無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

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三十六話 『雀刺し』

「とりあえず…二手に別れる、囮役はワシが行くけんの」

 

こんな感じで某忍者漫画の原作の卑劣様よろしく、球磨に背負われつつ言い出したのが通康である。

そしてこう続ける、本来ならワシ一人でやる事じゃけど回収役の『足』がいるけん、と。

 

そう、通康がやりたかったことと言うのは多方面からの撹乱からの、氏真の一点突破の急襲と言う策である。

 

氏真や通康が看過した通り。

真正面からぶつかっても分が悪すぎるこの戦いにおいて、『退却』のネジを外すなら…

もう囮役の誰かを餌に翻弄してからの、一点突破による本隊を突撃させるしかないだろう。

しかも打ち合わせをする時間もないこの状況下なら、もうシンプルに行くしかないと言うことだ。

 

 

…ここでいきなり話が飛躍するが、読者の皆様は将棋を指したことはあるだろうか。

特に、経験者の方ならばいくつか定石の一つは聞いたことはあるだろう、今はその話をしよう。

 

特に矢倉が好きな居飛車党の方は勿論のこと、振り飛車党の方も対策法や戦術を知る為に最初に覚えるだろう基礎中の基礎の定石の一つに『棒銀』と言う戦術がある。

将棋を知らない方に簡単に解説するならば、『十字方向に何処までも進む最強の駒の飛車を、銀と言う攻めに強い万能の駒で、飛車の行き先をサポートしつつ切り込み役と囮を兼ねた駒で補佐しながら敵陣を蹂躙する』と言う手筋のことを指す。

加藤一二三九段等が好んで指すことでも有名な、対策が簡単ではあることを差し引いてもとても単純明快かつ強力な戦術だ。

 

通康はそれを…厳密に言うとまた別な戦法であるのだが、生身で実行しようとしていた、と言うことだ。

 

 

通康自身が敵陣の注視を引き付ける『銀』となる。

氏真達パラオの艦隊は、見立てるならば『飛車』。否、切り込み役が抉じ開けた亀裂から喰い破る成り駒の『龍王』としての仕事を任せよう、と言うことだ。 

 

そして、通康の補助役の球磨は…例えるならば『桂馬』か『歩』と言うべきか。 

通康を運ぶ足として、氏真達の道筋を示す補佐として、掻き回す囮の囮であり回収役としての役回りを担わせていると言うことだろう。

 

本来ならば通康の補佐役の木曾がやるべきことなのだが、木曾は残念ながら今は場を離れてしまった為に居ない。

そこで、木曾っぽい感じの見た目の二人を代役の候補にあげて…氏真は、勝手知ったる加古を手元に置き、運動神経とカンの良く、木曾の『姉』艦である球磨を託したと言うことだったのである。

尚、龍田から状況を聞いた通康は、無断ではあるが木曾には木曾の『役目』を持たせているが、そちらは金剛や氏真に伝えてはいるものの…それは、後程語ることにしよう。

 

 

そうこうしている間にも、戦艦級の牽制を兼ねた挟叉弾や敵機艦載機たる牙の群れから放たれし爆撃弾のミサイルが飛んできた。

それを氏真は『一の太刀』で敵の艦爆から放たれた水面を走るミサイルと挟叉する砲弾を、巡洋艦達は艦娘達はガトリング弾による対空の機銃の一斉射撃で迎撃しつつ、行動に移るのであった。

 

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「おりゃあ、木曾の姉貴じゃ言うんやったら、気張ってワシに着いてこいや!」

「言われなくてもわかってるクマァ!!」

 

そう言って全速力で突っ走る球磨と、平泳ぎとは思えない早さで球磨に追随して深海棲艦が蔓延る荒海を突き抜けていく通康が、10時の方向に向かい斜めに進んでいく。

加賀はその二人を援護するかのように、艦載機の所謂『艦戦』と言う、言わば『対戦闘機用の戦闘機』となる零戦の52型を数機を随伴させて深海の戦闘機に備えるのである。

そして、球磨と通康の二人に対して深海棲艦が一斉に着視し、ル・タ級の大型深海棲艦や戦艦棲姫と言う超長射程を持つ深海棲艦の牽制弾が飛んでくるのも気にせずに、蛮勇気味の荒海を制する戦士達が『囮』として先行する。

 

氏真達はそれを見届けながらも、時計回りに円を描くように大きく旋回しながらその後方へと回り込み、二の矢としての動きに備えるのである。

 

 

その二の矢としての役回りの『本隊』としての部隊も、金剛の指示の元で一旦ここで更に細かく分離する。

その具体的な内訳はと言うと、以下の通りにあたることになる。

 

