無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~ 作:たんぺい
古鷹型重巡洋艦二番艦、加古。
彼女も、有り体に言ってしまえば「足手まとい」で有るが故に、パラオの壊滅の直接的な原因となってしまった闘いに一切関わらず生き残りを果たした野良艦娘であるが、彼女の場合は多少ならず天龍型姉妹や睦月・浜風とは異なる理由から生き残ってしまった。
長々と語るのもアレなので簡潔に言おう。
加古は、「最後の建造艦」だったのだ。
まあ、戦果をあげれない前提督が一発逆転を狙い資材をつぎ込み戦艦・空母狙いで建造された戦力が、よりによって旧式かつ重巡洋艦というオチだったのである。
…一体、ただでさえ素寒貧の鎮守府でどう戦艦クラスの資材をやりくりするつもりだったのか空母だったらボーキの管理どうするつもりだったのか、なんて突っ込みを入れたくなるが、とにかく手近に結果を求めて長期的に見て破滅に片足どころか肩まで浸かるというのは古今東西よくある話である。
当時の艦娘達も知ってか知らずかスルーしている辺り、どうでも良くなっていたか最後の希望かと目を輝かせていたか…恐らくは、前者寄りの両方だったのだろう。
そんな訳で、「良く言えば万能ながらこの状況下では中途半端以下」という古鷹型二番艦、ぶっちゃけて言えば冷や飯食いな扱いを受けていた。
天龍達すら遠征で…正直焼け石に水だったが、泊地の中でもある程度の仕事は与えられていた為に、ある程度の立場を獲得していたのに対し、加古には何もなかった。
それが故に、加古としてもこの泊地にはまったく思い入れがなかったのだ。
…正直、いい加減逃げたい
加古は常々、そう感じて今日まで生きている。
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さて、そんな加古は天龍達とは別に行動を取っていた。
ジャージを着て、農家の真似事をしながら鎮守府の裏庭で鍬代わりの大きなスコップを振りながら、だ。
野菜畑もどき…ですらない家庭菜園の真似事であるが、流石に魚だけなけなしの非常食の缶詰めだけでは栄養分が偏り過ぎる為、青ネギや玉ねぎやじゃが芋やさつま芋という育てやすそうで丈夫な野菜の種…というより食材庫に有った球根なり再生可能な苗や野菜のキレっぱを植えていた。
まあ焼け石に水ですらない、と加古は思いつつも、それでも自分を受け入れてくれる友達の為にせっせと農作業にせいを出していた。
しかし、この手のキツい単純労働肉体労働というものは不思議なものである。
なんというか、やり続けると頭から雑念が抜け作業に集中できるものなのだが、どうにもそんなスイッチが入るまで人間は嫌な感情黒い感情が頭から離れないものである…辛い肉体に引っ張られるように精神的にもマイナスにぶれてしまうせいだろうか。
根がマイペースというか自分本位な部分もある加古も、そう言った性格であった。
…別に、天龍達や、浜風達駆逐艦の子が嫌いな訳じゃないんだ
…足手まといですらないアタシに優しくしてくれるのはありがたい、本当に皆大好きだ
…だけどさ、もういい加減にしようよ、流石に「詰んだ」場所で怪我人を抱えるのは無茶以下だよ
…金剛さんだって悪い人じゃないのは知ってる、見棄てたくない気持ちは解る
…だからと言って、だからと言ってさ、これで金剛さん見棄てて逃げて何が悪いのさ
…何度説得しても皆聞いてくれない、天龍には一度言ったら殴られたなぁ
…だけど、アタシ、間違ってないよね?
そんな事を考えながら、耕した畑の目の前にあったじゃが芋を見て、加古は我にかえって自分が嫌になる。
本当のところで言えば…逃げるなら、金剛も含めて皆で、と考えている。
しかし、現実的に考えて意識不明レベルの重体である金剛を治す手段が、今のパラオにはない。
高速修復材はおろか満足な物資すらない状況下で、よりによって戦艦をどうしろと言うのだ。
ならば、今の動けるだけのメンバーで動けるタイミングで…最悪、犯罪者か娼婦に身を堕とすかも、とも考えながらではあるが、逃げ出して在野に下る方が建設的じゃないか。
そんな、情と思考の狭間に苦悩している加古ではあるが、そんなおりにふと海からの風の臭いを感じまた我にかえる。
…潮のにおい、か、肥料も満足に無いのに海が近いんじゃ、こりゃ野菜も一月もしたら栄養不足に塩害でも受けて枯れるかな
そんな事をぼやきながら、何気なく畑から海のにおいのする方へ加古は目を向けると、そこには人型の影が水しぶきを上げてダッシュしているのが目に飛び込んできた。
電探にはかからなかったが、アレこそがもしや人型深海棲艦!?と実践経験の無い加古は目を丸くする。
これは一大事だとばかりに、一番に加古から見て近い場所に居る睦月がいるであろう港へ、彼女は一目散に駆け出したのであった。
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「…で、何で天龍達もそうだけど、三人とも表遊戯みたいなドゥヒン☆顔してるのさ?」
悲壮感溢れる表情で加古が駆け寄った場所には、なんということでしょう、味わい深い表情をした天龍・龍田・睦月の三人が仲良く体育座りで鎮座していた。
