無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

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三十七話 無敵の剣、砕けぬ盾

…イイ、オモチャジャナイカ…!

…イキガイイ、『カンムス』イガイニモ、コンナノガイタノカ

…オモシロク、ナッテキタ

…ブッツブシテ、キャツラモシズメテヤル

…ミンナミンナ、シズメ!シズンデシマエバイイ!

 

海色の瞳の敵旗艦、軽巡棲鬼は昂る内心を抑えることも無く、向かってきた氏真達と通康・木曾の二人の軍団を見ながらそれらを排除しようと伐って出る。

 

指揮官の彼女に後退の選択肢は無い。

何故なら、彼女にとってはこの戦いは『戦争』ではないから。

それどころか、『戦い』ですらないだろう。

『退屈を紛らわす暇潰し』か『シマを荒らす害虫を排除するハンティングゲーム』でしかない。

だからこそ、逃げ出すと言う選択肢はこの鬼の頭の中にはなかった。

 

誰だって、小虫や小動物が歯向かって来るぐらいで、逃げ出すものは居まい。

ゴキブリの様な汚らわしい生き物だったとて、対抗手段の無いときは一時的に引きはしたとしても、すぐに対策してむしろ全力で抹殺に向かうだろう。

 

軽巡棲鬼もそんな気分で有った。

仮に天敵同士の艦娘だろうが…それどころか殆どの同じ深海棲艦ですら、彼女に対抗出来ない以上、それら風情が『海の暴君』の機嫌を損ねることは赦されない。

邪魔をする物は、等しくオモチャか狩りの獲物が関の山だったのである。

 

だが、軽巡棲鬼は知らなかったのだ。

彼女が知らぬイレギュラー二人が、自分と同じ『鬼』…『剣の鬼』と『海の悪鬼』だったことを…

その事を思い知ることは、まだまだ先のことであったのではあるが、それはこれから語ることにしよう。

 

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氏真・加古・金剛の『氏真隊』と言うべき三人は、木曾達三人の突撃に併せて氏真を先頭に敵陣に突撃する。

 

敵陣の『要』を把握した以上、最早氏真達は遠慮は要らぬ。

真っ直ぐに、木曾達と通康・球磨の二人が合流可能なポイントを目指し、一気に喰い破る為の『点』を突破することが第一義だからである。

そして、敵の要の軽巡棲鬼を叩き潰す為の足掛かりでもあった以上、尚更、彼等に『退却』の二文字はなかった。

 

勿論、敵だって木偶の類いではない。

むしろ、かつて氏真が『舞台装置』とまで揶揄した、意思なき数多の深海のもの達は機械的な敵生体な分だけに、軽巡棲鬼率いる艦隊は、むしろ正確に迎撃に向かってきた。

 

敵の機銃が、砲弾が、魚雷が、爆雷が、氏真に向かって一直線に向かって来る。

実に正確に、文字通りの雨あられの弾丸の嵐が、氏真と艦娘を排除しようと…否、左隣から斜めに向かってきた通康と球磨や、氏真の後方から近づきつつ支援に向かう加賀と木曾・龍田の護衛二人を纏めて凪ぎ払おうと弾幕を張り、全てを滅ぼしにかかってきた。

 

 

だが、敢えて言わせてもらおう。

『その程度、氏真にとってなんだと言うのだ』。

 

 

ここから完全に余談になるが…何度と無く、氏真は前世たる戦国の世において死にかけている。

徳川を、武田を、そう言った氏真より遥かに強い武家の軍団から戦いを挑まれても尚、氏真は生き延びた。

 

勿論、かつて語った様に、朝比奈泰朝を筆頭とした…氏真の代になり落ち目の今川家にも付いてきた、英傑と言うべき部下達の武勇や知恵に守られた為でもある。

そして、最後は喧嘩別れになったが早川殿の実家たる北条家(後北条家)や、敵対こそしたが友人でもあり続けた竹千代…徳川家康の後ろ楯も当然大きかった部分だ。

 

 

だが『その程度』で、部下や後ろ楯の質だけであの時代を生き抜いて、喜寿を迎えて天寿を全うする等と言うことは出来ない。

それが通るなら…天下は恐らくは、氏真に悪い意味で因縁深い織田か甲斐武田のものだったろう。

 

