無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

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二十九話 加古の受難

先ずは氏真が夕立との『演習』として手合わせしようと提案したタイミングぐらいから話を始めよう。

 

 

 

「刻限は午の刻…君らの言うところのヒトフタマルマルぐらいで、『演習場』として使ってる『ぷーる』とか言う変な溜め池だか水瓶だかの施設があったから、夕立ちゃんとそこで落ち合おう」

 

氏真のこんな提案を受けて、夕立はと言うと。

ぷーるは別に溜め池じゃ無くて泳いだりするところっぽい、と訂正しつつ、こう返した。

 

「てーとくさんは、その…生身の人間なんだから砲撃受けたら演習用の信管の無い弾丸でも直撃受けたらお腹に穴空いちゃうっぽい。何もわざわざてーとくさん直々に夕立の相手になる必要はわかんないっぽい」

 

そう言って、氏真の言葉に対して、あまり乗り気でない反応を返す。

 

まあ、そりゃ深海のきゃつらの様にはいかんし、それこそ勝手が違うから驚くのは無理はないが…と、氏真は苦笑しながら応対しつつも、いきなり立ち上がった氏真は壁に飾って有った軍刀代わりの日本刀を鞘ごと手にかけてこう続けた。

…少なくとも、最初に球磨ちゃんが看破した通りそもそも経験値の関係上『陸』なら負けることは九割がた無いし、海の上でもそこそこは動けるさ。だから…まあ、君が心配する必要は無いよ、と。

 

それでも、と夕立は食い下がるが…氏真は、なんとも言えない表情で、誰を見ると言う訳でもなくこう告げた。

 

「…武田の横殴りからの早川殿と徒歩から大脱出とか、竹千代の手勢に囲まれて5カ月籠城戦とかの極限状態に比べたら、正直夕立ちゃん一人から来る砲撃ぐらい大したこと無いし」

 

てーとくさん…何か比較対象がおかしい気がするけど、あんたよくあの時代を生きてたっぽい

夕立は氏真の言葉にそう返すしかなく、周りの他の艦娘達も似たり寄ったりの反応だったと言う。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

さて、そんな事情が有り、話は次のシーンに移す。

 

 

そうして正午きっかりに、氏真と夕立の他に時間がある艦娘達数名達が、本当に毎日が暇な杉村と言うギャラリーを加えて演習場に到着する。

 

そんな氏真は、本人からしたら軽いものではあるものの…久しぶりでの実戦と言うことで念入りにストレッチする中で、その場に居た天龍が一つ聞く。

本当に、夕立と殴りあうような真似をして大丈夫なのか、と。

一方、そう言われた氏真は、特に感慨もないような表情でこう返した。

 

「まあ、霞ちゃんから『ぷろてくたー』なるすっごい軽くてそこそこ丈夫そうな今の鎧を渡されてるし、まあ死にはしないだろうさ。まあ、鎧の方は気休めかも知れないが…」

 

そう言って、ぬるりと日本刀を抜いた氏真は、軽く、ブンと良い音をさせつつプールに向けて最上段から刀を振る。

そうすると、プールの水が砲撃を受けたかのような衝撃波を受けて、3メートルはあるだろうとんでもない間欠泉のような高い波の水柱をあげながらプールの水を巻き上げて…そのまま、水柱が重力に引かれ水飛沫をおこしながら元に戻る姿を氏真は確認しつつ、こう締めた。

 

「…まあ、この剣で切り払えば、そもそもどうと言うこともないよ」

 

そう告げた氏真に天龍ならずその場に居た艦娘達は、シャアかてめえは、とツッコミを入れるのが精一杯だったと言う。

杉村だけは、わざとなんだろうけども無駄な破壊と衝撃が多いなぁ…と、微妙に冷めた視線を送っては居たのだが…まあ、ハッタリは新撰組の十八番の一つだけに、特に口に出すことはなかった。

 

 

そして、肝心な夕立はと言うと。

 

遠間から、氏真があげた水飛沫を見ながらも、こう考えている。

色々と…大丈夫なのか、と。

勿論、氏真の身を案じての話でもあるのだが、夕立自身のことでもある。

 

とりあえず、あんな斬撃が自分に向かい飛んで来るのか…と言う不安がまず一つあるが、夕立にとってはそれ以上の不安があった。

 

夕立は、自分で基本的にフラットな性格だと自覚している。

自分自身が能天気な部類であり基本的に悲しむこともあったとしても、すぐに昇華できる性格であると言うことを、だ。

夕立は良くも悪くもマイペースな、加古に近い性格であったのだ。

 