金剛・加古・氏真の三人は突撃役として球磨・通康のコンビに追随、当初の予定通り敵陣の中に斬り込む精鋭部隊と言う形になる。

龍田・加賀の残る二人は、艦載機で氏真達をフォローする後方支援タイプの加賀を龍田が護衛しつつ、一旦後方に下がる…と言う内訳だ。

 

攻撃力の足し算引き算の組み合わせと機動力の問題で、今の練度の素のままの加賀だと、艦載機をコントロールすることに平行しながら全速力で移動すると言う高度な事が出来ない為に加古や金剛に追い付けず、また氏真の剣に下手したら巻き込みかねずに突っ込むことができない、と言う判断の為である。

 

射程と艤装の装甲の厚さを考えたら本来に戦艦たる金剛が加賀の護衛役をするべきではあるが、龍田だったら今度は『本隊』としての掻き乱す役としての活躍が非常に難しくなるだろう。

軽巡洋艦と重巡洋艦や戦艦との火力の差と防御力の差と言うことは、こう言った場面で残酷に出てしまうことだ。

そして…金剛は、そう言った判断を瞬時に下すことができる、有能な『小隊長』としての才がある娘だった。

 

 

「…わかりました、龍田さんと私で一旦離れますが…援護射撃は任せて下さい。文字通り、矢尽きなんとやらの精神で頑張ります。父さんも御武運を、金剛さんも今度こそ勝って皆で帰りましょう。後…サボりクズの漏らしタクシー、父さんと金剛さんのこと頼みましたよ、ホントに」  

 

そう言って、金剛の指示に従って、加賀は龍田を引き連れながら一旦来た道を引き返す。

 

「誰がクズのタクシーだてめえゴルァ!後、漏らしキャラはもう許してくれよ!?別にアタシに漏らし属性はねえよ、あの一回だけだよ!!!」

 

加古はそんな加賀の言にぶちギレ背中に向けて主砲を撃とうとしたところを、氏真と金剛に全力で羽交い絞めされながら宥められていた、とか。

 

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~同タイミング、球磨・通康が居る地点~

 

「…って、通信丸聞こえな状況下で漫才するなクマ!!」

 

 

球磨が、加賀が通信をオープンにしつつと言う状況下で漫才にふけると言うアホな事態に亜空間に向けて思わずツッコミを入れながらではあると言うカオスな状況ではあるが、一旦、話をそちらに移そう。

それはそうと、球磨のレーダーはおろか、通康と球磨にも『敵影』が映る。

 

ギャオオンと大きな唸りをあげる、体長3~5メートルぐらいのイルカや鯱のような姿をした駆逐艦クラスのイ・ロ級6匹と、それらを束ねるだろう数匹のホ級とリ級の集団が大挙としてやって来たのだ。

 

 

球磨と駆逐・軽巡洋艦クラスの射程範囲の距離は殆ど同じぐらいである。

敵影を見かけて冷静沈着に撃ち返しに向かう球磨であるが、多勢に無勢である。

球磨が1発撃つ度に、深海棲艦から放たれた主砲・副砲を併せた多種多様な砲の攻撃や、艦爆や艦攻数十発の弾薬によるシャワーが球磨に襲いかかるのだ。

 

加賀の艦戦によるサポートがあるとは言え、迎撃しきるには正直なところ焼け石に水でしかない。

そちらによる反撃を受ける度に、球磨は少しずつではあるが向かってきた弾や爆風による小さなダメージを受けなくはないのだ。

だが…

 

「…ヒッハハハハ…軽いのぉ、ワシを潰すにはまだまだ火力が足りんわ、もう少し、腰を入れて心の臓腑を狙ってこんかいな!!」

 

そう言って、敵からの一斉射撃がくるタイミングが来た瞬間を見計らっては、通康は海から飛び出して球磨の盾になる。

大部分のダメージを、まるで桃○郎伝説のお地蔵様よろしく、通康が吸って身代わりになっているのである。

そんな通康の身体は確かに多少は煤だらけにはなっているものの、殆ど火傷すらなく無傷である。

 

逆に、そんな通康にダメージを与える為か、球磨から仕留めたかったからかは定かではないが。

彼らに迂闊に近付いてしまった深海棲艦は、球磨から冷静沈着に反撃を食らいダメージを受けるは通康に首をへし折られるはと、さんざんだったと言う。

 

 

「…あれ、てつをなライダーのクソコラじゃないけど、全部あの村上とか言うオッサンに任せたら良くないか?」

 