特に甲斐武田、つまり武田信玄の清和源氏に連なる名門中の名門たる血脈と、それに恥じぬ戦国最強の実力と同盟者や配下の豪族等の武力が有れば、下手したら対抗馬の織田すら擂り潰しかねぬ大勢力だったのだから、或いは武田信玄が病に倒れなければ本当に歴史は変わっていた可能性が高い。

だがしかし…結果だけで身も蓋もないことを言えば、甲斐武田はほぼ根こそぎ直系が滅亡し、織田信長だってあれだけの栄華を極め天下に王手をかけた寸前で死んだ中…氏真は妻ともども生き延びた。

 

 

それは何故か…一つはただただ運が良かったのだろう、誰よりも。

運が良いか悪いか、それだけでもあの人外魔境の時代を生きるファクターとしての最大級なファクターになるだろう。

 

そして、彼がお人好しな人間像だったが故に、そして『武将』としては無能だったが故に。

殺される優先順位が薄かったと言う部分だって有ったはずだ。

 

 

だが、それら以上にごくごく単純な理由で、彼を殺すことは出来なかったからだ。

それは…単純に『正面から殺せなかった』からにつきる。

和歌の達人かつ文官の天才と、文弱にしか見えない男でありながらも強いのである。

膂力そのものも剣の腕前も、それこそ、エリート中のエリートたる能力のたしなみの一つだっただろうそれらは超一流だった。

 

新当流の免許皆伝を授けられ、独自の流派の派生も作り上げた男の力は、本当に伊達ではなかったのだ。

 

 

まあそれでも、マトモに『戦い』の道を…言い換えれば、武士・武将の道を生きていたのは今川家の家臣団を解散させる迄の壮年頃迄だ。

それこそ、55歳も過ぎたら戦いから離れて生きていた以上、77で現世に黄泉返った当初はかつての勘が取り戻せず、その実力は十全に出せなかったが…

 

戦艦棲姫や村上通康との戦いを経て、その戦いの勘を取り戻しだした氏真を止められるものは無い。

ましてや…氏真と同時代の士たる通康との関わりや、本格的な初めての艦娘達との『共闘』かつ、『頭』と認めて貰うための大事な戦いと言う自負の念もある。

 

要するに…全力出せる全盛期の肉体の氏真が、現状、ハイテンションでブーストかかってきた状態だった。

それが故に、話を本筋に戻し重ねて言わせてもらおう。

『深海棲艦の雑魚が放つ意思なき攻撃風情が程度が、氏真にとってなんだと言うのだ』。

 

 

その程度では、氏真を止められるハズがなかった。

 

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「僕の本気の目覚めた『一の太刀』の前にィィ!!こんなしゃらくさい弾丸ぐらいで太刀打ちできる訳が無いだろうがァァァァ!!通康殿みたいな防御力が有る訳じゃないなら、紙にも劣るわァァァァ!!」

 

そう言って、氏真は目の前の弾丸の弾幕そのものすら、一刀の下に『断ち切る』。

否、氏真の剣の前では、意思なき攻撃程度では弾幕どころか魚雷や艦載機すら消滅するかのように切り払われる。

本当に空間ごと断ち切る、二の太刀要らずの一の太刀の本来の姿である。  

 

 

そうしてがら空きになった敵の眼前の空間に…それこそ、氏真以外の敵味方問わず唖然とせざるを得ないものの。

 

それでも、反応が一番早かったのは、それこそ氏真を良く知るパラオ出身の艦娘達の方である。 

理不尽な感はあるものの、こういう場面で『慣れ』は残酷に出る。氏真の出鱈目さに慣れている連中の方が、対応が早かった。

 

金剛の大号令の下、艦娘達の一斉射撃が深海棲艦に向かって発射される。

加賀は艦載機で、金剛は41糎砲で、残りのメンバーは20糎だか12糎だかの積める主砲と魚雷の同時発射による一撃で、敵陣に風穴を空けに行く。

パラオに所属してないが故に金剛と面識の無い木曾は一瞬反応が流石に遅れたが、しかし、足手まといにならぬように隣の龍田に合わせて主砲をフルバーストで連射してついていく。