だがしかし…頭に血が上りやすいと言うか、一旦『キレる』と自分を制御不可能になってしまう、戦士として駄目な一面があることも、夕立自身が思い知っているからだ。

「敵」が居る…つまり、自分が死ぬこと、そして仲間が果てること。 

そう考えついた瞬間…身体が止まらなくなってしまう。

殺らねば、自分が倒さねば、そんな思考で頭がいっぱいになって、頭が真っ白になってしまうのだ。

血の流れる鉄の匂いが、硝煙から燻る火薬の匂いが、それを後押ししてしまう。

 

そうして、お前の匂いを止めてやる、と言わんばかりの狂水症の狂犬のごとき狂気をもって、夕立は突っ走ってしまうのだ。

そして、我に帰った時には、隊列を乱して敵を沈めたと言う「結果」だけが目に入ってしまった。

 

結果論として見るならば、ただ夕立一人だけで敵艦を倒したという話なのだが、どう考えても勝手に暴走したあげく、たまたま運良く先制攻撃がうまくいったと言うだけである。

何度も同じ事が続いたら、早晩他人を巻き込んでえらいことになるのは夕立自身が良くわかっていたことだった。

 

 

…てーとくさんが身体を張ってまで私と戦おうとするのは、きっと凄く夕立に怒ってるからっぽい

 

夕立は、誰にも聞こえない程度に、小声で呟いた。

そして、そのままこう続ける。

 

…謹慎とかって言い出さなかったのは、もしかして『演習』にかこつけて公開処刑でもするつもりっぽい?

…それなら、それでもしょうがないっぽい

…我ながら…私はパラオで誰より本当に危ないヤツなんだから、斬られてもしかたないっぽい

 

そう呟きつつ、まるで死刑囚が絞首台に上がるかのような表情でプールの水上に降り立つ夕立であるが。

それを聞いてか聞かずかは知らないが、相対す氏真はと言うと、こう告げる。

僕は、夕立ちゃんには全く思うところは無いし、演習で夕立ちゃん本人を狙い攻撃することはない、と。

 

キョトンとする夕立に対して、氏真はこう告げた。

 

 

「…正直、夕立ちゃんは、むしろ艦娘達の中で一番『正常』な気質をもってるよ。血と煙の匂いが少しでもした戦の中で、狂気を剥き出しにして頭が真っ白になってしまうヤツなんてザラだし…突撃癖だって、言い換えれば『一番槍』の資質と言えることさ、ソレ自体は咎めんよ。だが、確かに考え無しに反射だけで動いてしまえば、それこそ戦上手なヤツから見たら良い的にしかならん事も、味方にばかり迷惑がかかる事も事実だよね」

 

そう言って、一呼吸置いてから、氏真は更にこう続ける。

 

「まあ、要は『慣れ』よな。君自身が強い狂気を持っていること自体は構わないが、要は『最低限、自分を保てる程度には飼い慣らせ』って話だよ。そして、それは戦いの場数を踏まないとどうしようもないことで…むしろ基礎も覚悟もまだまだ出来てない段階で、焦っていきなり君達新人を実戦気味の哨戒任務に出した僕が悪かった」

 

そう言って、むしろ夕立に向かい頭を下げて謝罪する氏真。

夕立は、そこまでしなくても良いっぽい!?と氏真の態度に焦るものの、氏真はそこまですることさ、と返して、そのまま顔を上げると、今度はその場に居た加古の方を眺めつつ、こう締めた。

 

「…そして、球磨ちゃん曰く『連係が苦手』のもう一人の片割れが加古ちゃん、君だ。君は…むしろ、夕立ちゃんと逆に冷徹過ぎるぐらい冷静に周りは見てる方だろうけど、自分から動くのが極端に下手なタイプだね。まあ、そう言った不器用なぐらい冷静な『目』が、今の夕立ちゃんには必要なんだ」

 

 

そう言った氏真に対して嫌な予感がして即逃げ出そうとする加古に対して、動いたのは杉村である。

氏真さんに、加古さんが逃げ出そうとしたら、羽交い締めにするように頼まれてますので…と笑顔で返す杉村に対して、加古はダメギの様にヤメローヤメローと喚いているが、氏真は改めて加古の方を見ると、こう告げるのであった。

 

「…うん、まあ、何となく加古ちゃんは予想ついてるみたいだけど、早い話『加古ちゃんと夕立ちゃんで二人組を組んでもらって、二人で僕を相手に連係の特訓をしてもらう』ってことだね。夕立ちゃんは思考が苦手、加古ちゃんは動くのが苦手…ってことだから、お互いに足りないところを学んで欲しいってことさ!だから、まずは、夕立ちゃんには『護衛』と『前衛』の基礎を学んでもらう為に、『後衛や遊撃手役の加古ちゃんを狙って攻撃する僕をいかに妨害するか』ってことをやって貰おうと…」