そんな様をやや後方から見ていた加古は、思わず口に出す。

殆ど無敵な通康の無双っぷりを見て、あのまま何もせずに通康一人をほっといても深海棲艦を全滅させられるのではないか、と考えてしまったからだ。

 

金剛も引き気味にデースと言いながら加古に同調するのだが、氏真はそんな感想を否定する。

あんなもんは、いくら通康殿が鉄より丈夫な超合金製の頑健さだろうが、長くはもたないだろう、と。

それこそ、ただ頑健で馬鹿力なだけなら、いくらでも対処法は思い付くからだ。

 

要するに海に沈めてでもしまえば良い、窒息なりなんなりと言う手なら頑丈さを無視して倒すことはできるだろう。

いくら通康が頑健な肉体でも人間である以上、内蔵の造りは氏真とも、それこそ一般人とも全く変わらない。

呼吸が出来なくなれば死ぬだろうし、効きは悪かろうが毒なり電気なりだったとて効かない訳ではないだろうから、そう言った搦め手を処する手段の無い通康は対処できなくなるからだ。

数にあかせて水中戦を強いらせれば…通康は5分と経たずお陀仏だ、後は単騎の球磨を擂り潰せばそれで終わる。

 

そもそも、仮に通康に対しての対処が深海が出来なかったとて、分が悪いと見たら単純に前線の兵ごと引けば良いだけの話であり…その方が氏真からしたら余程困る。 

陽動をかねた『楔』を打つことこそが通康達の役回りであり、前線を引かれて本隊を固められたら突破不可になり『勝ち』の目はいっさいがっさい無くなってしまうからである。

 

 

とは言え、焦って突っ込んでしまったところで、それこそ上記の通り敵が一点突破の警戒で本隊を固められる危険性が高い。

と言うよりも、こちらの戦力の方角が固定してしまうが故に、迎撃の方向もほぼ固定されてしまう以上、戦力を一点集中されて蜂の巣にされるのが関の山だろう。

 

それであるが故に…加古と金剛をたまに飛んでくる戦艦級の砲撃を切り払いながら落ち着かせつつ、氏真は『機』を待つのである。

そう、遠くない『機』を…

 

そして、球磨も囮の遊撃手として小破気味のダメージを受けて通康も疲労の色が見え始めた約3分半後、その時は訪れたのである。

 

 

「どけどけえ!!俺達愚連隊のお通りだぁ!!」 

 

そう叫んで、氏真や通康から見て丁度90度程右手方向から…と言うか、旋回行動に移る前の元々氏真達が居た方向からであるのだが、大声をあげて突進してくる一人の艦娘と、それに全速力で追随する龍田、その二人が走る後ろの方をゆっくりと追従しながら弓を射る加賀の三人の姿が映る。

 

その三人の内の大声をあげている艦娘の姿を見て、龍田は一言だけぼやくのだ。やっと合流したと思ったら調子良いんだから、と。

 

そう、その艦娘こそ、ついさっきまで行方不明だった木曾の姿だったのだ。

 

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ここで話が前後してしまって悪いのであるが、つい数分前のことから加賀と龍田の二人が居た場面をメインとして少しだけ話をする。

 

 

龍田と加賀の二人は、敵の攻撃を適当にあしらいつつ、元々居た方角に向かい敵の攻撃射程の範囲外へと足を運ぶと…後方から、凄い勢いで向かってきた一人の艦影が、龍田達何か声が似てないようで似てるコンビの目に飛び込んでくる。

何なのかと思ったが、良く考えなくてもその正体は、霞を巻き込みながら場を行ったり来たりしていた木曾である。

 

そんな木曾に向かい、加賀は少しだけドスを増した声で言う、良く臆面もなくここに戻って来られましたね、と。

 

木曾も、加賀のその言に対しては一切の言い訳はしなかった。

 

どうしても霞さんの力が借りる必要があると思って、付き合いの長い姐さん達の事で頭がいっぱいになり、貴女達の艦隊にとんでもない迷惑をかける行動に移ってしまった、と。

そして今、レーダーで確認したのだが敵の戦力を軽く見すぎて本当に混乱させてしまった、申し訳ない、と。

最後に、いくらでも後で煮るなり焼くなりして欲しいが…霞さんにだけは、姐さん達の事に対する後事を押し付けてしまった彼女は悪くないので怒らないで欲しいと。

 

 

そう言って謝罪する木曾に対して、加賀は溜め息をつきながら、こう返したのである。

 

「…まあ、私が他人の『身勝手』を謗るほど偉い人間ではありませんし、そもそも貴女の行動に対する処分を下すのは父さんか村上さんか、あるいは金剛さんですね。流石にこの戦力差を予想しろと言うのも酷ですし…これ以上は言いませんが。まあ、気になるなら私の言うことを一つ聞いてくださいな」

