しどもで艦娘思いな人である彼らは嫌いではない。心情的には信頼していると言っていいだろう。

 

とは言え、極端な話をすれば、それが国益の為になる人間かどうかと言うことはまた別な話である。

善人で艦娘思いな人間だからといって、それが国の方針に反するなら、懲罰や粛正対象となる可能性だってある。

それこそ『艦娘の事を大事にしたいから』と言って、例えば提督が国の立てた作戦に参加しない等と言い出してきたら艦娘ごと逃げ出されたら困るだろうし、そこまで極端ではないにしろ…どこかで『上の方針の為にシメる役目』の者が居てこそ組織は成り立つものなのだ。

要するに、目的の一つはそう言うことである。

 

 

だが、それ以上に神通はある理由から加入する必要が有ったのである。

それは…

 

「……一体、貴女は、今どこで何をしているんですか…貴女が、貴女達が本気を出せば、文字通り誰にも影を踏ませることすら無く、作戦を遂行可能な最強の海軍隠密部隊だったと言うのに…全く、なんで…」

 

そう、誰にも気取られないぐらいの小さな声で神通は呟きつつ、その目的の為に何をすべきかを考え、その頭脳をフル回転させていく。

…それは、とある行方不明となった神通にも関わり深い艦娘達の小隊の調査の為、そして、その小隊が行方を眩ましてしまったパラオにも近いとある泊地の調査の足掛かりとする為であったのである。

 

 

しかし、神通は、パラオからはその情報を抜くことは…ついぞ、出来なかった。

 

そして、神通は考えはまだ纏まらぬままではあるのだが…

神通は誰にも怪しまれぬ様に、執務室の資料を元の位置に戻しておきながら、まるで何事もなかったかの様に哨戒の仕事中のフリをしながら執務室から出ていくので有った。

 

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~同時刻、トラック泊地内、執務室~

 

 

日本海軍の海外駐屯地、それはミクロネシア諸島の一つたるパラオだけならず、北から南まで世界中に存在する。

パラオにもっとも近い泊地の一つであり、深海棲艦の顕れる以前ならば観光地としてとても栄えた南の島であるグアム周辺にも泊地は存在する。

トラック泊地、現在のミクロネシア諸島のトラック諸島を守護する泊地の事である。

 

 

その海外泊地に似つかわしくない、ある男が我が物顔で執務室内の椅子でふんぞり返っている。

 

その頭を丸め漆黒の袈裟を着た姿は、軍人ではなく、最早『坊主』と言うに相応しい。

薙刀を背に背負い、錫杖をシャリンとならしつつ…魔方陣のような術式からもれる光の中で、プロジェクターの様に飛び出るAR映像がごとき映像をリアルタイムで鑑賞している。

 

その画像こそ、氏真達の居るパラオ泊地の映像だった。

 

執務室・食堂・各艦娘達の居る私室…それらを、定点カメラの映像を切り替えるように目まぐるしく変えながら…悪い顔をしたその坊主は笑いながら眺めていた。

そして、一言だけ、こう呟いた。温いものだな、と。

更に、こう坊主は続けるのである。

 

「…『今川氏真』、あの甘ったれなガキめ。いかにも、甘ったれな彼奴らしい温いヤツらが集まったものよな。拙僧のような…まあ、救いの無いヤツが来ないのは、彼奴の人望と天運か…何とも、羨ましいようなそうでもないような不思議なものよ。とは言え…時は満ちた、先ずは、一手打たせてもらった」

 

そう言って、ニヤリと口角を上げながら、自らの傍らに直立不動のままに気を付けの体勢で動かない…かつて本来の『提督』であった男の器に目を向ける。

その男の瞳には光は一切無く…その額に、まるでキョンシーやギャグの様にお札を張られ、あまねく意思を全て奪われた『人形』の様な姿として、滑稽で有りながら哀れな姿を晒していた。

 

そう、その提督は…否、その坊主に刃向かうであろう憲兵隊なりの人間やそのトラック泊地にかかわる艦娘全てが、一様にその提督と同じ様に、坊主の法力により剥がすことの出来ない札を以てして、意思を奪われていた。

トラック泊地のスタッフ全員が『意思の無い人形』として、その坊主の操り人形になっていたのである。

 

 

 

そこに…札を張られていない、一人の艦娘がのっそりと表れる。

 

その姿は…まるで、夕立そっくりな学生のような黒と白を基調としたブレザーを身に纏っていた。

漆黒の髪は左右にぴょこんと犬の耳の様に跳ねており、後ろ髪は三つ編みに綺麗に仕上がっていた。

そして…夕立とそっくりながらも、どこか落ち着きの有る、それでいて自信が全身から溢れている姿をしたそんな少女は…

片手には湯気が立っている湯呑みを乗せたおぼんと共に、失礼するよ、と気軽な口調のままに侵入して…淹れたてで熱いよ、と言いながら茶色い液体が浮かぶその湯呑みを坊主に渡した。

 

気が利くのぅ、と坊主はその湯呑みを口にして…

 

「しょっぱぁぁぁぁぁぁぁあああ!?」

 

その中身を、口からジェット噴射の様に吹き出した。

 