「ちょっと待てぇぇぇぇぇ!!?」

 

氏真の言に、絶叫する加古。

なんで私がその役なんだ!てか、アタシも巻き込まれるって聞いてないよ!と氏真に向かい思いきり涙目混じりなツッコミを入れる。

しかし、氏真はと言うと、特に感慨もないような口調でこう言った。

…うーん、だって、この艦隊の中で一番僕の剣を知ってるの君だし、と。

 

そんな理由!?と氏真に涙目に訴えながら、龍田や睦月だって知ってるし、天龍に至ってはアイツ剣術習ってるだろ!と怒るなか…氏真の方も、ちょっとイラっとした口調でこう締めた。

 

「後、サボりが溜まってる懲罰もかねて、かな?大丈夫大丈夫、手加減はするから殺しはしないし、うまくいけば無傷だよ!」

「ちくしょおおおお!?このクソ提督ぅぅぅ!!」

 

そう言って、悪い笑顔の氏真に対して、加古は杉村に抑えつけられたまま、泣きながらじたばたするしかなかったとか。

 

 

一方、夕立は、悲壮な覚悟で氏真と戦おうとしたオチがこんなんで、水上で倒れかけて転覆寸前だったとか。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

…そんな訳ではじまった、加古の地獄変の『演習』のDIEジェストを拾っていこう。

 

 

当初は、極端に理性的に振る舞おうと無理してぎこちない動きだったが、氏真の殺気にあてられつつも、あの氏真の剣撃から加古を守ろうと、少しずつキレた頭の中でも冷静な思考ができるようになった夕立。

と言うか、加古の指示や氏真からのアドバイスも受けて、少しずつでは有るが夕立の動きは変わっていく。

 

それこそ、当初はひらひら舞う闘牛士のマントに突っ込んで来る猛牛がごとき動きで、回ってない頭のままに真っ直ぐ突っ込んではストップ&ファイヤ、と至極読みやすい動きで夕立は攻撃しようとしては明後日の方向に弾丸が飛んでいくと言う醜態を曝していたものの。

少しずつ、少しずつでは有るが、鮪のように足を止めない氏真を『動きながら撃つ』『先読みして撃つ』と言う、駆逐艦の長所を生かした軽快な動きと言うことをできるようになっていった。

直撃弾こそなかったが、たった一日のうちの数時間だけで、ねらった動きが制御できるようになり、至近弾が数発出せるようになったことを氏真は誉めたと言う。

 

当初の氏真の動きも、最初は狙いやすく読みやすい直線的な動きだけだったものが、次に円を描くように動きを付け加え、わかりにくいようにでは有るが、少しずつ難度を上げると言うことも中々夕立には良い刺激になっていったと言う。

次やる時は、ジグザグに不規則な動きを付け加えたり組合わせたり、と難易度をまた引き上げてやろう、と氏真は呑気に考えていた、とか。

 

 

…そして、肝心な加古はと言うと。

 

「ちょっと、おま…いきなり置き去りにグワー!!」

 

…と、こんな感じで、最初はまるで言うことを聞かない夕立に四苦八苦しているタイミングに氏真が余裕で横殴りすると言う感じだったものの。

 

「…おう、漸くわかって来た、とりあえず夕立を追いかけてアバー!」

「…くっそ、とりあえず私も回避行動を…アイエエエ!氏真=サン!?氏真=サンナンデ!」

 

とりあえず、夕立から置いていかれないように、夕立を追っかけながらついていこうとする加古から一本とられると言う形にはなって行き。

 

「夕立ィィ!とりあえず突っ走り過ぎるな!回り込むように動いて挟み撃ち…あ、一の太刀=ジツ…サ ヨ ナ ラ!!」

 

最終的には、簡単なものでは有り、氏真相手には上手くはいかなかったが、加古の視野の広い「目」で夕立へ指示を通せる程度にはなっていった、と言うことであった

 

 

「…って、なんでさっきから忍殺だよ加古ぉ!テンパりすぎだろお前!?てか、氏真さんに、お前の頭の上の一本取れたかどうかの確認用の風船割られてるだけじゃねえか!!死んでないどころか怪我すらしてないだろお前!」

 

…尚、その場に居た天龍は、こんなツッコミを入れたとかいれなかった、とか。

 

 


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