流石にお前らヤバイ状況下だ、と加古は伝えると、さらに味わいが濃くなった表情の龍田が一言漏らした。
「SENGOKUは…その…人外魔境だったのね…」
「龍田、どういう事なんさ…」
加古は意☆味☆不☆明のカードが手札に固まってる時の闇遊戯みたいな渋い表情で更に龍田を問い詰めようとしたところ、海の方から男の声が聞こえた。
「おーい、皆ぁ!とりあえず深海棲艦っぽい獲物、二十匹ぐらい狩って来たよ!」
なんということでしょう、そこには氏真に仕留められ絶命した大量のイ級やロ級にワ級という下級の駆逐艦や輸送艦の他、4匹程のチ級やヌ級という中級の雷巡洋艦や軽空母の死体が、ご丁寧にロープでくくりつけられながら氏真に曳航されていた。
まるで、地引き網漁の漁船のごとき姿を、生身でやり遂げている戦国武将の図であった。
「流石にお前どういう事だァァァァァァァァ!!!」
天龍・龍田・睦月・加古の全員は、心を1つにして氏真に突っ込みをいれた。
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「…どういう事だって言われてもだなぁ、『イヤー!』『グワー!』って感じかなぁ」
「忍殺じゃねーか!何だお前!!」
氏真の要領を得ない説明に天龍は涙目で突っ込みを入れる。
まあ、要約するとこんな感じだったという。
適当に海を疾走しながら深海に向けて手当たり次第『一の太刀』を乱射する氏真。
海を切り裂くレーザーのような剣閃を、まるでどしゃ降りの雨のように降り注がせる。
恐らくは魚か鯨のものであろう赤い血が、氏真の太刀に身を裂かれ海を汚す中で、明らかに青碧ともどす黒いとも言える異質な血の一角が目に飛び込んできた。
そして、その血からは、深い深い闇のような障気が感じられたのだ。
恐らくは、それが深海棲艦の巣や群れのあった場所である、と氏真は目星を付けた場所に向かって氏真は『一の太刀』を集中的に連射してみると、案の定深海棲艦がわんさかと沸いてきた。
…流石に、やぶ蛇だったかな?
氏真が自嘲気味に漏らすと、ふと、一匹のワ級に目を向ける。
…こりゃ色々と『使えそうだ』、その形に生まれたことを、天に恨むんだな
ぽつりと一言だけ漏らすや否や、氏真は持った刀をワ級の頭部に投げ付け、そのまま即死させる。
慌てる深海棲艦を尻目に、氏真は『縮地』でワ級の近くに飛び込むと、ワ級に刺さった刀を抜き、そのまま氏真はワ級をサッカーボールのように蹴りだしたのだ。
そして、ワ級を砲弾代わりに高速の弾丸として深海棲艦の群れに打ち出して一網打尽…とまではいかずとも大打撃を与え混乱させた氏真は、立て直しにまごつく深海棲艦を纏めて一刀両断に処したのだ。
その戦果を、氏真は持ち帰ったということだったのだ。
そう、塚原卜伝を師に持つ氏真は、新当流を独自に進化させた剣術「今川流」の開祖である。
剣術に蹴鞠を組み合わせるまったく新しい剣術を使用することで、剣だけではなく足を十全に生かした独自の剣を開拓したのだ。
「蹴鞠やろうぜ!鞠はお前な!」という彼が編み出した独自の剣術スタイルは、後に「サッカーやろうぜ!ボールお前な!」と名を変えて今日まで伝わるのは言うまでもないだろう。
「ってそれ最後ブーメラン空手じゃねぇかァ!ってか何で唐突に民明書房風なんだよォォォ!?」
最終的に、突っ込み気質が半端ない天龍から亜空間に突っ込みが入りつつ、というオチはついてしまったが。
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それはそうと、加古は、氏真に一つだけ質問した。
…アンタは、何故か超人的な戦闘力で深海棲艦を葬れるみたいだけど、どうしてこんなことをした?と。
氏真は、加古の真剣な質問に対し、少しだけ真面目なトーンでこう返した。
「…兵站や補給は大事だ、怪我人が居るなら尚更ね。だから…この深海棲艦の屍からも手間は係るらしいが君らの物資の補給の足しになる物資が取れるらしい。そうなのなら唯一出来る僕が手伝う、『出来る事なら出来る領域の得意なヤツがやる』ってのが僕や竹千代の矜持だから、さ」
そう、真面目ながらも優しい口調で真摯に言われた加古は…一筋だけ、涙を流す。
そして、震える声で、こう言ったのだ。
「…厚かましいことを言ってるのは分かってる、分かっ…て、ます……だから、だから!金剛さんを!金剛さんの怪我を治せるだけの、物資を…アタシ、何でもする…から……手伝うから…皆の、笑顔を……」
そう、泣きながら言っていた。
加古は、本当は…本当に、金剛だって救いたいと願っていた。
切り捨てようと言う選択肢が加古の頭から離れなかったのは、その手段がない、の一点に過ぎない。
その目処が見つかれば、まあこうも成ろう、という話だった。
氏真は、女の子が何でも、なんて言い種は駄目だよと諌めつつ、その願いを快諾する。
むしろ、僕こそ右も左もわからない異邦人なんだから、こっちこそよろしく頼むよという言葉も添えて。
喜ぶ天龍達三人も合わせて、この『詰んだ』泊地の最初の目標が生まれた瞬間でも有った。