ゲホゲホ言いながら、その坊主は思わず涙目でその艦娘に中身を聞く。

お前、何を淹れたんだ!と。

 

「吹き出すなんて酷いなぁ…僕が心をこめて淹れた、アツアツの麺つゆだったのに、味わってくれないなんて傷心でないてしまいそうだ…」

「め、麺つゆぅ!?お前さんは何をしているのだ!!何、拙僧が加害者みたいな言い種で何を飲ませに来たんだぁ!?」

 

涙目のまま…シリアスな空気を崩したその艦娘に怒りを向けるが、当のその艦娘はおどけた口調のままにこう告げたのである。

 

「人生には南蛮語で言うところのサプラァイズ…驚きが必要ってのが僕の持論だからね。いかにも策士面している貴方にも、是非、二重の意味で『味わって』もらいたくて…よよよよよ…」

「ふざけんなぁ!おま…お前なぁ…くっそ、不意打ちであんなもん飲んで拙僧の喉が痛い……貴様にも札を張るぞ、札ァ!!」

 

そう言って、その坊主が艦娘にぶちきれていると…突如、その執務室の天井から、それは困るね、と言う声が上がり止めに入る影が現れた。

 

 

草木も眠るウシミツアワー、そこに現れたのは…ニンジャ!

おお…見よ、その美しき様を!

オイランにも勝るとも劣らないその美しさ、ゴウランガ!その胸はそれなりに豊満であった…

紅と白をを基調としたニンジャ装束を身に纏い、そのメンポを兼ねたマフラーには『夜』『戦』の二文字!

これぞ、まさしくニンジャの姿!

ヤセンスレイヤーのエントリーだ!!

 

「アイエエエ…何か別な話を始めるなぁ!!と言うか、地の文を乗っとるな!」

 

ナムサン…ゼンを学んでいる坊主はしめやかに爆発四散!

 

「しとらんわ!!」

 

 

…と、その艦娘のせいで、坊主がツッコミ疲れに疲労困憊の中で、地の文の方がメチャメチャになっていたタイミングで更に別な声の主が執務室の中に入ってきた。

 

頭には、何故か帽子ではなく鍋を被り。

まるで外国人のような白い肌と白亜の長髪を靡かせていた無表情な小柄な少女である。

そして、そのセーラー服には錨のマークのアクセサリーがキラリと輝いていた。

その艦娘は開口一番、こう告げたのである。

 

「やあ、同士達。今日も皆ソ連に忠誠を誓い、赤く染まって居るかね?」

「してないわ!!相変わらずお前ら何なんだ!」

 

…何か、色んな意味で危険に赤く染まって居た。

そして、このノリはいつもな事らしかった。

 

 

そんな、不死鳥と言うか書記長な艦娘が、真面目な口調になりその坊主に声をかける。

アナタは、もう『あの計画』に手を出したのかい?と。

然り、とその艦娘に向けて坊主が真面目に返すと…いつしか、ふざけていた残りの二人も加わり、急にシリアスな雰囲気に戻りつつその坊主にそれぞれ口を挟んで来た。

 

「本当に、君はこの計画をやり遂げるつもりなんだね?もう…引き返せないよ」

「…私達、大本営所属のメンツまで巻き込むなんて…なんて、生臭坊主なんだか……」

 

そう、呆れたかの様な最後通告かの様な、彼女らの言に…その坊主は、怒った様な口調で彼女らに返す。

ならば、他に、良い手はあったのか、と。

その坊主の言に…艦娘達は、首を捻ったり額に手を当てたりと三者三様に悩みつつではあるが…一様に、同じ結論を告げた。

…無いな、と。

 

そして、紅色と白い忍者の様なマフラーの少女が、三人を代表するかの様にこう続けるのである。

 

「『アレ』を、真っ正直なやり口で上に告げたら…最悪、戦争になりかねない。少なくとも、あのパンドラの箱をあける様な真似を今このタイミングでしたら、この泊地の全て、否…トラック諸島周辺全ての人間が『艦娘に殺される』。それは…隠密部隊として以上に、艦娘としての魂そのものが嫌だから、アンタの計画を黙認して…協力したんだよ。後に、私達に上からどんな処罰を下されたとしても、仮に処刑されようとも…それは、その意思だけは私達アンタに協力する艦娘達全員共通だよ。けれど、最後に、最後にだけ一つだけ聞かせて欲しい」

 

そう言って、何とも言えない顔をしたその艦娘は、真っ直ぐな瞳を向けながら坊主に聞いた。

…必ず、成功させて欲しいんだ、この計画を、と。

絶対に、『計画通りに完遂して欲しいんだ』、と。 

 

 

わかった、とその坊主は答え…そして、実に自身に溢れた表情で、その坊主はこう続けるのであった。

 

「『パラオ泊地侵攻計画』…有能な協力者も居る以上、しくじりはしない。絶対にだ!だから、お主らも拙僧に協力するのだぞ…時雨!川内!ヴェールヌイ!」

 

かの坊主にそう言われた艦娘達三名はと言うと。

ニヤリと口角を上げながら、何とも言えない表情で首を縦に無言で振る。

 

そうして…パラオとトラックの二つの泊地を巻き込んだ、大がかりな事件が、幕を開けるのであった…!

 

 


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