 

罰の内容は何を聞けば良いのか、と言う木曾に対して、にこやかにサディスティックな笑みを浮かべつつ、加賀はこう付け加えた。『雀刺し』って知ってますか、木曾さん?と。

 

木曾は知らないと答え、代わりに龍田が、確か将棋の…棒銀に香車を加えた、左にじゃなくて右に飛車を振る端攻めに特化させた棒銀の変型だったっけ、と答えると、加賀はフォローありがとうございますと付け加えた後で、最後にこう締めたのである。

 

「今の父さんや村上さん達の本隊の動きは、将棋で例えるならば『原始棒銀』。二手に別れつつ真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす…と言うと聞こえはシンプルですが、そんなものは、この火力差ならば真っ向から破られてしまうでしょう。だから、もう一手、『ヤリ』…香車のように、別動の違う位置からの第三の矢が必要になります。貴女にはその危険な部隊の先陣の矢面に立ってもらいたいのですが、いかがですかね」

 

 

…そう、木曾に対しての通康が任せようとした『役割』。加賀の言うところの『香車』。

それこそが、本隊の目を奪う為の波状攻撃に向かう第三の矢としての役目だったのである。

 

下手したら誰からもフォローすら無く蜂の巣になりそうなポジションの役目でもあるが…まあ、それに関しては木曾自身が自覚しているように自業自得な部分である。

本来ならばむしろ木曾単騎で向かうべきですらあるのだが、龍田や加賀も少しならず理由が理由で『浮き駒』になっている為、一緒に出ていきフォローを入れつつも、木曾を危険な部隊の矢面に立たせるだけにとどめたと言うことだった。

 

 

「…後、貴女を見て確信したからです。SかMなら間違いなくイキの良いドMの匂いがしますから、私の無茶な提案も危険な役回りも、喜んで受け入れてくれるハズだ、と!」

「…!何故解った加賀さん!?ちょっとだけ加賀さんの無茶ぶりと悪い笑顔に股ぐらがキュンとしたことを!」

 

いや、ちょっと待ってぇぇぇぇ!?と言う、酷すぎる会話のオチに龍田のツッコミが響いたことは、まあ余談として書いておこう。

この話のドロップ艦は、右も左も変なのばっかりである。木曾も例外ではなかった。

 

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さて、ふたたび場面を元に戻して話を再開する。

 

 

「…今日は、死ぬには良い日だ!球磨の姉さんに会えて、飛鷹と隼鷹の姐さん達にようやく借りを返せそうな算段がついて、生まれて初めて『艦娘』として通康の旦那と戦えて、最高だ!!いくぜ!!」

「いや、死ぬには良いは余計よこの馬鹿ぁ!もう…木曾さんも加賀さんもいくよ~、風穴空けてあげましょうね~!!」

 

そう言って木曾が艤装のアームから、龍田が薙刀を振るいその切り裂いた亜空間から主砲を放ち、通康と球磨の近くに居る敵艦隊に向け魚雷と共に一斉攻撃を開始する。

 

「艦載機の皆さん、龍田さんと木曾さんのフォローをお願いします」

 

加賀も、残り少なくなった矢の殆どを吐き出すかのように、一気に矢から艦載機の艦戦・艦爆・艦攻の種を問わず、自身の戦力を注ぎ込むのである。

 

 

氏真はその姿を見届け、少なからず敵艦隊が第三方向からの攻撃により、一瞬だけではあるが隊列と指揮系統が『ぶれた』様を見て、確信した。

向かうべき『潮目』、敵の大艦隊の旗艦を。

そして、艦娘達に向かい、ときの声を兼ねた大号令を氏真はかけたのであった。

 

「敵の総大将が解ったぞ!戦艦棲姫ではなくて、あのお団子頭の髪の長い深海棲艦だ!!目標、『軽巡棲鬼』だ!!全騎、突撃ィィ!!」

 

そう言って、相手の指揮官であり『旗艦』である艦の正体を氏真は把握する。

そしてそれを潰しにいく為に、勝利を得る為に、千載一遇の好機とばかりに見た氏真は艦隊に指示を出したのだ。

 

 

そうして…氏真が向かってきた様を、当の『旗艦』たる軽巡棲姫は妖しい笑みを浮かべながら、余裕の表情を崩さずに黙って見ていたのである。

まるで新しいオモチャを与えられた子供のごとく、コイツらでいかに『遊べば良いのか』を、コイツらをいかに羽虫を潰すかのように苛めるかを、楽しむかの様な…そんな、深海の悪鬼の姿だったと言うことだった。


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