艦載機も魚雷も砲も問わぬ、先程のお返しと言うべき艦娘の持てる火力の一斉射である。

  

その火力の直撃弾を真っ正面から受けて、その場に居た遊撃手たる敵駆逐級はほぼ全滅、下級軽巡級と重巡級や雷巡級も中破レベルのダメージを喰らっていた。

 

そうして、『楔』を打つことに成功したなら、後は…

 

 

「オラァァァァ!ワシのお通りじゃぁぁ!道ィ空けぇや!」

「通康殿だけに良い格好させるかぁぁぁ!叩き斬ってくれる!」

 

そう、戦国武将二人による、こじ開けた『亀裂』からの蹂躙である。

 

 

あまねく火砲に耐え抜き、馬鹿力でいかなる敵をもロードローラーのように惹き潰していく、通康。

そして、ヲ級やリ級の様な中堅層クラス以下の敵艦はおろか、タ級・ル級すら一撃で斬り、そして沈めてしまう氏真。

二人の最強の『盾』と『矛』が、敵陣の内部に突入した瞬間に大暴れしながら掻き回す。

 

泳いだり、縮地が云々等と、無駄に疲れる真似は二人はしない。 

まるで、フカを飛び石のように跳ね回る因幡の兎がごとく、或いは五条大橋の刀狩りに向かう弁慶をヒラヒラと舞い翻弄する義経がごとく。

二人は、深海棲艦を次々に踏み台にしながら、上空から叩き潰しに回る。

 

通康は手持ちの櫂を以てハエ叩きのように、真上から敵を叩き潰し沈めて回る。

氏真は、深海棲艦の肩を蹴り、それを以て加速しながら次々と撫できりに回り、通り魔のように首無しの深海棲艦の死体の山を築いていく。

 

敵艦載機だって、こうされると役に立たない。

氏真と通康に平行艦載機を配置して迎撃しようとしても…片方には切り払われ、片方にはそもそも効きもしない。

氏真や通康の更に上から狙い撃ちにしようとすると…下手しなくても、位置の関係上同士討ち必至であり、それが出来なかったのだ。

 

しかし、勿論のこと深海棲艦だったとて、当然戦国武将二人の暴挙に対して指を加えて眺めたりはしていない。

むしろ、対空砲の応用で、自分達を踏み台にしてくる無礼者を迎撃しようとするが…

 

「行きます…ファイヤァァァァ!!」

 

そんな金剛の指示の下、上空に目を向けた深海棲艦から順繰りに、合流し単縦に隊列を一度組み直した、氏真達に遅れて顕れた金剛達艦娘による火砲で中破・大破はおろか、下手したら轟沈させられていく。

 

 

気がつけば40騎以上居た敵艦隊は、たった8人しかいないメンバーの一転突破の強襲により、風穴を空けられてからの内側からの蹂躙による攻撃で徹底的にかき回され…

最初にいた数の4分の1程度の10騎程の艦隊に、しかも無傷な深海棲艦に限って言えば、ほんの4~6騎程度の数にまで激減していた。

 

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…アリエナイ!!

 

『指揮官』でもあるが故に、前線に出ても尚、安全圏たる最後尾にいた軽巡棲鬼は混乱しつつも激怒する。

 

何故、あんなオモチャに良いようにされているのか。

何故、あんな無様を晒しているのか。

何故、あんな出鱈目な武人が艦娘に味方しているのか。

 

納得も出来ない。理解など更に出来ない。

ただただ混乱とイライラが募るだけだ。

そうして、軽巡棲鬼は、一つの答えを導き出す。

 

…ユルセナイ、ワカラナイ!

…モウ、コウナッタラ、ツカエナイ『コマ』ニ、マカセラレナイ!

…ワタシトセンカンセイキデ…セイバツニウッテデル!

 

 

そう判断した軽巡棲鬼の判断は早かった。

部下の中でも、『右腕』としている戦艦棲姫にアイコンタクトを取ると、氏真達の眼前に向かう為全速力で彼らの下に二人して向かう。

 

そして、この戦いも、クライマックスを迎えようとしていたので有った…


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